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偶然ね、と寧子が嬉しそうに微笑む。雄也に見付かった修威達は店を出て2人と合流したのだった。艶やかな服をまとう寧子は足取りも軽く、対して雄也はいつもの作業服姿とそれほど変わらない出で立ちながらどこかリラックスしているようにも見える。眼鏡、と修威が言うと雄也はああと頷いてその黒い縁を小さく持ち上げた。
「普段はほとんど必要ないんだが」
「運転のときはないと危ないんですって」
後を引き取った寧子がそう言って、修威は「運転?」と聞き返す。寧子は両手を前に出し、その片手をくいと捻ってみせた。
「バイクですか」
真奈貴が軽く驚きながら言うと、これまた寧子が楽しそうに頷く。どうやら2人は寮からここまで電車ではなくバイクでやってきたらしい。
「雄也と出掛けるときはいつも後ろに乗せてもらうの。とても気持ちがいいのよ」
「バイクに乗る時は危ないからあまりひらひらした服を着てくるな、といつも言っているんだが」
「あら、だってせっかくの休日デートなのよ? できるだけ可愛い服で来たいじゃない」
「雛摘は元が美人だから、何を着ていても充分に可愛いと思うぞ」
さらりとそんなことを言ってのける雄也に寧子がぽっと頬を染める。修威と真奈貴は自然と2人から目を逸らし、互いに顔を見合わせてわずかに口元を歪めた。
「知らんかったー、部長こんなタラシの常套句みたいなこと言えるんだー」
「多分天然」
「んだよね、これは。いやぁ、俺びっくりですよ」
「うん」
「どうかしたのか、2人共」
普段愛想の悪い部長はただ寧子に踏まれて喜んでいるだけでなく、天然ながら真っ当に彼女の心を掴んでもいるらしい。おそらく彼の目から見て寧子が綺麗なのは、彼自身がそうさせているのだ。恋心に頬を赤く染める少女はとても可愛らしい。
「なんでもねぇっす。部長達、デートなら俺らお邪魔でしょう?」
修威が言うと雄也は何が邪魔なのか分からないという顔をする。
「いや、そんなことはない。今日は部活に必要なものを買いに来たんだ」
「えーと」
「工具類は学校のものを使わせてもらっているが、そろそろ消耗品を買い足さなくちゃならなくてな。部費も予算から出ることになったから、少し多めに用意しておこうと思う」
「あー……そうっすか」
歳沖雄也の頭の中に今あるのは部長として木人部を取りまとめるという責任感ばかりのようだ。さすがの修威も何と言ってよいやら分からなくなってそっと寧子の表情を見やる。しかし彼女は意外にもにこにこと楽しそうに笑っていた。
「あら、気にしなくていいのよ。雄也のこれはいつものことだもの」
「いいんですか」
「ええ。それにね、しゅーいくん」
寧子は声を潜め、修威の耳元にそっと唇を寄せて囁く。
「雄也がこんな風に誰かと一緒にいるって、そうないことなのよ。学校でも寮でもいつだって彼は1人。寄せ付けたとしてもせいぜい梶野くらいのものでしょう。だからこれで充分なの。あたしは雄也に傍にいてもいい存在だって思ってもらえているのよ」
「はぁ……そういうもんですか」
そうよ、と答えて寧子はふわりとカーディガンの裾を翻す。束ねた髪がぽんと跳ね、赤いヒールが床を鳴らす。
「あなた達さえよかったら、一緒に回りましょう?」
こうして修威達は雄也と寧子のデートの邪魔をすることになったのだった。
“かぜらば”には雄也の求めているような工具を取り扱う店も勿論入っている。キッチン用品の店と近いということもあり、修威達はまず工具店へと向かった。真奈貴が具体的に何を買うのかと雄也に尋ねる。
「まずは紙やすりだ。木人の細部の仕上げに大量に使うからな」
「そうですね。他には?」
「人数分の作業用ゴーグルが欲しいところだ。1年もいつまでもやすり掛けだけしていてもらうわけにはいかない。これから1年のレベルが上がるにつれて木人の補修作業も増える。効率のいい作業ができる環境を整えたい」
木人製作のこととなるといつもより幾分饒舌になる雄也がそう言いながらカートに必要なものを入れていく。修威はその後ろをついて歩きながらきょろきょろと辺りの棚を見回した。工具店などこれまで縁のなかった場所なので、物珍しさからつい色々なものへと目が行く。
「おおー、スパナとかかっけぇ」
鈍い銀色に輝く工具類は昔から変わらない形を保っているものが多いのだと雄也が言う。人間が使う道具は時の流れの中で徐々に洗練されていき、やがてその形状が収まるべきところに落ち着くとそこからはあまり変わらなくなるのだと彼は語った。
「だが、そうして究極化された“もの”は例外なく美しいんだ」
「はあ。整っているってことですかね」
