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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

悪女と腹黒王子様

掲載日:2026/09/13

悪女と腹黒王子様

 "悪女"——公爵令嬢であるエクラ・エランはそう言われていた。社交界でまことしやかに囁かれる噂の数々は、彼女の恐ろしさを伝えていた。


「反抗的な官僚を生き埋めにした、政敵を貶めるために自らの親を殺めた、入り込んだスパイを見せしめに殺した……なんだ、概ね真実じゃない。噂も馬鹿にならないわね。」


 エクラはワインを飲みながら、上機嫌にそう言った。侍女のセレニテがそれを聞いて顔をしかめる。


「真実かもしれませんが、全てでもありません。ほとんどが領民を苦しめる人でなしでしょう?」


 セレニテの言葉を聞いて、エクラはますます笑い出した。


「セレニテ、いくら人でなしとはいえ、人を殺したら地獄に落ちるのよ。決まっているわ。」

「……。」


 セレニテの顔が、その言葉を聞いて悲しげに歪んだ。


「エクラ様……もう、やめませんか。これ以上は貴方が傷つくだけです。」

「セレニテ、主人たる私に逆らおうと言うの?」


 冷たい声で放たれたエクラの言葉に、セレニテは必死に首を振った。そんなつもりはないのも、エクラのことを本当に思ってくれているのも、分かっている。けれど……


「ならば、もうそんなことを言わないで。それ以上言われたら、私は貴方を殺さなければいけないわ。」


 エクラは、少し自分の声が震えるのを感じた。セレニテを殺したくなどない。彼女は、エクラが兄にいじめられて泣いていた時から、ずっと味方でいてくれたのだ。

 

 けれど、より良い世界のため、何もかもを犠牲にすると決めたのだ。だから、その決意を少しでも鈍らせる存在を、近くにおいてはおけないのだ。


「私に、貴方を殺させないでちょうだい。貴方は私から、貴方自身まで奪おうと言うの?」

「エクラ様……申し訳ございません。もう二度とこんなことは言いません。」

「ならいいのよ。」


 エクラは、ため息をついてまだ少し残るワインを揺らした。まるで血のようなその水面を見つめる。

 信念のため、全てを切り捨てて進んできたが、その道は罪に塗れている。


「ねぇ、セレニテ。私はきっと、碌な死に方はしないわね。」

「そんなことは……」

「いいのよ、自分でも分かってる。ふふふ、それまでに何をしようかしら。王子でも誑かして、この国を乗っ取ってしまおうかしら?」


 そうして、この国を正し、民の生活を豊かにするのだ。

 

 冗談のような口調であったが、エクラはその時、そうすることを決心した。どうせ碌な死に方などしないのだし、せめてやりたい放題やらせてもらおうじゃないか。

 

——まずは王子に出会うところからだ。


 切れ者らしい第一王子、アジュールといきなり接触するのは難易度が高い。まずはアジュールの側近で、誑かしやすそうなソットを少しだけ誘惑することにした。

 

 ソットがバルコニーに出たのを見計らい、偶然を装ってバルコニーへ出る。ソットは、エクラを見るなり「出ていけ」と罵った。

 エクラは、それに悲しげに目を伏せてみせる。


「貴方様も、そんな噂を信じていらっしゃるのね……」

「き、貴様の手には乗らぬぞ。そうやって男どもを誑かしていたのだろう?」


 正解である。しかし、エクラはそれを聞いて、ますます傷ついたような顔をしてみせた。


「いえ、良いのです。失礼いたしましたわ……」

「ま、待て。……悪かった。」


 エクラは心の中でにやりと笑った。


 ソットはあっという間にエクラの虜になった。いや、ソットだけではない。今までも、あれほど悪評が立っているというのに、誰もがエクラの虜になった。何故かって?

 

 エクラは、なろうと思えばいくらでも、従順で、優しく、哀れで、程よく優越感を刺激されるような女になれるのだ。——そうやって生きて来たのだから。


 それから、エクラはソットをいいように操った。と言っても、少しプライドを刺激して小さな失敗をさせるぐらいだ。それでも、失敗の積み重ねは自信を失わせ、自信を失うことは更なる失敗につながる。

 

 いずれアジュールは無視できなくなるだろう。そして、ちょうど関わりがありそうなエクラを疑うに違いない。

 たとえ疑いからの接触だったとしても、エクラは完璧に彼を信用させ、腑抜けさせる自信があった。

 

