第4話 再び村へ
夜が明け、朝になった。
最も地下に日の光が届くわけもなく、そういうのは全て時計だよりである。2人は軽く朝食を済ますと、ひとまず地上の村の方に出た。
地上の方は、どこも特筆することのない、ごく普通の田舎町である。街の中心に大きな役場らしき建物があるほかは、まばらに商店だの民家だのが見える程度の…よくある(?)のどかな田舎の町であった。
「とりあえず役場に行くぞ」
ヴァリスが指をさす方向を見ると、大きめのドーム状の建物が見える。こういう時最初は役場とか案内所に行くもんだろ、とヴァリスは言う。フォルケイシスは例外はあるけどね、などと茶化しながら先へ行くヴァリスの後をついて行った。
周りを見回すと一面に緑の野が広がり、目の前にはひたすら畑や民家がまばらに存在している。なんてのどかな町なのだろう。王都からやってきたフォルケイシスにとってそれはとても新鮮なものに見えた。都会人特有のものなのかもしれないが、どこかノスタルジーを感じていた。
それにしても本来なら赴任先として来ていたはずの村に訳ありとしてくる羽目になるとは人生どう転ぶかわからないものである。
(役場に正式に挨拶する前で良かった…のか?)
もし \赴任して来た騎士です/ 的な正式な挨拶を交わした後に \すいません内部のゴタゴタに巻き込まれて追放くらっちゃいました〜/ なんて格好悪いにも程がある。それを思えば、挨拶前で良かった、とフォルケイシスは安堵のため息を漏らした。
役場のある場所は、町の中央部とだけあってなかなかに賑わっていた。
小さいながらも品揃えがしっかりしている商店や屋台が立ち並び、行き交う老若男女がたわいのない話をしながら通り過ぎていく。彼らは小洒落たものはきていないが、その分動きやすそうな服装をしていてよく動き回る。様々な人々が忙しなく行き交うその様は騒がしいが悪いものではない。フォルケイシスはそんな町の日常風景にしばらくぼうっとしていたが気を取り直して役場の扉を開けた。
「すいませーん」
そう言いながら扉を開けると受付と書いてあるカウンターの向こうに小さな人影がひょっこり見えた。
「へ?お客さん?こんな時期に?…ちょちょちょちょっと待って…!」
どうも向こうは意図していなかったらしく、慌てた手つきで書類を整理するとカウンター越しにフォルケイシスの姿を見た。
「あれ?確かあなたは、王都からこられていた騎士団の方ではないですか?こんな辺境の町に何故という気がしてですね、村長や他の役員が井戸端的に話していたことをこっそり聞き耳立てちゃって...あ。私はここの受付経理諸々をやらせて頂いています、アイラと申します。以後お見知りおきを。」
丁寧な挨拶をしたアイラという女は移住に関する一通りの書類を揃えると、フォルケイシスに渡した後眼鏡を右手でクイ、と上げながら彼に再び向いた。黒い艶のある三つ編みが揺れる。いかにも田舎の町娘、といった風貌である。
ーというか、もしかしなくても「王都から騎士が派遣されて来たこと」が少なくとも役場の周りでは伝わっている...?
即座にフォルケイシスの顔から血の気が引いた。
そういえば崩壊した遺跡で村長らしき男に名乗っていたような気がする…と自らの行動を回顧していたフォルケイシスは途端に恥ずかしくなった。
「おや、あなたはフォルケイシスさんではありませんか」
件の村長が顔を出す。
「ああ、ようやくお戻りになられたのですね、もう王都の方のお仕事はお済みで?いやいやいつ戻られるかといい年ながらちょっとわくわくしておりましたのですよ〜、ねえアイラさん」
「最近そわそわしっぱなしでしたものね〜」
「いやいや全く年甲斐のない…」
キラキラした瞳で見つめながら楽しそうに話す純朴そうな2人のオーラに、フォルケイシスは負けそうになった。
(うーん 純粋すぎる故にこちらの罪悪感がチクチクと…)
「…い、いやそれがですね…」
しどろもどろになるフォルケイシス。助けを求めようとヴァリスのいた方角を見ると彼は壁にもたれつつ肩を振るわせて笑いを堪えている。
(あの野郎...)
「こんなところでも何ですから、何処かの部屋に移動しましょう。アイラくん、応接間は空いてるかな?」
「あ、空いてます。ではこちらにどうぞ。そちらのお連れの方も」
アイラは応接間への場所を指し示し、自ら案内した。
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「で、今日は何用に…あ、こちらに派遣されたことについての手続きとかですか?」
村長は額の汗を拭き取りながら席に着く。
「いや…それがですね…」
場の空気が場の空気だけにとっても言いづらくなってしまった騎士は、しどろもどろになってしまってとても言いづらい。困り果てたフォルケイシスは、横でニヤつきながら眺めて入るヴァリスに助け舟を出して貰おうと目配せをする。
「あー…村長ちょっとすいませんね…」
助けを出されたヴァリスはうまい具合にこれまでの出来事をかいつまんで話し続けた。
--------- 説明中 ---------
「
「…と言うわけで、このくそ真面目な彼は内部のゴタゴタに巻き込まれて今王都に帰りたくても帰れない状態というわけなんですね、それでこの先どうしたらいいかと頼られたので、私の封印を解いてくれた件もあり、再びこちらに戻って来た次第です」
一応波風立てない様に言葉を選んで話しては見たものの、この騎士が厄介者になっている状態なのは変わりがない。さて相手はどう出るか…と村長の様子を窺い見る。
「なるほど…つまりはあの遺跡の爆発はこちらの方の封印を解いたからによるもの、と」
村長は最初はぽかんとしていたものの、なんとか飲み込めたようで
「ヴァリス様のことは幼い頃より聞き及んでおります。この村がまだ大都市だった頃、都市を守護する神のような魔術師が居たと。残念ながらその者はいつのまにか封印されてしまいましたがこの村の地下に居ていつまでも守護してくださっていると。そう、貴方がー」
村長はヴァリスをうやうやしく見つめた。その様子にフォルケイシスは呆気に取られる。
(お前…もしかしなくても凄い奴?)
