第2話 追放
騎士は罠にかかり国を追放される
「『魔王』ヴァリス...?」
「左様。最も人間たちがそう呼んでいるだけであって魔族の王などではないがな。ただあいつらが頼って来るから面倒見ていただけだ」
光の中から現れた男は騎士を見下ろしながらそう言った。
「とある不手際でこの地に封印されていたのだが先程の攻撃で封印石が割れたため、現世に出ることが出来た。礼を言う」
「いや、それほどでも...ってそうじゃなくて!」
しばらくポカンとしていたフォルケイシスだったが、我に帰り目の前の男を見つめた。なにしろ魔王ヴァリスといえばー
「おーい」
はるか彼方から自分を呼ぶ声が聞こえた。
「ああ、貴方冒険者さん?随分と大きな音が聞こえたものだから、なんだろうと思って来てみたのですけれど、一体何が起こったのですか?」
やってきたのはこの町の町長らしき男ー小太りで人の良い親爺さん、と言った風貌だ。
「ってなんですかこれは?貴方お怪我は?!」
「はは、大丈夫ですよ。私はこの遺跡の調査にやってきたアーレス王国騎士団所属のフォルケイシスと申します。この遺跡にモンスターが巣食っているという問い合わせをいただいたもので。先程調査...というか退治が終了しましたので、王国に報告させていただきますね。ああ、これでもうモンスターの被害は無くなるでしょう」
「は、はあ。騎士様のお仕事でしたか。これはどうも御足労頂いて」
「それでは、私は明日には王国に戻ります故、これにて失礼」
そういうとフォルケイシスは町長らしき男に一礼をし、町の宿屋に戻って行った。
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翌日、彼は馬車に乗り、そのまま王都に戻って行った。
あの自称魔王とやらはいつのまにか消えていた。まあ、彼にも都合があるのだろうと特に何も思わず馬車を発進させた。
王都についたなら、早急に国王および騎士団長に報告する
ー筈だった。
馬車は王都の扉の前で不意に立ち止まった。
何か事故でもあったのか?フォルケイシスが外の様子を覗くと何やらザワザワしている。不可思議に思い、ふと顔を覗かせると乱暴に扉が蹴飛ばされた。
「アーチ卿だな?」
兵士が不躾にそう尋ねる。
「そうだが?」
「...いにしえの禁術を使用して建造物を破壊し勝手に魔族の封印を解いたと報告を受けております。ご同行願いたい」
ふと見ると馬車の周りは武装した兵士たちに囲まれていた。
…なんだって?
...何故あの一連の出来事がもう伝わっている?
もしかして闇魔法を使用するところを誰かが見ていて、それで…ということだろうか、とまずフォルケイシスは考えた。遺跡を破壊する際に彼が使用した闇魔法は現代では使用できる者が限られているからという事と、純粋に強大すぎて危険という点から禁術扱いとなり使用に許可が必要になっている。もちろん彼は許可は得ている。
しかもあの遺跡には彼以外誰もいないはずである。目撃者などいるはずがないし、ましてやあの魔王が出現したときは2人きりだったのだ。どうやって知るのだ、
「しかし闇魔法については使う許可は降りているはずですし、そもそも今回の任務は私1人で目撃者などいないはずでは?」
「そうはいいましても。宰相の仰せですので」
(あの魔術嫌いのリーン宰相か...)
剣術と頭脳で成り上がったいかにも軍師系の宰相。
年齢は30半ばくらいの、狐のような面持ちのちょっと神経質そうな男である。魔術師連中とソリが合わないのか、何故か彼等に対して異様に嫌悪感を抱いている。そして禁術ながら闇魔法の使用許可を得ているフォルケイシスに対しても、あたりを強くしている。
しかし彼は使用許可を得ているので違法ではないはずだ。なのに何故、こうも兵士に囲まれなければならないのだろう。使い方が難しいのとそもそも適正がある者が少ないのとでなかなかレアなので、偏った理解をしてしまう者がいてもおかしくはないが。
しかもあの場には自分以外誰も王国の人間はいなかったはずだ、どうやって闇魔法を使ったとー...と思いかけてあ、と声を上げた。
「ーーーこれか...」
服のマント留め具に使用している大きめのボタンを外して手に取る。すると中から小さい青い色の石が出てきた。
(これは…傍聴するためのマジックアイテム何かかな...)
本来、離れていても状況を把握できるようにする便利アイテムである。つけた記憶はないから、知らぬ間につけられていたようだ。しかしこの石をこのような使い方をするとは。やられた、とフォルケイシスは髪をかき乱す。
元々リーン宰相とは反りが合わない節があった。しかし騎士団長とは同期で比較的仲が良いため、あまり波風立てずにそれとなく過ごしていた気でいたフォルケイシスであったのだが…
「わかった。観念するよ」
そういうとフォルケイシスは馬車を降り、兵士たちに従った。
「あと、これは念の為魔法枷をつけさせていただきます」
魔法枷。魔術師に魔法を撃たせないようにする為の枷である。なるほどそこまでするということは相手はそれ程恐れているらしい。
騎士は、やれやれと言った様子で兵士たちに着いて行った。
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着いた先は、応接間だった。
中央には件の宰相と騎士団長が立っていた。
「まずは先程の任務、ご苦労」
宰相はそういうと、フォルケイシスは恭しくその場にしゃがみ込んで挨拶する。
「は...」
「先程は手荒な真似をしてすまなかったがね、実は先程よくない噂を耳にしたものでな」
宰相はニヤつきながらそのいやらしい顔をフォルケイシスに近づけてねっとりとした口調で囁くように言った。
「貴殿が例の遺跡を壊して封印されていた聖王国の魔王とやらを解き放ちよからぬことを望んでいる...とね」
「なんですかそれは」
聖王国の魔王?
