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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第17話 ひよこ娘のルール
33/102

1

 何事が起きているのだろうか。修威(しゅうい)達はとにかく土煙の見える方角へと駆けていく。途中で1回修威が足元の石につまずいて転んだ。

「ふべっ!」

明園(あけぞの)……あんたは課外授業の度にコケる宿命でも背負ってんのかよ」

「どんくさいだけだ!」

 呆れたように言いつつも舟雪(ふなゆき)は修威が起き上がるのに手を貸す。修威は言い返しながらも素直にその手を取って立ち上がった。そしてまた走り出す。もたついた2人よりも先に目標の場所へと辿り着いた真奈貴(まなき)が軽く声を上げる。

「大丈夫ですか?」

「うう、痛た……」

 未だ晴れない土煙を前にして1人の女子生徒が地面にへたり込んでいた。どうやら戦闘をしていたようで、その手にはよく使い込まれた金属バットがしっかりと握られている。修威よりも小柄なその少女が振り回すにはあまりに無骨な代物だが、彼女の手には滑り防止のテーピングもしてあり、どうやら荒事には慣れているらしい。その少女がはっと気付いた様子で修威達に向かって言う。

「気を付けてください! まだ動いています!」

「へ、何が?」

 思わず尋ねた修威の目の前で土煙が薄くなっていく。そして中から巨大な木製の獣が現れた。

 先程戦った犬のようなものとはまるで異なる形をしている。長い身体に長い尾、いくつもの節をもつそれをぐるりとくねらせる獣の背中には1対の大きな翼があった。巨体を見上げてもその頭の上がどうなっているのかはまるで見えない。しかし修威はすぐにそれが何であるか分かった。

「ドラゴン……」

 じろり、と木製のドラゴンが修威の頭を見下ろす。艶のあるその目は、しかしやはりただの木だ。赤みがかった色に塗られた眼球の部分は丁寧にやすりをかけた後で光沢の出るニスで仕上げたものなのだろう。翼を形作っているのは薄く細く削り出された木片だ。それをいくつも連ねて滑らかに動くよう細工されている。やはり木でできた牙を覗かせながらドラゴンが吼えた。

 こおおお!

「すっげぇ……なんだこりゃ、部屋に飾りたい」

「正気かよ」

 修威の感想に舟雪が横目に睨む視線を向けるが、彼の意識もまたそこに佇む獣の造形美に捕らわれている。そう、細部まで磨き上げられたそのドラゴンはあらゆるパーツのおそらく全てが木でできているのだ。それでいて身体は優美な曲線を描き、その翼は空を自らの背景を飾る舞台装置に変えんばかりに壮麗で、視線は高みから人をゆるりと睨み据え威圧する。芸術だな、と修威はどこかぼんやりとしながら呟いた。

「あ、あの……」

 そんな修威達の足元で先程の少女がおずおずと口を開く。

「あ?」

「ごめんなさい、その、一応言っておいた方がいいと思って、その」

「はあ」

 ドラゴンの膝元で会話をするという危機的な状況にも関わらず、その少女はもじもじとしてなかなか話を先へ進めようとしない。一方修威もドラゴンの咆哮を背に、どこか呑気に少女が何か言うのを待った。

「ええと、あの、ええと。その竜はこちらが攻撃しない限りは、安全です……」

「あ、そうなんだ……じゃなくてそうなんすか」

 少女の足元、その上靴に描かれたラインが赤いことを見た修威は一応言葉遣いを改める。あまりそうは見えないのだが、どうやら相手は2年生のようだ。

「じゃあ先輩はこいつに手を出してやられたってこと?」

「う、は、はい……」

 少女は恥ずかしそうに耳まで赤くして俯く。修威はふーんと呟くと、ドラゴンへ向き直った。

「木人よりも強い、木人……ってもしかしてこういうことっすか」

 以前梶野から聞いた、4階から上に現れるさらに手強い敵の存在。それがこの木製のドラゴンや、先程の木製の獣などを指しているのだとすれば。

「……作れそうな気はする」

「ああ、歳沖(としおき)部長?」

 真奈貴が言って、修威はうんと頷く。これまで木人部の活動の中で人型以外の木人を見たことはなかったが、雄也と梶野が一緒になって隠していたと考えることは簡単だ。雄也はともかく、梶野は初めから手札を晒すような真似をすることはない。1年生である修威達が自分で4階の攻略に挑み、自分で課題を見付けることをむしろ楽しんで眺めるタイプだろう。

