第18話 裏切り者
「〚パル〛!」
突然、背後から声が響いた。弾けるように放たれた水弾が、一直線にアールへと飛ぶ。
だが──水は彼の身体にぶつかり、虚しく砕け散っただけだった。
傷一つ、ついていない。
俺は、重たい瞼を持ち上げる。
そこに立っていたのは──
「……マ、ザー……」
マザーだった。
燃え盛る炎を背に、息を荒くしながら、アールを睨みつけている。
「お前……」
マザーの声が震え、やがて怒号に変わる。
「ウチの子に、何してるのよ!!」
その叫びは、夜空を切り裂いた。振り返ると、フォード孤児院は、もはや建物の形を保っていなかった。炎が舌を伸ばし、すべてを呑み込もうとしている。
「……煩いナ」
アールは、心底面倒くさそうに、マザーへ手を向けた。
嫌な予感が、背筋を凍らせる。
「やめろ!」
俺は、必死にアールへしがみつこうとした。
だが
バゴッ。
蹴りが腹に突き刺さり、地面を転がる。
「〚ピジラ・ポグル〛」
詠唱。
(まずい!!)
次の瞬間、俺はマザーの隣へ瞬間移動し、反射的に、さらに離れた場所へ跳んだ。
地面に倒れ込む。
轟音
巨大な火球が、フォード孤児院を直撃した。夜が、真昼のように明るくなる。
炎は、さらに勢いを増し、すべてを焼き尽くしていった。
俺は、限界を超えた身体を叱咤し、ふらつきながら立ち上がる。
「……マザー……みんなは……?」
マザーは、肩で息をしながら、答えた。
「先に……逃がしたわ……。でも……ジェイソンと、デヴィッドが……」
言葉の続きを、聞く必要はなかった。
「……」
俺は、拳を強く握りしめる。
「マザーは、他の子供たちについて行ってくれ」
「……貴方も、まだ子供よ」
「……いいから、早く行って」
マザーは、しばらく俺を見つめていたが、やがて立ち上がり、背を向けた。
「……絶対……何があっても、生き残りなさい」
それだけ言い残し、走り去っていった。
アールが、ぱちぱちと拍手をする。
「いや〜……感動者だナァ〜」
「……黙れ」
俺は、震える腕でアールを指差した。
その時だった。
「大丈夫ですか!!」
複数の足音。
剣、槍、杖を構えた冒険者たちが、アールの背後から駆け寄ってくる。
アールは、その様子を見ると、わざとらしく顔を覆った。
「アァ……皆、申し訳ナイ……」
声色が変わる。
「……僕の責任ダ」
アールが、沈痛な面持ちで口を開いた。
「彼──ダレン君は、魔物に同情してしまったらシイ。その罪悪感に耐えきれず……精神を壊してしまッタンダ……」
その言葉に、冒険者たちがざわめく。
「見てクレ……」
アールは、燃え落ちた孤児院を指差した。
「彼は……自分が育った孤児院を……焼いてしまッタ……」
悲しげに首を振るその姿は、あまりにも“英雄”らしかった。
「今の彼は、完全に錯乱してイル……。何が正しくて、何が悪いのかも分からない状態ダ……」
そして、静かに、だがはっきりと告げる。
「だから……皆で……彼を、楽にしてあげヨウ……」
冒険者たちの視線が、一斉に俺へ突き刺さる。
「自分が育った孤児院を焼くなんて……」
「中には、子供もいたんだぞ……!」
「魔物に同情するだと……? 裏切り者め!」
怒号が飛び交い、空気が殺意に染まる。
剣が抜かれ、杖が掲げられ、魔法道具が次々と構えられた。
「待ってくれ……!」
俺は、必死に声を張り上げる。
「俺はおかしくなんかない! 孤児院を燃やしたのは……アールだ!」
その瞬間、アールは小さく息を吐き、やれやれと肩をすくめた。
「なんてこトダ……」
哀れむような視線を、俺に向ける。
「自分のしたことすら、理解できていないノカ……」
そして、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「さぁ……皆で……彼を、解放してあげヨウ」
その合図と同時に、冒険者たちが一斉に踏み出した。
その瞬間、理解した。
世界が、完全に敵に回った。




