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霊媒師にすがる母親

親父もお袋も精神的にかなり疲労がたまっていたが、俺までこの乱れた家庭環境で自分自身の存在理由がなんなのかわからなくなっており、ここ最近おかしな方向に行き始めていた。

 家のあの重苦しい空気が嫌で嫌でたまらず、学校からは真っ直ぐに家に帰らず、近藤や前田たちとゲームセンターでコインゲームなどをするようになっていった。

俺たち三人は元々地味な落ちこぼれ連中ではあったが決して不良ではなかった。

しかし俺の影響を受けて、近藤も、前田もたちの悪い遊びを繰り返すようになっていった。

 俺たちはケンカや万引きはしないものの、いたずらを意味なく繰り返す、小心者の陰気なドブネズミのような存在となっていった。

とにかくどうしようもない程くだらない遊びを繰り返していたのだ。

 数え切れないほどの自宅のピンポンダッシュをしたり、駅前の自転車のタイヤを次々とパンクさせたり、意味なく見知らぬアパートの住民の扉に「金返せ!」「ただいま不倫中」などと書いたビラを貼りまくったり…そして最後にみんながハマったのがアルコールであった。

ゲーセンでアルコールを飲みながら遊んでいることもしょっちゅうだった。

アルコールは堂々とコンビニで買ったりしていた。それも弱々しい店員などを選んで買いだめしては飲んでいた。

店員から身分証明書の提示を要求されたことなど一度もなかった。

しょせんはコンビニ側の脅しに過ぎなかった。

ウイスキー、ウォッカ、ビール、日本酒…何でも飲んだ。

最初はまずいと思っていたが、そのうち現実逃避には使えると思い始めると美味しく感じてきたのだった。

奴らの家でアルコールとスナック菓子で宴会をして、家に帰らない時もあった。もちろんその都度お袋に一言電話だけは入れた。

お袋はうんわかったと、いつでもあっさり了解した。

俺が何をやっているのかなんて、もうどうでもいいんだな…そう思ったら尚更酒が進んだ。

俺たち、少なくとも俺はそうして高校二年にしてすでにアルコールに依存した状態になってしまった。


 お袋の様子も日々悪い方向に変化していた。

まず今までこなしていた調理を一切しなくなった。

コンビニ弁当ばかりを買うようになり、彩にも毎食コンビニ弁当を与えて、「ごめん、これで勘弁して、もうお母さん、料理が作れないの…」と嘆いたりしていた。

 お袋の変化はそれだけではなかった。

お袋は家の中のあちこちに不可解なフダを貼るようになっていった。

今となっては「結界呪縛」「法樹御利益」「神仏霊入口」「悪霊退散祈願」「天地恵誘美花」「安定幸福霊舞」「未観害蟲消去境界線」などなど、他にも多数わけのわからないフダが玄関、トイレ、リビング、寝室、廊下等あらゆる箇所に貼られているのだった。

 お袋は「霊界の恵み」という名の新興宗教団体に勧誘されたようであり、時々おかしなお祈りもするようになっていた。日本語ではないなにかチベット奥地の言葉のようなマントラを延々と唱えており、俺は正直そんなお袋が不気味でならなかった。

またその宗教に関する本も多数購入していた。

パラパラとページをめくると、様々な箇所に赤ペンでアンダーラインが引いていた。

俺が読む限りではこの宗教は明らかに人の弱みにつけ込むようなタイプの宗教にしか感じられなかった。

母親がアンダーラインを引いたものの中の一例。

「…例えば、あなたのお子様が急にひきこもり等になったとしましょう。しかしそれはあなたのせいではありません。だからどうかあなたは自分自身を責めないでください。私はこの際はっきりと真実を告げておかなければなりません。恐らくお子様には悪霊がとりついていると思われます。もちろんすべてのひきこもりがそうだとは言いませんが、約八割はそうだと考えるべきです。ましてや自殺未遂などをするようになったら早急に除霊が必要です。除霊は費用が発生します。十万円(税込)が基本料金で、お高く感じられるかもしれませんが、お子様の将来のことを考えると、この値段で除霊出来ることがいかに安上がりかは後々理解してもらえることでしょう」

