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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第28話 オヤジ飯のルール
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1

 修威(しゅうい)はヤマヒロに言われた通り、その瞳の奥に見えた花を魔法で閉じた。すると急に辺りの景色がぺらりと剥がれ落ちるように移り変わる。剥がれた景色の向こうには古びてはいるが頑丈そうな造りの山小屋があった。修威はどうしたものかとしばし悩み、結局その山小屋へと向かう。 どこからともなく煙が漂ってくる。先程火山の記憶とやらを体感したばかりの修威は少しだけどきりとしたが、すぐに煙に混じる魚の匂いに気付いて顔を歪めた。誰だ、山で魚を焼いているのは。

 煙に誘われるように山小屋の裏へ回ると、そこでは着古した白衣を羽織ったちょんまげ頭がゆらゆらと舟を漕いでいる。どう見ても見覚えのあるその後ろ姿の向こうではキャンプ用品店にあるようなバーベキューセットの上でいい色合いの開きホッケが早く食べてくれといわんばかりに香ばしい匂いを出していた。何故ホッケなのだろうか。

「……先生、魚焦げるっすよ」

 修威は何だか色々なことがどうでもよくなり、ちょんまげ頭の肩に軽く手を置いて声を掛ける。んー、としまりのない声を出しながら目を開けたジョージ・大和瀬(やまとぜ)、真奈貴の父親にしてレーネ大和瀬高等学校養護教諭の職にある彼はまったくそう思えない風情で振り返ってにやりと笑う。

「お、修威ちゃん。ホッケ食べる?」

「いいならもらいます」

「山で食う魚はうまいぞ~」

「持って登ってきたんすか」

「ん、まあね?」

 そう曖昧に頷いて、ジョージはちょいちょいと脇の林を指差す。そこには木立に紛れるようにして1台のRV車が停められていた。

「……車でここまで来られるんですか」

「古い林道だけどねぇ。あ、修威ちゃんの顔が怖いわ」

「俺ら苦労して登ったのに……」

「ホッケあげるから許して、ね?」

 ジョージは片目を器用に瞑って顔の前で両手を合わせる。絵に描いたような“お願い”のポーズだが、いい年をした男性がそれをするとどうにも奇妙である。修威はそんな奇妙な彼からそっと視線を逸らしつつ「許すも許さないも」と呟いた。

「あー、ご飯はないんですか」

「ごめんねぇ、こいつは酒の肴なのよ」

 どうやらこの教諭は学生の合宿を単なるバーベキューパーティーと勘違いしているらしい。とはいえ修威もそれほど真面目に取り組む用意があるわけでもない。そもそも木人部で夏合宿をするということに対して未だに疑問を感じているくらいだ。魔法を鍛えることに異存はないが、それをどうしてわざわざ山に登ってしなくてはならないのかが全く分からない。

 考えていても仕方がない。修威は湧き上がる疑念やその他の感情を一旦脇へおいておくことにする。そして紙皿に取り分けてもらったホッケに箸をつけながら一息ついていたところへ、登山道の方から続々と他の面々がやってきた。

「しゅいちゃん、早いね」

「げ、なんでもう着いてんだあんた」

 梶野と舟雪がほとんど同時に言い、どういうわけか2人で顔を見合わせている。その後ろからやってきた真奈貴がジョージに気付いて軽く肩を落とした。

「お父さん、来たんだ」

「おう。邪魔はしないから心配するな」

 酒と肴を持ち込んだ人間が邪魔をしないというのも無理があるだろう、と思いつつ修威はホッケを口に運ぶ。疲れた身体に干し魚の旨味が染みていく。

「あら、美味しそう。大和瀬先生、あたしにも分けてくださいな」

 一番軽装であり一番足取りの軽い寧子がそう言ってバーベキューセットの方へと駆け寄ってくる。ジョージは快く彼女にも魚を分け、それから生徒達に続いて登ってきた武野澤教諭へと声を掛けた。

「お疲れ様です、武野澤先生。どうでした?」

「大和瀬先生、もう着いていたんですね。ええ、全員クリアです。ちょっと簡単すぎたかもしれませんね」

「それは重畳」

 ジョージは片手に紙コップを掲げ、祝杯を挙げる仕草を見せる。アルコールの匂いはしない。武野澤教諭のすぐ前を歩いていた雄也が一度だけ教諭を振り返った。修威はホッケの旨味を噛み締めながらわずかに目を細めてジョージと武野澤教諭を見やる。今彼らは何か気になる会話を交わしていなかっただろうか。修威の疑問を代わりに口にしたのは梶野だった。

