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【瞬間移動】で逃げるだけ!〜S級冒険者の裏切り者として追われた俺、気づけば魔王軍の最高幹部になってました〜  作者: 太田
第2章 走って転んでぶつかって

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第28話 村のお医者さん

 村の病院は、昼下がりの静けさに包まれていた。


 シマエナガの獣人──コットンは、特に急患もなく、診察室の椅子にちょこんと座り、窓から差し込む柔らかな陽光を浴びていた。


 白い羽毛のような髪が光を反射し、まぶたは次第に重くなる。


 うとうと……うとうと……。


ドガァァン!!


「わ!?え!?な、なんですか!?」


 爆音とともに壁が砕け、土と木屑と砂ぼこりが病院内に吹き荒れた。


 静寂は一瞬で吹き飛び、室内は混乱の渦に包まれる。


「コットン!コットン!」


 聞き覚えのある、甲高く元気すぎる声。


 砂ぼこりの向こうから、勢いよく飛び出してきたのはクッキーだった。


「あら、クッキーさんじゃないですか。どうなさいました?」


「コットン!けが人を連れてきました!!」


 コットンは目を凝らす。


 しかし、視界は砂ぼこりだらけで、肝心のけが人の姿が見えない。


 おんぶでもしているのかと思ったが、そういう様子もない。


「ええっと……クッキーさん。けが人は、どちらに……?」


「ここです!!」


 そう言って、クッキーは勢いよく手を上げた。


「ひっ……!!!」


 そこにあったのは──血まみれの男の身体だった。


 全身を赤く染め、ぐったりと力の抜けた姿。


 コットンが息を呑むと同時に、クッキー自身も異変に気づいたらしく、視線を辿った。


「あわわわわ……」


 クッキーの顔は、青ざめていった。



 ふわり。


 羽毛に包まれるような、やわらかい感触で意識が浮かび上がった。


 白い天井。


 薬草と、ほんのりお茶の匂い。


 体を動かそうとして、ベッドのシーツが思った以上に柔らかいことに気づく。


「……よかった。目が覚めたんですね」


 すぐ近くから、穏やかな声がした。


 顔を向けると、そこにいたのは、雪のかたまりみたいに小さな獣人だった。


 薄いクリーム色の髪。


 白衣に包まれたちっちゃな身体。


 そして、やけに主張の強い胸元。


 黒くつぶらな瞳が、じっと俺を見つめている。


「血だらけで連れてこられたので、びっくりしました」


 俺は、自分の身体を見下ろした。


……痛くない。


 さっきまで確かにあった、あの激痛が嘘みたいに消えている。


 折れていたはずの右腕も、違和感ひとつなく動いた。


 耳もちゃんと聞こえる。


 彼女は、ベッド脇の椅子にちょこんと腰掛けた。


 足が床に届かないのか、ぶらぶらと宙を揺れている。


「すみません……治療してもらっちゃって……」


「いえいえ。それが仕事ですもの」


 そう言って、ふわりと微笑んだ。


「あ……クッキーは、どこに?」


「あぁ……」


 彼女は、ゆっくりと視線を横に向けた。


 その先には、頭に立派なたんこぶを作り、涙目になりながら掃除をしているクッキーの姿。


 壁には、何がどうなったのか分からないほど大きな穴が空いている。


 俺と目が合った瞬間。


「わ〜ん!!す゛み゛ま゛せ゛ん゛!!」


 クッキーが泣きながら突っ込んできた。


「だ、大丈夫……だよ……」


 正直、三途の川に片足を突っ込んだくらいの衝撃はあったけど。


「クッキーさん?」


 ぴしり、と空気が変わる。


「お掃除、終わってませんよ???」


 コットンさんの声は柔らかいのに、妙な圧があった。


「ヒッ……!!すみません!!!」


 クッキーは青ざめた顔で、すごすごと掃除に戻っていく。


「まったく……」


 コットンさんは軽くため息をつき、俺に向き直った。


「自己紹介が遅れましたね。私はコットン。この村で医者をしています」


 丁寧に頭を下げる。


「こちらこそ……。僕は、ダレンと言います」


「ダレンさん、ですね」


「あの……聞いてもいいですか?」


「はい」


「腕……どうやって治したんですか? 多分、折れてたと思うんですけど……」


 彼女は、少し誇らしげに笑った。


「あぁ、私の魔法ですよ。治療魔法です」


「……え」


 治療魔法───魔法のなかでも会得難易度がとてつもなく高いと知られる上級魔法だ。


 俺のいた王国でも使える者が少ない。


 更に、折れた骨を完全に治すレベルの治療魔法となると俺の知る限り、王国でも使えるのはほんの一握りだ。


 それを、こんな小さな獣人が……。


「クッキーちゃんの掃除が終わるまで、ゆっくり休んでいてくださいね〜」


 その声は、雪が静かに積もるみたいにやさしかった。


 意識はまだぼんやりしているのに、安心感だけは、はっきりと胸に残っている。


 白衣の小さな医者は、ほっとしたように胸をなで下ろし、ふにゃりと微笑んだ。


 気を失う前よりも、ずっとやさしい世界で、俺は目を覚ました。

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