表と裏
城下町に入る方法は2つある。1つは衛兵のチェックを受けて入る方法、もう1つは衛兵に気付かれない様にこっそり忍び込む方法だ。城壁はあまりにも高い為に越える事は出来ないし、そもそも城下町の空は魔法壁で覆われているそうだ。さすがファンタジー世界!!
「ってどうしようもないじゃないですか!!」
「う~ん そんなこと言われてもな~」
「衛兵に気付かれない様に入る方法は無理なんですか?」
「くらましの魔法はあるけど門には魔力探知のマジックアイテムが付けてあるんだよ~。魔法を使っている状態で門をくぐると、魔力を感知されてあっという間に捕まっちゃうよ~。というか、そんな危ない事しないでも、もっと簡単な方法があるじゃないか~」
「……あるなら早く言ってください」
「そんなの着替えちゃえばいいじゃないかっ!!」
「いやそれは僕も考えましたけど着替えなんて持ってませんし、リリーさんも見た所手ぶらじゃないですか…」
「ふっふっふっ、私を甘く見てもらっちゃ困るよ異世界人君……そういえば名前聞いてなかったよ~」
「あれ?言ってませんでしたっけ?」
そういえば自分が陥った状況などは説明したが、自分の名前を言うのを忘れていた事を思い出した祐大は自己紹介する事にした。
「僕の名前は祐大、火肩祐大です。年は16歳です」
「自分の名前を言い忘れるなんて天然さんだね~」
(やっべえ殴りてえ)
軽くキレそうになったが美人を相手に暴力を振るうなど祐大の性格的に無理な話だった。そもそも相手はモンスターをバラバラにした人だ。そんな事をすれば、即返り討ちにあう姿しか想像できない。
「ヒガタが名前でユウダイが家名なのかな~?」
「いえ逆です。火肩が家名です」
「じゃあこの世界ではユウダイを先に言った方がいいよ~」
(なるほど、この世界では苗字が後で名前が先か。)
「ユウダイ君だねっ改めてよろしく〜」
「よ、よろしく」
満面の笑みに思わずドキッとしてしまう。どうやら祐大の女性耐性LVはそうとう低いようだ。
「話を元に戻すとね~、私が手ぶらなのは道具は全部異空間に入れてるからだよ~。私は空間魔法が大の得意なのだ~」
「それってつまり」
「うん代えの着替えもバッチリ持ってるよ~」
「おお」
初めてリリーを頼りになると思った。
(さっきまでダメダメな雰囲気だったからなぁ。)
ここで祐大は1つ気付いた。
「あれ?でもさっきどうすればいいか聞いた時は、考えてなかったって感じでしたけど…」
「あ〜うん、着替えればいい事に気付くのに時間がかかっちゃった〜」
「頼りにならねぇこの人!!」
「うんうんカッコいいよ〜」
「そ、そうでしょうか?」
祐大が渡された物は服というか鉄の鎧だった。「普通の服は無いんですか?」と聞けば「それだと女装になるけどいいの?」と言われたので、無言で鎧を受け取った。兜は無いが、頭以外は全て鉄で覆われている。そんな祐大の持つ感想はと言えば…
「この鎧すっごい軽いんですね」
「……軽い……ですか…」
「あのどうしたんですか?」
「ううん なんでもないよ〜」
「これ軽くなる魔法でも掛けてあるんですか?」
「掛かってないよ〜、ユウダイ君てば力持ちなんだねっ!」
「え?いやそんなこと無いと思いますけど」
特に祐大はスポーツもやっていないし、体力テストもいつも平均のちょい上くらいだ。
(もしくは、この世界はよくありがちな僕の世界より重力が小さいとかあるのかな?)