「クリア、ということは。もしかしてさっきの山守の人が見せた“花の魔法”は合宿メニューのひとつ、ということですか」

「そうよ、七山くん。でよかったよね?」

「はい、大和瀬先生」

「ご明察。メニューっていうか、まあ簡単なテストのようなものよ。課外授業みたいに整えられた場でなくこういう自然の魔法区域でいかに臨機応変に魔法を扱えるか、っていうね。まあ君達には簡単すぎたかしらとは思うけども、1年生もいるしねぇ。最初から飛ばしすぎても息切れしちゃうし」

 うんうんとひとり納得した様子で頷くジョージに苦笑を返し、梶野は小さく肩をすくめている。その横では寧子が雄也の方を向いて「テストって何かしら」と尋ねている。梶野の言葉から察するに山守のヤマヒロは修威だけでなく他の面々の前にも現れていたようだ。寧子はヤマヒロに会わなかったのだろうか。

明園(あけぞの)、あんたもあのおっさんに会ったのか?」

 いつの間に近寄ってきていたのか、舟雪が高い背を屈めてそっと修威に尋ねてくる。修威はホッケを呑み込み頷いた。そうか、と舟雪は少しだけ苦い顔をして、それから一度ふうと息を吐く。

「で、なんで魚食ってんだよ」

「大和瀬先生にもらった。うまいぞ」

「山中魚臭くする気か……?」

「文句は大和瀬先生に言ってくれ。真奈貴ちゃんのおやっさんだけどな」

「あー……。……つうか、なんで大和瀬先生がここにいるんだよ。木人部とは関係ねぇよな」

「だから俺に聞くなって」

 もぐもぐ、ごくん。残っていたホッケの一切れを噛んで呑み込み、修威はむふっと満足気に空を仰ぐ。山小屋のある辺りはそこだけ森がぽっかりと切り取られた空間になっていた。丸くくり抜かれた空はどこまでも真っ青で、見つめているとそれが空なのかそれとも上から見た湖か何かなのか分からなくなってくる。修威の意識はしばし青の中に遊ぶ。

「修威ちゃん、苗田くん」

 真奈貴がジョージの横でちょいちょいと2人に手招きした。修威はんー、と伸びをしながらゆっくりとした動作で真奈貴を見やる。彼女はいつもよりも少しだけ疲れたような表情で、つまりは父親の行動に呆れている様子で修威達を待っている。

「何ー、どしたん」

「大和瀬先生が、この合宿にアドバイザーとして参加したいって言ってるんだけど、いい?」

「なんでそれを現地で言うんだよ」

 舟雪のもっともなツッコミに対して真奈貴も肩をすくめるばかりだ。修威はちらりとジョージを見て、その青色をした目に見つめ返され言いかけた言葉を呑み込む。いつもそうだ。ジョージの目は深く、顔がいくら笑っていても底知れない迫力を孕んでいる。

「……駄目って言わせない目ぇして」

「ん? 修威ちゃん、どうかした?」

 にっと微笑むジョージの顔に強張ったところなどひとつとしてありはしない。修威は「いいえなんにも」と答えてから口元を歪めてみせる。作った笑顔は不格好で、修威の口からはふひっというかすれた音が漏れた。ジョージが全員に聞こえるような大きな声で言う。

「みんな、悪いけど俺も合宿に付き添うから。何か困ったことがあったら武野澤先生でも俺でもいる方に声掛けてねー!」

 それに対してすぐに返事をする者はいない。彼の娘である真奈貴は普段まず見せることのないしらけ顔をしており、舟雪は何も言えない様子で視線を宙にさまよわせている。梶野は明らかな苦笑を浮かべ、寧子はいつの間にかホッケを食べるのに夢中になっていてそもそも話を聞いていない。修威はそんな一同をぐるりと見回して、そして最後に雄也と彼の背負ったリュックサックの中のぽくじんと視線を合わせる。ぽくじんの、ただ黒い穴が開いているだけのふたつの目がやれやれと言いたげな眼差しを向けてくる。少しの間の後、木人部の部長である雄也がやっと自分の役割を思い出したように口を開いた。

「……ああ。よろしくお願いします、大和瀬先生」

 それを聞いたジョージはにいっと顔いっぱいを使って笑ったのだった。

執筆日2015/05/01

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