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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第2話 部活動のルール
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2

「うっそ、これって生徒が作ってたんすか!」

 驚きに満ちた修威の声に、雄也はあくまで淡々と応じる。そうだ、という頷きに対して修威は「うええええああああ」と意味の分からない呻き声を上げながら頭を抱え、その場にしゃがみこんだ。

「くっそ、生徒作の木人にあんなあっさりやられてんのか俺はぁあ!」

「しゅいちゃん、負けず嫌いだなぁ」

 微笑ましそうな目をしながら苦笑する梶野の横で真奈貴がそっと呆れた様子で溜め息をつく。そしてその白い手をそっと自分の頬に当て、実に申し訳なさそうに彼女は告げる。

「すみません、先輩。この子、ちょっと頭が可哀想なんです」

「そんなことはないと思うよ」

梶野はやんわりと言って、それからふと思いついたように付け足す。

「修威ちゃんの魔法は結構珍しい属性だからね。1年生でそれを実践的に使いこなしているのは間違いなく強みだし、この先どれだけ伸びるのかってきっと先生達も注目しているんじゃないかな」

「その前に進級できるかどうかがすでに微妙なラインですよ」

「ああ、しゅいちゃんは居眠り常習なんだって? 夜あんまり眠れていないとか?」

 梶野の問いは修威に向けられ、修威は雄也の方から目を逸らさずに「んなこたねっすけど」と返す。

「元々俺、夜型だから。つい夜更かししてるってくらいで。遅刻はしてないし、別にそこまで七山先輩に気遣われることじゃないっすよ」

「うん、でも今問題にしているのは進級の方だから」

 う、と修威は言葉に困ったように表情を曇らせる。その足元で雄也が「ふ」と笑みを漏らした。珍しい、と梶野が軽く目を瞠り、そんな彼の反応を見た真奈貴がどこか面白そうに修威と雄也を見やる。当の2人は何事もなかったかのように曇り顔と作業をそれぞれに続けていた。

「進級なぁ。でもあれでしょ、試験さえ通れば多少授業態度があれでも何とかなんでしょう? 俺、それも聞いてたからこの学校選んだんすよ!」

「毎時間の居眠りが“多少”の範囲に含まれるかは分からないところだけど、確かに基本的にうちの学校は試験重視だね。しゅいちゃん、部屋では勉強しているの?」

「いや全然」

「それ、まずくないかな?」

「まずいっすね」

 1年生の5月の時点でそれだとこの先本当に困るよ、と梶野が先輩らしい忠告をして、修威はうーんと唸る。

「でも俺、勉強って苦手。中学のときは何となくやってたけど、なんかもう何が面白いのかさっぱり分かんないんですよ」

「その気持ちも分かるけどね。んー、じゃあしゅいちゃん、こういうのはどう?」

 そして梶野はやんわりとした口調でどこか含みのありそうな笑顔でぴっと右手の人差し指を顔の横に立ててみせる。ひとつの提案がある、という意味だろうか。修威は胡散臭そうに梶野を見て、それでも何も言わずに彼の次の言葉を待った。

「僕と雄也で試験前の勉強を見てあげるよ。過去問とその解答も教えてあげるし、問題を作る先生の傾向だって僕達ならそこそこ分かってる。その代わり」

「お兄様とは呼ばないですよ」

 修威が先手を打つと一瞬梶野の言葉が止まる。しかし彼はすぐにいやいやと首を振った。

「それは今は置いておくとして。大体それだと雄也にメリットがないでしょ?」

「そりゃあまぁ。んじゃ、歳沖先輩にもメリットのある交換条件って何すか」

「うちの部に入ってほしいなと思って」

 回りくどいことを言っていると修威に逃げられるとでも思ったのだろうか。梶野は思ったよりも簡単に結論を述べた。雄也がそっと作業の手を止める。それまで部屋の中に小さく響き続けていたとんとんという音が消え、誰かの息の音も机や椅子を形作る木々に吸い込まれて消えていく。そこは校内のどこよりも静かな空間だった。

「……」

 修威はどこかふわふわとした表情で梶野を、そして雄也を見る。真奈貴はそんな友人を窺う様子で眺めている。で、と修威が小さく口を開いた。

「結局、ここって何部なんすか」


「しっつれいしましたー」

 がらがら、とドアを閉めて廊下に出た修威はふうと大きく溜め息をつく。職員室は彼女の苦手な場所のひとつだ。ちなみにもうひとつは生徒指導室である。隣の真奈貴はやや緊張した面持ちながらも溜め息をつくことまではしない。