そんな予測を立ててみるが即座に自分で否定した。
(だとしたら上手く走れないはずだ)
祐大はビッグクワガタに追われた時の事を思い出した。重力が小さければ走る時に足下がおぼつかないだろう。転んでしまってはいたが、別に身体がフワフワした感じは無かった。あの時の自分は凄くかっこ悪いので祐大にとってはあまり思い出したくない記憶である。まあこの鎧は元々軽いだけだろと、見切りをつける。
「とりあえずこれで中に入れるんですよね?」
「………大丈夫大丈夫!私を信じてっ!!」
「おいなんだ今の間!?」
「心配性だな〜、この城下町はたくさんの人が出入りしてるんだよ?そんな一人一人に時間かけたりなんかしないって〜」
「あ〜 それもそうですね」
「ボソボソ…はい…そうです…私はこの人とは全く関係ありません…」
「こそこそ何のセリフを練習しとんじゃこらあああああああ!!!」
「よし通っていいぞ」
「あ、どうも」
なんか想像以上にあっさり通れた。衛兵とのやり取りは大体こんな感じである。
「名前は?」
「祐大です」
「持ち物は?」
「これだけです」
「中身は?」
「水と食糧がちょっと…」
「よし通れ」
警戒する必要性ゼロだった。
「あんなチェックならする必要無いんじゃないんですか?」
「そうとも言えないかも」
「どうしてですか?」
「衛兵さんが手に持ってた物…覚えてる?」
「えっと、なんか棒切れみたいなの持ってた様な…」
「あれは多分『偽りの枝』。ある木から採取できる枝でその枝の近くで嘘をつくと枝が赤く光るんだよ〜」
「そんな木があるんですか?」
「うん、みんなはその木を『嘘つ木』って呼んでるよ〜」
「…何その微妙なダジャレ」
最初に考えた奴のドヤ顔が目に浮かぶ様である。
「じゃあもし衛兵の質問に嘘をついてたら…」
「衛兵さんに捕まって長時間の取り調べかな〜」
(どこから来たとか、目的とか聞かれないで良かった…)
もしそんな事を聞かれていたら、祐大はきっとその場凌ぎの出任せを言っていたに違いない。
「ところでこの鎧いつまで着ければいいんですか?暑くて死にそうです」
「それどう考えても自業自得だよね…」
鎧を着けていると重くはないが蒸し暑い。祐大は制服姿の上に鎧を着るという自殺行為としか思えない事をやってしまっているので鎧の中は汗びっしょりである。
「だって鎧ってこんなに暑いとは思わなくて…」
「だから君が上に着ていた服を預かろうか聞いたのに…」
「まあ、そうなんですけど」
話はリリーが異空間魔法を使った時に遡る。
「【ディメンションゲート】」
リリーが呪文だと思わしき言葉を言うと扉と言うより裂け目と呼んだ方が的確と思える様な物が出現した。
興味本位で中を覗き込んだ祐大は驚いた。
(これ…あの時の…)
そう…中は見る者を不安にさせるような紅い輝き。祐大の世界で空から降ってきたあの物体の穴の中と全く同じだった。
「この空間僕が元いた世界に現れたのとそっくりです!!」
「え?そうなの〜?でも人間…というか生き物はこの空間には入ると大抵死んじゃうよ?」
「でもひょっとしたらこの空間の中のどこかに僕の世界に繋がる場所があるのかも!!」
「う〜ん、あんまりオススメしないな〜。君が真空状態の中でも生きていけるっていうなら止めないけど」
「すいません、遠慮しときます」
「うんうんそれがいいよ〜、昔この異空間を探るって言って異空間の中に入った人がいるらしいけど入った瞬間ぶっ倒れちゃったらしいから〜」
「怖っ!!」
もし自分が通ったと思われる異空間も真空状態だったらと思うとヒヤッとする。
「とりあえず、着替え取り出しちゃうね〜。…【スロウ】」
リリーがまた違う呪文を唱えると鉄の塊が異空間から飛び出してきた。祐大はそれが鎧だという事に気付くのに少しの時間を要した。
「これで良しっと」
「取り出すのも魔法なんですね」
「異空間に直接手を突っ込む様な真似、できないよ〜。さて君の荷物も…【スロウ】」
今度はリリーが手にした祐大の荷物が異空間の中に入っていく。なるほど、スロウという呪文は物を持ってくるだけでなくその逆も出来るようだ。