「そうだな。その文化における最高の調和と律動を突き詰め、目的のための純化を尽くした結果がその形になっている。いわば進化の最終形態だ」
「はあ」
「今あるものが根本から壊れて新たなものが生まれない限り、自然とそれが最も美しくあると感じられるんだろう」
「……んん?」
どうやら雄也の話は修威が理解するには深すぎるようだ。そうこうしているうちに工具店での買い物が終わり、次は雄也達が修威の買い物に付き合ってくれるという。目的のキッチン用品売り場に行くと、そこには修威が探しているような手頃な大きさの電気ポットが何種類も並んでいた。その色や形は様々で、同じ容量でも値段にかなりの幅がある。
「うわ、迷うわこりゃ」
「ゆっくり選んでいいわよ」
歩いているだけでも楽しそうな寧子がそう言うものの、修威としては日用品を選ぶのにさほど時間をかけたくはない。修威はポットにインテリアとしての価値を求めているわけではなく、純粋に部屋で湯を沸かしたいだけなのだ。
「安いやつでいい。でも壊れにくいやつがいい」
限りなくコストパフォーマンスのみを重視したことを言って、修威は棚に並んだポットの群れを眺める。この中から修威の求めるような商品を見付け出すのは骨が折れそうだ。真奈貴は「ちょっと他のところを見てくるね」と言って別の棚の方へ行ってしまう。ゆっくり選んでいいから、と寧子と同じことを言い残されて修威はわずかに顔をしかめた。
「やべえ、すでに結構面倒臭くなってきた」
「明園は買い物が苦手なのか」
修威の傍でポットを見ていた雄也が言って、修威は声もなく頷く。こうしてたくさんの商品の中から目当ての品を選ぼうとするとだんだんとどうでもよいという気分になってくるのだ。もうポットなど買わなくてもいいのではないかとさえ思えてくる。
「苦手っすねぇ……」
修威が重く溜め息をつくと、そうか、と雄也が彼にしては珍しく苦笑混じりに頷いた。
「だったら、雛摘に選んでもらうのはどうだ」
「あら、あたしが出しゃばっていいのかしら?」
雄也の隣に留まっていた寧子がやはり楽しそうに言って、修威はもうそれでいいからお願いしますと選択を彼女に委ねた。寧子のことだから実よりもデザインの可愛らしさを重視するかもしれないが、それでもいい。修威はそう思って一度目を閉じて天井を仰ぐ。ふう、と大きく息を吐き出して待っているとやがて寧子が「これがいいんじゃないかしら」と展示されているポットのひとつを指差して修威を呼んだ。
そこに佇んでいたのは清潔な白色に一筋だけ黄緑色のラインがアクセントとして描かれた、とてもシンプルなデザインの品物だった。容量は0.8リットルと修威が1人で使う分には申し分ない。値段も手頃で、試しに持ち上げてみたところ軽くて使いやすそうだ。商品を見た雄也が「いいんじゃないか」と口を挟む。
「コードの長さも寮の部屋に置くならちょうどいいだろう。それにこの作りならもし故障しても直せる」
「え、部長がですか」
「ああ。もし使っていて困ったことがあれば持ってきてくれ」
「わあ……そりゃあすげぇ。ありがとうございます」
修威は一も二もなく頷いて、ポットをレジに持っていき会計を済ませた。それから改めて2人に礼を言って店の外に出る。そこには休憩用のベンチがあり、真奈貴が座っていつものように本を読んでいた。
「おーう、真奈貴ちゃんお待たせ」
「いいのあった?」
「うん、先輩に選んでもらった。いやー、すっげーぴったり俺好み」
「よかったね」
ほら、と修威が掲げてみせたポットの箱を見て真奈貴はうんと軽く頷く。それから彼女はふと思いついたようにベンチの隣に置かれたモニュメントに視線をやった。白い石でできたそれは何人もの人間が手を繋いだ様子を模しているようで、それがぐるりと円を描きながら宙に舞うような形をしている。
「修威ちゃん、“かぜらば”ってどういう意味か知ってる?」
「へ? いや、知らない」
「ここに書いてある。“かぜる”は仲間に入れるっていうこと」
真奈貴の指差すモニュメントの台座にはこの施設の名前の由来が書かれていた。多くの種類の商業施設や公共施設が集まるこの場所に多くの人々が集えば街に活気が溢れる。そうしてここがどんどんと楽しい場所になっていく。そう願ってここは“かぜらば”と名付けられたのだという。
「へー」
修威はそうとしか言えなかったが、不思議と何かが腑に落ちるような感覚があった。ふと振り返ると雄也と寧子が穏やかな表情で並んでいる。真奈貴が本をバッグにしまいながらベンチから立ち上がる。
「じゃあ、行きましょうか」
長い黒髪とワンピースの裾を翻して歩き出した彼女の後を、修威はポットを抱えて追い掛けたのだった。
執筆日2015/01/21




