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自殺サイト・薬物・採血・奈落の底

俺は彩のパソコンを恐る恐る開いてみた。

意外にもパスワードなどはない。

警戒心が強い割に、基礎的なところがルーズである。

彩の検索したページの履歴を見る。履歴も消されてなかった。

その中で、最も利用率の高かったサイトにアクセスした。

 ホームページのタイトルは…


『自殺志願者ネットカフェ』


 そのサブページを見ながら、俺は愕然とする。

彩の除霊など全く意味の無いものであることをすぐに知ることとなる…。

チャットと掲示板のようなところがあったので、とりあえず掲示板を覗いてみる。

 そこには「死にたい」だの「○○っていう安定剤は効かない」だの「今日もリスカしちゃった(リストカットの略)」だの、そんな感じの書き込みがいろいろとあった。

 その中で、俺は明らかに彩が書いたと思われた書き込みを発見した。内容からいっても間違いない。そもそもハンドルネームが分かり易すぎる。


アーヤ『うちのバカ親がさあ、除霊だって。盗み聞きしてたんだけど、とりついてるかって

  の。少女の霊だってさ、バカみたい。思わず、とりつかれているフリしたら、マジ霊媒 

  師来たし…大人ってみんなクソか金のことしか考えてない超詐欺人間ばっかだね…。

  面白いからもっと騙されたフリしようと思って、最近とりあえず部屋から出てみたんだ。親は喜んでいたけど、アタシの復讐はまだまだ続くから。アタシが精神的におかしくなったのも全部両親のせいだし、死にたいってのも嘘じゃないし』

エル『他力本願のクソ親だね。アーヤ、そんな親、こっちから捨てたほうがいいよ。これからもいろいろと口出ししてくるに決まっている。彼氏を連れてきても、結婚しても、アーヤの親の介護が必要になって、墓に入るまで、延々とアーヤにいろいろと自分たちの、理想の娘像を押し付けてくるに決まってんだから。今度、大阪くるんでしょ?いいクスリいっぱいあるから。アーヤも貯めてんでしょ?』

アーヤ『もちろん。薬は親からもらっているけど、朝以外の昼と夜のくすりは飲んだふりし

  て、空袋だけ親に返しているよ。まだまだオーデーするほどたまってないけどね。アタ

  シも時々飲みたくなって二日分まとめて飲んで、ラリラリしたくなったりするし。最近

  帽子とマスクしてコンビニでウイスキーとかアルコール度数の強い酒多めに買って、貯めてんだ。いつか薬といっしょに逝けるかなって思ってさあ…。でもなかなか死なないって言うけどね〜』

エル『このサイトの理念上、死にたい気持ちを吐き出すことそのものが目的になっていて他人には自殺を勧めたりしないことになっているけど、俺も練炭してえとか毎日思っているよ…。集団自殺とか、成功した奴らうらやましいなあって思うし』

アーヤ『あれってもう逃げ出せないから、成功率も高いだろうね。でも前も書いたかもしれ

  ないけど、アタシ腕と首マジで切ったからね…。アタシの腕と首の傷、完全に痕が残っててさあ。特に腕は酷いよ。もうオトコなんて近寄ってこないと思うよ。オヨメにいけないね。まあその前に死んでるだろうけどね。あの時、あれで親いなかったら完全に死んでたのにね。でもあの後だって、部屋で死のうと思えば、首吊りとかいろいろやれたのにね。やっぱどこかで死ぬのが怖いのかなあ。アタシって勇気ないね』

エル『勇気の問題なのかなあ…。出来るだけ楽に逝きたいって自分も思っているけど。まあ俺の場合、イジメと親からの虐待が原因なんだけど、こんな人間なんだからしょうがないじゃんって思うけどね。好きな男の子に告白してからはもうひでえイジメが始まったけど…俺のホモは絶対に治らないし、女の子を好きになることは今後もないだろうしね。でも自分に嘘をつきたくないから親にも白状したら、親から無理やり精神科に連れて行かれるし…。だから性同一性障害とかってのは精神科医が治せるわけがないっての!ホモ同士の集まりに行っても、俺の空気が読めない性格のせいか、なぜかそこでも嫌われるし…。まあ俺がすぐに相手に暴力ふるったりするからだろうな。完全に行き場所なし。もう逝き場所しかない。生きててもしょうがねえって思っているし。精神科に行っても、ただ安定剤が出されるだけで、俺にとっては死ぬための手段が増えているだけなんだよね。でも早く君らに会いたいよ』

