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「またも先輩に美味しいところを持っていかれました」
ぶすくれた表情で言う修威に、助けに入った男子生徒は困ったような笑顔を向けて答える。
「だって、そうでもしないとしゅいちゃんが怪我をしちゃうでしょ」
「しゅいちゃんて言わないでください」
「しゅいちゃん、助けた僕にお礼は?」
「ありがとうございました、七山先輩」
「んもう、梶野お兄様って呼んでいいんだよ?」
「七山先輩」
「しゅいちゃんつれない」
そんな修威達のやりとりをよそに校内放送が課外授業の終わりを告げる。校内から木人の気配が消え、生徒達は一仕事終えた清々しい表情で各々の所属する教室へと戻っていく。しかし修威はその流れには乗らず、巨木人の消え去った上り階段を苦々しい顔で睨み付けていた。
明園修威、15歳。このレーネ大和瀬高等学校にこの春入学したばかりの1年生である。入学してひと月も経たないうちに居眠りの常習者となり、また同じく入学してひと月で課外授業の評価点が2年生の平均を上回ったというやや異色の少女でもある。
この学校ではこのように頻繁に課外授業が行われるため、動きやすさを重視して入学当初から男子用の制服を選ぶ女子生徒も少なくない。修威もそんな1人だったが、どちらかといえば女子の制服を着たくないという意思の方が強かった。男勝りというよりは、女を捨てているという印象である……とは教室内での評判である。
柔らかな茶色の髪を短く刈り、焦げ茶色の目を鋭く光らせた修威という少女は確かに一見すると少年にしか見えない。ただ、学生服を着崩して居眠りに勤しむその姿は性別がどうこうという以前にとにかくだらしがないのだったが。
一方、そんな周囲の隣に淑やかに佇む少女は大和瀬真奈貴といい、この学校の創始者の遠い血縁に当たるそれなりに由緒正しいお嬢様である。長く伸ばした黒髪を軽くまとめつつなびかせ、青みがかった瞳を覆う長い睫毛をぱちりと上下させればどこか愛嬌も見受けられる少女らしい美が辺りを華やいだ空気に変える。修威と同じく今年入学したばかりの1年生だが、課外授業の成績は上級生に引けを取らない。また、授業態度も真面目であるために教師陣からの評判もいい。
しかし修威は知っている。真奈貴が実は修威に負けず劣らずの居眠り常習者で、ただその寝姿がとても姿勢よく何かを深く考えているように見えるために誰にも気付かれないだけなのだと。もっとも、そうは言っても修威と比べれば居眠りの頻度は少ない。修威は一日のほとんどを寝て過ごしているのに対し、真奈貴はせいぜい二日に一度、それも30分程度の軽い居眠りをするだけである。優等生がその程度の居眠りをしたところでそもそも教師だって咎める気にもならないだろう。何しろその隣には何度起こしても性懲りもなく寝るがゆえに叱り甲斐があるのかないのかすら最早分からなくなりつつある怠け者がいるのだから。
そして最後に、先程巨木人をあっさりと倒してのけたのが3年生の七山梶野、17歳である。それは修威が入学して最初の課外授業を受けたときのことだった。今日のように勇んで巨木人に挑んだ彼女は今日よりもさらに呆気なくその木製の太い腕に跳ね飛ばされ、床に強かに頭を打ちつけた。ぐう、と唸った彼女に止めを刺そうと近付いてきた巨木人だったが、一瞬のうちにその腕が何か小さなものによって断ち切られてぼとりと床に落ちていた。痛む頭を押さえつつ身体を起こした修威の目に映ったのは、何事もなかったかのように微笑みながら巨木人の身体を見えない刃で切り刻む梶野の姿だった。 以来、梶野はよく修威に話しかけてくる。その内容は主に忠告だったが、ときに修威をからかうようなものもあった。しゅいちゃん、という呼び名もその一例である。
「七山先輩のそれ、どうなっているんですか」