(何がだ?)
「そしてこちらの騎士様はあの後王国に帰ったらその宰相とやらの独裁の果てに嵌められて追放されたということですか… いや全くもってそれは大変なことでしたなあ」
「いや、独裁というわけでは…それに彼は彼で真面目な愛国者であることは変わらないんですがね、ただあまりにも清廉潔白すぎるところはありましたが… 体調不良の団長の代わりに騎士団をサポートしようと躍起になっていることだけは事実でして」
「いや、それにしては色々起こりすぎではないですか貴方。ここまで来るのにも大変でしたでしょう。聞いた話ですと王国では宰相のみならず騎士団長殿も心を病んでいるという話も聞きます。…どうなってるんですアーレスは。まあそんな国から逃げおおせて良かったのかもしれませんが…」
村長はぶつぶつ呟いていたものの一旦冷静になり、改めてフォルケイシスの方に向き直った。
「…ああすいません。まあ、そちらの事情は分かりました。少々きな臭さも感じますが、我が村は貴方を歓迎しますぞ。ごゆっくりお寛ぎください」
そういうと、村長は横に立っていたアイラに目配せした。
「ではこちらが居住許可の書類になりますね。住居は地下の宿屋と隣のヴァリス様がおっしゃってましたがそれでよろしいのでしょうか」
てきぱきと書類とを出してはサインしてを繰り返す。最後の書類にサインするとアイラはありがとうございます、とぺこりとお辞儀をした。こちらこそ、とフォルケイシスもまた会釈をし、2人は役場を後にした。
役場を後にした2人を見ながら、村長はぼつりと呟いた。
「うーん…あのヴァリス殿があそこまでいうなら間違いないでしょうが…アーレス王国、何か引っ掛かりますネェ。アイラくん、ちょっと調べてもらっていいですか?」
そう言って隣のアイラに目配せをする。アイラは黙って頷いた。
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「なあ、本当に大丈夫なのか?」
町の中を歩いているフォルケイシスは、ふと気になって隣を歩くヴァリスに尋ねた。本当に自分を匿ってこの村は大丈夫なのかと、そう尋ねた。
「大丈夫だ。ここは地上と地下で一つの町ーというか地下が本体で地上はカモフラージュの、攻められにくい都市国家だ。いざとなれば地下の軍隊が追い払う。それに地上の奴らも一通りの武術や魔術は学んでいる」
そんなかよわい村じゃあないーとヴァリスは返した。
「そういう…町なのか…」
王都からは結構離れているし、だからこそ独自の町運営が発展したのだろう、フォルケイシスはそう解釈した。
「ていうか、お前は300年間あの遺跡に封印されてたんだろ?何でそんなに『今』のこの村に詳しいんだ?」
彼はこれまでこの村のことをまるでつい最近まで見て来たかの様に話す。封印されていた彼がなぜそんなことを知り得ているのだろう。
「それはお前、精神体でずっと見ていたからさ」
「ん???」
要するに。
彼は身体は300年間封印されていたが精神は無事だったらしく街の様子をよく見ていたらしい。最も精神だけで存在するのは魔力消費も激しいらしく、祠にある封印石から長時間離れることは出来なかったらしい。また魔力の高い者には彼の精神体での姿が見えていた様で逐一アドバイス等もしていた。そしていつの間にか彼はこの村にとって守護的な存在ともなっていった。
「…そんな訳でお前らが魔王と呼ぶ俺は、ここでは守護神の様な存在なのさ」
「成る程、だから村長さんやアイラさんも『ヴァリス様』なんてうやうやしく呼んでいたのか」
そして彼の封印を解いた自分に対しての反応もなんとなく納得できたーと彼は続けた。
じゃあそんな守護神が目の前に現れたら、大変なことにならないか?とフォルケイシスは疑問に思ったが、当の本人はそんなこと気にするそぶりは見せなかった。
「それはどうかな。何しろ300年経っているんだ、信仰心が強い者や魔力の強い者ならば気付くかもしれんが、普通の町人からすれば同名の他人でしかないだろうよ。そういう者にとっては『英雄ヴァリス』はお伽話の住人だ。さして気にすることもあるまい。」
自ら正体をバラす必要などない、彼はそういった。
「そういったものかね。ただ一つ確かなことは王都の人間がが『魔王』と呼ぶ存在がここでは『守護神』、英雄扱いということなんだな」
「…そうだな」
少し照れくさそうに、ヴァリスはそっぽを向いた。
「まあ、しばらく時間もあることだし、これからの行動についてじっくり考えろ。再びアーレスに戻るも、ここでスローライフを送るのもそれはお前さんの自由だ。どの選択肢を選ぶにしろ、後悔しない様な選択肢を選べばそれでいい」
少し小高い丘に立って、段々と赤くなっていく空を見上げながらヴァリスは呟いた。
「そうだな、後悔しない選択肢、か」
赤く沈んでいく夕陽を、2人はいつまでも眺めていた。




