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最悪の事態

ある日の夕方、コンビニ内をウロウロしていた俺に、近藤から電話が入った。

 携帯をマナーモードにしていた俺が、ポケットからそいつを取り出したときには、もう電話は切れていた。

 着信履歴を見ると、近藤から連続四回も着信があったことに気づいた。

 ちなみに俺がマナーモードにするきっかけになったのはもちろん彩が原因である。

とにかく着信音が怖いのである。近藤も同様にマナーモードである。

 これはただ事ではないと思い、直ぐ様近藤に電話した。

「田中!やっと気づいてくれたか!彩ちゃん、いやお前の家が大変なことになっている!」

「ど、どうしたって言うんだ!」

「彩ちゃんから電話があって…『タバコを吸いながら、薬と酒を飲み過ぎたらいつの間にか寝ていて、今、部屋の半分が燃えているの!窓からも、ゴホッゴホッ…ドアからも逃げられないの…助けて!』って。今、俺はお前の家の前だ!もう消防車も来ている!彩ちゃんの部屋から炎が上がっているんだよ!」

「はあああああああああ?ウソだろ!」

 そう言いながらも、近藤の電話の向こう側では明らかに、普通ではない騒々しい音が鳴り響いていた。

俺は電話で近藤に状況を訊きながら、コンビニを飛び出し、家に向かって走り続けていた。

コンビニから家までは走って約十五分程だろうか。

電話で、近藤と話しながら、猛ダッシュで走っている俺、赤信号など無視する。

「彩の安否はまだわからないか?」

「わからないよ、あ!今運ばれてきた!」

「生きているのか?」

「顔から毛布が掛けられている…ぐったりして意識がないようだ!」

 そこからは近藤にいくら質問しても、返事がなかった。

携帯の向こう側でガサゴソというもみくちゃにされるような音と、『近寄らないで!あぶないから』という声、そして『彩ちゃーん、オレだ!近藤だ!聞こえるか!』と叫ぶ声が聞こえた。

近藤が取り乱して、彩に近づいて行こうとして、消防隊かなんかに止められているかのようだった。


約十五分後ようやく家の前に着くと、消防車があり、彩の部屋は真っ黒になって、その残骸だけが残っていた。窓ガラスも無くなっていた。

火はすでに消されていた。

救急車はすでにいなくなっていた。

そして近藤もいなくなっていた。俺は近藤が救急車に搭乗したものと判断した。

 近藤から再び電話があった。

「今、救急車の中。市民病院に向かっている。お前もタクシーですぐに来てくれ。恐らくお前の両親も市民病院に向かっている!」

「わかった!彩の意識は…?」

「煙に巻かれたみたいで…昏睡状態だ…」

「命に別状は?」

「わからん…」


 俺、近藤、両親は市民病院の救急搬送センターの待合室にいた。

 両親の顔はやつれ、服装すらもボロ雑巾のようであった。

 近藤は一人、ソファーに座らずに、腕を組みながら、意味なく左右を行ったり来たりしていた。顔は青白く、不安に満ちた表情をしていた。

 お互い、何も言葉はなく、ただ心の中で祈るしかなかった。

 一時間後、父親がふとつぶやいた。

「プレゼンの真っ最中だった…。俺は舞台から降りて、重要な責務を台無しにしてしまったよ…」

 その一言で、また夫婦喧嘩が勃発した。

「あなた!今、彩の命が危険だってことがわからないの?あんたのそんな話、誰も聞いてないし、誰があんたの心配なんかしてますか!それにこないだあんたもう重要なプロジェクトは断るって言っていたじゃない!」

「今回のプレゼンで最後にしようと思っていたんだ!お、俺は、別に、…何もそんなに怒ることないだろう!彩がどうなるのか、心配でしょうがないに決まっているだろう!でも彩なら…その…だ、大丈夫だろう!今までだっていろいろあったが、あいつは強いから…俺たちの娘がそんなに簡単に死ぬわけがない」

「その根拠は?」

「こ、根拠はないが、…ただ、俺が今言いたかったのは、…彩が退院したら、その後について…いろいろどうしようかっていうことを言おうとしていただけの話だ!」

「そんなの後でいいでしょう!今は娘の命のことだけ祈ってよ!あなたはどうせこう言いたいんでしょう!『俺は、プレゼンを放り投げてまで、ここにやってきた。次に会社に行く時は、俺の机は恐らく、便所の脇にでも設置されていることだろう。プレゼンを放棄した制裁として、給料も減給され、火災の修繕費もプラスされ、ローン返済がさらに厳しくなるだろう』ってね!」

「勝手に物語を作るな!」

「じゃあ一体何が言いたかったの?確かにプレゼンを投げ捨てたことの重い責任についてはわかるけど、そもそもあなたは一体何のために仕事をしているの?」

「………」

「何で何も言わないの!『家族のため』に仕事しているんでしょう?『あなた自身の出世のため』に仕事をしているとでもいうの?だったらもう帰ってこないで!家族のことは私が全部見ますから!」

 かつて『子供にまで父親の家庭内暴力が及ばないように』とひたすら親父に従っていたお袋だったが、今のお袋は以前のような親父の奴隷ではなかった。

 暴力を防止するため、ひたすら親父の独裁態勢に賛同してきたお袋だったが、俺も彩も結果として堕落してしまったため、賛同することに対しての意味を感じなくなったのであろう。

 特に彩に関しては、むしろ自分自身が親父の理不尽さに従い、親父と共に彩を追い詰めてしまったということへの深い罪悪感があったのだろう。

『もうこの人に従うようなことはしない』

 お袋はそう心に誓ったのだろうと思う。

 ところで、両親は、近藤が彩と交際しているということに関しては、反対すらしていないが、優等生とは言い難い近藤を決して快く思ってはいなかった。

「君、…今回の火災はさすがの我々も言葉がないのだが、…こんな感じだぞ、彩という女は…。彩から逃げるなら今のうちだぞ…」

 近藤は歯を食いしばりつつ、ハッキリと言った。

「逃げません。好きだから、逃げられません。これからも振り回されるでしょうけど、たとえ僕自身が、遠くに引っ越したとしても、彩さんのことが、頭から離れることはないと思います」

 両親はお互いの顔を伺いつつ、半信半疑の表情を隠しきれなかった。


 彩はと言えば、結果として、命に別状はなく、四日程で退院出来ることとなった。

 帰りの親父の車には俺とお袋と、そして彩が乗っていた。

 みんな無言の状態であった。

 家までは車で約三十分。あと十分程で家に着くという時に、彩がつぶやいた。


「…火事…怖かった…『死にたくない』って思った…」


 死にたくない……。

 この言葉を聞き、先にお袋が鼻をすすり始め、ハンカチで目頭を抑え始めた。

 それを観て、俺も目に涙が浮かんできた。

 バックミラーから見える親父の目からも一滴の涙がこぼれ落ちたのを見た。

 俺は、この時確信した。

『今の彩になら言える、例の心のリハビリ専門病院のことを…』



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