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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

容疑者は名探偵

掲載日:2026/07/17

ノベルアップ+様で先行公開した短編です。

『悪役ハック』の合間に、ご笑覧いただければ幸いです。

 

 探偵三大原則──。

観察、推測、知識。


 このうち知識を奪われた私は、果たして探偵たり()るのか……。


「先生……先生!」


 誰かの声で目が覚める。


「あぁ……」


 頭が痛い、ぼーっとする。


「先生、しっかりしてください」


 背が小さく、小太りの男が私を揺すり、覚醒を促す。


「君、は……?」

「先生、ポルコです。お忘れですか?」


 ポルコ……そうだ、彼はポルコ。

 私の助手……私は……探偵だ。


「先生、ご気分はいかがですか?」

「良い、とは言えないね。一体何が起きたのか、教えてもらえるか?」


 そう言うとポルコは肩をすくめて語り出した。


「先生は、頭を強く打たれていたようで、倒れているところを担ぎ込まれたんですよ」


 なぜ倒れていた……?

 思い出そうとすると、頭に亀裂が入るような頭痛が走る。

 頭を触ると大きなたんこぶができていた。


「すまない、思い出せない」

「そうですか……。少しお疲れなのかもしれません。ご無理はなされませんよう」

「ありがとう、ポルコ」


 ポルコに勧められるまま、再び横になろうとした時、けたたましい音を立てて、アルミの扉が叩かれた。


「先生! ジャック先生!」


 ジャック……というのは私の名前か。


「何か用かな?」

「さ、殺人事件です……!」


 殺人事件……。

 私の心が昂る。出番だと。


「すぐに行こう……」

「先生、まだ無理をなさらない方が……」

「いや、行かねばならぬ」

「……仕方ありませんね」


 * * *


「被害者は美術家のロン=デニオン氏。前頭部に殴打痕あり。近くに倒れていた銅像に血痕が付着しており、こちらが凶器と思われます」


 銅像による殴打での殺しか……。


「また部屋は密室になっておりまして、建物の管理人のキース氏が所有するマスターキーで開けました」


 密室殺人、というわけか。面白い。


「ロン氏の部屋の鍵が奪われた形跡は?」

「ありません。個人でスペアを作っていた場合はわかりませんが、キース氏によると、マスターキーと住民用のキー、それとスペアキーの3本だけだそうです。いずれもここにあります」


