5話 先を見据えて
「なるほど…君はそういう感じか。嫌だね。」
どうやら〔スズメ〕がの戦い方がバレたらしい。
まだそれらしき動きは二回程度しか見せていないはずなのだが。
見ると〔リンゴ〕の身体は皮が剥けて割れた。
そのまま皮が龍のように宙を泳ぎ、そこから骨や内臓、看護師の制服やさっきまでの顔の皮が垂れ下がっている。
顔の皮は恐らくさっきまでの変装に使っていたものだろう。
風を切る音がする。
「…っ!?」
咄嗟に横に転がる。
先程まで〔スズメ〕がいた場所を、飛んできたナイフが突いた。
(さっきより動きが予想しづらい…!)
〔スズメ〕は常に相手の全身を見て、次の動きを予測している。
いや、予測というよりは感じていると言った方が〔スズメ〕にしてみればしっくりくる。
最早行動予測は〔スズメ〕にとって第六感のようなものだ。
ただ、やはり人間相手が1番読みやすい。
人の形を捨てた〔リンゴ〕相手では培ってきた感覚が機能しにくいのだろう。
〔リンゴ〕が空中を流れて向かってくる。
そのまま〔リンゴ〕は〔スズメ〕の前で旋回した。
「うっ…」
龍のように形を変えた〔リンゴ〕の横から露出する。
巨大な肉食獣の歯のような物が。
それが刺さって〔スズメ〕の腕に傷をつける。
(硬化…毒はない…)
今の歯は恐らく硬化で作られた物だ。
傷は浅いし、毒がなければ致命傷とはならないだろう。
(まだ戦える…って、ん?)
旋回した〔リンゴ〕はそのままスピードを上げて流れて行く。
「にっ…」
逃げた。
「待て…!」
〔スズメ〕は〔リンゴ〕を全速力で追う。
考えてみれば当然だ。
〔セトラ〕によれば〔リンゴ〕の目的は〔ウォーク〕の暗殺であり、通報された以上はさっさと逃げてしまうのが良い。
〔スズメ〕を倒したとしても目的の達成が難しい状況だと、まともにやり合っても仕方がない。
(…よく見ろ…あの挙動の特徴は掴んだはず)
さっきは人間相手と勝手が違って驚いたものの、挙動自体は肉体を持たない普通の魂と変わらない。
(魂相手だと割り切って動けば…)
〔スズメ〕は近くにあった石ころを掴んで、〔リンゴ〕に向かって全力で投げた。
「…!?」
〔リンゴ〕は慌てたような動きで上向きに旋回して石ころを避けた。
しかし、〔スズメ〕が追いつくための隙になってしまった。
〔スズメ〕は〔リンゴ〕の骨の一つを掴む。
〔スズメ〕は剥き出しの〔リンゴ〕の魂を見る。
〔リンゴ〕を拘束するのは恐らく不可能だ。
どんな手を使ってもこの場は流動で凌がれる。
なら残る選択肢は一つだ。
殺す。
人の命は軽くない。
そのことを〔スズメ〕は実感を持って理解している。
だが、〔スズメ〕の意思なんて関係ない。
もう、どうでも良い。
〔スズメ〕はただ、仕事をする。
それだけだ。
生物として機能するかどうかも怪しい身体を硬化によって繋ぎ止めている魂。
魂を剥ぎ取ってしまえば〔リンゴ〕は死ぬはずだ。
〔スズメ〕が今、ここでやらなければ次はいつになるのだろうか。
こんな千載一遇のチャンスはもうきっとない。
〔スズメ〕は〔リンゴ〕の魂に向かって思い切り手を伸ばし、そこにあるものを掴もうとした。
“ブチッ”
何かが千切れる音がした。
伸ばした手が空振りする。
「なっ…」
〔スズメ〕の左手には変わらず骨が握られている。
ただ、その骨と〔リンゴ〕の身体はもう繋がっていない。
(自切!?そんな…)
〔リンゴ〕は〔スズメ〕と少し距離を取ったところでヒトの形に戻った。
「いったいなあ…本当に…」
骨を失った影響はないのか、そこまで目立った変化は見られない。
「ああ…最早、個人的に君ら全員ぶち殺したい…老人を痛ぶりやがって…」
〔リンゴ〕は先程より明らかに殺気立っている。
〔スズメ〕が気圧されそうなほどに。
(落ち着け…まだ勝機はある…むしろ状況的に有利なのはこっち…)
〔スズメ〕が身構えていると〔リンゴ〕の殺気が急に消えた。
そのままこちらを見て言う。
「あ、君。残念だけど時間切れだ。僕だって捕まりたくはないんでね。」
(え…?)
時間切れ、とは何を指すのか。
普通に考えて、ハッタリとしか思えない。
「どういうことだ。」
「えー…どういうことって…まあ、ああいうことだよ」
〔リンゴ〕は病院を指で示す。
「なっ…」
病院の一階の窓から赤い光と煙が見える。
火事だ。
「はーいここで注目。別に病院に仕掛けた爆弾は一つじゃないんだよね。やっぱり証拠消すためには、派手にやらないと。」
「…っ」
(どうする?)
