第20話 残骸
近づいてきた冒険者は、見知らぬ男だった。
「捕まえたぞ……! 俺が……S級冒険者をッ!!」
男は、歓喜に歪んだ笑みを浮かべていた。
鞘から剣が抜かれる。金属が擦れ合う、耳障りな音が夜気に響く。
周囲には誰もいない。
ここには、俺と、この男だけ。
(……皆、逃げ切れただろうか)
孤児院の子供たち。
そして、マザー。
それだけが、俺の心残りだった。
男は剣先を、ゆっくりと俺の首元へ近づける。
冷たい刃の感触が、皮膚越しに伝わった。
「これで……俺の冒険者ランクも……」
男は、ぶつぶつと呟き続けている。
逃げる術はない。
頭から流れる血のせいで視界はぼやけ、距離感が掴めない。
──絶体絶命。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
孤児院の子供たちが、生きて逃げ延びているのなら。
それでいい。
男が、剣を大きく振り上げる。
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
その時──
ズガァァンッ
遠くで、爆発音が轟いた。
男の動きが、ぴたりと止まる。
俺も、霞む視界の中で、その音のした方を見た。
孤児院の方角だった。
何かが燃え、爆ぜたのだろう。
夜空を染める炎の光。
その光のおかげで、距離が掴めた。
方向が、はっきりとわかった。
[「……絶対……何があっても、生き残りなさい」]
マザーの言葉が、頭の奥で木霊する。
「死ねぇ!」
男が叫び、剣を振り下ろす。
その瞬間。
俺は、孤児院へと瞬間移動した。
目の前に、炎。
「熱ッ!」
思わず声を上げ、後ろへ転がる。
視界いっぱいに広がるのは、燃え盛る孤児院だった。
俺が育った場所は、真っ赤な炎に包まれている。
「大丈夫かぁ!」
突然の声に、びくりとして振り返る。
消防士だった。
水魔法による放水作業の真っ最中らしく、周囲では水と蒸気が舞っている。
俺はすぐに、火のない場所へと引きずられた。
「急に火の前に現れたから、驚いたよ」
どうやら、この男は俺の事情を何も知らないらしい。
「君は……ここの子か?」
「……はい」
「ひどいもんだなぁ……」
消防士は、燃え続ける孤児院を見つめた。
俺が育った場所。
帰るはずだった場所。
それはもう、形を失いつつあった。
「じゃあ俺は消火に戻る。ここで待機しててくれ。すぐに隊員が治療しに来るから!」
そう言い残し、消防士は炎の中へ駆けていった。
俺は、その場で立ち上がる。
そして、人が来る前に、走り出した。
向かう先は──子供たちが、逃げていった方向。




