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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第20話 試験と星のルール
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 しんと静まり返った教室の中、聞こえるのは生徒達が各々にペンを走らせる音ばかりである。そんな中で修威(しゅうい)の手は早くも止まっていた。中間考査1日目、最初の科目は数学だ。修威は決して数学を嫌っているわけでもなく、さほど苦手としているわけでもない。しかしそれも中学校の頃までの話で、高校に入ってからの授業を1時間まともに聞いた覚えは一度たりともないのだった。

 問題文の意味は分かる。解法もおそらくこれだろうという見当はつく。数字の得意な梶野に借りたノートはそれなりに役に立っていて、さすがの修威も公式や定理のいくつかをその頭に刻み込むことに成功していた。しかし、面倒くさい。

 ほとんど白紙のままの紙を睨んで修威はペンを机に置き、腕組みをする。椅子の背もたれに身体を預けて視線を上げると、教卓で試験監督をしている武野澤(たけのさわ)教諭と目が合った。どうかした? と教諭が視線で尋ねて、修威は「何も」と首を横に振ることで答える。問題用紙に乱丁落丁があったわけでも、問題文について質問があったわけでもない。ただ単に開始して10分も経たないうちに試験に飽きただけである。修威はそのまま教卓の上辺りの天井を見てぼうっと意識を宙に浮かべる。

 昨日、梶野の部屋で何かを話したような気がする。正確には話していたのは梶野であって、修威は奇妙な微睡みの中にいてそれを聞いていた。

“その先に何があるのか”

 昨日と同じような微睡みがやってきて、そのときに聞いた言葉の断片を修威の脳裏に蘇らせる。先、ここで魔法を学んだ先に何があるのか。高等学校卒業の資格が欲しいだけなら、わざわざこのレーネ大和瀬高等学校を選ぶ理由は薄い。いや、と修威は首を振る。S・S・R、“Sur(シュール)-Schule(シューレ)-Rule(ルール)(超学校的規則)”適用校ということでこの学校では制服に関する規則が緩い。女子である修威が男子用の制服を着るのに特別な理由は要らない。ただ動きやすい方がいいから、というその一点だけで修威は学生服を着て毎日を過ごすことができる。それは修威にとってとても重要なことだった。

 しかしそもそもどうして修威は女子の制服を着たくないのか。スカートが嫌い、というひとつの理由が浮かび上がる。けれどもそれだけではない。ゆらりと溶けていく思考の奥でその答えらしきものが明確な形を得ようとしている。

 修威は自分の持って生まれた性というものに関して無関心だった。幼い頃は男の子も女の子もなく駆け回って遊び、小学生になってもクラスの皆でつるんでいたものだ。中学生になり、制服としてスカートを身につけるようになってからもそれは変わらなかった。修威にとって、それは気にするべき問題ではなかったのだ。

 いつだっただろう。あるときを境にして修威はそれまで何も問題のなかった自分自身のありようにひどく、そうひどく大きな何かを感じるようになったのだ。それがこうして今の修威の状況を作り上げた。そういうことなのだ。しかしそれが一体何であったのか、具体的なことが思い出せない。

 瞼が落ち、修威の身体が机の上にがくりと崩れる。隣で真剣に試験に取り組んでいた真奈貴(まなき)が一度だけ顔を上げ、そして堂々と修威の様子を眺め、それからまた解答用紙へと視線を戻した。どうせ修威の机の上を見たところでそこにある用紙はほとんど白紙であり、不正行為のしようもない。カチ、カチ、と教卓の上に置かれた試験用のアナログ時計が極めて正確に時を刻んでいく。その無情な音に急かされるようにペンを走らせる生徒達の真ん中で修威だけが眠りに落ちていた。すぴい、という寝息が時折周りの生徒達を苛立たせるが、文句を言うよりも解答に集中した方が得策であると誰もが理解しているために問題も起こらない。監督をしている武野澤教諭は静かな表情で教室全体を眺めていた。それは見ようによってはとても平和な光景だった。