 この他にも、除霊してもらって、不良息子が更正したとか、受験に合格したとか、彼女ができたとか、仕事で出世できたとか、様々な体験談が書かれていた。

「超うさんくせえ…十万円(税込)ってなんだよ、アホか」

 このオフダと宗教介入について、今まで冷戦状態だった親父とお袋は再び大ゲンカをするようになっていた。

「彩がまともに見える!今のお前こそ、カウンセリングが必要だ!目を冷ませ!こんな恥ずかしいフダ、早くはずせ!お前は洗脳されて頭がおかしくなっている!」

「絶対に外さない!あなた、もし一枚でもフダを外したら、あなたの身に恐ろしいことが起こるわよ。大泉先生(教団の幹部の偉い人らしい)によると、この家を建てたときの地鎮祭の際、完全な除霊がされてなかったために彩がひきこもったのだろうって。先生がこの部屋で目をつぶって霊界からのメッセージを受け取ったとき、二百年くらい前に幼い少女がここでレイプされて焼き殺されたらしいのよ、その怨念が全てを狂わせているらしいの!だからわざわざ先生が来てくださってフダを適切なところに貼ってくださったのよ!このフダを一枚でも剥がしたら絶対に許さない!私があなたを殺してしまうかもしれない!」

「な、な、なんだと…!」

「先生によると、これだけで恐らくあと一ヶ月もしないで彩のひきこもりは飛躍的に良くなるだろうって。でも一枚でも外したら、逆にひきこもりは三年以上は続くようになるだろうって」

「そのペテン師に電話してやる!」

「そんなことしたら絶対に許さない!本当にあなたを殺してやるからね!」

「お前が先に精神科に行くべきだったかもな!」

「私は洗脳なんてされてない!やっと私のことを救ってくれる先生に出逢ったの」

「なら賭けるか。彩があと一ヶ月しても全く引きこもりが治ってなかったら、その宗教団体から脱退しろ。逆にもし彩があと一ヶ月後、引きこもりが治っていたら、俺もその宗教団体に加入してやる。どうだ?」

「面白いわね、そうしましょう。これであなたとも仲直りができそうね」

「ふっ、話を元に戻すが、お前は俺に断りもせずに除霊承諾書にサインして十万円を支払ったんだろ。一ヶ月後、彩が変わらず引きこもっていたら、その十万円は今後のお前の小遣いから常時差し引くからな」

「ええ、いいわよ!」


 俺はリビングで二人の喧嘩を聞きながら、ウイスキーの水割りを飲んでいた。

 ストレートで飲むのはさすがにきついが、水で割って飲むと、いつの間にか心は天国になっていった…。

 もうどうでもいい…。

 すべてが下らない…。

 もうここは家庭じゃない…。

 ここが精神病院だ…。

 みんな病んでいる…。

 あああ、ラリってきた…今が楽しければいい…。

 

 ぼんやりとくだらない大ゲンカを聞きながらラリっていると、俺の携帯にメールが入った。両親のメールの着信音は鳴らなかったようだ。

 どうせ彩だろ…何の用だ…死ぬなら勝手に死ね…。

 そう思いながらメールを見る。

『あんた、最近すごいお酒飲んでいるでしょう。やめな』

 俺は、ふっと笑いながら即返信。

『お前に言われたかねえよ。廃人女。おめえのせいでこの家庭はめちゃくちゃだ』

 以後はメールのやりとりである。

『なんか最近、幼い少女が夢に出てくるんだよ』

『ウソつくな!お前、二人のケンカの内容を聞いていてわざとそんなこといってんだろ!今お袋の精神状態がマジでヤバイからそういうふざけたメールだけは絶対にお袋に送るなよ!わかったか!』


 そこからはメールがこない。何十回電話しても出なくなった。

もしかしてこれからはこの少女の霊をネタにしたものすごい嫌がらせをするつもりじゃないだろうか…。そう考えると、彩の人間性をも疑わざるを得なくなってしまう。

彩、「下町のマザーテレサ・彩」は一体どこに行ってしまったんだ…?