アーヤ『今回は全員で五人だっけ?お互い初めて会うし、それぞれ悩みも違うけど、クスリ

  交換しながら、いろいろ分かち合えるといいね。いきなりノリで集団自殺とかならない

  といいね。アタシ、自分が死ぬのはいいけど、このサイトで知り合った人たちには死ん

  でほしくないし。もちろんエルにも死んで欲しくない。こないだペルソナちゃんが死ん

  だって聞いて、マジ一日泣いてたから』


 こんな感じの書き込みが延々と続いていた。

 俺は両親にもこのカキコを見せた。親父もお袋もため息を付きながら険しい顔をしていた。

「…このカキコを見るかぎり、俺は彩がいきなり集団自殺はしないと思う」

 俺の発言に親父は理解を示してくれた。

「お前の言うとおりだと思う。彩は恐らく、仲間を求めているのだろう。自分と同じような病をかかえた仲間をな。だけど同時にコイツらは決して安全な仲間とは思えない」

「やっぱり、彩の病は私たちのせいなのね…」

 お袋はもう涙も枯れ果てたかのようで、最近では安易に涙を流さなくなっていた。しかし親父もそうだが、母親は白髪も増え、一気に老け込んだように俺には感じた。


 その晩、親父は俺とお袋をリビングに呼び、「家族会議」を開いた。

 その内容は結局今後の彩をどうするかであった。

 

 結論を簡単にまとめると

『俺は仕事が忙しい。緊急時も仕事を抜け出せない。田中家の親戚にも事実を話したくはないし、巻き込みたくない。話したからといってそんなに役にたつとは思えない』

『あたしだって、主任だから簡単に惣菜の現場を抜け出せない』

『たしかに。でも俺は絶対に無理だ。今も重大なプロジェクトを抱えているからだ。家のローンを考えると、俺も澄子も仕事はやめられない。健、何かあったらお前が動くのが一番だ、でもお前は彩の兄貴ではあるが、保護者ではないから、本当の緊急時は役にたたないだろう。お前は彩を良く観察してくれ。彩は俺たち両親を嫌ってはいるが、お前のことはさほど嫌ってはいない。お前が彩を救う鍵を握っているのかもしれない。たのんだぞ』…ということだ。


 …かといい俺だって何をすればいいのかわからなかった。

実際俺だって今現在半分グレかかっている。

酒は飲むし、近藤や田中を巻き込んで、ろくでもない遊びやいたずらをして町中の人に迷惑をかけている。未だに警察に補導されないのが不思議なくらいだ。

 それにどの道、今は彩が大阪のどこにいるのかなど当然ながら全く検討がつかなかった。

 案の定、何度携帯にかけても、メールをしても、つながらないし、返信もない。

 しかし、彩がいない三〜四日間、正直なところ、俺も、両親も何となく気持ちにゆとりが出ているような感じもした。

 彩は家にいるだけで、得体の知れない恐怖を俺たちに与えていたからだ。

 

 彩が大阪に行き、二日目の日、学校から帰り、玄関を開けた俺はリビングで口論している声を聞く。

「大泉さん!この書き込みを見てどう思いますか?」

 俺はそっとリビングを覗く。そこには怒りを露わにしたお袋と、真剣な表情をした除霊師、大泉がいた。

 テーブルには彩と自殺仲間との掲示板の内容を印刷した紙らしきものが置かれている。はっきりとは見えないが、恐らくそうだろう。

 大泉はお袋をなだめるように言った。

「でも、娘さん、実際に私が言ったとおり、一週間後に出てこられたでしょう。だからあの時の約束の通り、二十万円の返金という要求には応じられません」

「ここに書かれている内容からして明らかに、少女の霊なんて全くの演技じゃないですか!」

「お母さん、落ち着いてください。結論から申し上げますと、除霊そのものは成功したのですが…まだ、完全ではなかったようです。この書き込みは彩さんがしたと言うよりも、少女の霊の名残がさせているものと思われます」

「名残…?」

 そういうと大泉は立ち上がり、両手を天にかざし、目をつぶった。

「…うん、たしかに除霊は成功しました。しかし少女の霊そのものは成仏してはいないようです。少女の霊はこの家にはかなり入りづらくなっているのですが、時々隙間から入り、未だ、まれに彩さんの体にのりうつる傾向があるみたいです。お母さん、私を信じてください!

