表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スランプで逃げ出したライターですが、古都の和菓子屋で無愛想な職人の経営を救ったら、硬い鏡餅ごと心を開かれて溺愛されました  作者: 水凪しおん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/15

第12話「梅の花が咲く頃」

 それから一ヶ月が経った。

 二月に入り、街はバレンタインの雰囲気に浮き足立っている。

『月光堂』も相変わらずの盛況ぶりだった。湊の記事効果は持続しており、リピーターも定着しつつある。

 湊はライターの仕事を続けながら、午後は店の手伝いをするという生活スタイルを確立していた。

「蓮さん、バレンタイン限定の商品、どうします? やっぱりチョコ系は必須ですよね」

「うーん……和菓子屋ですからね。チョコをそのまま使うのは芸がない」

「じゃあ、白餡にチョコを練り込んだ『チョコ大福』はどうですか? 中には苺を入れて」

「苺チョコ大福……悪くないですね。酸味と甘味のバランスが良さそうだ」

 二人は工房で試作を重ねる。

 距離は近い。作業の合間に、ふとした瞬間に手が触れ合い、視線が絡む。

 付き合い始めて一ヶ月。まだ照れくささはあるものの、二人の空気感は熟年夫婦のような安定感を帯びていた。

「あ、湊さん。鼻に粉がついてますよ」

「えっ、どこ?」

「ここです」

 蓮が指先で湊の鼻を拭う。そして、そのまま湊の顎を持ち上げ、軽く口づけた。

「んっ……」

 甘い。チョコよりも甘い口づけ。

「……仕事中ですよ、店主」

 湊が顔を赤らめて抗議すると、蓮は悪びれもせずに笑う。

「誰も見ていませんから。それに、糖分補給です」

「もう……このむっつりスケベ」

「なんとでも」

 蓮は本当に変わった。感情を表に出すようになり、湊に対しては独占欲も見せるようになった。

 客の男性が湊に親しげに話しかけていると、背後から無言の圧力をかけてくるのだ。それが湊には少し嬉しくもあった。

「そういえば、佐々木さんがまた記事を頼みたいって言ってましたよ。『職人と生きる』というテーマでエッセイを書いてくれって」

「俺たちのことを書くんですか?」

「まあ、モデルにする程度ですよ。全部書いたら惚気になっちゃいますから」

「ふっ、それもいいかもしれませんね。世界中に自慢したい気分です」

 蓮が冗談めかして言う。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

 郵便配達員だ。

「書留でーす」

 届いたのは、一通の封書だった。差出人は、有名な和菓子コンクールの事務局。

 蓮が緊張した面持ちで封を開ける。

「……どうですか?」

 湊が息を呑んで見守る。

 蓮は書類を読み、深く息を吐き出した。そして、湊の方を向いた。

「……入賞、しました」

「えっ!」

「『新作和菓子部門』で金賞です。あの鏡開きの時に作った、紅白梅のぜんざいと、このチョコ大福の試作品を合わせて応募していたんですが」

「すごい! すごいですよ蓮さん! 金賞なんて快挙じゃないですか!」

 湊は飛び上がって蓮に抱きついた。

「湊さんが背中を押してくれたおかげです。コンクールに出すなんて、昔の俺なら考えもしなかった」

「蓮さんの実力ですよ。お父様も、きっと天国で喜んでます」

「……そうだと、いいんですが」

 蓮は神棚を見上げ、目を細めた。

 そこに飾られている梅の木型が、微かに光ったような気がした。

 この受賞をきっかけに、『月光堂』の名はさらに広く知られることになるだろう。だが、蓮はもう恐れてはいなかった。隣には最強のパートナーがいるのだから。

「お祝いしましょう、今夜!」

「ええ。とっておきの日本酒があります」

「お酒と和菓子、最高ですね」

 雪解けの水が流れる音がする。

 庭の梅の木には、小さな蕾がほころび始めていた。

 厳しい冬を越え、春はもうすぐそこまで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