案の定、それから二〜三日後、彩は少女の霊をネタとしたメールを両親に送るようになった。

俺はこの時、初めて彩のことを本気で殺したいと思うようになった。 

お袋は、親父の家庭内暴力を止めるために自分を押し殺して生きてきた、ある意味犠牲者のような存在だったと思うようになってきたからだ。

そんな哀れなお袋へのいたずらメールには怒りが止まらなかった。

彩は「病気」なのか?

それともこの家庭に対する単なる嫌がらせをしているのか?

どこまでが病気で、どこまでが悪ふざけで、どこまでが仮病なのか、もはやさっぱりわからなかった。


『お母さん、最近少女の声が聞こえるの…やめて…やめて…って。そして目の前に傷だらけの和服の少女が現れるの…だけど、首が切り落とされて死んでしまうの。それが毎晩のように続くの。夢を見ているのか現実をみているのかも、私にはもうわからないの…』

こういったメールに対し、俺は両親に、彩の「意図的なもの」だということを伝えたが、お袋だけは信じてくれず、先生の言うとおりだと言って、大泉とかいうペテン野郎に電話で相談していた。

親父は俺の言い分を信じてくれた。

「彩が俺たちの喧嘩を聞いて意図的にやっている嫌がらせだろう。澄子、お前は落ち着くべきだ」

 俺と親父の言い分も信じないお袋は始終ペテン野郎に電話で相談していた。

 ペテン野郎はこう助言したという。

「彩さんが悪ふざけでそのようなことを言っているとは思えません。なぜなら彩さんの言っている最後に首が落ちるという場面は私が霊界から受けたメッセージと一致しており、その生々しい場面を私自身も脳であの時に感じ取ったからです。少女は何色の服を着ていましたか?」

「赤いちゃんちゃんこだったみたいです」

「まさにそのとおり!やはり除霊は必要です。あれだけのフダを貼っても、まだ現れるというのは想像以上の怨霊です。もうこうなったら私が再度御宅に行き、さらに強い除霊をさせてもらうしかありません。その場合、もう三万円(税込)掛かりますがよろしいですか?」

「え?まだ費用が掛かるんですか…?」

「想定外の怨霊なんです。このままでは彩さんどころか、家庭が崩壊してしまいます。至急除霊させてください。今度の日曜日、除霊に伺えれば幸いです」

 

風呂の中でいろいろ考えているとき、俺はペテン野郎の発言の矛盾にふと気づいた。

少女はたしかレイプされて、「焼き殺された」はず…なのにペテン野郎は彩のいう、「首を切り落とされての殺害」を肯定している…。

「やっぱ、ウソだ…」


 俺はこの精神的に崩壊寸前の田中家を救うためには何が必要だろうかと毎日考えるようになっていった。勉強など、どうでもよかった。

 人間は神様じゃない。

 育児の際、両親は過去の自分たちの経験を元に子供にとっての幸せの設計図を作るはずだ。しかしそれが時として、子供を抑制したりすることもあるのだろう…。

それにしても、なぜウチはここまでどす黒いオーラを持たなければいけないほどの家庭になったのだろうか…?

 

 子供のころを振り返ってみた。

 そんなに悪い親だったのか?

 じっくり考えてみた。

 古いアルバムの写真をみた。

 みんなニコニコしている……。


 今の田中家を不幸にしているものはいったい何なのか…?

 諸悪の根源は何なのか…?

 単に親父の家庭内暴力だけが原因なのか…?

