巻き込まれた理由
これの次が本編に入ってきます。
さて、こちらも大幅に編集……書き直しさせて頂きました。
ほぼほぼ文章変わっています。
元の副題は
家庭訪問! でした。
日が傾きだし、空の色は蒼から朱へと色を変え出す。それぞれの色が混ざり、鮮やかな紫。いつ見ても変わらない風景だ、とそのグラデーションに視線を奪われながら、私は携帯を取り出す。
仲間から連絡が来ていないかを確認する為だ。メール受信一覧には、一通。送信相手は黒萩……私の仲間であり、親しい友人である。
「また?」
文面は数日前に送られてきたものと同じ。彼が私が仕事をしている時の監視役に、目を付けられている、との事。最近は疑い深く、黒萩の営んでいる地下のバーに毎度毎度顔を出してくるらしい。携帯の送信履歴を調べられたら一発で私の存在を突き止められそうなものだが、闇市から買い取った携帯、そう簡単には調べられるものではない。……数ヶ月に一度は買い替えてるし。
それ幸いと私の日常に異物を入れる訳にはいかないのだ。
「華梨花?何見てるの?」
「あ、私の友人からのメールがあってね。」
「友人?あれ?華梨花って、私達以外に付き合いのある友人なんているんだね。」
「……えっと、それは私に対しての偏見かな?」
ち、違う違う!と慌てて後ろ歩きになりながらも自身の前で両手をぶんぶんと振り、私の言葉を否定する。……しかしまぁ、その意見は本気で否定する事が出来ない、というのがなんとも言えないところではある。
結衣と雹堂の二人には学校などの、表側で使う用の携帯のアドレスを伝えている。つまり、私は携帯を二つ持っているのだ。二つ携帯を持っている事はあまり知られたくないので、同じ機種、同じカバー、同じストラップでいつも誤魔化している。
「……ごめん、華梨花。私、そんな風に言ったわけじゃないの。」
「大丈夫、大丈夫。私は怒ってないよ。」
「本当?」
「本当だよ。……まぁ、そう言われても仕方ないな、とは思ってる。」
よかった、と安堵した表情を取る彼女に、雹堂はくすくすと笑っていた。きっと私が言うであろう言葉は見当ついていたのだと思う。ある意味意地悪だよね。
二人に文面を見られない様に、了解、と一言返答を返して鞄に入れ、彼を見る。フォローに関しては彼の方が一枚上手なのだ。
「結衣、大丈夫だよ。人付き合いが極端に少ないのは、華梨花もちゃんと理解してるし。」
「それ、さっき私同じ意味の事言ったよね⁉︎」
否定出来ない事実だから余計に言い返せない。
むっとして、彼の頬を抓ろうと手を伸ばせば、雹堂はひょいひょい飛び退いて逃げる。ずるいぞ!と声を出せば、だって華梨花の痛いんだもん!と女々しい言い返しが返ってくる。
人通りの少ない、細い道なのであまり自動車共にバイクも通らない道で、私と雹堂の追いかけっこが始まるのを見て、結衣は楽しそうにお腹を抱えて笑う。
「っ⁉︎」
「……華梨花?」
ある程度歩を進めた所で、私はふと感じた違和感に足を止めた。感じ慣れたそれなのに、どうしてか気持ち悪さを感じる。
突然動くのを止めた私に怪訝そうに私に声を掛けてくる雹堂。結衣は笑いが止まらなくて涙を拭っているが、その視線からは心配の意が伝わってくる。
今はまだ違和感だけだけれど、夜になると人目を気にせず出てくるかも知れない。私が、二人が巻き込まれない様に、守らなきゃ。きっとこの違和感は委員長の流した噂の原因だろう。
「ん?あぁ、大丈夫。」
そこから、左手を顎にやり考え出した私に、結衣が肩を叩いてそちらに意識を戻してくれた。心配そうな表情をしている結衣に、私は自身の肩に乗っている彼女の手を優しく握りしめる。私よりも少し背の低い結衣。
「心配しないで、ちょっと気になった事があっただけだから。」
「それって、さっきのメール?」
「まぁ、そんなところだね。」
彼女は安堵した様に、ほっと息を吐き出した。時々こうやって私が考え事で足を止める事があるので、雹堂も結衣も、何故か私に対して過保護な所がある。
