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ジャージの女子生徒が説明したところによると、このテント地帯は4階を攻略するためのベースキャンプであり、生徒が自由に使っていいことになっているらしい。ちなみにトイレ用テントも完備しているとのことで、まさしくキャンプといった様子である。4階の攻略には時間がかかるため、ここで準備を整えるなどして何回にも分けながら探索を進めていくのが定石なのだそうだ。
「探索……何を探すとか、そういう目的っていうのはあるんですか」
舟雪が尋ねると、女子生徒は困ったように口元を歪めてうーんと唸った。
「それが、分からないんだ。先生が言うにはそれもまたここの課題のひとつなんだって」
「ああ、なるほど。じゃあこの不安定なフィールドでうまく生き延びながら目的を捜してクリアする……その全部が課題ってわけか」
「そうそう。君ぃ、呑み込み早いね!」
ぱちぱち、と女子生徒は手を叩く。舟雪は「嬉しくねぇ」と小さな声で呟いてから大きく溜め息をついた。彼が口を閉じたため、真奈貴が続けて女子生徒に質問をする。
「さっき言っていた“荒廃の庭”っていうのは何ですか」
「ああ、あれね。誰が言い始めたのかは知らないけど、ここの通称。まるで遠い未来、それとも近い将来にかすっかり荒れ果てて人間が住むことが難しくなってしまったこの星の光景みたいだって。それを再現、じゃないか。予言するような箱庭がここだっていうことで“荒廃の庭”っていうんだ」
その説明を聞いて修威は前回の課外授業の後でジョージと会話したことを思い出す。この荒涼とした光景を何だと思うか、と尋ねられたのだったか。正解を求められていたわけではなかった。ただ率直な感想をと言われ、修威は確かこう答えたのだ。
「天変地異か何かで人間がろくすっぽ生きていけなくなった世界の景色みたいだ」
修威の言葉にジャージの女子生徒が顔を上げ、ふっと目を細める。彼女は黒々としたおかっぱ頭を揺らして頷いた。
「本当にそんな感じ。ねえねえ、君達はもしこんな世界に放り出されたらどうする?」
「どうする?」
修威は聞き返し、女子生徒は微笑んで沈黙している。まるであのときのジョージのようだと思いながら修威は肩をすくめて言う。
「そりゃあ、そのときになってみないと分からないっすよ。俺達はここが課外授業の間だけの魔法で、本当は校舎の4階だってことを知ってる。それじゃいくら景色がひどくたって現実感なんて本物には全然届かないんでしょう」
「そっか」
そうだね、と女子生徒は眉尻を下げて笑う。修威達は話を聞かせてくれた彼女に礼を言うと、他の生徒にならって辺りを探索するべくベースキャンプを後にした。1人残された女子生徒は曇天を見上げてうーんと唸る。
「なんていうか、私もまだまだだ」
そして彼女は近くに張られた蛍光グリーンのテントへと姿を消した。
一方、キャンプを出た修威達は荒野の中で敵に遭遇していた。敵と言い切っていいものかどうかは実際のところ分からないのだが、突然襲い掛かってきたのだからとりあえずは敵と判断した方がいいと思われる。それは木製の四肢を滑らかに動かして大地を蹴ると、人間ではありえない速度をもって修威達へと噛み付いてきた。
「なんだこいつぁ!」
鉛筆槍を振りかざした修威が叫び、襲ってきたそれを払う。文庫本を手にした真奈貴がその一節を朗々と読み上げる。
「“獣の足は速かった。しかしそれよりもなお速く駆ける炎が大地を黒く焦がしながら獣の足を焼き止めた”」
「よくもまぁ、そんなぴったりな文章があるもんだな」
そう言いながら舟雪が携帯ゲーム機を操作して、真奈貴が魔法の炎で焼いた木製の獣に向けて何やら光線のようなものを放つ。獣は一声ぎゃんと鳴くと、そのまま動きを止めた。修威は自分の背丈程もあるその獣を、あるいは獣に似せて造られた木製の何かをとっくりと眺め、訝しげに首をひねる。
「これ、まさか木人……なのか?」
「人じゃねぇだろ」
舟雪が言って、修威の隣に並ぶ。彼は靴の先でちょいちょいと木製の獣をつつき、それが完全にただの木像と化していることを確かめた。
「じゃあ、もくじゅう? もっけん?」
「いや、知らねぇし……後で先輩方に聞けばいいだろ」
そう言いながら舟雪はゲーム機を片手に背後へと向き直る。修威もまた「むう」と唸りながらもそれにならった。今は木像の正体を論じているときではないのだ。