院内に爆弾がある。
探していれば逃げられてしまうが、放置もできない。
「じゃあね。」
「まっ…」
〔リンゴ〕は走り去って行く。
(追えない…っ)
無力感が全身を襲う。
(…爆弾を、探さなきゃ…)
〔スズメ〕は病院に向かって走ろうとした。
「追ってください。」
「…え?」
〔ツツジ〕だった。
「爆弾は僕と〔ウォーク〕さんで何とかします。〔スズメ〕さんは〔リンゴ〕を追ってください。」
「でも…たった2人で…」
「爆弾の解除をするわけじゃない。院内の方々の避難さえできれば良いんです。それに、〔ウォーク〕さんなら、怪我していても院内を一周するのに3分もかかりません。」
「…分かりました。」
〔スズメ〕はうなづいて〔リンゴ〕の後を追う。
幸い〔リンゴ〕は足が〔ウォーク〕や〔セトラ〕のように速いわけではないので、追いつけはせずとも、離されることもなかった。
「待て!」
〔リンゴ〕は住宅や商業施設の間の路地をくぐり抜けて逃げる。
曲がり角を利用して〔スズメ〕を撒こうとしているらしい。
離されないように必死で食らいついた。
住宅地の敷地の前を走る〔リンゴ〕を全速力で追う。
〔リンゴ〕がまた住宅地と花屋の間に入って行く。
そのときだった。
「うおっ…とっと」
〔リンゴ〕の入った路地から声がした。
(誰…?今の声)
〔スズメ〕も路地に入ると、男が立っていた。
黒フードに黒ローブなので恐らく同僚だ。
「ん…?君どうしてここに?病院は別方向だけど…」
どうやら通報を受けて病院に向かっている人らしい。
いや、そんなことより問題がある。
「それより…看護師の格好した人見ませんでしたか。」
〔リンゴ〕を見失った。
恐らくさっきの声からしてこの人は〔リンゴ〕とぶつかりそうになったのだろう。
どこに行ったのか見ているはずだ。
「その人ならここを出て右に曲がっていったよ。」
「ありがとうございます!」
〔スズメ〕は路地を抜けて右に曲がった。
〔リンゴ〕は近くに見当たらない。
(まだ…近くにはいるはず…)
そう思って〔スズメ〕は辺りを探した。
結局〔リンゴ〕は見つからなかった。
_「復活の地…その防衛は成された…か」
「本当に…こんな…」
〔セトラ〕は爆弾を見つけて、解除した。
いや、厳密には〔リンゴ〕からくらった毒のせいで動けないため、悠馬に指示してやらせたことだが、〔セトラ〕の手柄に変わりはない。
正直な話、悠馬はまだ緊張のせいで汗が滝のように出ている。
「なんで…爆弾の場所なんて分かったんだ?」
悠馬が尋ねる。
〔ツツジ〕から聞いた情報に位置を割り出せるようなものはなかったはずなのに。
「む…論を俟たず、導くべき兆しではないか…?」
なんとなく、〔セトラ〕がそれを当然分かるものとして考えていることだけは分かった。
(たまに分からない言葉出てくるんだよな…)
元厨二病の悠馬でも〔セトラ〕の言葉をたまに理解できない。
〔セトラ〕とまともに会話できる相手なんかいるのだろうか。
「然らば、我が魂に刻まれし業が如何に果たされたか、伝承が生ずる刹那の前だ…」
(しっかり説明はしてくれるのか…)
〔セトラ〕はどうやって爆弾の場所を割り出したのか。
「開闢が迫る刹那だ。告げるが…貴様に届かぬ数多の言伝は我まで伝わった。此の件を防ぐ以前にも我が業が果てへと向かう間にもな。」
まあ、情報に差があるのは言われてみれば当然だ。
悠馬はずっと寝ていたが、〔セトラ〕はその間に動けた。
「〔リンゴ〕が出ること…即ち神話とするべき功は好まれるのだ。亜人対策委員会にしてみればな。」
(リンゴってそんなやばい奴なのか…)
そして、亜人対策委員会とはなんだろうか。
ウラヌスが属する不実体対策委員会に似た名前だが、悠馬が聞いたことのない名前だ。
「此度は我らにより功が上がらず…〔リンゴ〕は業を罰とした…罰を滅し、誉を刻む為…〔リンゴ〕はこの冥府へと再臨した。」
悠馬暗殺の任務のリカバリーをするために病院へ来たのは当然理解できている。
「そんなことより、どうやって爆弾の位置を割り出したんだ?」
「平生の魂を保て。いずれ古事として刻まれる此度の件において〔リンゴ〕の罰は想像に難く誉を刻まれるところであった。」
(想像しにくい行動を〔リンゴ〕が取った…?)
「想像しにくい行動ってなんだ?」
「儀の様式だ。再臨のな。彼奴は地上で依代を得て再臨したのだ。」
(依代…変装ってことか…地上の人に変装したところでこの市にどうやって入るんだ?)
「様式を内に宿す神話の諸説は我がソウルに生じた…だが、事実として様式は珍妙なものであったのだ。まさか」
〔セトラ〕の予想に反する手段とはなんなのか。
〔セトラ〕がその答えを告げた。
「我らが同胞に宿るとは」
〔セトラ〕さん。ルビ振りが面倒なので長々と親切に解説しないでください。