現に『一週間で娘さんが部屋から出てきた』という事実には間違いはないはずです」

「そ、それはそうだけど…」

「それはあくまでも娘さんが両親をからかうためだ、といった感じの内容を書いたのは、彩さんではなく、少女の霊そのものです。お母さん、ここがポイントです!だまされてはいけません!恐らく少女の霊は、私たち除霊師を『詐欺師』にして、追い払おうとして彩さんにあのような書き込みをさせたのでしょう。しかもそれだけではありません」

「な、なんですか?」

「今度は少女の霊は、息子さんにのりうつって、あの書き込みを発見させたのだろうと思われます」

「そ、そんなことが…」

「お母さん、こういったキツネやたぬきのようなやり方はこの手の悪霊がよくやる手なのです。この少女の霊はもはや経験の少ない私の力ではこれ以上はどうにもなりません。こうなったら、私の恩師、大泉龍三郎僧侶を連れて、完全なる成仏をしてもらうしかありません。」

 母親はしばし、無言になり、リビングには五分ほどの沈黙が続いた。

「あ、あの…その人を連れてくると…や、やっぱりお金が…」

「…かかります。だからもうこれ以上は私たち除霊師の限界で、さすがにこれ以上のお金を、要求するのは私自身も辛いです。でもこれだけは信じてください。少女の霊は以前とは比べ物にならないほど、この家に入るのを敬遠しています。わかりやすく言うと、虫にとって、殺虫剤を巻いたようなものなのです。だからあの書き込みのために娘さんにのりうつったのも、息子さんにのりうつってあの書き込みを発見させたのも、少女の霊にとってはかなりの苦労だったと思います。最後の悪あがきだったと言ってもいいでしょう。今後はそんなに悪いことが起こらないと思います。娘さんは大阪に行かれたと言うではありませんか。元気になったなによりの証拠です。だから、もうこれでとりあえず様子をみませんか?これ以上お金を頂くのも私どもも切ないですし…」

「ちなみに、その成仏の先生を呼んで、完全な除霊をするといくらかかるんですか?」

「七十万円です」

「そ、そんなに!」

「だから、わたしはもうこれ以上はやめましょうと言っているのです。少女の霊もそのうち、去る時がやってきます。この家には数多くのオフダも貼ってあります。簡単に表現するとゴキブリホイホイみたいなものなのです。オフダの前を霊は安易に通過することができないのですから」


 大泉の説明に母親は納得したらしく、最後には

「失礼なことを申し上げてすみませんでした。今日はお忙しい中わざわざお越し下さいましてありがとうございました」と言っていた。

リビングの扉が開き、大泉と俺の視線が会う。

俺は大泉を睨むが、大泉はニコリと微笑み、

「あ、どうもおじゃまいたしました」と言って去っていった。


 彩が、大阪から帰ってきたのは外出してから五日目の夜七時だった。

「ただいま〜」

 俺たちは突然の彩の帰宅に安堵感と同時に緊張感を覚えた。

 お袋は風呂に入ったばかりの親父に伝え、親父はバスタオルを巻いて風呂から出てきた。

 俺たち三人は彩を出来るだけ温かく迎えた。

「彩、おつかれ。楽しかったかい?」

 お袋が震える声で訊いた。

「うん、みんなすっごくいい人で、カラオケ行ったり、ホテルに泊まって一晩中語ったり、

やっぱり、人と会うのっていいね!なんかスッキリしちゃった。もう少ししたら学校もいけるかも」

 両親は涙をこらえているのがわかった。

 しかし、俺はどこかで得体の知れない嫌なオーラを感じていた。

 俺は、あの大泉という除霊師が信頼出来なかった。

 あのネットの書き込みは少女の霊が書かせたのではなく、彩自身の本音だと思っていた。

 ましてや俺に霊がとりついて彩の書き込みを発見させられたなど冗談じゃない。

 家中に貼ってあるオフダなども全てインチキだと思っていた。

 恐らく、彩はまた近いうちに何かをする。

 むしろそのために大阪に行ったのだ。

 そう思っていた。

 もちろん大阪そのものに問題があるわけではなく、たまたま知り合った大阪の友人が、彩を狂わす類の人間だと確信していた。

 俺はあのカキコの通り、彩は向こうで、ドラッグパーティをやってきたのではないかと思っていた。

 ドラッグと言っても、覚せい剤ではなく、精神科から出されている精神安定剤や睡眠薬のことである。

 

