第11話 瞬間移動がこんな疲れるなんて聞いてない!
空を飛び続け、ようやく目的地へと辿り着いた。
「アールさん……ここって……」
思わず声が漏れる。
目の前に広がっていたのは、巨大な火山口だった。地面は黒く焼け、円形に大きく抉られた中心部には、赤く発光するマグマがどろどろと蠢いている。
「ここは、黒雷山ダヨ!!!」
アールが誇らしげに叫んだ。
黒雷山。
その名の通り、山頂付近では常に雷が落ち、並の冒険者が近づくことすら躊躇する危険地帯だ。
「でも……魔物討伐のはずなのに。どうして火山なんですか?」
訝しげに尋ねると、アールはニヤリと口角を上げ、俺を見た。
「ダレンクン。何か、気づくことはあるカナ?」
「え……?」
俺は周囲を見回した。黒い岩肌、荒れた大地、煮えたぎるマグマ──どこからどう見ても火山そのものだ。
だが、次の瞬間、違和感に気づく。
「……あれ?」
火山口の縁まで来ても、暑くない。本来なら、息苦しいほどの熱気に包まれているはずなのに、肌に触れる空気はむしろひんやりとしていた。
「火山口の前なのに……全然、暑くないですね」
「そうダネ!」
アールは満足そうに頷いた。
「それはネ──魔物たちの結界のせいダヨ!」
「結界……?」
「ソウ!このマグマは、全部偽物サ!」
背筋がぞくりとした。
魔物は魔法を使う。だが、ここまで高度な魔法を行使するとは思っていなかった。
視覚だけでなく、熱すら誤認させる幻術。
そんな結界を張れる魔物が、この下にいる。
「じゃあ……この下は……」
「奴らの住処サ!」
アールの目が鋭く光る。
「人間の町を奪うだけじゃナイ。こういう場所も、平気で巣にする。だから、今から叩き潰すノサ!!!」
なるほど。
この火山の下に、魔物たちの拠点があるというわけか。
緊張が高まる中、突然
「ア゛ア゛ア゛!!」
アールが頭を抱えて叫んだ。
「しまったァァ!! 忘れ物をしてしまッタ!!!」
「えぇっ!?」
あまりにも唐突な絶叫に、俺は飛び上がった。数秒間うなりながら考え込んだ後、アールは俺をじっと見つめて言う。
「ダレン。私が今から取りに行くと、時間がかかル。だから、君のスキルで、王城まで戻って忘れ物を取ってきてくれないカナ?」
「…………」
言葉が出なかった。
「どうしたんダネ?」
「……いや……スキルの使い方が、分からなくて……」
正直に告げる。スキルが発覚したのは昨日だ。使い方など分かるはずもない。
「HAHAHA!」
アールは豪快に笑った。
「冒険者カードに、発動条件が書いてないカイ?」
「え?」
慌ててポケットからカードを取り出す。
ユニークスキルの欄をよく見ると、そこには小さく条件が記されていた。
① 移動先の強いイメージが必要
② 距離や方向を大まかに把握している必要がある
「……ありました!」
「ウム!」
アールは満足そうに頷く。
「忘れ物って、どこにあるんですか?」
「城の中サ!さっきいたメイドに聞けば、すぐ分かるヨ!」
アールは歯を光らせ、親指を立てた。
(王城は……確か、ここから北東。距離は……三十キロくらい……)
俺は方角を確認し、深く息を吸う。
(イメージしろ)
王室の応接間。豪奢な椅子、重厚な机、壁一面の装飾。いくつも並ぶ扉。
全身に力が溜まり、身体がふわりと浮く感覚が走る。
(今だ!)
視界が白く染まり──次の瞬間、俺は王城に立っていた。
「……着いた……?」
振り返ると、さっきアールが開け放った窓が、風を受けて揺れている。
(成功だ!)
そう思った直後。
「っ……!」
強烈な疲労感が、全身を殴りつけた。吐き気が込み上げ、俺は窓際へ駆け寄る。
「う、うぇ……!」
胃の中のものをすべて吐き出す。
吐瀉物が重力に引かれ、遥か下へと落ちていった。
床に崩れ落ち、息ができない。心臓が痛い。視界が暗くなる。
(まずい……このままじゃ……)
『頼んダヨ!』
アールの声が、脳裏に蘇る。
……落ち着け。ゆっくり、呼吸しろ。
しばらくして、ようやく体が動くようになった。
(瞬間移動……確かに便利だ。でも……代償が重すぎる……)
俺は震える足で立ち上がった。
(メイドを探さなきゃ)
視線を巡らせると、机の上にベルが置かれている。
(そういうば…さっきアールがこれでメイドを呼んでたな…)
俺はベルを鳴らした。
チリンッ、チリンッ。
高い音が部屋に響く。すると、先ほどと同じように煙が立ち上り、黒髪のメイドが静かに現れた。
「どうかなさいましたか、フォード様」
「アールさんが忘れ物をして……メイドに聞けば分かるって」
「承知いたしました」
そう言って一礼し、メイドは去っていった。
………………疲れた。
しばらくして、メイドが戻ってきた。手にはリュックのようなものを持っている。
「こちらでございます」
「……たぶん、そうです」
「中身は……?」
問いかける前に、メイドは一礼して姿を消した。
「……無視かい」
俺は溜息をつき、リュックを背負った。そして黒雷山へと帰還したのだった。
……また、ゲロを吐きながら。




