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さて、こうして首尾よく梶野から4階に広がる荒野を突破するためのヒントを聞き出した修威達はひとまずキャンプにやってきた。そこには前回の課外授業のときにも出会った学校指定のジャージを羽織って黒い髪をばっさりとおかっぱにした2年生らしき少女がいて、修威達を見付けるとその少し吊り気味の茶色い瞳をくるりと動かして笑う。
「おっ、来たねエリート1年生!」
「どうも」
そう軽く挨拶をして修威は何か妙だと感じる。しかしその違和感の正体には気付かないまま、真奈貴達と共に今日の動きについての話し合いを始めることにする。
梶野から聞き出したヒントによれば、結局のところここはあくまで校舎の4階であるということらしい。荒野の景色の正体は技術担当の天口教諭の手による精巧なジオラマで、それを仮想実転移の魔法を用いて校舎4階に投影している。ならばその4階という場を突破するにはどうすればいいか。答えは思ったよりも簡単なものだった。
「つまり、5階への階段を見付け出せばいいってことなんだよな」
確認するように舟雪が言って、真奈貴がうんと頷く。梶野はその点については返事を濁したものの、違うとは言わなかった。要するに正解ということだ。しかし天口教諭が見せてくれたジオラマには3階への下り階段はあったものの5階への上り階段はなかった。本来であれば階段は同じ場所に上りと下りがあるものだが、この課外授業においてはそう簡単にはいかないらしい。
「うちの校舎には南階段、北階段、それに職員階段があるよね」
真奈貴が思い出すように言って、舟雪もまた腕組みをしながらそれに付け加える。
「3階で巨木人が守っていたのは北階段。っつーことは、オレ達が4階に上がってきたのも北階段」
「じゃあ探す階段は南階段か、もしくは職員階段だね」
「そうだな。けど、多分ぱっと見て階段だって分かるようにはなってねぇんだろ。どうやって探す」
「うーん。校内の見取り図があれば、それを元に苗田くんの魔法でジオラマ全体を解析できないかなって思ったんだけど」
「あー……けどよ、大和瀬。あのジオラマは別に校舎の形の通りに作ってあったわけじゃねぇし、多分見た目の距離とかはあてにできねぇぞ」
そっか、と真奈貴が困ったように溜め息をつく。2人のやり取りを聞いていた修威はむーんと唸りながら空を見上げた。いつ来ても薄く膜を張ったような曇り空が広がるそこには季節感がない。どれだけよくできた景色でも所詮は模型なのだと思い知る。校舎を快適な温度に保っている空調がここでも間違いなく機能していて、外が真夏の太陽に焼かれていてもこの荒野では心地良い風だけが吹いている。
「いっそ真奈貴ちゃんの魔法で校舎ごと焼き尽くすとか」
「それをやったらまた天口先生に叱られるよ」
「いや、叱られるとかそういうレベルじゃ済まねぇだろ」
3人がそのようなことを話していると、先程のジャージ姿の2年生がそっと修威達のところへ近付いてくる。
「何なに? 作戦会議中?」
少し吊り気味の茶色い瞳をきゅっと細めて笑うその表情は口調の軽さと裏腹に何かを探るような鋭さを秘めている。修威は彼女のジャージをちらりと見て、それからまた視線を真奈貴達の方へ戻した。あー、とジャージの女子生徒が不満そうに声を上げる。
「無視するのはよくないよ。話し掛けないでほしかったらちゃんとそう言わないと伝わらないよ」
「はあ。別に話し掛けられたくないってわけじゃなかったんですけど」
では何かと問われると、ただ何となく相手をするのが面倒くさかったという以外の答えは出てこない。修威は顔をしかめながら首を傾げ、代わりに真奈貴がジャージの女子生徒に向かって小さく笑顔を作る。
「すみません、先輩。この子、人間と話をするのに慣れていないんです」
「大和瀬ちゃん……それはいくらなんでも明園ちゃんに失礼なんじゃないかな」
苦笑いする彼女に対して真奈貴はふふっと微笑みながら小首を傾げてみせる。
「あれ? 先輩、私達のことを知っているんですか」
「やだなあ、大和瀬ちゃんったら気付いていてそういうこと言うんだから」