 それを止めずに、ひたすら服従してきたお袋。

 全てを諦めて、家族に対し割り切った態度をとった俺…。 

 俺の成績が思った以上に伸びずに、両親は彩にダメ兄貴分の期待をも注ぎ、その結果彩は期待に応えようと、常に「イイ子」を演じてきたのかもしれない。

 学校でもトップ、そしてアイドル並みの美少女…。

 彩はその周囲の期待にも答えようといつでも必死だったのかもしれない。

 彩は多くの男から愛の告白もされている。その都度断っているため、彩は男と付き合ったことはないはずだ。

ちなみに俺も女の子と付き合ったことはない。好きな子もいなかったし、恋とやらもまだしたことがなかった。

 彩に優しい彼氏が出来れば、彩は更生するのではないか…?

 勝手に想像したりする。彩も俺もお年頃だ。俺に好きな子はいないが、女の子に興味がないわけではない。

 彩だって男に興味がないわけがない。 

 彩に優しい彼氏ができたら、彩は変わるのではないか…。

 いや、そんな簡単な問題じゃないか…。

 こんな女と付き合ったら今度はその彼氏が病んじまう。

 ましてやその結果、別れたりしたら、彩はまた自殺未遂をやらかすだろう。

 俺はこんな家庭に絶望しつつも、風呂の中で彩をどうすれば救うことが出来るかを考えることが日課となった。

 それは、最終的には自分のためだ。このままではこの家は崩壊してしまう。両親の関係の悪化はピークに達している。


 日曜日、例のペテン師が現れた。

「はじめまして、大泉と申します」

 そう言い、その男は俺と親父に名刺を渡した。

『霊界の恵み 東京支部 地縛霊除霊師 大泉 康成』

 お袋は丁寧にスリッパを出し、その男を迎え入れ、親父と俺は汚いものでも見るかのような目でその中年男をみていた。

男は五十代前半位の細身の男で、丸いメガネに顎髭をはやしていた。そして服装はどこにでもいるサラリーマンのようなスーツを着ていた。頭はオールバックでポマードの臭いがぷんぷんした。

「お父様、恐らく私のことを妖しい男にしか感じないかもしれませんが、騙されたと思って、少しだけお話を聞いてください」

 俺も親父も眉を潜めた。親父は表面上は接待している客に対する態度で語った。

「いや、私たちはそういう霊とかに関することは素人ですから、とにかくお話を聞かせてください。自慢の娘が、それこそ悪霊にとりつかれたかのように、豹変してしまい、私たちは藁にもすがる思いなのです」

「そうですよね…」

 するとその男は大きく呼吸をし、語り始めた。


「私にも引きこもりの息子がいたのです。中学の三年間ほとんど学校に行かず、部屋でテレビゲームをしているだけ。本人を無理やり精神科に通院させたこともありますが、先生は軽い安定剤を与えるだけで、何もしてくれませんでした。そんな時、私はこの『霊界の恵み』に出会ったのです。最初は胡散臭いと思っていました。何気にネットでそのホームページを見たら、ひきこもり専用のフダのページがあり、それを印刷して貼ると良いと書かれていたので、半信半疑でそれを印刷して、その子の部屋の外の廊下に貼ったのです。妻は最初は『馬鹿げている』と言っていましたが、その日の夜、私は夢を見たのです。刀を持った若い男でした。その男は『おぬしの息子殿を惑わせてすまなかった…拙者はこれでやっと成仏が出来る。深く感謝申し上げる』と言い、消えました。その次の日、三年間ひきこもっていた息子が『おはよう』と言い、居間に降りてきたのです。私たち夫婦は涙を抑えることができませんでした」

 そう言うと、その男は半泣き状態となった。

正直その時俺は、少しだけその男が悪い人間ではない錯覚に陥った。

親父の表情も少しだけ硬さが無くなっていた感じがした。

大泉はさらに語った。

「今、うちの息子は知的障害者の施設の園長をしています。社会で弱い立場に置かれている人たちを助けたいと言って、仕事に情熱を燃やしているのです…あ、つい私の話などを…。どうでもいいですね、わたしのことは。それよりも娘さんのことですが…」