 警官が取り出したのは2本のキー。特に怪しいところは見当たらない。


 ふと見れば管理人のキース氏も鍵の束を見せつけるように振っていた。


「ご遺体を見ても?」

「どうぞ、先生」


 顔にかけられた布を取ってみると、苦悶の表情で固まっているロン氏の顔。揉み合ったように崩れた服。ズボンはしっかりと履かれているが、靴は片方が半分脱げている。


 ──チリッ。


 頭痛が走った。

 私は……この遺体を、見たことが、ある……? しかし、どこで……。


「先生、大丈夫ですか?」


 考え込んでいるとポルコが心配そうに覗き込んできた。


「あ、ああ。すまない。ポルコ、ご遺体で何か気付いたことはないか?」

「そうですね……上半身だけが乱れているところが気になります。掴み合いの喧嘩になった結果、相手に銅像で殴打された……といったところでしょうか」

「素晴らしい考察だ、ポルコ」


 実際、私もそれに近い印象を受けていた。

 だが、印象だけで決めてはならないのが探偵である。

 私は遺体の乱れた服を整え始めた。


「先生……?」

「見たまえ、ポルコ」

「これは……! 濡れている?」


 遺体の服はしっとりと濡れていた。

それも、一部だけだ。


「ふぅ……」

「いや、それにしても暑いですね」


 私もポルコも大粒の汗が流れる。


「ストーブがついていますからね」

「ストーブだって?」


 夏日にストーブとはどういうことか。


「ご遺体の保全の為、ストーブは消した方がいいのでは?」

「そうですね、先生がそうおっしゃるなら」


 警官がストーブを消す。

 燃え盛る熱波のような空気が、徐々にひんやりとした空気に切り替わる。


「遺体も汗をかくんですかね」

「ポルコ、そんなことは……」


 ──チリッ。

 また、頭痛だ。


「……そんなことはない。ただ、水滴を発生させるものが近くにあれば別だ」

「水滴を発生させるもの……加湿器とかですか」


「加湿器があればな」

「この部屋に加湿器はないようです」


「とのことだ、ポルコ。これは恐らく……」

「恐らく……?」


「……氷を使ったのではないかと見ている」

「氷、ですか……」


 遺体の胸の辺りが不自然に濡れている。

 しかし、それが何を示すのか、よくわからない。


 ──チリッ。

 いや、思い出せない、が正しい。

 なんだこの違和感は。


 私はロン氏の遺体の服を剥がすと、細い刺し傷を見つけた。


「ポルコ、見たまえ」

「こ、これは、刺し傷ですか?」


「うむ、恐らくは……」


 ──チリッ。

 鋭利な、氷。


「……氷で刺突したものではないかと思われる」

「氷、ですか。ですが、銅像は……?」

「今の所はわからない。氷だけでは殺害しきれずに銅像で殴殺したのかもしれん」

「ありえますね」


 しかし、殺害方法がわかったとしても、密室の謎がまだ解けていない。


 犯人は通り魔的な殺人犯なのか?

 ……ありえない。わざわざ密室にしたことで、犯人は愉快犯ではないことがわかる。

 少なくとも、この部屋のことをよく知る人物であることはまず間違いない。


「ところで、その鍵はどこにあったもので?」

「はっ、この鍵は机の引き出しにあったものです」


 鍵を回収したのは警官。彼に怪しいところは見当たらない。

 そうなると、疑わしいのはキース氏ということになる。


「キースさん、少しお話を伺わせていただいても?」

「もちろんです」


 さて、何から聞くか。


「遺体を発見された時の状況を教えてください」

「はい。私は週に一度、ロン氏の様子を見るようにご家族に言われておりまして。というのも、ロン氏は製作に夢中になると倒れるまで没頭してしまわれるのです」


「そんなにですか」

「ええ。ですので毎週日曜日に状況確認を行っているんです」


「なるほど……それで、そのような物をお持ちなんですね」

「あ、ええ。冷凍魚です。ロンさんは何も食べていない事が多いので、日持ちのする冷凍魚をプレゼントしようと思っていました」


「その魚を見せていただいても?」

「どうぞどうぞ」


 うーん、生臭い。


「はっはっは、臭いますね」

「そうですね、ちょっとこの部屋が暑いので……もう食べられないと思います」


 ……冷凍魚なのに、氷嚢を入れることもなく、魚のみを持ってくるとは。

 キース氏も少し変わった人のようだ。


「ポルコ、密室についてだが、どんなトリックが考えられると思う?」

「えぇ……そうですね。この部屋の扉の鍵は外側がシリンダー。内側がサムターンです。例えばピッキングしようと思えば可能ですし……」


 ──チリッ。


 ピッキング……そうだ。


「あ、先生!?」


 慌ててドアの隙間を見ると、金属がこすれた痕がしっかりと残っている。


 そうだ、ここまでは"知って"いる。

 だが、何の道具を使った?