「修威ちゃんも苗田くんも気が付いていないみたいなので、私も一応それに倣おうかと思ったんです」
「おっと、そうなの? えー、ちょっと明園ちゃん、苗田くん、私のこと分からない?」
は? と修威と舟雪は共に怪訝そうに眉根を寄せる。それを見たジャージの女子生徒は困ったように「たはは」と笑って、それ以上何も言おうとはしなかった。修威は先程も感じた妙な感覚を再び覚えたものの、それについて深く考えようとはせずに話を先へ進める。
「とにかく、ずっとここでだらだらしてたって仕方ねぇし、探索といこうぜ」
「そうだな……歳沖部長の竜はいいとして、あの犬っぽい木人はまた襲ってくるんだろ。それを何とかしながら階段を探す……しんどいな」
舟雪が言い、それでもいつものように携帯ゲーム機を起動しながら戦いに備えて魔法の用意をし始める。頼りにしてるぜ、と修威は軽い調子で言ってその舟雪の背をぽんと叩いた。叩かれた舟雪が一瞬びくりとして、それから修威を見て「おいあんたもちゃんとやれよ」と顔をしかめる。
「誰もサボるとは言ってないだろうが。たださ、俺にしろ真奈貴ちゃんにしろ出てきた相手をぶちのめすことはできてもどこに相手がいるとかどんな感じで攻めてくるとか、そこまで読むような魔法は使えないんだ。そしたらその辺はワンコに頼むしかねぇ」
「ワンコって呼ぶんじゃねぇ。頼りにしてるとか言っておいてその呼び方はねぇだろ」
「んじゃー、苗田の兄貴?」
「七山先輩と一緒にすんな……」
もういいわ、と舟雪はゲーム画面に視線を集中させて大きく溜め息をつく。修威も彼をからかってはみたが、その力を当てにしているというのは本当だ。ペンケースから当座必要になりそうな鉛筆や金属製の定規を取り出しながら「まぁまぁ」となだめるように笑う。
「お前が後ろ守ってくれんだったら、前の敵はしっかり払ってやるよ。でも無理そうだったら逃げる」
「おう、そうしよう。あんたも怪我多いんだからちっとは気を付けろよな」
「うお! ワンコに言われた……くう」
修威はそう言って不服そうに頬を膨らませ、それを見た真奈貴が「本当のことだよ」と釘を刺す。修威は「へいへい」と肩をすくめながら適当な相槌を打った。やがて3人はそのままの調子でがやがやと話をしながらキャンプを出て、獣型の木人が徘徊する荒野へと繰り出していく。
それを黙って見送ったジャージ姿の女子生徒が、遠ざかる修威達の背が景色に紛れたところでふうと大きく息をつき、それから曇天を見上げてうーんと唸った。
「明園ちゃんは本当に人間にあんまり興味がないって感じがするなあ」
「そうですかねぇ?」
お? とジャージ姿の女子生徒が振り返るとそこにはいつからいたのか黒縁眼鏡と朱色のネクタイが目立つ2年生の男子、金北誉が立っていた。どうも、と誉は女子生徒に向かって頭を下げる。女子生徒は呆れたように誉を見た。
「金北くーん、何やってるの? あの子達みたいに探索しないといつまで経っても4階を攻略できないよ」
「そうは言っても、今日は諒も早退していてボクの魔法ではあの木人を相手に何ができるわけでもありませんからね。探索はえるむに任せて、ボクは頭脳労働ですよ」
「それを俗にサボりって言うんだよ、君」
「これは手厳しい」
痛いところを突かれた様子で首をすくめる誉に、女子生徒は腕組みをしながら「それで?」と尋ねる。なんでしょう、と誉は彼女に問い返した。
「具合でも悪い? それならリタイアもできるよ」
「そういうわけじゃあありませんよ。ご心配ありがとうございます。ただ、ボクはこの景色が結構気に入っていましてねぇ」
誉は薄い雲に覆われた冴えない空をとても眩しそうに見上げ、そしてにこりと嬉しそうに笑う。そっか、と女子生徒は肩の力をすとんと抜きながら頷いた。
「気に入ってもらえたのなら、作った甲斐があるってものだよ。次に作り直すときには南の島にでもしてみる?」
「いっそ一面の銀世界というのもオツじゃあないでしょうかね。期待していますよ、先生」
誉が言って、ジャージ姿の女子生徒がむっ、と小さく声を上げて呻く。それから彼女はこう呟いた。
「なんで明園ちゃんも苗田くんも気付いてくれないのかなぁ……」
執筆日2015/03/11