 いよいよ本題に入った男はいきなり土下座をし始めた。

「申し訳ありません!娘さんには私の想像を超える恐ろしい少女の地縛霊がとりついています。当初除霊は十万円(税込)と言っており、そのお金についてはすでに奥様から頂いておりますが、そんなレベルではないということに気づいたのです…」

 親父は再び表情が硬くなり、つぶやいた。

「どういうことですか…?」

「除霊にはあと三万円(税込)が掛かります。それはこないだ奥様にお電話で申し上げたのですが…今この家の空気を感じて、…その…言いづらいのですが…」

 親父と俺は息を飲んだ。

「三万円(税込)というレベルではありません」

「いくらだ?」

「三十五万円(税込)です」

「ふざけるな!もういい、帰れ、ペテン師!」

「ただ、お父様、除霊がうまく言ったら、二十万円(税込)で済む可能性があります!お願いです!これでうまくいかなかったら、私を裁判にかけてもいいです!除霊させてください!成功したら彩さんが一週間以内にリビングに顔を出すと私は確信しています。もし降りてこなかったら私を裁判にもかけても結構です」

 自分を裁判にかけてもいい…その言葉に親父は負けたようだった。俺もその男の熱意には負けてしまい、正直七十%位、その男を信頼してしまった…。

 結局大泉に言われるがままに二十万円を支払うこととなってしまった…。


 そして除霊が始まった。

 大泉は、二階に向かって叫んだ。

「彩さん!私が必ずあなたを救います、部屋には絶対に入りませんので、廊下で除霊をさせてください」

 彩から俺たち三人の携帯にメールが入った。

「命が惜しかったら、その除霊師を止めさせて。彼の命が危ないと思う」

 彩のこのメールの意図は何なのか…本気なのか…それとも俺たちを振り回して楽しんでいるだけなのか…?

 このメールを大泉に見せると、奴は神風特攻隊の如く、覚悟を決めた顔で、宣言するかのように叫んだ。

「大泉!命をかけて君を守る!」

 それから除霊が始まった。彼は目をつぶり、両手を天にかざし、訳の分からないマントラを唱え始めた。

「ケセコ マズセ エルナ イリホ タイラ デルラ ケルマ エリリ アヤヤ トマコ

 ナゼマ オナニ マルル ケコナ ゴゴナ………」 

 これが三十分程続いた。

 ちなみに除霊にどうしてこれだけの費用がかかるのかを訊いたところ、ある意味ではワニの捕獲以上に危険なこと(とりつかれる危険等)、また除霊により除霊師自身が、最悪三〜四ヶ月の寿命が縮むことがあるからだとのこと。

 三十分後、除霊が終わったとき、彼は汗だくであった。

「終わりました…、すみませんが少し横にさせてください」

 母親は彼をリビングのソファーに寝かせた。

「あ、ありがとうございました」

 ちなみに費用は二十万円でいいとのことだが、早急に振り込んで欲しいとのことであった。その理由を尋ねると、

「除霊には大変なエネルギーが必要で、次の除霊がすぐに待っており、自分が万が一入院したときに県外から除霊師を派遣したりするのにどうしてもお金がいるから…」等よくわからない理由を言われたが、お袋は大泉が帰った後、急いで現金を指定口座に振り込んだ…。

 

 それから一週間、その朝も相変わらず、リビングには黒いオーラがただよっていた。

お袋は一切料理をせず、親父も俺もめいめいに食パンを袋から取り出して、焼きもせずに食べ、牛乳を飲み干した。それで朝食は終わり。お袋は食パンを食べながら、テレビをボヤ〜っと眺めていた。

