第27話 獣人村の村長さん
「す゛み゛ま゛せ゛ん゛!!!」
クッキーが、再び俺に泣きついてきた。
さっき乾きかけていた服が、またしても涙やら鼻水やらでべちゃべちゃになる。
「……大丈夫だから……」
そう言いながら、俺は遠い目をした。
「こんにちは」
その時、低く、しかし穏やかな声が俺に向けられた。
顔を上げる。
「こ、こんにちは……」
──でかい。
でかすぎる。
身長は軽く二メートルを超えているだろう。
杖をついて立っているはずなのに、その存在感は、まるで山が人の形を取ったかのようだった。
肩幅は家の扉よりも広く、腕は丸太。
黒褐色の毛並みは、長い年月を経た鎧のように硬く、重厚だ。
それでも年老いているのだろう、腰は少し曲がり、杖に体重を預けている。
圧倒的な体躯。
だが、威圧感は不思議なほど感じなかった。
むしろ、全体を包む空気は、ほんわかとしている。
「どうして、クッキーと知り合ったんだね?」
「川に流されて……倒れていたところを、助けてもらいました」
「川に? それはまた、どうして?」
沈黙が流れる。
脳裏に浮かんだのは、孤児院の光景だった。
話すべきか、迷う。
けれど村長は、何もかも受け止めてくれそうな、そんな雰囲気をまとっていた。
「……実は──
俺は、自分の身に起こったことを、すべて話した。
「……なるほど」
村長は、静かに頷く。
「その“えすきゅう冒険者”だかに、家族を全員殺されて、川に落とされた……と?」
「……はい」
「ひどいもんだねぇ……」
深く、重たい溜息。
そして村長は、俺に向かって柔らかく笑った。
「いくらでも、この村にいていいからねぇ」
その一言が、胸の奥に染み込んだ。
絶対悪というものが存在する。
万人が悪だと認め、疑う余地すらない存在。
俺の生きてきた世界では、それは魔物だった。
小さい頃から、そう教えられてきた。
だが、その考えは、今、静かに揺らいでいる。
人間と同じくらい……いや、人間以上に。
温かく、優しい魔物も、確かに存在するのだと、俺は知ってしまった。
村長は、クッキーに視線を移す。
「クッキー、お前さん、今日は狩りをしに森へ行く予定じゃなかったかい? 何か取れたかね?」
「あッ!!!」
クッキーは、雷に打たれたような顔をした。
「忘れてました!!!」
村長は、少しだけ笑い、今度は俺を見る。
「そんな怪我で申し訳ないけれど、クッキーの狩りを見守ってやってほしいな」
村長の視線が、応急処置された俺の右腕に落ちる。
「この子は元気が有り余っているからね。怪我をしないか心配なんだよ。まずは村の病院に行って、腕をちゃんと診てもらってからだ。頼めるかい?」
「……了解です」
そう答えると、クッキーがぱっと顔を輝かせた。
「着いてきてくれるんですか!!!」
「あ……あぁ」
「クッキー、まずはコットンのところに行って、この人の腕を治してもらいなさい」
「はい!!!」
返事と同時に、俺の手が強く掴まれる。
「ささ!ダレンさん、行きましょう!!!」
「ちょっと待──
その言葉は、最後まで言えなかった。
再び、俺は村の地面を引きずられていった。