 試験時間も終わりに近付くとペンの音も鈍くなる。詰まってしまった問いに頭を抱える者、解き終えた問題を抜かりなく確認している者、解いてしまえば後は野となれとでもいうかのように問題用紙に落書きをしている者と様々な過ごし方をしている生徒達の中、修威はすっかり深い眠りの中へと沈み込んでいた。解答用紙は最早埋まる見込みのないまま放っておかれている。辛うじて明園修威(あけぞの)と氏名だけは書かれているので試験の体裁としては問題ない。単に赤点で追試が確定しつつあるというだけのことだ。

 そんなときだった。試験監督をしているはずの武野澤教諭がふと教室内から目を離し、そっと窓の方へと歩み寄る。何人かの生徒がその動きに気付いて顔を上げた。武野澤教諭はそんな生徒達にちらりと視線を送り、それから再び窓の外を見る。

 ぱあっ、と突然何もかもが白く染まった。窓の外で閃いた眩しい光が教室の中さえも一瞬何も見えない程に白く明るく塗り潰す。すでに試験の解答用紙を埋め終えていた真奈貴が小さく顔をしかめ、両手をぱたんと机の上に置く。いつでも次の行動に移ることができるようにとの準備だ。勿論そこには隣の席でなおも居眠りを続ける友人を起こすということも含まれている。

 そして教室内に色が戻る。試験中という緊張した時間の中で突然起きた不可解な出来事に生徒達は混乱していた。席を立つ者、隣同士で声を出し合う者、ただおろおろと辺りを見回す者。それぞれがそれぞれに困惑を行動で示す中で試験監督を務める武野澤教諭はゆっくりと教壇へ戻る。

「みんな、落ち着けー。大丈夫、ただの隕石だ」

 隕石? と誰かが教諭の言葉を繰り返した。そう隕石だ、と教諭もまた同じ言葉を繰り返す。

「試験時間が終わったら確認してくるから、みんな最後まで集中して問題に取り組むように」

 教諭がそう言い終えたところで外からどおん、という破裂音が響く。びくりと身体を震わせる生徒達の中でやっと修威も目を覚ました。

「ふいあ?」

「あ、さすがの明園さんも起きたかー」

「へ。あー……時間終わりっすか」

「まだだよー。今ちょっと隕石が落ちてきて、遅れて音がここまで届いたってだけ。さあ残り5分で赤点回避! 頑張って!」

「無理っす」

 修威は遠慮も何もなく素直にそう答え、大きく伸びをするついでに大欠伸をかます。何人かの生徒がそんな修威を呆れたように睨んだが、それよりも試験の方が大事だと気付いてかすぐにそれぞれの手元にある用紙へと向き直った。修威は自分の試験のことなどもうどうでもよくなって、今しがた隕石が落ちたという窓の外へと視線を向ける。

 夏の明るく青い空には薄い雲がわずかばかり浮かんでいた。それを切り裂いたかのような筋が1本、青く地面へと突き刺さっている。あそこを隕石が通り抜けたとでもいうのだろうか。

 隕石の落下は珍しいことではない。特にここ10年程の間は随分とその数が増えており、専門家によればこの星を取り巻く宇宙空間に多くの流星が集まる周期に入っていて、そのために地表へと落ちてくる流星やその燃え残りである隕石も増えているのだということだ。以前は天変地異の前触れだとそれなりに騒がれたこともあったようだが、今では「ああまた隕石か」という程度の反応で済ませられるくらいに誰もがそれに慣れてきている。そうは言っても街のすぐ近くに落ちるというのはそう頻繁にあることではない。音が聞こえたということは隕石そのものが燃え尽きる際に爆発したか、あるいは地面に衝突したかしたのだろう。大きな事故にならなければいい、と修威は他人事のように考えた。そしてそんなことを考えている間に試験時間は終わった。

執筆日2015/02/17

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