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レーネ大和瀬高等学校に自治会という組織が生まれたのは、学校ができて半年も経たない頃だったという。魔法という、当時としては新しい技術とその運用を巡って学校側に不信感を持った一部の生徒が集まり、学校側に対して一定の発言権を保つという目的で作られた生徒による生徒のための組織。それが自治会の始まりだった。生徒会などとは異なり学校側からの資金援助は一切なく、その活動に当たっては校則の範囲に収まる限り自由で学校から何かを強制されるということはない。校内にありながら学校運営からは完全に独立した組織として、自治会は今も存続している。
「ボク達は別に学校に対して恨みがあるわけじゃあない。生徒の中には自治会を学校に盾突く不良集団だという人もいるが、それについては否定するよ」
誉の言葉に修威は思わず一言だけ返す。
「でもあの好先輩はそっち系っぽいっすよ」
「諒も根は純朴ないい奴なんだが、どうも言葉足らずで困ったものだよ」
誉はそう言って肩をすくめ、話に戻る。
現在、自治会は誉を中心に主に毎月の定例会と何か事件があった際の緊急会議を行っているという。会長の誉、書記の諒太郎、そして副会長であるあのひよこのような少女、芝津えるむが自治会執行部として全体を統括し、会員への連絡などを行っているのだそうだ。
「木人部のことは、一昨年それができた当初から自治会の調査対象として追い続けている。ボクも先代の会長から情報を引き継いで、色々と調べているのだよ」
「なんで?」
「木人部は表に出ない裏部活動。そして学校側が最も力を入れて取り組む“課外授業”に協力するという活動を行っている。それが生徒に公表されずに動いているということ自体が危うい、と先代は考えていたようだ。ボクもその意見には概ね賛成なのだがね」
「あー」
そう言われれば修威としても納得のいくところではある。木人部は怪しいのだ。
「でも木人部ってやってることはただの木人作りっすよ。やすりかけてしゃーっ、とか。歳沖部長はよく木槌でとんてんかんてんやってるし。正直ありゃあ日曜大工部です」
「雄也先輩は職人気質らしいね。ボクもあまり話したことはないが、まぁ彼本人に何があると思っているわけじゃない。ただ、学校側と近しい木人部にしか知りえない情報があるのじゃないかと勘繰ったりもするわけだね」
黒縁眼鏡の奥で色素の薄い瞳が鋭く細められる。修威は少しだけ身体を引きつつ、「何が?」と問い掛けた。誉はすんなりと答えを口にする。
「中間考査の初日、この街の近くに隕石が落ちただろう。実はあの日以降、街の中でわずかながら魔法を使うことが可能になっている。諒の“電子操作”、それにボクの“幸運操作”をキミ自身も体験したはずだ。そして勿論キミの“拡大・縮小”の魔法も作用した。これは異常事態だ。にも関わらず、報道はおろか魔法に関しては専門でもあるはずの学校側からも何ひとつ通達がない」
「……ん?」
誉の話を黙って聞いていた修威だったが、ふと引っ掛かりを覚える。
「ちょっと待った。“幸運操作”?」
「ああ。キミの運を少々弄らせてもらった」
「それが会長さんの魔法ですか……ってことは俺のアイスがすっぽ抜けたのも、公園の水が出なかったのも、犬の糞踏んだのもそのせいかよ」
「公園の水はさすがに行政の責任だと思うが、概ねそういうことになるねぇ」
「ほう……」
「まあ固めた拳を解いて落ち着きたまえ。体感して分かっただろう、この事態がどれほど異常であるか。単刀直入に聞こう。この件に関して木人部は学校側から何か情報を得ているかね?」
「はあ?」
誉に尋ねられ、修威は思い切り顔をしかめる。試験日に隕石が落ちたことは覚えている。大きな被害が出なかったということで安心した記憶がある。しかしそもそも隕石の落下は近年では珍しいことではなく、真奈貴の話では2年半前にもやはり試験期間中に隕石が落ちたことがあったらしい。それ以降、隕石に関する話題は出なかった。というよりも追試験とそのための勉強に追われて修威はそれどころではなかった。
「全然何にも。自治会長さんはあの隕石と今街で魔法が使えることが何か関係あるとか思ってんのですか」
「そこまではっきりとは考えていないが、可能性のひとつとして視野に入れているといったところだね。そうか、キミは何も聞かされていないか」
「つうかそういうのって木人部の担当じゃないですし」
「それもそうだねぇ」
あっさりと頷き、誉はパイプ椅子に深く腰掛け直す。それから彼はす、と右手の人差し指を立ててそれを修威へと向けた。
「正直に言えば、木人部が新入部員を受け容れたことが驚きだった。確かに去年も雛摘寧子サンという新入生を受け容れてはいる。けれども今年はキミを含めて3人だ。木人部の活動に何か変化があったのじゃあないかと探りを入れたくなった。キミにこうして来てもらったのにはそういう理由もある」
「隕石とか魔法とかは関係なく?」