それが思い出せない。


「どうしたんですか、先生」

「見てくれポルコ、ここの擦ったような痕を」

「これは……密室トリックに繋がる証拠ですか?」


「……わからないが、無関係ではなさそうだ。この痕から推測されるトリックはどういうものがある?」

「えぇ……私に聞かれましても。そうですね、何らかの意図があって傷がついたんだと思いますが……」


 歯切れの悪いポルコ。

いくらなんでも助手に頼りすぎか。


「キースさん」

「はい、なんでしょう」


「ご遺体の第一発見者はあなたということで間違いないですか?」

「はい、間違いありません」


 キース氏はかなり怪しい。

しかし、殺害に関与しているならここまで堂々としているものだろうか。

 それにマスターキーを持っているのに、トリックを使って密室殺人を仕立てるのも合理性に欠ける。

 ……それこそが最大のブラフなのかもしれないが。


「それより先生、遺体をもう一度確認しましょう。何か情報があるかもしれません」


 ちょうど煮詰まっていたところだった私は、ポルコに勧められ改めて遺体を観察した。


 最初は銅像による殴殺と聞いていたが、氷による刺殺の可能性が浮上してきた状況だ。


 例えば、刺殺しようとしたが浅かった為に、殴殺に切り替えたという線もある。


「……」


 改めて遺体の傷を見る。

 頭部がわずかにへこんでいる。これが決め手になったかはわからないが、殴打があったことは事実のようだ。


 そして胸の刺し傷。

 縦に細長い傷口の周辺は濡れており、氷が使われたことはまず間違いない。


「ストーブがついていたのは氷を溶かす為……」

「と、死亡推定時刻を偽装するため、ですかね」


 ポルコが私の言葉を引き継いで語る。


「確かに。そして密室……そこまで用意周到な犯人が、通り魔であるはずがない」

「……ということは」

「うむ……犯人は、この中にいる」


"いる"となぜか断定してしまう。

 これが探偵の性なのだろうか。


「待ってください先生、通り魔でないにしても犯人は既に逃走している可能性があります」

「だがねポルコ、犯人はここにいなければならない理由があるんだ」

「理由……?」


 私は被害者の胸の傷を指差す。


「凶器の回収の為だ」


「え!? でも凶器は氷の刃という話ではなかったですか!?」

「ポルコ、よく見てくれ、氷で刺突する場合、つららのような形状で突き刺すのが一番有効だ。だが、この傷跡は縦に細長い。つまり、氷で刺殺したわけではないことを示している」

「……!」


 ちょうど人差し指が当てはまるほどの傷口……これは。


 ──チリッ。


 ナイフ、だ。


 私は誰にも見られないように胸をまさぐる。


 ──チリッ。

 頭痛がする。


 それにも構わず私は胸から"それ"を取り出す。

 胸の中に入っていた、ずっと何かがのしかかっていたような感覚。それが今、ここに鎌首をもたげて姿を現す。


 ──チリッ!


 ナイフ。

 それも、血痕のついた刃。


 私は慌ててそれを懐にしまい直すと、遺体を見つめ直した。


「…………」


 ロン氏とは初対面のはずだ。この部屋に来たのも初めてのはず。

 では、いつ、どこで?

 動機は? 私の記憶に思い出せない何かがある。


「先生?」

「ポルコ、か」


 どっと汗が出た。背中がぐっしょりと濡れている。


「何か見つかったんですか?」

「い、いや。何も」

「そうですか……何か見つけたら教えてください」

「ああ……」


 このことはまだ誰にも知られていない。一旦このまま隠し通すべきだ。

 例え"そう"だとしても真相を明かさなければ、私の探偵としての矜持に関わる。


 思い出せ。なぜ殺害に至ったのか。なぜ密室にしたのか。


 ── 先生は、頭を強く打たれていたようで、倒れているところを担ぎ込まれたんですよ。


 頭……銅像……。まさか。


 私は銅像を調べ直す。

 銅像には血痕が付着している。


 だがこの血痕の量、おかしなところがある。

 遺体の頭部の出血量と見合わないのだ。

 どう見ても銅像に付着した血痕の量が多い。

 この銅像は、被害者のロン氏以外にも使われている可能性がある。


 単純に考えれば、ロン氏が取っ組み合いの喧嘩になった末、銅像で反撃したというところであろうが、その際に私が銅像による殴打を受けた──?


