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S・S・R  作者: 雪山ユウグレ
第5話 魔法理論のルール
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 魔法を使う者としての資格には段階があり、それは初段から12段、そしてさらにその上に第1階位から第12階位までという24段階に分けられている。高校で教える課外授業で得られる資格は12段までで、そもそもそこまでの資格を持つ人間は大学生レベルでもそうはいない。階位を得ている者はこの国全体を見てもごく少数だという。修威の手にした3段という資格は決して低いものではない。

 件の女子生徒はどういうわけか「もういいです」と言って席に戻っていた。ジョージはそんな彼女を見て、後で保健室に来るようにと告げている。授業中の怪我なら保険の対象になるから、とそのようなことを言っている。

 おめでとう、明園さん。修威の隣、真奈貴とは逆の側からそんな声がかかった。修威はもぞりと身体を動かして、伏せた顔と机の隙間から相手の顔を見やる。奇妙に歪んだ口元にまたおめでとうという言葉が乗せられる。修威は目を閉じ、小さく鼻を鳴らした。

 認定証の授与が終わるといよいよ昨日の課外授業の講評である。修威はその全てを微睡みの中で聞き流し、ぼんやりとした夢の中でゆっくりと息をする。時折すぴー、という軽い寝息が漏れて真奈貴が一度だけ修威を見た。彼女は修威を起こすでもなく、すぐに視線を教壇へと戻す。そして講評の後は通常通りの授業が始まる。

 魔法理論の授業といっても進め方は他の科目と大差ない。教師が教科書に基づいて黒板に解説めいた事柄を書き連ね、時折説明を加える。生徒は各自ノートに重要と思われることを記し、魔法理論に関する知識を深めていく。

 魔法は未だ研究途上にある学問だ。他の分野と比べてその歴史は極端に浅く、しかし過去に起きた事柄を紐解いていくとそれが魔法理論によって説明されることも少なくない。人知の及ばないものとされてきたいくつかの事件が魔法によって証明され、世間は魔法理論の存在を認めることとなった。

 教科書の冒頭にはこのような文句が記されている。

“魔法とは古来より多くの人々が知りうるどのような方法を用いても再現できない奇妙な現象を指す言葉として使われてきた。英語ではMagic、Sorcery、Wizardry、Witchcraftなどと様々な魔法を表す単語が存在しているが、主な定義として手品と異なり科学的に実証できる裏付けがないことに重点が置かれている点ではどれも共通している。現在、魔法とは科学的に実証することのできる技術として解明が進んでいる。かつての人々が再現することのできなかった現象を再現し、またこれからの未来に起こりうる未知の災害においてその対応と緩和に役立てるべく、若者がこの魔法という学問が持つ可能性を追求していくことを願ってやまない”

 物心つく頃に魔法が学問として認められた修威達の世代は、ここに書かれているような“どのような方法を用いても再現できない奇妙な現象”としての魔法をほとんど認識していない。言ってしまえば、それは手品と変わらないのだ。手品と異なるのは種のあるなしではなく、娯楽やショーの類として人に見せるかどうかだ。魔法は人に見せる必要などない。ただそれを学び、技術として習得して資格を得る。そういうものなのだ。

 微睡みはやがて深い眠りへと変わっていく。修威が目を覚ましたときにはもう教壇に誰の姿もなく、ただ修威自身が垂らした涎だけがノートに染みを作っていた。修威は構わず大欠伸をしながら教科書を閉じた。

「今日もよく寝ていたね」

 何でもないことのように真奈貴が言って、修威は「ふぉあうあ」と妙な答えを返す。

「水飲んでくるー」

「いってらっしゃーい」

 まだ覚めきっていない目をこすりながら廊下に出た修威は予告通りに水飲み場へと向かった。蛇口を上向けて溢れ出した水を口に含み、ついでに寝惚け眼にも冷たい水をかけてやる。制服の袖で顔を拭ったところで背後から急に声を掛けられた。

「明園さん、今ちょっといいかな」

「ふい?」

 振り返ってみるとそこには先程授業をしていた魔法理論の教師、武野澤教諭の姿が。いいですよ、と修威は答えて鼻の頭に残った雫を指で拭き取る。そんな修威の仕草を見てか、武野澤教諭が苦笑した。