 彩について観察することが俺の義務となったとはいえ、彩が部屋に入り、鍵をかけてしまうと、中で何をやっているかは全くわからない。


 それから三日後――――――

 彩は両親の喜びを再び、失望に変えるかのように、次第にリビングに降りてこなくなっていった。

 彩の部屋からはたまに例の死のフォークソングと、なにやら怪しげな音色のロックミュージックが聴こえるようになっていた。

しかもそのロックミュージックも、同じ曲を何度も何度もリピートしており、となりの部屋の俺がうんざりする位だった。

 どんなにいい曲でも同じ曲をリピートされるのは聴いている人間にとって苦痛以外の何ものでもない。

 ある夜、俺は耐え切れず彩にメールする。

『毎日毎日同じ曲ばかり…何を聴いているんだ?』

『デスチャイルドってヴィジュある系バん度。まだインディー図なんらけど、聴かっこいいんだ。特に「自殺の街」っていう局がくすり死ながら利くと言いんだよお』

 彩の返信メールは誤字脱字だらけだ。おかしい。

『おまえ、くすりでラリってんじゃないのか?』

『酒のつまみにはやっぱハル○○ンだよねええ』

 俺は、すぐにお袋の元に行き、メールを見せ、現状を把握してもらう。

「お、お父さんに連絡しましょう…」

 お袋はすぐに彩の身の危険を感じ、親父に電話した。

時刻は午後九時を回っていた。

三回目の電話で親父はやっと出た。

 お袋は全てを話したが、親父は、今重要なお客との接待中なので行くことはできないとのこと、ふたりで彩のことを頼むとのことだった。

 電話を切った後、お袋がいきなり、テーブルの灰皿を壁に投げつけた。

「何よ!なんなのよ!明らかにキャバクラ嬢と遊んでいるだけじゃないの!電話の向こう側の女の声でわかるわよ!しかもいつもおんなじ女の声じゃないの!」

お袋はあらゆる怒りを露わにした。最近お袋は感情のコントロールが出来なくなっていた。

「お、落ち着けよ、とにかく彩が危ない…」

こんな状態のお袋に、俺が酒とかタバコとかやって街中に迷惑をかけて、半不良化している事実など知られたら、怒り狂って憤死するんじゃないかって思わされた。

俺は再び彩にメールした。

『おい、大丈夫か…?』

『少女の霊が二人くらいいるわよ〜♪』

『ふざけるな!マジで殺すぞ!そのネタはもうやめろ!』

『あ、もうバレてる…?っつーかバカだよねえ、ペテン師に騙された馬鹿親の顔、見たいけど…ここ開けたくないしなああ…』

 その時の俺は彩を本気で殺したくなった。こいつは本当に「精神疾患」なのか?

ただ単に俺たちをおちょくっているだけなのではないか?そんなふうにさえ思えた。

 俺の知っている彩はこんな悪魔のような人間じゃなかったはずだ。

 ある意味、こいつはたしかに何かにとりつかれているのかもなって思った。

 もちろん大泉の野郎はペテン師だと思っているし、今となってはお袋も七割方そう思っているのではないかと思っていた。

 確かに俺も彩と同じく、両親には反発している。

しかしこいつは両親の日常どころか田中家そのものを本気で崩壊させようとしているのではないかと思っていたので、さすがにこの状態はまずいと思っていた。


 俺は部屋の前に行き、彩の扉を蹴飛ばそうと思った。

しかし蹴飛ばすにも何をするにも大変な危険が伴う。

その時、彩の部屋から、音程の外れた声で、叫ぶように歌う彩の声が聞こえた。

例の自殺フォークソングだ。

CDも大音量で流れている。


ごめんなさい あなた   ごめんなさい あなた

 わたしなんかがいるから  あなたはいつでもうまくいかない

 わたしはきっと 不幸を持ち込む天才

 わたしはきっと 社会を汚す排泄物…


 彩が叫ぶように歌っている状態は、もちろん普通ではないと思っていたが、かといい、下手に刺激すると尚更ひどくなる気もして、どうしていいのか俺もお袋もわからない。

 とりあえずメールをするが、返信がない。電話も出てくれない。

 そのうち、彩の部屋の中から、ありとあらゆるものを壁に投げつけるかのような激しい音が聞こえ始めた。

 明らかに部屋中を破壊している。

 思わず、彩の部屋の扉をダンダンと叩く俺。

「彩あああああ!何やってんだ!」

「開けるなあああああああ!開けると死ぬからなあああ!」

 やはりこの返答が帰ってきた。

 でもこのまま放っておくべきなのか?

 もう何がなんだかわからない。

 病気なのか?わざと家族を困らせて楽しんでいるのか?

 強行突破も出来ない。今度こそ自殺を成功させてしまうかもしれない。

 この精神異常者の妹に、俺はどう交渉に当たればいいのだ…?