大袈裟だと私は思うのだけれど、彼等にとってはそうではないらしい。言い分としては、何処かに行ってしまいそうな感じがする、との事。表の人間を巻き込む訳はないので、その場でいなくなったりなど、私はしない。
それが表に出て、彼等が巻き込まれた時、それは彼等にとっては死が待ち受けているという事。何の能力も持たない彼等はそれを唯見守る事しか出来ないであろう。
「華梨花?」
「何、雹堂?」
「俺と結衣は華梨花の側にいるから。」
「分かってるよ。付いてこないで、って言っても付いてくるでしょ?」
困った表情で笑えば、二人は嬉しそうお互いを見た。
「……さて、時間も取っちゃったから、さっさと行こうか。」
「委員長の家って、どこら辺だったっけ?」
「もうすぐだよ。私、華梨花と一度だけ行った事あるんだ。」
ほら、そこに屋根が見えるでしょ、と指を指した先にあるのはクリーム色の壁をした、二階建てのこじんまりとした家。
携帯を取り出して時間を確認すれば、五時前。少々どころか結構時間を掛けてしまった。陽が入るのは五時半過ぎ辺りだろう、と現在の陽の向きを鑑みて想定する。
ついでに受信一覧を見ると、黒萩からまた一通。
「……煩い。」
委員長の家に着き、玄関口での対応は二人に任せて、文面を見れば、お前もうちょっと可愛らしく返せないのか、と一言。ぼそりと呟いた言葉をそのまま返信として返す。
「皆いらっしゃい。」
「こんにちは、魅苑ちゃん!」
「こんにちは、結衣ちゃん。それから、雹堂君、添木さんも。」
私と雹堂は頭を下げて軽い挨拶を済ませる。玄関の扉を開けて出てきたのは、委員長本人だった。母親は今買い出しに行っているらしく、彼女一人で留守番中との事。
あまり時間は取れない、と私達が言えば彼女はリビングの方に案内してくれた。
お邪魔します、とそれぞれに呟いて明るいベージュのカーペットに荷物を置いて、その場に円状になって座る。その真ん中には委員長の取り出してきた丸い小さな机。
「ちょっと待ってて、飲み物持ってくるから。」
「いや、そんなに長い時間いるつもりないから、飲み物なんて。」
「でも、話をするなら喉乾くでしょ?」
いいから、待ってて、と雹堂の制止を聞かずにキッチンの方に歩いていく委員長。
この前は直接委員長の部屋に入ったので、リビングに入るのは初めてだ。ベージュのカーペットに、濃い茶色のカバーの掛かった一人掛け用のソファー、加えて暗くならない様に明るい色の花が生けられて壁に掛けられている。
他にもテレビや誰の趣味かは分からないが、ピアノが置かれていたりするが、シンプルで見た感じはすっきりとしている。
「はい、どうぞ。」
いつの間にか戻ってきていた委員長が、机の上に麦茶の入ったグラスを置いていく。
私は小さくありがとう、と声を出して一口それを貰う。香ばしい香りが、安心感を運んでくれた。
「……それで、これは唯のお見舞いと捉えていいのかな?」
勘の良い彼女に、私達は顔を見合わせる。
「お見舞いと言えば、お見舞いだね。」
「魅苑ちゃんが、あの話をクラスでした後に休んだから、ちょっと心配で。」
「私は結衣と雹堂の付き添い、という事で。」
それぞれ素直に言葉を連ねれば、委員長は楽しげに笑った。
「なら、そのお見舞い以外に何か理由があるとすれば、休んだ理由かな?」
まるで、そうくるとでも分かっていたかの様な反応に、私は眉間にしわを寄せて、彼女の目を見た。その視線に気付いたのか、彼女は私の目を見て困った表情になる。
ころころと表情の変わる人だ。まぁ、結衣と雹堂の二人もそうだけれど、思いながら、彼女に全て話す様に促してみる。
「そんなところかな。……だから、教えてくれない?」
「ちょっと華梨花!ごめんね、魅苑ちゃん。」
「いや、はっきりと物を聞いてくるところ、嫌いじゃないよ。……うちは遠回しに聞いてくる質問があまり好きじゃなくてね。そうやって聞いてくれた方が嬉しいよ。」
「そりゃ良かった。」
こら、華梨花!と何故か結衣に怒られて口を塞がれた、何も悪い事してない筈なのだけれど、どうしてだろう?
