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テント村のキャンプを出発した修威達は早速例の四つ足型木人の群れに遭遇していた。何しろ向こうは数が多い。何か策を講じないことにはジリ貧というやつである。修威が前に出て鉛筆槍を構え、真奈貴がそのすぐ後ろから炎の魔法を放つ。そして2人の背後に隠れるようにしながら舟雪がゲーム機を操り、木人達の動きを支配する。
「モードセレクト……ピンボール!」
舟雪が叫ぶと同時に修威の鉛筆槍が1匹の木人の胴体をどんと突いた。するとどうしたことか、木人はそのまま勢いよく跳ね飛ばされて近くにいた別の木人に当たる。さらに最初の木人とそれにぶつかられた木人がそれぞれまた別の木人にぶつかり、その連鎖がついに群れの全てに及ぶ。木人達がひるんだ隙を見逃すことなく真奈貴が青い表紙の文庫本を片手にその一節を読み上げた。
「“その火は瞬く間に広がり、辺り一面を焼け野原へと変えた”」
一瞬のうちに燃え上がった炎は記述に違わず荒野を焼き、その上にいた木人達を炭へと変える。ひょっひょっひょっ、と妙な笑い声を立てて修威は小気味良さそうに鉛筆槍を肩の上へ担ぎ上げた。
「面白ぇ! ワンコ、お前の魔法って色々できるのなー」
「ゲームは発想と訓練次第だからな。けど、あんたらがいるからできることだ」
舟雪は少しばかり面映ゆそうにしながら修威の賛辞に応える。修威はふひっと笑みを返して、それから辺りを見回した。一面に広がる荒野の向こうはいくら目を凝らしても果てがなく、勿論目指すべき5階への階段らしきものも見付からない。四つ足型の木人と戦うのは構わないが、それだけで時間と体力を消耗していてはいつまで経っても探索が進まない。さらに面倒なことに、この荒野では頻繁に地震が発生してあちこちに地割れができるのだ。地面にできた割れ目に落ちればその時間の授業からは即脱落ということになる。環境の変化と木人の両方に対処しながらどこにあるか分からない階段を探すというのは簡単なことではない。
「しっかしさー、なんでまた魔法を勉強するっていってこんなサバイバルじみたことをやらされんのかねぇ?」
思わず修威がそうぼやいたとき、まるで図ったかのようなタイミングで地面がぐらぐらと揺れ始める。舟雪がすぐにゲーム機を構え、辺りの様子を探る。幸い今回は地割れは起こらないようだ。揺れが収まってから、ふうと息を吐いた真奈貴が先程の修威に答えて言う。
「魔法が生きるための技能だから、ってこの前の授業で言っていたよ」
「え、そうなの?」
「修威ちゃんはぐっすり寝ていたね」
いつものことである。おう、と悪びれずに頷いた修威はふうんと唸りながら首を捻る。
「生きるための技能、ねぇ……ものを大きくしたり小さくしたりして何か生きるのに役立ちますかね」
修威の魔法はせいぜいが文房具の大きさを変えるだけのもので、便利といえば便利かもしれないが生活の役に立つようなものでもない。真奈貴や舟雪のものもそうだ。本に書かれたことを現実にする“記述具現化”にしても、ゲームという仮想空間にあるものを現実に投影する“仮想実転移”にしても人間が生きていくのにそうそう必要になるとは思えない。
そもそも、10年前に魔法というものが世に知られるより昔は魔法などなくとも人々は日々の生活をつつがなく営んでいたのだ。人が生きるのはここに広がっているような荒野ではなく、交通も流通も安全も保障された街の中である。荒野で培った魔法の技術を活かす場面は少ないだろう。
「なんか、よく分からんなぁ」
焼け焦げた木人達を前にして、修威は鉛筆槍を掲げた手を空にかざす。薄曇りの空は相も変わらずそこにあって、偽物には見えない。しかしたとえばそこに飛ぶ鳥の1羽もいないことはどこか嘘くささを感じさせる要素と言えないこともない。全ては曖昧で中途半端だ。
「ほら、ぼーっとしてねぇで行くぞ。考えたって分からねぇなら後で先生にでも聞いてみろよ」