 お袋も俺も騒音だらけの彩の部屋の前で、何も出来ずに、ただ立ち尽くすだけだった。

 その時お袋がつぶやいた。

「…もう殺してやりたい……!」

 お袋が精神的にもう限界を通り越しているのを改めて感じたが、ゾッとする一言だった。

「だったら殺そうよ、もう…」

 俺まで思わずつぶやいた。

 この心理状態を分かってもらえるだろうか。

 もはや自分自身、本心で言っているのか、お袋に正気に戻ってもらおう思ってわざと言っているのかわけがわからなかった。

恐らく俺自身もどうでも良くなっていたんだと思う。

 でも、やはり、殺すなんてそんなこと、実行に移すことも出来ず、お袋も、俺もただ、彩の部屋の前で立ち尽くすだけだった。

 約十分後、物を破壊しているような騒音は聞こえなくなったものの、相変わらず、例の自殺系フォークソングが延々とリピートされていた。

 同じ歌ばかりが延々と流れ続けているために、俺もお袋もすっかりこの歌手とこの歌が嫌になっていた。

 その時俺とお袋のメール着信音が鳴った。

 俺も、お袋もこの着信音だけでざわっとするような寒気が起こる。

『ネットニューす即ほう!宗狂hh邦人、霊界のの恵み、理事ちょう逮捕!ひゃあああああ。

超ウケるうううう。被害総額六億円だってさああああ。うちの馬鹿親もその一人、ばあああああああああか!ざまああああみろおおおおおお。少女の霊なんかさいしょからいないってええの。本当にウチの親はアホ、大泉はもうケー対つながらないよお』

 相変わらず誤字脱字だらけのメール、しかしその内容にお袋は愕然とした。

 俺はためしに大泉の名刺の携帯に電話する。

『…おかけになった電話は現在使われておりません…』

 何となく詐欺ではないかと半分わかりつつあったとはいえ、はっきりとその事実がわかってしまい、お袋は完全に放心状態となっていた。

しかし俺はこの宗教団体はもちろんだが、それ以上に目の前の扉の向こう側にいる妹を殺したくてしょうがなかった。

親父はともかく、いつでも一生懸命この家庭を影から支えていたお袋をここまで追い詰めた悪魔のような妹に、俺は本気の殺意を感じた。

 俺は台所に走った。俺ももはや正気ではなかった。台所から包丁を持ち出した。

 彩を殺すためではない。彩に恐怖を与えたかった。それだけだった。

 俺たちをなめるのもいい加減にしろ、お前に本当の「死」の恐怖を味わわせてやるといったそんな気持ちがメラメラと沸いてきて止まらなかった。

 俺は親父の置いていったハンマーも持ち、彩がどうなろうとどうでもいいといった勢いで、放心状態のお袋を押しのけて、一気に彩の部屋の扉を破壊した…。

 扉は一気に壊れた。

彩の部屋は想像以上に散乱していた。大地震の後の部屋のようだった。 

 本棚も、タンスも倒れて、本や、服が散乱していて足の踏み場もなかった。

羽毛ぶとんも切り刻まれ、羽毛や綿が宙を舞っていた。

そして壁から床から机から、至るところに血や嘔吐物が飛び散っていた。机にはウイスキーの空き瓶が三本程、他大量の安定剤の錠剤の空が二十〜三十錠…。

トマトジュースのようなものが入ったペットボトルが二〜三本…。

 そして………なぜか注射器があった…。

ま、まさか彩…お前……一番やってはいけないものを…?

どこかにまさか白い粉とかないだろうな?

 彩本人はベッドで虚ろな目で携帯をぼんやり見ていた。

 俺が扉を破壊して入ってきたことなどに驚きもしない様子だった。

 彩の顔は青白く、髪はぼさぼさで、美少女の面影はなく、幽霊そのものといった表現のほうがはるかに合っていた。

さらに尿臭…。彩は失禁までしていた。

この状態に驚きつつも、俺の怒りは治まらなかった。

 女として最低な状態の彩の上に俺は馬乗りになった。

「てめえええ、いい加減にしろやああああああああああああ!」

俺は包丁を彩の額に突きつける。

しかし彩は動揺一つしない、というよりも意識が朦朧としていて、自分が今何されているのかがわかっていない状態だった。

携帯は彩の手からポロリと落ち、彩は泡を吹き、白目を向いて、意識を失った。

 彩は大量の薬と大量のアルコールで、錯乱状態になり、暴れて、歌いだし、そして今身動きすら出来ない状態になったと思われた。

 お袋はガタガタと震える手で、何とか救急車に電話した。

十分後、救急車が来て、彩は救急搬送された。


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