修威はやっと階段から目を逸らして梶野の手元を指差す。ただし、その目は剣呑に細められたままだ。梶野は修威の鋭い視線などまるで意に介していない様子で「これ?」とその手に持った数枚のカードを掲げてみせる。
「僕の武器だよ、しゅいちゃん」
「しゅいちゃんって言うな」
「じゃあ代わりに僕のことを梶野お兄様と」
「呼ぶもんですか」
「梶野お兄さん、くらいに負けてあげてもいいよ?」
「七山先輩。そのカードのことを教えてください」
「つれないなぁ、しゅいちゃん」
梶野はそう言いつつも楽しそうにカードを修威の前に広げた。それは銀色の縁取りを施された、少しだけ高級感のあるトランプである。実は修威は以前にもこうやって梶野のカードを見せてもらったことがある。巨木人の硬い木をいとも簡単に切り裂くそのカードに一体どんな秘密があるのかと思って表も裏もじっくりと見せてもらったのだが、特に変わったところは何もなかった。仕方がないので神経衰弱をやって遊んだ。梶野には勝てなかった。
「七山先輩はカード以外の道具は使わないんですか」
これまで横で黙って2人のやりとりを見ていた真奈貴がそっと口を挟むと、梶野は彼女にも人懐こい微笑みを返して「いいや」と答える。
「こういうものもあるよ」
そう言って梶野が制服のポケットから取り出してみせたのは、宝石のように透き通った色とりどりのサイコロだった。ただし、一般的な立方体のものではない。いや、よく見ると中に2つほど立方体の形をした6面サイコロもあるのだが、それよりも目立つのが8面、12面、20面などの多面体サイコロである。梶野はその中からスモーキークオーツのような濃く透き通る灰色をした20面サイコロを摘み上げる。
「カードは実際、ただのトランプだから。僕のはこれがないと始まらない」
「カードにダイス。名前に引っ掛けて選んだんですか」
「カジノだから? うん、それもある。だけどそれより大きいのは、僕の“魔法”が確率変動によるパラメータ操作だからっていう理由かな」
今は勿論使えないけどね、と梶野は楽しそうに言いながらカードとサイコロをしまう。それを目をすがめて見ていた修威がふと何かに気付いた様子でポンと手を叩いた。
「そうか、ただのトランプの強度をダイスで操作して変えてるのか。てこた先輩、それを応用して俺の鉛筆の芯の強度も上げられないっすか!?」
勢い込んで叫ぶ修威に梶野はにっこりと笑って。
「しゅいちゃんが僕のことを梶野お兄様って呼んでくれたら考え」
「あ、じゃあいいっす」
「しゅいちゃん本当につれない」
やがて次の授業時間の始まりを予告する鐘が鳴り、修威達は梶野と別れて1年生の教室へと戻っていく。少女2人に手を振って、梶野はその背中が完全に見えなくなったところでそっと背後を窺うようにした。
「ごめん、雄也。うっかり細切れにしちゃって」
「……問題ない」
ぼそり、と呟く声と共に階段の死角から作業服姿の男子生徒が姿を現す。寝癖のたっぷりついた黒髪をがしがしと掻き、彼はふぅと小さく溜め息をついた。
「だが……面白い」
「ん? 何がかな」
「あの2人だ。物理演算系でも実測値の変化は容易いものじゃない。それに文章から魔法の要素を取り出すとなると、それはすでに神域のコードを侵していることになる。もしも課外授業の時間以外に彼女達の魔法が解放されれば恐ろしいことになるぞ」
黒髪の生徒はそう言って、青灰色の目を梶野へと向ける。梶野は柔らかく微笑みながら「そうだね」と頷いた。
「雄也が興味を持ったんなら、あの2人も勧誘してみるかい?」
「梶野、それは俺をダシに使うということか?」
「さあて、どうかな? でも、いいじゃない。面白くなりそうだよ」
「……」
雄也と呼ばれる黒髪の生徒が先程よりも大きな溜め息をついたそのとき、次の授業時間の始まりを知らせる鐘が鳴り響いた。
執筆日2014/11/01




