第32話 暴虐
黒煙が空を覆い、熱気が肌を刺した。
木と藁で作られた家々が、悲鳴を上げるように音を立てて崩れていく。
「あわわわわ……」
クッキーの声は震えていた。顔色は真っ青で、耳も尾も力なく垂れている。
「クッキー……」
「ひ、火の消し忘れですかね……?」
「そんなレベルの火事じゃないでしょ!?」
言葉と同時に、俺たちは村へ踏み込んだ。
どこもかしこも炎。
道だったはずの場所は火の海で、建物の影が歪んで揺れている。
頭がくらくらする。
煙のせいか、それとも胸に広がる嫌な予感のせいか。
走りながら、村の奥へ向かう。
……おかしい。
人の気配がない。
叫び声も、逃げ惑う足音も、何も聞こえなかった。
嫌な予感が、確信へと変わる。
村の中心部。
広場に出た瞬間、それは目に飛び込んできた。
「全員、とっ捕まえろ!!」
怒鳴り声。
男たちが、獣人たちをロープで縛り上げていた。
知っている顔だった。
(……ジム)
ジム・J・オブライエン。
俺と同じ冒険者学校に通っていた男。
陽気で、声がでかくて、いつも輪の中心にいるタイプ。
よく俺を見つけては弄ってきたのを覚えている。
その横には、見覚えのある二人。
アドナルとジョー。
ジムの取り巻きで、三人組でつるんでいた連中だ。
どうやらこいつらは、パーティーを組んでこの獣人の村を襲ったらしい。
俺とクッキーは、建物の陰に身を潜め、様子をうかがう。
縛られた獣人たちは、ただ燃え落ちていく自分たちの村を見つめていた。
怒りも、悲しみも、もう通り越したような目だった。
「ふざけるな!!なんでこんなことをするんだ!!」
叫んだのは、狼の獣人──メープルだった。
全身を縄で縛られ、地面に転がされている。
「俺たちが何をしたっていうんだ!」
「あぁ?」
ジムが、にやりと口角を上げる。
「そりゃあよぉ……テメェら魔物は、生きてるだけで罪だからなぁ」
軽い調子で言い放つ。
「今から、テメェらの目の前で子供を一人ずつ殺していく。苦しそうな顔、楽しみにしてるぜ?」
「ふざけるなぁ!!!」
「うるせぇよ!!」
バコッ!
バキッ!
「ぐふッ……」
ジムの蹴りが、何度も何度もメープルに叩き込まれる。
「ぎゃはは!!」
「さすがジム!鬼畜ぅ♪」
アドナルとジョーの笑い声が、広場に響いた。
鈍い音。
肉を打つ音。
メープルの身体は、あっという間に血だらけになっていた。
「……ッ!」
クッキーが、壁から飛び出そうとする。
俺は、咄嗟にその腕を掴んだ。
「なんで行かせてくれないんですかッ!?」
「待て!今行ったら、あいつらの魔法のいい的だ。タイミングを見計らうんだ!」
「でも……!」
クッキーの体から、少しずつ力が抜けていく。
ジムの顔を見て、思った。
教科書で見た“魔物”そっくりだ、と。
魔物は、人の村を荒らし、略奪する。
そう教わってきた。
だが今、俺の目の前で行われているのは、その真逆だった。
善良な獣人たちが、冒険者という“魔物”に襲われている。
ジムの視線が、縛られた子供へ向く。
「おい!やめろ!!!」
メープルの悲痛な叫び。
獣人たちがざわめく。
「黙れ!!テメェらから殺すぞ!!」
その一言で、広場は静まり返った。
「テメェからだ」
ジムが選んだのは、シカの少年の獣人。
小さな身体が、恐怖で震えている。
「やめて!いやぁ!」
母親らしき獣人が叫ぶ。
「うるせぇよ!」
バコッ!
母親が蹴り倒される。
「ママぁ!!!」
ジムは剣を抜いた。
炎を映して、嫌に光る刃。
それを、ためらいもなく振り上げる。
「やめてぇぇぇ!!!」
母親の悲鳴。
振り下ろされる剣。
──もう、見ていられなかった。
俺は、瞬間移動する。
ジムの目の前へ。
「ッ!?」
「〚ブン〛」
風が爆発し、ジムの身体を吹き飛ばした。
「なんだ!?」
「誰だ!?」
アドナルとジョーが叫ぶ。
ジムはすぐに立ち上がり、俺を睨みつけた。
「……ッ!?お前は……ダレン?」
「よぉ。久しぶりだな」
俺は、一歩前に出て構えた。