「あの、皆さんは……どうするんですか」

 修威の足元から立ち上がった2年生の少女が小首を傾げながら問い掛ける。短く切り揃えられた前髪の下でくりくりとした丸い目が不安そうに修威を見つめている。修威はその姿を見て何か違和感を覚えたものの、その正体にまでは思い至ることができなかった。代わりにその姿からどことなく生まれたての雛鳥を想像する。不安そうな、それでいて真っ直ぐにこちらを見る目はまるでひよこのそれのようだ。修威はそこまで考えてから改めてドラゴンを見やり、うーんと唸る。

「ま、1回戦ってみねぇことにはどうするもこうするもねぇしなあ。……やりますよ」

 そう言って修威は鉛筆槍を構え、その動作に応えるようにしてドラゴンが唸り声を上げる。少女がひぃっと声を上げて身をすくませた。

「あー、明園の無茶が始まった」

 舟雪はそうぼやきながらも携帯ゲーム機を両手で持ち、ボタンに指をかける。真奈貴はそんな2人を見てそっと溜め息をつきながらも愛用の本を開いた。

「先輩、多分修威ちゃんはまともに戦えないと思いますから下がっていた方が安全ですよ」

 真奈貴が言い、修威は「おう、多分その通り!」と元気よく返す。

「一戦目でこんなでけぇのに勝てる程、俺は強くねぇっすからねー」

「そのノリでよく挑もうとするよな、あんた」

「我ながらそう思わないこともない」

 ふへっ、と修威は溜め息にも似た笑い声を漏らして舟雪を見る。舟雪もまた苦笑を返しながら修威を見て、それからドラゴンへと視線を転じた。

「悪いとは思わねぇよ。オレも」

 そこで言葉を切り、舟雪は一度ふうと大きく息を吐き出す。

「オレもこのままでいたくはねぇし」

 ドラゴンは吼えない。高く吹く風の音以外に聞こえるものは何もない。舟雪の決意の込められた言葉の余韻が空間に溶けていき、そして修威が静かに口を開く。

「……ワンコ」

「ワンコって呼ぶんじゃねぇ! せっかく格好つけたんだぞこっちはぁ!」

「おう、だから敢えて呼んでみました」

「明園ぉお!」

「いえーい、カッコつけ台無しー」

 がくりと項垂れる舟雪に、棒読みの修威。それを何ともいえない目つきで見やった真奈貴が2人から数歩距離を取って他人のふりを試みる。あまり意味はない。呆気に取られながら修威達を見ていた少女がふと気付いたように笑みを零す。

「なんか、いいですね。仲間……って感じ」

「おう? あ、先輩そこにいると本当に巻き込むと思うんで下がっててください」

「あ、いえ、あの。ご迷惑でなければ……私も」

 そう言って少女は下がり気味だった眉尻をきりりと上げてみせる。それでも表情に迫力と呼べる程のものはないが、彼女の声はしっかりとした響きをもって空気を震わせる。

「私ももう一度挑みたい、と……思います!」

「おう。じゃあよろしく」

「は、はい!」

 よろしくお願いします、と少女は丁寧に頭を下げた。修威はそれを横目に見ながら口元を歪め、尖った鉛筆槍の先を木製ドラゴンへと向ける。

「っつーわけでよろしく頼むぜ、ドラゴンさんよ!」

 こおお、とドラゴンは何かを告げるように鳴き声を漏らす。その瞳が赤く輝き、開かれた口の中に光の玉が現れる。それを見た少女が金属バットを構えながら修威達に向かって叫ぶ。

「閃光が来ます、目を閉じて……10秒! 次、爪攻撃来ます! 明園さん、左に3歩避けてください!」

「え、うえっ!?」

 思わず言われた通りに動いた修威の右をドラゴンの鋭い爪が掠めていく。間一髪、攻撃を避けることに成功した修威は少女の方へと振り返った。

「え、もしかして相手の動きが読めるとかそういう魔法っすか」

「いえ、あの、そんな大層なものじゃないです! あ、背中に炎の息が来ます!」

「え、わあ!?」

 詳しく話を聞いている余裕はなかった。予告された攻撃に対して修威は何とか反応してドラゴンを見る。しかしそのときにはすでにその大きく開かれた口から灼熱の火炎が吐き出されていた。うっかり目を閉じた修威は横からどんと身体を押されてその場に倒れ込む。地面が焼き穿たれ、土煙が上がった。

「おおお、助かったぜワンコ」

「あんたもう少し危機感持って戦えねぇのかよ!」

 修威を助けた舟雪が、上着を少しだけ焦がしながら怒鳴る。面目ない、と呟いて修威は改めてドラゴンを睨んだ。

執筆日2015/01/29

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