祐大はリュックが異空間に入っていく瞬間、異空間の裂け目で膜の様な物が揺れたのを見逃さなかった。なるほど、異空間との間に膜が張ってあるから空気が異空間の中に吸い込まれたりしないのだろう。そして物が通る時だけその形に合わせて膜の形が変わる様だ。
祐大が異空間に見入っていると突然横から裾を掴まれた。
「さて君が今着ている服を脱いじゃおうか〜」
「え?ななな何で!?」
「そんなの…決まってるじゃない…」
「そ…そんな、出会ったばっかりの人と…なんて…」
「訳のわからない事言ってないで早く脱ぎなさいっ!」
「ダ、ダメです!!」
「……本当にいいの?」
「た、確かにこんなチャンスはもう…で、でもやっぱりダメです!脱ぎません!!絶対にダメだああああ!!!」
「そ、そこまで拒否るの?ま、まあそれでいいなら良いけど…」
そう言いながらリリーが手を異空間にかざすとみるみる裂け目は小さくなり消えた。
「そんな厚着してるのにさらに鎧を着るなんて勇者だね〜。……暑さで死なない様にね〜」
「え?あっ!ちょっと待って!!そういう事か!!ちょっともう一回異空間を出して!!脱ぐから!」
「ダ〜メッ、魔力を無駄にはしたくないからね〜。空間魔法って結構魔力使うから。それに男が一度言った言葉を引っ込めちゃダメだぞっ!」
「実は僕…女なんです!!!」
「な、なんだってー。ってそんな見え見えのバレバレの嘘に引っかかる様な子に見えるのかな〜!?私は!!」
「くっ、絶対引っかかると思ったのに…」
「見られてたよ!ビックリだよ!しかも絶対とか言ってるよこの人!!」
「僕の事…あんなに誘惑して…それなのに逆ギレなんて…この人でなし!!」
「君のその反応を逆ギレと言うんじゃないかな!?ていうか誘惑なんて一切してないよ!!」
「ちくしょうああそうですか、いいよ着てやるよ!このままで鎧着てやるよ!!」
「だから何で私が脅迫したみたいになってるのかな〜!?」
こんなアホみたいな会話があったのである。
「暑くて死にそうです…」
「いや2回言われても…仕方ないな〜。ほらこっちにおいで」
リリーが祐大の腕を掴んで路地裏へと引っ張って行く。
「ぼ、僕を路地裏に引っ張ってどうする気ですか!?」
「あのモンスターみたいになりたい?」
「すいませんでした!!」
満面の笑みでリリーが言ったセリフは要約すると「次言ったら殺すぞ」であった。
路地裏の奥、誰もいない所でリリーは祐大の手を離した。
「ほら、もう脱いでいいよ鎧」
「え?いいんですか?」
「いいからいいから」
暑さで頭が回らない祐大は言われるがまま鎧をはず…せない。
「これどうやって外すんですか?」
「もう…しょうがないな〜」
リリーに手伝ってもらい、鎧を脱ぐ。
リリーが居なければ鎧を脱げず暑くて死ぬという間抜けな死を遂げていただろう。
「さてと…【ディメンションゲート】」
リリーがまた異空間の裂け目を作り
「【スロウ】」
鎧を中に仕舞った。
「これで良しっと」
「思うんですけどみんなこうすれば、衛兵のチェック関係無いですよね?」
「まあさすがにそこまで探ろうとしたらキリがないからね。それに空間魔法を使える人なんてそんなにいないからね〜」
最後ちょっとドヤ顔になるリリー。不覚にもそんな表情も可愛いと思ってしまった祐大。
ここでようやく暑さから解放された祐大は1つ気付く
「ところで今は誰もいないからいいかもしれないけど、この格好で町を探索して大丈夫なんですか?…ああそういえばくらましの魔法があるって言ってましたよね?それ使うんですか?」
「そんなの使わなくて平気平気〜」
「そうなんですか?」
町の中に入ってしまえば、関係ないのかなぁと祐大は考えていると
「だって君にはしばらく人目の付く所へは行かせないから…」
「……………え?」
気付くのが遅かった。リリーの手にはいつの間にか、一振りの剣が。恐らくは祐大が気付かない内に異空間から取り出したのだろう。
祐大がそれに対して言葉を発する前に剣の鞘が祐大の腹へと吸い込まれ、祐大の意識は闇の中へと吸い込まれた。