「大物だねー、あなたは」

「そうですかね」

「木人部に入ったんだって?」

 武野澤教諭は楽しそうに言って、「3階のボス対策かな」と修威の魂胆をあっさりと見破る。修威もそこは素直に頷いた。

「負けっぱなしは面白くないですから」

「うん、いい心がけだ。でも怪我には気を付けてね。今日の授業でも言ったけど……あなたは寝ていたけど、魔法にもできることとできないことがある。例えば、止まった瞬間の心臓をもう一度動かすことはできても、完全に死んでしまった細胞を再生させることはできない。死んだら終わりなんだ」

 だから、と言い掛けて武野澤教諭は少し考えてから修威の頭にぽんと手を置いた。

「あんまり無茶な突撃はしないこと。木人部に入ったのならちゃんと作戦を立ててからボスに挑んでね。じゃないと(よしみ)さんみたいに怪我をすることになるから」

「よしみ?」

「昨日腕を骨折した子。ほら、あなたに難癖つけていた子」

 ああ、と修威はうっすらとした記憶の中から自分へ向かって歪められた唇を思い出す。大丈夫だからね、と武野澤教諭は宥める口調で言う。

「課外授業の様子は全部映像で記録されているんだ。そうじゃないと成績の評価だってできないし。だからあなたが好さんに何もしていないことはちゃんと分かっているよ」

「そうですか」

「そして、あなたが大和瀬さんの忠告を蹴ってボスに突撃したこともちゃーんと記録されている。3年の七山くんが助けに入らなかったら大怪我をしていたかもしれない。いいかい、明園さん。“無茶はするな”よ」

 じゃあねー、と気楽な調子で去っていく武野澤教諭の後ろ姿を見送って、修威はふむうと溜め息をついた。少しばかり頭が痛い。武野澤教諭は修威に対してフォローと注意の両方をするためにわざわざ呼び止めたのだろう。そして同級生の好という生徒は修威の何かが気に食わなくて、あるいは自分が怪我をしたことそのものが面白くなくてあのような発言をしたのだろうか。面倒だ、と修威は声に出さずに呟く。

そして。

「っくあー! めんっどくせぇ!!」

 声に出して叫んだ。そして次の時間の授業が英語であることを思い出し、さらに憂鬱な気分になったのだった。いっそのこと何か理由をつけて休もうかとも思うが、それをすると単位の取得に響いてくる。元より真面目に起きて受けるつもりもないのだからどこで寝ていても同じことである。しかし英語の教師はよく頭を叩いてくるので安眠ができない。いや、授業中に安眠することを許す教師の方がどうかしているだろうということは修威も勿論理解している。

「面倒なことは、考えないのが吉かね」

 ふう、とまた溜め息をひとつ。頭痛はどうやら気のせいではないようで、心なしか強くなってきている気がする。いっそのこと倒れるくらいにこの頭痛が大きくなってくれれば堂々と授業を休むことができるのに。

 修威の頭の中に魔法理論の教科書に書かれていた魔法の仕組みが蘇る。魔法の基本は対象を理解することだ。対象の性質やそれを規定している概念を自分の中に落とし込むことで、それを操作することが可能になる。数を操作するのであれば数学を学ぶ必要があり、言語と想像を連結させて現実に召喚しようというならば文学と芸術を学ぶ必要がある。物体の大きさを変化させようというのであれば、それが何でできていてどういう性質を持っているのかということを理解しておかなければならない。

 鉛筆は、主に木と黒鉛でできている。見てすぐに分かる簡単な構造だからこそ、修威がその大きさをどうこうするのも簡単だ。しかし頭痛が相手ではそうもいかない。

「頭が痛くなる仕組みを理解するには何を勉強すればいいんだよ。生物? 医学? 精神系も? そっちの方がずっとめんどくさいっての」

 ぼやきながら頭をさすり、修威は好きでない英語の授業を受けるべく教室へと戻っていった。そして授業が始まるより先に居眠りを始め、やってきた英語教師に頭を叩かれた。

執筆日2014/11/24

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