しかし次の瞬間、全てが諦めに満ちていた空間が一瞬にして激変した。

「おはよう…」

 彩が、リビングに顔を出したのだ…。約二ヶ月ぶりに…。

「あ、彩…」

 その時、親父もお袋も、そして俺も気づいたら泣いていた。

 彩も泣いていた。彩はかすれた声でつぶやいた。

「やっと、でてこられた…でももう少し学校休んでいいかな…」

 彩のお願いに俺たち三人は当然であるかのように

「もちろんいいよ!お前が出てきてくれただけで、もう何もいらない!」

 父親は彩を抱きしめた。

「お父さん、痛いよ…」

 三人共、言葉がなかった。彩が在てくれればそれでいい。そのセリフを繰り返すだけだった。

 彩は自ら料理をすると言い出して、目玉焼きやソーセージなどを手際良く用意した。

壊れた家庭が一気に修復していくかのようだった。


 その後、母親は「霊界の恵み」東京支部の大泉に深々とお礼をし、大泉も泣いて、二人で抱き合って喜んだという。

 父親は不調だったプレゼンや接待がうまくいき、周囲からの信頼を取り戻したかのようだったと言っていた。

 しかし俺自身は違っていた。両親には悪いが、アルコールだけはやめれず、最近ではタバコも覚え始めた。

 俺は、近藤と前田と三人で『いたずら同好会』というわけのわからないグループを作っていた。活動内容は今まで通りのセコいいたずらばかりなのだが…。

グループの理念は「イジメ・ケンカをしない」「くだらない大人社会を少しづつ壊す」「快楽は共有する」の三本柱で成り立っていた。

俺たちの活動はだいたい週末に集まり、警察に通報されない程度のいたずらをして町中に迷惑をかけて、大人たちに腹いせをして、最後にはアルコールを飲みながら、カラオケボックスやゲーセンで遊ぶといったものだった。

今となっては彩よりも俺の方に問題がある状態だったが、両親は彩のことで安心しきってしまい、俺のことなど全く眼中になかった。

親父も俺と彩には必要以上に勉強のことをうるさく言わなくなっていた。

 でも両親には言ってやりたかった。

「おとうさん、おかあさん、あなたの息子は今タバコ、酒びたりですよ」

「おとうさん、おかあさん、あなたの息子は今町中に迷惑をかけてますよ」

「おとうさん、おかあさん、あなたの息子はもはや仮面不良ですよ」

…ってな感じで…。


 彩は学校にこそ行かなかったものの、部屋からの引きこもり生活はかなり改善されていた。

俺はこのとき、あの除霊が効いたんだと思い込んだ。もちろん両親もそう思っていた。

 親父は最近「霊界の恵み」に正式に会員登録したらしい。

 御布施は月一人一万円が望ましいとのこと、強制ではないが最低でも七千円は欲しいとのこと。御布施が高ければ高いほど、悪霊にとりつかれる可能性が低いという。

 俺もいずれ会員になろうかななんて思っていた矢先、また彩が両親の頭を痛める出来事を起こす。

 

 除霊から一ヶ月後、

 その日は平凡な月曜日の朝、降りてくるはずの彩が、降りてこない。

 この時点で、三人とも得体のしれない悪夢の不安が脳裏をよぎる。

「あ、彩〜…」

 恐る恐る部屋を開けたお袋。彩はいない。机に置いてある手紙を読みながら、お袋は身動きが取れない。

 同じく部屋を覗いていた俺はもうその時点で胃が痛くなる。俺の背後には親父もいる。

 手紙の内容は三人とも確認した。

『突然ごめんなさい。大阪の友達のところに行ってきます。心配しないでください。三〜四日で帰ってきます。間違っても警察に電話などしないでください。突然出かけたのには私なりの理由があります。それは後で話します。大切な友人たちと会うんです。とにかく心配不要ですから。あと電波の悪い場所なので携帯はつながりません。とにかく心配しないでね』


 俺たち三人は、誰に会うのかは良くわからないが、多分大丈夫だろうという結論に達し、それ以上は考えないことにした。考えるときりが無くて、勉強や仕事にも影響するからだ。


 しかし、一ヶ月以上も引きこもっていた彩に大切な友達などできるのか、しかも県外(大阪)に…。俺は即ネット仲間のオフ会だと確信した。


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