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「よう、番人!」
鉛筆そのものでしかない槍を手に、修威はいつもより少しだけ距離を取ったまま階段の番人たる巨木人に声を掛けた。挑戦者と戦うべく巨木人が起動する。そしてお決まりの台詞を口にした。
「上靴のラインが緑、ということは1年生か。やめておけ、我を突破するにはまだ早い」
「その台詞を聞くのも今日で最後だ。お前を倒して4階に行く……俺達でな!」
「ステージセレクト、勝利条件ボスの討伐。敗北条件プレイヤーユニットの死亡、または制限時間内でのボス討伐失敗。スタート!」
修威の言葉にかぶせるように舟雪が紫色のゲーム機を操作しながら叫んだ。するといつかのように空間に光の線が走り、辺りを格子状に区切る。それは舟雪が制御できる魔法の範囲を示しており、光の線で区切られたマス目を1単位として修威達も動くことになる。
「頼むぞ、苗田」
「……ああ、任せとけ。あんたらは好きに戦ってくれ。ユニットの操作はオレがやる」
灰色の髪を揺らして舟雪が頷く。修威は巨木人の正面に2マスの距離を保って立ち、真奈貴はその右斜め後ろのマスに立った。共に得物を構えて戦闘に備える。巨木人が動いた。
巨木人の腕は丸みを帯びた木をいくつか連ねた造りをしている。それは巨木人の大きな身体に相応しい長さを持っており、攻撃は2マス先まで届く。しかし修威も真奈貴も今はその攻撃範囲の外にいるため、攻撃が当たる心配はない。
巨木人は階段を守るため、そのマスから遠く移動することはできない。動くことができてもせいぜい階段正面を中心に前後左右に1マスずつであり、そこから攻撃可能な範囲は決して広くない。しかしその攻撃力は高く、修威達の体力ではせいぜい3回程度の攻撃にしか耐えられないだろう。運よく避けることができたとしても次はどうなるか分からない。
だから修威達は自分達がやられる前に巨木人を攻撃し、倒さなくてはならない。それだけ聞くと単純な話だが、それができていればここまで苦戦はしないのである。そこで舟雪の魔法が重要な役割を果たすことになる。
巨木人が一度行動したなら、次は修威達の動く番だ。この勝負においては舟雪のゲームが指定する順番で双方が行動することになる。いわゆるターン制という仕組みだ。これで互いが同時に動くことはなくなり、またそれぞれの行動回数も計算して把握できるようになる。
舟雪が真奈貴に攻撃を指示した。真奈貴はその場から動かずに黄緑色の表紙の文庫本を開き、広範囲に効果を及ぼす魔法を選んで発動させる。
「“凍てつく空気が、吹き付ける雪がその足元を凍えさせる。重い身体は感覚さえも鈍く、最早動くことなどできそうにない”」
辺りに吹雪が巻き起こる。その魔法は範囲内のユニットが1ターンに移動できるマスを1つ減らすという効果をもたらした。巨木人の移動可能歩数は元々1であるため、これで巨木人はしばらくの間その場を動くことができなくなったわけだ。一方、修威達は巨木人と比べて身体も軽く動きも速いため、歩数のマイナスは大きなハンディにはならない。
「おっもしれぇ!」
次は修威が行動する番である。修威は2マスの距離を一気に詰めると、巨木人に向かって鉛筆槍を振るった。いつもであればその身体を傷付けることなどできない攻撃である。しかし舟雪は修威を『ファイター』ユニットとして設定していた。それによって攻撃力、命中率が格段に上がる。
「おらぁ!!」
ばきぃっ、と景気のいい音がしてただの鉛筆であるはずの槍の穂先が巨木人の胴体に突き刺さった。おお、とそれをやってのけた修威自身が驚きの声を上げる。
「すっげ、刺さったー!」
「明園、カウンター来るぞ!」
舟雪が叫ぶ。ユニットが攻撃を仕掛けた場合、相手ユニットは自動的に反撃行動を取ることになる。巨木人は舟雪の魔法が敷いたゲームのルールに則ってその長い腕を振るった。しかしその動きは先程の真奈貴の魔法によって鈍くなっており、修威は間一髪のところで攻撃をかわすことに成功する。