華梨花は昔から変わらないよね、と笑う雹堂に、頬を膨らませて怒る結衣の姿。その真意が掴めなくて、私は首を傾げた。
そんなやり取りに委員長は、少し目を細めてから、私達にゆっくりと視線をやり取り、口を開いた。
「そうだね……この、三日四日前辺りからかな?通学路、ほら内の家の前の道路から真っ直ぐ行ったら学校見えるでしょ?その学校とを繋ぐ道路の中間地点ぐらいの場所で、声が聞こえる様になったんだよ。」
「それは決まった時間?」
「あぁ……まぁ、決まった時間かと言われたらそうかも知れないね。うちは、運動系の部活に入ってるだろ?どうしても帰るのは夜、暗くなった時間帯になるんだ。……いつも、声が聞こえたのは下校中の時だけだった、今日までは。」
「今日、までは?」
不思議な彼女の言い分に、私は委員長の言葉を繰り返す。彼女はそうだ、と頷いた。
ああ言う系統の物は夜、暗くなってから動き出す事が多い。何故かはよく分からないが、私と同職業の者達が動き出す時間帯である為、とよく言われている。それの源は私達の力の根源であるから。
「今日は、朝登校している時だったんだ。……この時だけ、今まで聞こえにくかった声が妙にはっきりと聞こえたんだよね。」
「どんな声だった?」
「えっと……幼い女の子の声、かな?可愛らしい声だったよ。」
「聞こえた言葉は?」
「『どこにいるの?』って言ってたよ。それ以外にも何か言ってたかも知れないけど、よく聞こえなかったや。途端に気分が悪くなって立てなくなったから。」
結衣は顔を青くして、雹堂の袖を掴んでいる。雹堂自身は、それで今日は休んだんだ、と呟き結衣の頭を安心させる様に撫でている。
一般人に危害を加えられる程に、力が強かった?それならば何故夜だけの行動にしたのだろうか?
……いや、あれに知能を求めるのは間違っているか。
私はふむ、と頷いて、彼女の後ろにある置き時計に視線をやった。私の様子を見て、委員長も同じ様にそちらを見る。
「おっと、もう五時二十分だね。そろそろ帰らないと、陽が暮れてしまうよ。明るい内に帰った方が、身の為だろう。」
「そう、だね。早く帰ろう華梨花、陰絇。……あ、そうだ。魅苑ちゃん、今日出された課題、メモっておいたから。」
「おぉ、ありがとう。」
活発に行動にするけれど、こう言った話にとことん弱い結衣は、私と雹堂に急いで声を掛けて立ち上がる。その様子に委員長は、雹堂に結衣ちゃんをよろしく、と母親が言いそうな事を言って、リビングから玄関口に続いている引き戸を開けた。
「添木さん。」
「何?」
「好奇心は猫をも殺す、と言うからね、気を付けた方がいいよ。」
「……うん。分かってる。」
「なら、いいんだ。」
満足気に頷いた彼女は、その笑みのまま玄関の外まで私達を見送ってくれた。
色々と他にも事細かに聞きたい部分はあったものの、大体の話は把握出来た。家々の隙間から朱い光が、私達の横顔を照らす。髪の色がその光に染まり、明るく私の目に入る。
「人が、通らないね。」
「そう言えば、そうだな。……この時間帯なら仕事帰りの人とか結構通ってるのに。」
結衣の言う通り、私達三人以外に誰も通らない道のりは、どうも気味が悪く感じる。結衣は顔を強張らせて、左側にいる私の右腕と右側にいる雹堂の左腕を抱き込んだ。
「うぅ……明るいのに怖いとか酷い。」
「っぁ⁉︎」
「ちょっ、華梨花⁉︎」
ぞくり、と腹の底から這い上がってくる気持ち悪さ。はっと気付けば行きしなに違和感を感じた場所に近かった。