「実際、それらのことについてはキミ達1年生よりも雄也先輩や梶野先輩に尋ねた方がいい。ただ彼らが何かを知っていたとして、それをボク達に教えてくれるとは思えないがね」
すい、と指を下ろして誉は口元を歪めながら笑う。修威は頬杖をつきながら「ふうん」と相槌を打った。
「自治会って木人部と仲悪いんすか」
「え?」
修威の問いに誉は一瞬だけ目を丸くし、それからぷっと吹き出す。さらに彼はそれだけでは我慢しきれなかったのか、あははと声を立てて笑った。
「修威サン、そんなに不安そうな顔をしてそんなことを気にしなくても大丈夫だ。勿論特別に仲がいいということはないし、ボク達は木人部が学校側と深い繋がりを持っているという可能性を常に念頭に置いている。けれどもそれで例えばキミ達を相手に喧嘩を売ろうという気は全くないね」
だから安心したまえ、と誉は言う。修威はむっと顔をしかめ、それから溜め息をついた。不安そうな顔をしていたと言われたことが妙に癪に障る。修威としては面倒事に巻き込まれたくないだけで、何も自治会と木人部の間に確執があることについて不安を感じていたわけではない。ないはずだ。
そろそろいい時間だね、と誉が部屋に置かれた時計を見ながら呟く。外はまだ明るいが、時刻は夕刻に差しかかっていた。じゃあ帰る、と修威は自らソファから立ち上がる。
「ところでここどこ? 寮じゃねぇでしょう」
「ここは自治会室だよ。学生寮からは徒歩10分といったところだね。古いアパートの一室を借りて自治会室として使っている。勿論、全部自治会が独自に生徒から集めた会費で賄っているよ。だからここにはクーラーもない」
「ああ」
そういえば、と修威は部屋を見回す。確かにエアコンらしきものは見当たらない。代わりに窓際に随分古い形の扇風機がひとつ置かれており、そよそよとあまり勢いのない風を送っていた。修威は扇風機に近付き、そのボタンのいくつかが壊れていることに気付く。“弱”“中”“強”の3つのボタンのうち弱以外の2つは押しても全く手応えがない。
「年代物ー」
「なかなか珍しいだろう? その型は今から60年程前に廃番になっていて今はもうどこの店にも置かれていない。いわば骨董品だね。実家にあったものを持ってきて置いてみたんだ」
「あ、会長さんのなんだ」
「ボクはこういった古い道具を集めるのが好きでね」
それに、と誉は修威の横に立って扇風機の風に吹かれながら静かな調子で言う。
「昔の道具は分かりやすい。この扇風機にしてもそうだよ。モーターで羽根を回して風を生み出す。風が生まれる様子が目に見えてすぐに分かるようにできている。とても単純で、だからこそ信頼できる」
「ふうん……そんなもんですか」
修威には誉の言うことはいまひとつ理解できない。しかし古い扇風機の作り出す弱々しい風は案外涼しく、暑さにやられそうだった身体に心地よかった。
「修威サン」
誉は窓の外に見える2本の塔、レーネ大和瀬高等学校学生寮を指で示しながら言う。
「言わなくても分かっているとは思うが、今この街で魔法が使えるということは秘密にしておいてほしい。キミのように気付いていない者が多い中、ボク達のような生徒の噂でそれが広まると混乱を招きかねない。その代わり、もしも可能なら先生に確認してみてほしい。木人部に顧問の教員が配置されたと聞いたよ。それでも何も出てこなければ、それはもうそれ以上追及のしようがない」
「……会長さん、それ、俺がもし先生に聞いて確認しても会長さんに伝えるとは限らないっすよ」
なんかスパイみたいで面倒じゃないですか。修威は正直にそう言う。誉はそうだねと笑って修威を見る。
「その判断はキミに委ねよう。こちらも誘拐紛いのことをしてキミをここへ連れ込んでしまったからね。取り引きが成立する状況でないことは重々承知しているよ」
片瞼を腫らして、夏だというのに長袖のワイシャツを着て、オレンジがかっていく外の光を浴びながらもどこか白い頬をして、誉は笑う。修威は少しだけ目を細めて彼を見て、小さな頷きと「じゃ」という短い言葉だけを残して自治会室を後にした。
それから少しして、隣の部屋から諒太郎と、そしてえるむが顔を出す。不発か、と顔をしかめる諒太郎にえるむが小さく顔をしかめて「あんな無理やりなことをするからだよ」とたしなめた。いやいや、と誉が2人の仲間に向かって笑顔を見せる。
「一番の目的を果たすことはできたからよしとしよう。自治会の活動目的は生徒の自由と権利を守ることにある。木人部員もその例外じゃあないよ」
「お人よしが」
呆れたように言う諒太郎に対して誉はただ笑顔だけを返した。
一方、自治会室の玄関で修威は自分あてのプレゼントを見付ける。そこには随分と綺麗な文字で「これを使ってください」と書かれた簡単なメモと、真新しいサンダルが置かれていた。どうやら自治会からのお詫びの品ということらしい。修威はありがたくそれを使わせてもらうことにしてサンダルを足に突っ掛けると、ひょいと足取りも軽く夕焼けの街に出た。
そして帰り道で落ちていた少額の硬貨を2枚拾った。これも誉の魔法のせいか、と修威はそのわずかな幸運に苦笑したのだった。
執筆日2015/03/03