「とりあえず……多いんだよ!」
鉛筆槍を手に修威が怒鳴る。その視界にはたった今倒したものと同じような木製の獣が10頭ばかり、群れをなしてずらりと並んでいるのだ。それは1体1体が修威と同じくらいの背丈をしており、簡単に相手にできるものではない。修威はぎりりと奥歯を鳴らす。
「つうか、こいつ……似てんな」
ぼそり、と舟雪が言った。真奈貴が「何?」と尋ねて、舟雪は少し考えてから答える。
「前に抜き打ちの避難訓練があったろ。あのとき明園とオレは外にいて、ちょうどこんなような獣が空から落っこちてきたとこに居合わせたんだよ。あれは木じゃなくて普通に毛の生えた獣だったけど、形はよく似てる」
「そうなんだ」
「ああ。犬っぽいけど犬じゃねぇ。かといって猫系でもねぇし、他の何かにも見えねぇ。これは……何なんだ?」
問い掛けるような舟雪の声に応えるものはなかった。真奈貴は無言で文庫本をめくる。修威は鉛筆槍を構えて相手の出方を窺う。そして舟雪はそんな2人の後ろで鮮やかなパープルメタリックのゲーム機を手に呟く。
「そういうのは後回し、か」
「襲ってくるの倒さねぇことには進めねぇからな。行くぞ、真奈貴ちゃん。ワンコ!」
「あんたこの期に及んでまだその呼び方かよ!」
舟雪の抗議の声が虚しく響く中、戦いの火蓋は切って落とされる。駆ける修威に対して舟雪がゲームを起動し、その移動力に補助の効果を付与した。真奈貴は修威達と木製の獣の群れとの間に炎の壁を築き、その足を止めることで時間を稼ぐ。修威はペンケースから金属製の定規を取り出すと、巨大化させたそれを盾代わりにして炎の壁を破り、獣の群れの中へと踊り込んだ。
「おっらぁあ!!」
「明園、動くな!」
舟雪が叫ぶ。彼が手元のゲーム機のボタンを強く押し込んだその瞬間、修威を中心として光の波が周りを包み込んだ。
「うっぷぁ!?」
修威の頬を撫でる風がびりびりと震える。眩しい光に目を閉じると、木製の獣のものと思われる断末魔の鳴き声が幾重にも重なって響いてきた。やがて瞼の裏を赤く染めていた光が収まったところを見計らって目を開いた修威の視界には、その場に折り重なって倒れてぴくりとも動かない獣の群れの様子が映る。
「お……おお? 苗田、今お前何した?」
「あんたのいる地点に透過したあんたの身代わりを作って自爆させた」
「は?」
「そういうゲームがあんだよ。爆弾ばら撒きパズルゲー。そのギミックのひとつで、身代わり爆弾ってのがあんの」
「おいこらちょっと待て、それひとつ間違ったら俺まで怪我するんじゃ……」
「だから動くなって言っただろ。あんたも動かなかったし、それでうまく周りの敵だけ潰せたんだからいいじゃねぇか」
「よくねぇよ! そういう仕掛けがあんなら先に言え!」
「あんたが単騎突出するから言う暇なかったんだよ! つうかあんた、1人で群れに突っ込むとか馬鹿か! あのまま鉛筆ぶん回してたって勝てるわけねぇだろうが!」
ぎゃあぎゃあ、わあわあ。敵の群れを一掃して興奮していることも手伝い、修威と舟雪の言い合いはどんどんと熱を帯びてくる。そんな2人を呆れ顔で眺めていた真奈貴がふと顔を上げた。
「ちょっと黙って、2人共」
「何が身代わり爆弾だ! 身代わりなら俺のこと逃がすとかそういう仕組みになってねぇのかよ!」
「その辺の文句はゲーム作った奴に言え! オレに言われたってどうにもできねぇんだよ!」
「だったらやっぱ先に言え! 危ねぇだろうが!」
「だからそういう作戦伝えるにもあんたが1人で突っ走るから……」
ばん、と大きな音がして、修威と舟雪の間で小さな爆発が起こる。驚いて言い合いをやめた2人の横で真奈貴が黄緑色の表紙の本を片手にとても綺麗な笑みを浮かべた怒り顔で告げる。
「黙って、修威ちゃん、苗田くん」
「へい……」
「お、おう。悪い」
小爆発の衝撃と真奈貴の凄みに黙らされた修威達の耳に、やがて何か悲鳴のような音が届く。え、と顔を上げた修威は辺りを見回した。見える範囲には何もない。真奈貴が舟雪を見やって、舟雪ははっと気付いた様子でゲーム画面を起動する。しばしの間の後、舟雪が声を上げる。
「あっちだ!」
ゲーム画面を利用して悲鳴の出所を探り当てた舟雪が、修威から見て左の方向を指差した。まさにそのとき、ちょうどその場所に小さな土煙が上がった。
執筆日2015/01/27