「んー、でもよかったの? 真奈貴ちゃん」

「何が?」

 修威の問い掛けに対して首を傾げる真奈貴。修威はむむ、と唸り声を言葉にしつつ、たった今後にしてきた職員室のドアを指で指し示す。

「入部届。俺は交換条件で承諾したけどさぁ、真奈貴ちゃんは普通に勉強してれば試験通るだろ」

「普通にやらないで試験をパスできるんだったらそっちの方がいいよ」

 そう、真奈貴はどういうわけか修威に付き合って梶野の申し出た交換条件を呑むことにしたのだった。普段の授業態度にほとんど問題のない彼女がそれをする理由が分からない、と修威は言うが真奈貴としては省ける労力は省きたいというところらしい。

「過去問が手に入るのは大きいよ」

「ちゃっかりしてますなぁ」

「修威ちゃんほどじゃないよ」

 それはそうである。それにしても、と修威は苦笑いと困り顔の中間のような表情を作り、ぼやくように言う。

「部活案内に載せていない裏部活……しかも名前がずばりの“木人部”って、何かの冗談と思ったらマジなんだから……この学校わっかんねぇ……」

「まあねー」

 入学式の当日、新入生には学校案内用の冊子が配布され、その中には勿論部活動に関する案内も記されていた。しかし野球部にサッカー部、テニス部に卓球部、美術部や合唱部、書道部に管弦楽部といった高校の部活動としてはお馴染みのものの中に梶野と雄也が所属しているという“木人部”の名は書かれていなかったのだ。梶野によればそれはこの学校が“Sur(シュール)-Schule(シューレ)-Rule(ルール)(超学校的規則)”通称S・S・Rの適用指定校であり、その実習に必要な仮想敵の製作を外部委託ではなく内部で、しかも生徒に作らせているというのがあまりおおっぴらにはできない事柄であるためだという。

 S・S・R。それは今から10年程前に制定された新しい制度で、当時まだ小学校にも上がっていなかった修威にはそれがもたらしたこの国の変化というものがよく分かっていない。しかし彼女の両親が言うには、初めは一体何の冗談かと思ったということだった。

 S・S・R指定校では今日のように時々課外授業という名の実習が行われる。課外授業では木人のような仮想敵を相手に魔法を使った戦闘、あるいは戦略実習を行うことになっている。魔法は誰もが持っている能力だというが、実際に使うことができるのはこの課外授業などの特別な時間・場所でのみだ。当然。放課後である今、修威は鉛筆を巨大化させることはできないし、真奈貴が文庫本の一節を朗読しても何も起こりはしない。警察や自衛隊、消防のレスキュー部隊などでは人命救助などの必要とされる場面において首相からの許可と指示がある場合にのみ、魔法の制限が解除されるのだという。それが一体どういう仕組みで行われているのか、入学した当初に簡単な説明を聞いた気がするが修威はもうほとんどその内容を覚えていない。正確にいえば話を聞いていたのは最初の5分だけで、あとは眠っていた。確かそのときに見た夢は空を飛ぶといういかにも夢らしい夢だった。

 ともかく、このレーネ大和瀬高等学校ではS・S・Rの実習に必要な仮想敵の製作を外部に委託する代わりに木人部という名目で生徒にそれを作らせているということである。材料費や工具の補充などは全て部の予算として学校側から支給されるらしい。元々は仮想敵製作の費用がかさんで経営を圧迫していたところにちょうど雄也が入学してきてその製作を買って出たという経緯があったそうだが、この分では彼が卒業してもこの仕組みはそのまま残るだろう、と梶野が言っていた。裏の部活動なので顧問は特におらず、何かあれば校長に直接交渉することになるのだという。今日は校長が会議のために外出していたので、修威達の入部届は教頭に受理してもらった。

「まぁでも、悪くはないよな」

 ニヤリ、と笑いながら修威が言う。何が、と尋ねた真奈貴に修威は「ひっひっひ」といかにも悪そうな笑い声を立てた。

「だって、木人を作る側の情報が入るわけだぜ? ってこたその弱点や攻略法だって分かるかもしれないだろ。次は絶対に倒してやるからな、階段の番人!」

「うんまぁ頑張って」

 壊した分を直すのも修威ちゃんの仕事になったわけだけどね、と真奈貴が言うと修威は一瞬だけひるんだがすぐに拳を振り上げて叫ぶ。

「それでもいいっ!」

「そう」

 ならいいんじゃない? 真奈貴はあくまで冷静に言う。修威は誰にともなく「やってやるぞー!」と大声で雄叫びを上げた。その後ろでドアが開く。

 うるさい、と言って職員室から出てきた英語担当の教師が何かのファイルで修威の頭をぱこんと叩いた。

執筆日2014/11/04

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