 この部分的な記憶喪失は、それが原因か……。


 根拠としてはやや弱いが、ありえない話ではない。打ちどころの悪さから記憶が飛ぶという話は古今東西で聞いた事がある話だ。


 やれやれ、こういう雑学は思い出せるのに、肝心なところが思い出せないとは、探偵として大事な物が欠落していると言ってもいい惨憺たる有り様だ。


「ふっ」


 思わず失笑してしまう。


「先生? 何か見つけましたか?」

「いや、あまりに行き詰まったのでね」

「はは、先生らしくないですね」


 私らしく、か。

 私ならこの密室をどうやって作る?


 サムターン……。

 そうだ、何かの道具を使い、外から鍵をかけるだろう。

 ドアの隙間を擦ったような痕……。

 何かをドアの隙間に入れた。こじ開けた。いや、逆に閉めた……? 糸、いや、金属。


 そう、金属だ。

 細長い金属を使い、ドアの隙間からサムターンを回してロックした。

 不可能ではない。私ならやれる。


 ……しかし、やるにしても隙間にティッシュなどを挟んで傷をつけない方法はありそうなものだが。

 いや、誰かに見つかっては元も子もない。

 殺害後で急いでいるのだからそこまでの余裕はなかったのだろう。


「先生? どうかなさったんですか、ご様子が……」

「い、いや、何でもない」


 ──カンッ。


「あ」

「おや?」


 私の懐から落ちたのは、例のナイフ。


「先生、これは……」

「ポ、ポルコ……」


 ごくり、と喉が鳴る。

 どう弁解すべきだ? 何を言うべきだ?


「……さすが先生、既に凶器を見つけていらしたんですね」

「え、あ、ああ」


 ポルコがナイフを抜く。


「血痕がついてます。凶器はこれで間違いなさそうですね」

「私もそう思う」


「これはどこで見つけられたんですか?」


 ポルコが警官を呼び、ナイフを見せる。


「……」

「先生……?」


 いかん、何か話さねば。沈黙は肯定というではないか。しかし口は災いの元とも言う。どうする。


「そのナイフは」

「まさか、先生の懐から見つかった、なんて言わないですよね……」


 ドキリ、と胸が鳴る。

 警官が私との距離を詰めたのがわかる。

 ポルコの目が猜疑心で満ちている。


「ま、まあ、聞け。私が犯行に及ぶことは不可能だ。なぜなら私は倒れていたからだ。それはポルコが知っている」

「そりゃ知っていますけど、先生が倒れる前のことまでは知りませんよ……」


 それはそうだ。


「……倒れる前のアリバイを証明することは私にもできない。なぜなら思い出せないからだ」

「思い出せないって、そんな政治家みたいな」


「すまないポルコ、私が私を無実であることを証明するには、あと1ピースが足りないのだ」

「先生……」


「それじゃあジャック先生、犯行をお認めになるのですね……」


 警官が幾分悲しそうに声をかけてくる。


「私はやっていない。しかしそれを証明する証拠が足りない。逆に犯行を犯した証拠も不足しているということでもある」

「玉蟲色の答えじゃないですか。実際、ナイフは先生がお持ちだったんでしょう?」


「その点は私も腑に落ちない。なぜ血痕のついたナイフが懐にあったのか。なぜそんなものを処分せずに倒れていたのか」

「やっぱり先生が凶器をお持ちだったんですね」


 ポルコが拳を握りしめる。


「まあ待て。ポルコ、私が倒れていたのはどこだ?」

「この部屋の前です」


「この部屋!?」


 ──チリッ。

 う、また頭痛だ。

 私のこの部屋に来たことはない、ないはずだ、だが……。


 改めて部屋を見回すと、右奥にストーブ。右手前に石台。左手には数々の彫刻や絵画。その彫刻に隠されるようにして電気のスイッチがある。


 なぜだ?

 私はなぜかこの部屋の間取りを知っている。

 特に電気のスイッチの位置を知っているのはおかしい。

 この部屋は初めて訪れたはずなのに……。


 ──チリッ!


 初めて……ではない!