 イラついたソットに暴力を振るわれることもあったが、予想の範囲だし、虐げられている可哀想なエクラをアジュールは疑わないだろう。それは、むしろ好都合とさえ言えた。


 そして、ついにアジュールから接触があった。


「やあ、こんばんは。"悪女"のお嬢さん?うちのソットを誑かすのはやめてくれないかい?」

「まぁ、なんのことでしょう……。もしや、私が殿下のお心を害することをしてしまったのでしょうか?」


 エクラは、全くなんのことか分からないが、恐縮だという態度をとってみせた。アジュールが眉を顰める。


「君が、ソットのことを操って、あんな風にしたのではないのかい?」

「まぁ、ソット様のご様子がおかしいのには気づいておりましたが、まさか私のせいなのでしょうか……?」


 不安気に、哀し気に目を伏せて言ってみせると、アジュールがついに折れた。


「分かった、もう少し他の理由がないかも調査してみよう。」


 エクラはまたしても心の中でにやりと笑った。


「なーんて、言うと思った?いつも君は、こんなふうに男を誑かしているのか。」


 エクラは少し焦った。上手くいかないかも知れない。しかし、ここで諦めてはダメだと、しらを切ってみせた。


「まさか、私が殿方を誑かしたことなどありませんわ……」

「君の手は分かってる。しらを切っても無駄だよ。」


 もう、無駄だ。そう分かったから、エクラは白状した。


「……どうして分かりましたの?」

「むしろ、どうしてバレないと思ったのさ。白々しいにも程がある。」


 エクラは少しイラッとした。こんなにムカついたのは久しぶりだ。


「まぁ、バレてしまったことは仕方ありませんわね。死罪にするなりなんなり、お好きになさって。」


 まぁ、こんなに切れ者の王子がいるなら国も安泰だろう。エクラは大人しく死を覚悟した。アジュールはそのお綺麗な顔に見合わず悪どく笑った。


「分かった。好きにさせてもらおう。僕と婚約しろ。」

「分かりまし……へ?」


 予想外の言葉すぎて、思わず呆けた声を出してしまった。これも久しぶりだ。この王子といると、どうにも調子が狂う。


「聞き間違えでしょうか?もう一度言ってくださらない?」

「僕と婚約しろ。」


 エクラは本格的にアジュールの正気を疑いたくなった。思わず仮面を全て取っ払って声を荒らげる。

 

「馬鹿じゃないの!?自分を騙そうとした女と婚約したがるなんてありえない!」


 アジュールは鼻で笑った。エクラはますますイラッときた。


「まさか、君に僕を騙せると思うのか?最初からバレているのに?」

「うっ……。そもそも、私を婚約者にしようとする理由がないでしょう!?」

「いーや、あるね。君は自分の有能さを分かっていない。君ほど使える女はいないだろう。」


 不覚にも、エクラは少しときめいた。こんなこと、初めて言われたのだ。頬が熱くなるのを感じた。

 アジュールが初めて驚いたような顔をする。


「驚いた、君も照れるのか。」


 エクラは、さっきのときめきは間違いだったと思うことにした。


 ——それからの生活は、忙しくも楽しいものだった。


 アジュールの性格も、少しずつ分かってくる。非常に腹黒く、非常に有能で、そして性格が悪く——何より民のことを考えている。


 アジュールとの議論は非常に楽しかった。新しい気づきを得られるし、彼はエクラの意見にも耳を傾けてくれた。

 彼は、女だからと言う理由で、政治に関わるなと言わないのだ。


 そして、エクラはどうしようもなくアジュールに惹かれているのを感じていた。

 彼が笑いかけたとき、心臓が跳ねる。彼の手に触れた時、顔が赤くなる。彼が褒めてくれた時は、どうしようもなく嬉しかった。


 しかし、エクラはこの恋が不毛な片思いであることも、自分が彼に相応しくないことも知っていた。

 だって、エクラは彼を騙そうとしたのだ。それに、沢山の人を殺めたのだ。

 

 そして、もう一つ。今やもう、エクラ以外、誰も知らない秘密があった。——エクラは、婚外児なのだ。

 だから、親にも、兄弟にも酷く疎まれていた。エクラは誰にも望まれていない。

 以前までそれでも良かったのだ。エクラは自分の信じた道を進むだけだったし、天涯孤独の身でもあった。しかし、今は違う。


 アジュールの両親は彼を愛していて、エクラにも優しくしてくれた。だからこそ、やっぱり思うのだ。

 エクラとアジュールの間には、埋めきれない差がある。


 だから、エクラは逃げることにした。彼が作ってくれた王城の部屋にある、エクラの荷物。彼がくれたものを除けば、部屋いっぱいにあった荷物は、鞄一つに納まった。

 

 そして、荷造りを終え、扉を開けると、非常に不機嫌そうな顔をしたアジュールがいた。


「ご、ご機嫌いかが?」

 

 エクラは平静を装おうとしたが、失敗した。アジュールは冷たい声で言った。


「どこに行こうとしているのかい?」

「ち、ちょっと散歩に……」


 エクラは自分を叱責したくなった。今まで何度もやって来たことが、肝心な時にできないとはどういうことか。


「逃げようとしたのかい?」

「……。」

「また、僕のことを出し抜こうとでも思った?でも、君は僕に一生叶わない。」

「そ、そんなことはないわよ!」

「現にそうだろう。大人しく、何を考えているのか白状しろ。」


 エクラは、とうとう大人しく白状した。この状況は、なんだか出会った時を思い出す。


「私は、貴方に相応しくないと思って……」


 エクラは、家出に至った経緯を全て洗いざらい話した。話し終えると、エクラはグッと腕を引かれた。

 そして、気づいたらアジュールの腕の中にいた。心臓が激しく鼓動し、何も考えられなくなる。

 彼の体温がどうしようもなく暖かく感じた。


「これは僕が悪いな。エクラ、行かないでくれ。」

「どうして……?」

「愛しているよ。さっさとそう伝えれば良かったんだ。」


 エクラは、自分の耳を疑った。


「な、なんで……?私の聞き間違い……?」

「聞き間違いじゃないよ。人を誑かすことには自信があるくせに、どうして僕からの好意は疑うんだい?」

「だって、本当の私を好きになってくれる人がいるなんて……。貴方、趣味が悪いんじゃない?」

「失礼だな。」


 二人で顔を見合わせて笑い合った。そして、エクラは深呼吸をして言う。


「私も、貴方を愛しているわ。」

初心者なので、お手柔らかにお願いします。誤字脱字報告、感想を送ってくださったり、高評価をしていただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
悪女として振る舞ってきたエクラが、アジュールの前では少しずつ調子を狂わされていくのが微笑ましかったです。
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