またいきなりにして立ち止まった私に、結衣と雹堂が巻き込まれてつんのめる。両端に引っ張られた結衣は非難の声を上げた。
「どうした?」
「……あ、忘れ物したかも。」
雹堂の問い掛けに、咄嗟に嘘を付く。私の少し真剣味の帯びた声に、二人がどうするの?と聞いてくる。
「委員長の家に一旦戻るよ。二人は先に帰ってて。」
「え、でも──」
「結衣はこの通り怖がってるし、早めに家に送ったげた方がいい。」
「こ、怖がってないもん!」
「涙目で言われても怖くないから。」
「うっ……。」
「……分かった。華梨花、気を付けて帰りなよ?」
少し考えた様子の雹堂だったけど、了承をもらえたので、私は頷いた。
二人は出来るだけ安全な場所に行ってもらわなければ。今回は本当に特殊かも知れない。この時間帯に反応したって事は、私が原因かも知れないし。
二人とまた明日、と別れ、怪しまれない様にある程度踵を返して走った所で立ち止まる。何処にいるか、感覚を探れ。
今日の朝から言っていた怪異とは、私達同職業についている者同士が戦った残滓によって起こる物だ。その残滓の量によって生物や物質、はたまた空間に影響を与えたりする。それが私達の存在を知らない一般人にとっては、異形の者の様に見えたりするのだ。
知らない何かが、その空間にいて何かしらの現象を起こす。残滓自体を使い切れば、自然消滅する訳だが、その自然消滅自体の望みは薄い。生物に影響を与えた場合は、移動し、他の場所にある残滓を捕食し、生きながらえる。一番厄介な例だ。……今回も、恐らく生物。
何度か深呼吸を繰り返し、私は目を瞑った。委員長の言う通りなら、声が聞こえる筈。少しの間、しん、と静まり返る辺りにちょっとした緊張と心地よさを感じながらに、私の耳が何かの音を捉えた瞬間に、悲鳴が聞こえた。
「ちょっと!」
焦って、姿を隠す為のコートも出さずに声の聞こえた場所まで走る。さっきの声には聞き覚えがあった。きっとあの二人。付いていれば良かった、と思ってみてもそれは後の祭り。
二人に追い付くまでの間に、先程の音を思い出す。あれは、少女の声の様に聞こえたけど……。鈴の音の様に可愛らしい、それでいて儚さを秘めたか細い声。
「雹堂!結衣!」
やっと追いついた、と二人の姿を認識した時、私は目を見開いた。
「嘘……。」
そんな事、あっていいのだろうか?二人の足元には、青白い光を放つ円状のそれ。光の元となり、空気中に溶け込んだ物は磁石の様に私の肌に吸い付いてくる。
どうして魔法が⁉︎マナなんて何処で集めてきたの!
咄嗟に出かけた言葉を両手で塞ぎ、その魔法陣に意識を向ける。……人払い、人物選定、転移に、翻訳……という事は、召喚魔法か。
「か、華梨花!」
私の姿に気付いた結衣が私の名前を呼ぶ。
同時に光が一段と強くなり、マナの放出量も比例して上がる。結衣と雹堂の身体が、くらりと傾いた。いけない、マナに当てられてる。
私は身体に力を込めて走り込み、二人の身体を両脇に抱え込んで、魔法式から飛び退く。私は深く息を吐いた。
──魔法式展開。
「っ⁉︎」
あの声が聞こえた。飛び退いて安堵してしまっていた私は、魔法陣が大きく広がり足元まで広がって来るのに反応出来ず、そのまま光に包まれてしまう。
「……誰が召喚魔法なんて。」
冷たく感情を捉えさせない様な声が出た。その言葉を吐いた後、意識が遠くなっていく中で、私は思いっきり舌打ちをした。
誤字、脱字、感想などあれば、コメントよろしくお願いします。
後々解説の方も書いていくつもりですが、質問なども受け付けております。