 見たことがある、それも、つい最近だ。


 私は一体何を知っている?


 ふらりと世界が揺れ、私はその場に倒れ伏す。

 その瞬間、走馬灯のように蘇る記憶。


 ──チリリッ!


 バツン!! ……カチリ。


 ……思い出した。

 私は、何者かに銅像で殴打されたのだ。


「先生?」


 ポルコの声で意識の海から引きずり戻される。


「ああすまない、思い出したことがあった」


 再び起き上がると、警官が私を捕縛しようと手錠を用意しているところだった。


「この部屋から逃げはしないので、もう少し時間をくれたまえ」


 完全に思い出した。


「ポルコ、私を部屋の前で見つけたと言ったな」

「はい、この部屋の前にお倒れになられておりました」


「なぜ見つけることができた?」

「それは……近隣住民からの報告がありまして」


「なるほど、まあ私もそこそこ有名だということだな」

「先生は有名な探偵ですからね」


「私はその時どこか怪我をしていなかったか?」

「……頭から血を流しておいででした」


「なぜ警察を呼ばなかった?」

「治療が優先だと思い、連れ帰りました」


「そうかそうか、助かったよポルコ」


 私は大袈裟に部屋を歩き始める。


「実は、私はこの部屋に来た事があります」

「……」


「それは偶然でした。この部屋の扉が開いていたからです」


 扉を指差す。


「なぜ扉が開いていたか? ロン氏の気まぐれでしょうか? いいや、違う。部屋の電気は消えていたんですから」


 だから私は部屋の電気スイッチの場所を知っている。


「つまり、ロン氏が殺害され、私が倒れていた時には、もう一人の人物……すなわち、犯人がいた」


 あえて目線を誰にも合わせず推理を語る。


「犯人は偶然入って来た、侵入者である私を銅像で殴打し、気絶させた。本当は殺す気だったのかもしれませんが、私には息があった」


 彫刻をひとつひとつ触っていく。


「そこで犯人は考えた。犯行に使ったナイフを私の懐に入れることで、私を犯人に仕立て上げようとした」


「待ってください、それは先生が自分が犯人ではないという言い訳になっています」

「いやポルコ、これは確かに推理の話だが、時系列的に最も矛盾のない話でもあるんだ」


 ポルコに向き合う。


「いや、しかしそれでは……」

「そうですよジャック先生。それではまるでポルコさんを疑っているようです」


「論理的に考えて、最もこの推理の犯人像に近しいのは、君だよ、ポルコ」


「はは、先生、勘弁してください。ずっと先生の右腕として頑張ってきた私を犯人呼ばわりだなんて」


「では聞くが、なぜ犯人は被害者をナイフで刺した挙句に銅像で殴打までしたと思う?」

「それは……よくわかりませんが、とどめをさす為とか……」


「違う、銅像が被害者に当たったのは偶然だった。犯人が銅像で殺害しようとした相手は、私だよ」

「先生を?」


「被害者の頭部の殴打痕は、わずかにへこんでいる程度だった。本来、銅像のようなもので殴打された場合、もっと大きなへこみか、たんこぶができるはずだ。私のようにね」


 私は頭の包帯を取り、青紫になったたんこぶを見せた。


「よ、よくたんこぶで済みましたね」

「頭は昔から硬いんだ、ははは」


「それでも、私がやったという証拠にはなりませんよ」

「そうだなポルコ、この推理は最も可能性が高いルートを示しているだけだ。決定打には至らない。それでも、数々の状況証拠が全てキミに収束していくんだ」


「先生が私を犯人に仕立て上げたいのはわかりました。では、密室はどう説明されるんです?」

「柔らかい金属の……そう、これだ」


 私はクローゼットにある金属を取り出す。


「ハンガーだ。これをドアの隙間から強引に差し込み、曲げる。するとサムターンを回すことができるはずだよ。その際、ドアの隙間には激しい傷がつくだろうがね」

「た、確かに傷跡があります」


 警官が傷跡を確認して言う。


「しかしそれは誰にでもできるのでは? それこそ、先生にも」

