第10話 乗るもんじゃない
魔物には、大きく分けて二種類が存在する。
「下級」と「上級」。
下級魔物は文字通り玉石混交だが、冒険者ランクで言えば概ねG〜B級冒険者一人分の戦力。数や地形次第では危険も伴うが、対処可能な範囲に収まる。
だが、上級魔物は違う。文字通り、次元が違う。A級冒険者が十人束になっても敵わない。
基本的な対処法はただ一つ──遭遇したら戦うな。逃げろ。
それが冒険者の常識だ。
俺はまだ、魔物と実際に相対したことがない。
教科書や映像資料で姿を見たことはある。だが、実物を前にするのと、知識として知っているのとでは、まるで話が違う。
そんな上級魔物が支配する地区の奪還。
生息する魔物の完全駆逐。
それが、今回のクエストだった。
頬を、冷や汗が伝う。
「大丈夫カネ? 初めてのクエストで、緊張しているのカナ?」
不意に声をかけられ、俺は肩を跳ねさせた。
「えッ……あ、はい!」
声が裏返るほど驚いた俺を見て、アールは豪快に笑い、己の胸をどん、と叩いた。
「HAHAHA! 大丈夫ダヨ!何たって、私がいるかラネ!!!」
そう言って、堂々とポージングを決める。
服の上からでも分かるほど、鍛え上げられた肉体が浮かび上がった。
「では、さっそく行こウカ!」
「……え?」
唐突すぎる宣言に、思考が追いつかない。
次の瞬間、アールは迷いもなく窓を開け放った。
心地よい風が一気に吹き込み、カーテンが大きく揺れる。
「アア、そう言えば!戦闘用の服に変えなくテハ!」
そう言って、彼は軽く指を鳴らした。
パチン、という音。
直後、アールの身体がまばゆい光に包まれ──次の瞬間には、まったく別の姿へと変わっていた。赤黒いスキンスーツが筋肉に密着し、肩からは漆黒のマントが翻っている。
「……っ!!!」
思わず、息を呑んだ。
(……カッコいい……)
言葉を失っている俺を見て、アールは首を傾げる。
「ダレンクン? どうしたのカネ?こっちにおイデ!」
そう言って、俺を手招きした。
「あ、あ、はい!」
慌てて駆け寄ると、なぜかアールは俺の前で膝を折った。
「……どうしたんですか?」
不思議に思って尋ねると、アールは振り返り、ニカッと笑う。
「おんぶダヨ!今から一緒にクエストの場所へ向かうだロウ?馬車でのんびり行くより、僕が運んだ方が速いと思っテネ!」
(アールに……おんぶ……!?)
一瞬、思考が停止した。だが、待たせるわけにもいかず、
「……失礼します」
そう言って、恐る恐る背中に乗る。触れた瞬間、はっきりと分かった。
筋肉の圧倒的な存在感。
鋼のように鍛え上げられた背中は、「安心感」という言葉では言い表せないほど、頼もしかった。
「サァ! 行クヨ!」
アールが叫んだ、その瞬間。
俺の身体が、ふわりと浮いた。
浮遊感。
間違いない。浮いている。
アールのレアスキル【空中浮遊】だ。
そして次の瞬間俺たちは、弾丸のように空へと飛び出した。
「しっかり掴まっているんダヨ!」
「──────────────!!!!」
叫び声すら、風にかき消される。眼下では王城がみるみる小さくなり、風が刃のように頬を切り裂いていく。
この時、俺は一つの真理を悟った。
アールが空を飛ぶ姿は、めちゃくちゃカッコいい。
だが──乗るもんじゃない。
「スピード、上げルヨ!」
「ちょっ、待っ───ウワアアアアアアアアアアアアア!!!」
(ヤバい。俺、死にそう……)