普段寝てばっかの奴が真面目に質問したらきっと先生喜ぶぞ。舟雪はそんなことを言い、それもそうだなと修威が応じる。嫌味の通じなかった舟雪は少しばかり顔をしかめたが、結局それ以上何も言わなかった。
そして修威達は再び歩き始める。とりあえず目的の階段は3階からの階段とは別の方角にあるだろうと踏んで、ひとまずそちらを調べてみようという心積もりだ。キャンプの位置を基準にして3階への階段とは逆の方向へと進み始めた修威達だったが、ふと立ち止まった真奈貴の声で足を止める。
「ねえ」
そう言って真奈貴が指差した空に何かがあった。代わり映えのない薄曇りの空を割るように一筋の青い線が地上へ向かって伸びてくる。それはいつか修威が見た隕石の流れた跡によく似ていた。修威がそこまで考えたそのとき、校内スピーカーによる放送らしき音声が荒野に響き渡る。
『課外授業中の全校生徒に連絡します。校内で保安装置が作動しました。調査のため、課外授業は中止となります。生徒の皆さんは教室に戻ってください。繰り返します。校内で保安装置が作動しました……』
「保安装置?」
火災報知器や警備装置の類だろうか。修威は真奈貴達と顔を見合わせると、校内放送の指示に従って大人しく教室へと戻ることにした。気が削がれたとぼやく修威に「初めからそんなやる気なかっただろ」と舟雪がツッコミを入れる。修威はまぁなと頷いた。
「どうもなんかこう、しっくりこないっていうのか。ここでこうやって魔法を勉強して、将来何かの役に立つかね」
「そりゃあいかにも勉強しねぇ奴の言い草だな……連立方程式が生活の役に立つのかってごねる数学嫌いみたいな」
「おう、数学も意味分からん」
「あんたそんなこと言ってるとまた赤点だぞ……」
呑気な会話を交わしながら、修威達はひとまずテント村のキャンプへと戻ってきた。そこではおかっぱ頭にジャージ姿の女子生徒が宙に向かって何やら切迫した様子で喋っている。
「だーかーら! 生徒には指示出してるって。みんな落ち着いて、っていうか普段通りの感じで教室に戻っていってる。そっちはとりあえず問題ないでしょ? 私が聞きたいのは状況……」
そこまで言ったところで彼女は近付いてきた修威達に気付き、おーいと大きく手を振った。
「明園ちゃん、大和瀬ちゃん、苗田くん! 放送聞いたよね、早く教室戻ってー!」
「なんかまるで先生みたいな言い方っすね」
修威がそう言うと、ジャージ姿の彼女はかくんと項垂れて、それから答える。
「だって先生だもん」
「……ふへ?」
「てい!」
首を傾げた修威に向かって彼女は突然その右手を伸ばしてきた。驚いた修威の額にその指がぱちんといい音を立てて命中する。額の痛みと共に湧き上がる記憶の中で修威はやっと彼女に抱いていた違和感の正体に気付いた。修威のことを“明園ちゃん”などと呼ぶ相手は覚えている限りでは1人しかいないではないか。
「えっと、ええっと……ジオラマの先生!」
「天口だ!」
存在は覚えていても名前までは覚えていないのが修威である。女子高生の姿をした天口教諭は猛然と自分の名前をアピールしつつ、改めて修威達に教室へ戻るよう指示する。
「ほらほら、私の正体が分かったところで戻る戻る!」
「先生、なんで若返ってんすか。魔法?」
「そうそう。はいはい戻る!」
「先生の魔法って“仮想実転移”じゃないんすか。ジオラマ実体化させてんのって」
「明園ちゃんー! 質問は嬉しいけど後にする!」
「保安装置がどうって、そんなヤバいことなんですか」
あまりに急かされるので思わずそんなことを聞いてしまった修威はすぐに自分の失敗を悟った。高校生姿の天口教諭は少し吊り気味の茶色い瞳を鋭く細めて、低い声で言う。
「それがはっきりするまでは未確定なんだ。危険かもしれない。その可能性がある間は、私達教師は生徒の安全を確保する責任がある。義務がある。私は課外授業の間はこの4階エリアの責任者なんだ。君達の生命を預かる覚悟でやっている。いい? 身を守りたいなら今は私の言うことを聞きなさい」
凄みを帯びた天口教諭の口調に修威は何も言えず、ただ少しだけ俯きがちに頷いた。
執筆日2015/03/18