「そうだな、私がやるならティッシュなどを挟み、傷がつかないようにするがね。証拠を残すトリックは不完全だよ」

「……」


「ポルコ、キミは私を連れて帰ったと言ったね。どのようにして連れ帰ったんだい?」

「それは、先生を背負って……」

「では、なぜ懐のナイフに気付かなかったのかね?」


「……」


「刃渡10センチほどのナイフとはいえ、これだけ硬いものが当たれば普通は不自然に思うはずだ」

「それは、先生のケガが心配で気付かなくて……」


「それにポルコ、キミはこのナイフを私が自ら見つけるように誘導していたね? キミの理想は、このまま逃げおおせることではなく、私を犯人に仕立て上げることが目的だったんだものね」

「……先生」


 ポルコが真顔になる。


「証拠はないでしょう?」

「そうだなポルコ、今の所、決定的な証拠はない。あえて証拠があるとすれば、私の記憶だ」


「記憶?」

「そう、私がこの部屋でキミを見たという記憶だ」

「……ありえないでしょう。先生は記憶喪失で」


「なぜ私が記憶喪失だと?」

「それは、最初に、先生が……」


「思い出せない、と言ったからそれを信じた。そういうことだね?」

「そうですよ、先生の言うことですから、助手として信じて当然です」


「だが実際には私は全てを知っていた」

「……ありえない。なんでそんなことするんですか」


「キミに罪を悔い改めて欲しいからだよポルコ」

「また先生はそうやって!」


 ポルコの顔が見る見る赤く染まり、警官がポルコに一歩近づく。


「なぜわざわざ"俺"を試すようなことをしたんですか! わかっていたならそう言えばいい! 全て先生の手のひらの上なんですか!」

「……」


「俺は……俺は、先生も、ロンも憎い……! 成功者が憎い! どうせあんたたちには俺のような凡人の気持ちがわからないんだ!!」

「そんなことはないよポルコ。キミの気持ちを考え、キミならどうするかを考えた。その結果がこの推理だ」


「淡々と言うんじゃねえよ! 俺が……これまで、どんな思いで……!」


 ポルコの目からとめどなく涙が溢れる。


「ポルコ、キミの気持ちを察することができなかったのは私の──」

「上っ面でわかった気になって喋んじゃねえ!」


 咆哮。

 抑圧され続けてきたポルコという人格の魂の叫びであった。


「ポルコ、ひとつだけ聞きたい。……なぜ私を殺さなかった?」

「……先生を殺す機会は、いくらでもあった。……気まぐれだよ」


「では、自白と捉えて、よろしいですか。ポルコ殿」

「……好きにしろよ」


 警官がポルコに手錠をかける。


「先生……なんで記憶喪失のフリなんかしたんですか。あなたが記憶喪失でなければ、殺せていたかもしれないのに」

「それはね……さっき、全部思い出したからさ」


「…………ははっ」


 泣きそうな笑顔で、ポルコは笑った……。


 * * *


 休日の昼下がり。

 今日も今日とて暇を嗜む。


「ポルコ、紅茶を……」


 ……おっと、いかん。

ポルコはもういないのだった。


 ロン氏殺害と、私への殺人未遂容疑で逮捕されたポルコは、今や独房の中だ。


 彼を助手にしたことに、見る目がなかったとは思わない。


 しかし、長く彼に助手を務めさせ続けることで、彼の心に鬱屈した劣等感や嫉妬心を集めさせる結果になったのかもしれない。


 探偵をやっていても、人間の心というのは読みにくいものだ。


 それでも私は探偵を続けている。


 誰かの為ではなく、自分の為に……。



「先生、事件です!」


 


 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

よろしければ『悪役ハック』もご覧いただけますと幸甚でございます。


▼悪役転生した廃ゲーマー、仕様ハックで破滅を回避する

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