確かに魔王ヴァリスは聖王国に味方していたと書物で見たことがあるが。
「おや、すっとぼける気かね」
宰相こそすっとぼけた様子で話しかけてくる。
すっとぼけるも何も、私は何も知りませんし、お咎めを受けるようなことをしておりませんが?」
フォルケイシスも負けじとすっとぼける。
どうやら相手は先日の遺跡の一部始終を全て知っているらしい。
(しかし何故彼があの魔王が現れたことを知っている?あの、突然現れた魔族っぽい奴のことを、やはりこの宰相は一連のやり取りを傍受していたのか?)
混乱した様子で宰相の方を眺める。騎士団長の方はといえばただぼんやり真っ直ぐこちらを見ているだけだ。その宰相はふふんと言った面持ちでフォルケイシスを見下しながら続けた。
「団長。どうしますか?沈黙は肯定とみなしますぞ。しかしですな、やはり此度の件でもやはり闇魔法は危険ということが立証されましたねえ。資格制にしたとは言え、禁術を使用する輩など信用するものではないとー... 今回は未然に防げましたが」
「宰相」
「団長が頑として聞かないから今回ほれ、闇魔法士である其方の任務を一部傍受しておったのだが…」
宰相と団長、2人の話が続く。
騎士団長の方は目も虚で何処か心あらずの様である。
最近彼はそうなのだ。いつの頃からかぼんやり空を見上げてぼうっとしている。呼びかければ返答するから意識はきっちりある。専門医によると心の病らしいと言うことで最近は城に登る回数も減らしている。
そんなことなので、現在騎士団へ実質騎士団長の気の置けない同期の1人である宰相が取り仕切っているのだが。
しかし
村でのことが全て漏れている。
あの時闇魔法を使ったことも。
石からあの男が出てきたことも。
あの男が魔王と呼ばれている存在ということも
全て2人が内緒で傍受していたと。
流石にそれはプライバシーの侵害というやつではないのか。
フォルケイシスがぐるぐる脳内めぐりをしている間も宰相は都合の良い解釈を垂れ流している。このままではあの宰相の思うがままになってしまう。
どうにかこの場を覆そうとなんとか策を練るフォルケイシス。
だが
「そうしたらまさか遺跡の封印を壊すとは!どうです団長殿!彼は古の魔王を蘇らせたのですぞ!あの悪名高いヴァリスを!よくない事に繋がる前に、悪い芽は摘むべきだとは思わんかね!」
「えっそれは違ッ…」
あれは完全なる事故であって、決してやましいことから起こした意図的な事件ではない。
ーよくない事...
ー否。そんなことは断じて…
「君は一体、その力を持って何をしでかそうというのかね?」
「違う、俺は…!」
そんなこと考えていない、そう答えようとすると後ろからガシッと何者かに腕を掴まれた。
「団長…そんな…」
それは騎士団長だった。騎士団長なのだが、どこか目は虚ろで生気がない。
「まあ、そう言ってはいるがね、どっちにしろ君はここで裁かれるのだよ。魔王を復活させた異端の術師としてな。騎士団には君が使う様な術は必要ない。剣術と、厳格な聖魔法と理魔法だけで良い。君が使う様な危険禁術は要らぬ」
そしてその瞬間、目の前に魔力の弾が放たれた。
ーはめられた。フォルケイシスはそう思った。
ここ数年、王国の中で派閥争いがあったことは存じている。おそらく宰相の行動もそれに因んだものなのだろう。そして己はその争いに利用されたー…
悔しさと悲しさの混じった不思議な感情が襲いかかる。
しかも魔法の枷をつけられている今のフォルケイシスにはこの魔力弾は耐えられそうもない。
これで終わりかーとフォルケイシスは目を瞑る。すると次の瞬間ー…
その先の記憶は一旦途切れ、次の瞬間黒い魔力の塊がその周りを包み込み、辺りを崩壊に巻き込んだ。そして魔力の主はー....
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彼は、気づいた時には城門の外に放り出されていた。両手首に巻かれていた魔力枷は粉々になっていて、さらにその横には紙切れが一つ。そこにはこう書かれていた。
『フォルケイシス・フォン・アーツ。闇雲に禁術を使用し歴史的建造物を破壊した事、勝手に危険な封印を解いた事、さらに応接の間での魔力暴走等により王都追放に処す』
一体何が。
わけもわからずぼんやりしつつ城門の方に向き直ろうとすると再びあの魔王とやらが目の前に現れた。
「どこへ行く」
「どこって...」
どこに行けばいいのだろう...?と騎士は半ば自重気味に笑った。