「っしゃ! ほぅら木人さん、次はどう来る!?」
「いや、移動制限かかってっからその場からあんたを攻撃するしかねぇだろ」
舟雪の言葉通り、巨木人は自分の行動順が来るなり修威に向けてその腕を伸ばす。不意をつかれた修威は避けきれず、攻撃を受けて1マス後ずさった。
「痛って!」
「一撃で済んでよかったな。じゃあ次、大和瀬頼む!」
行動の指示を出すのは全て舟雪の役割だ。このフィールドにおいてはプレイヤーである舟雪に全ての操作の権限がある。真奈貴は彼の指示に従い、2マスの距離を正面に向かって移動する。すると修威と真奈貴が真横に並ぶ形になる。そして真奈貴は再び文庫本を手に、その一節を読み上げる。
「“お守りです、と少女は告げて光る石を少年に託した。これを肌身離さず身につけていれば、炎の精霊がその身を守ってくれるのだという。少年は礼を言って石を受け取った”」
「おう、ありがとう真奈貴ちゃん」
真奈貴の手にある文庫本から淡い光が浮かび上がり、読み上げられた文章の通りに石の形を取って修威の手の中に収まる。よし、と舟雪が小さく呟いた。修威が背後の舟雪に問い掛ける。
「ワンコ、次俺はどうすりゃいい?」
「明園はその場で待機して属性変更」
「え、攻撃は? 踏み込めば届くぞ」
「ああ。でもその一撃の威力じゃ巨木人は倒せない。あんたは反撃でクリティカル攻撃食ったら戦線離脱の可能性が高い。どっちにしろ、『ファイター』で踏み込んだら防御が手薄なまま次のターンで向こうの攻撃を食らう。まず死ぬ」
「死ぬとか言うなよ」
勿論これは授業であり、実際に生命に危険が及ぶことはない。しかし攻撃を受けて動けなくなればそれはゲームでいうところの死と同じ扱いになる。
「くっそー、待機か!」
「まだ時間はある。ターンを稼いで、次のこっちターンで決める!」
舟雪は自信たっぷりにそう宣言した。巨木人が自分の行動順になったことに気付いて1マス向こうにいる修威へと腕を伸ばす。真奈貴の魔法の効果がいくらか弱まっているのか、その攻撃は先程より速い。修威は避けられず、その場に尻餅をつく。しかし修威はすぐに立ち上がると改めて槍を構え、反撃に出た。攻撃を受けた後の反撃であれば当たろうが外れようがさらに反撃を受けることはない。
さらに、舟雪は先程のターンで修威のユニットの属性を『ファイター』から『トラッパー』に変更していたのである。属性変更を行ったターン、そのユニットは攻撃行動ができない。だからこその待機指示でもあったのだ。
『トラッパー』は防御力と、反撃時の攻撃力が上昇する。故に修威は巨木人の重い一撃を受けてもすぐに立ち上がることができて、さらに反撃として鉛筆槍を振るってその長い腕を構成している木片のひとつを打ち砕くことにも成功した。
「うおらぁあ!」
修威が雄叫びを上げるのと同時にその手の中で光る石が明滅し、巨木人の腕がごおっと音を立てて燃え上がる。真奈貴の魔法の効果が発動したのだ。巨木人の片腕が中程から折れて床に転がる。
「よし、大和瀬! 1マス踏み込んで攻撃! その後に明園!」
「ええ。“捕らえられた男の足元に炎の柱がそそり立つ。紅蓮の炎は高く天井を舐め、舞い降る火の粉がさらに男を苦しめた”」
真奈貴が読み上げた文章が炎の魔法となって巨木人を焼く。真奈貴のユニット属性は『ファイター』であり、普段よりも防御力が下がっている代わりに魔法の威力は上がっている。さらに真奈貴の唱えた呪文には相手の防御力を下げるという付加効果もあった。巨木人が真奈貴に向けて反撃するが、その攻撃は先程焼け落ちた腕の分だけ範囲が狭くなっており、真奈貴には届かない。巨木人の反撃が終わるやいなや、修威が槍をその頭へ向けて叩き込む。
「外してなんてやらねぇからなぁ!」
どん、と爆音に近い音がして修威の鉛筆槍が砕け散った。渾身の一撃は所詮『トラッパー』状態での威力しかないが、そこに真奈貴による炎の加護と巨木人の防御力低下が加味されて通常以上の打撃をもたらす。そして修威の攻撃は見事、巨木人の頭を首元近くまで真っ二つに切り裂いたのだった。
執筆日2015/01/06




