4話 3個目の原石
〔セトラ〕は最初から〔リンゴ〕の再来を警戒していた。
こういうときにサブプランを用意していないというのはありえない。
だから町の出入り口、工場の排気口、〔ウォーク〕の病室、病院の出入り口全てをカメラを使ってリアルタイム観測できるようにしておいた。
結果として、看護師を保護させ、〔リンゴ〕の前に立つことが出来ている。
「ふんっ…!りゃあっ…!」
〔セトラ〕は大声を上げて〔リンゴ〕に飛びかかり、硬化させた靴で全力の踵落としをぶち込む。
〔リンゴ〕の後頭部に踵落としが突き刺さる。
ゴリッと石が擦れ合うような鈍い音がした。
(化身…防いだか)
〔セトラ〕の踵が行き場を失い、空を切る。
そのときには〔リンゴ〕がナイフを振るっていた。
〔セトラ〕は首を硬化させてナイフを受けた。
それとほぼ同じ瞬間だった。
「げほっ…」
〔セトラ〕の腹にナイフが突き刺さる。
(2本目…刹那…)
「硬化のタイミングがあと少し早かったら防がれてたよ。本当面倒くさいね。君」
右のナイフが見えやすかったのはやはりわざとらしい。
左のナイフは動きが控えめだったので、右に意識が向いてガードが遅れた。
遅れたとはいえ硬化でガードはしたので、ナイフはそこまで深く刺さっていない。
ただ、相手が相手だ。
腹を怪我した状態の〔セトラ〕が1人で戦って殺されない可能性は低い。
〔セトラ〕は床を蹴って〔リンゴ〕と距離を取る。
「君、亜人?だったら回収したいんだけど」
既に勝ち誇ったような口振りだ。
ナイフに毒でも仕込まれていたのだろうか。
腹が痛む感覚がフェードアウトしていく。
〔リンゴ〕が再びナイフを〔セトラ〕に向ける。
ナイフの切先が光った。
「じゃあね。」
ナイフが〔セトラ〕に向かって迫る。
「大人げないですね。」
ナイフが弾かれる。
割り込んできた〔ツツジ〕が硬化した腕で防いだのだ。
「ウラヌス11の班長…経験豊富なジジイが出てきたかあ…面倒くさい」
“ゴッ”
音がなる。
速い。
〔ツツジ〕が〔リンゴ〕の頭を殴った。
〔リンゴ〕は頭から吹っ飛び、窓ガラスを突き破って落ちていく。
「〔スズメ〕さん。〔セトラ〕さんを頼みます。」
短く言い放つと〔ツツジ〕も〔リンゴ〕に続いて窓から飛び降りた。
「〔セトラ〕さん…大丈夫ですか。」
「無論のことうつ…からだに異常をきたしている。毒だ。」
「じゃあ手当してもらいましょう。ここは病院ですし」
〔スズメ〕が言う。
とはいえここが病院であったのは幸いなのかどうなのか微妙だ。
手当されている間も敵が近くで戦っているという状況は安心できるものではない。
「あの…」
ベッドの方から声がした。
〔ウォーク〕が起きたらしい。
「これ…どういう状況なんですか?窓ガラス割れてるし、なんか〔セトラ〕さん具合悪そうだし…っていうか、怪我してるじゃないですか!?」
「〔ウォーク〕さん。いきなりのことで驚くとは思いますが、敵襲です。班長が今相手をしています。自分の身はなるべく自分で守ってください。敵を倒そうとする必要はないので。」
「は?」
〔ウォーク〕は状況が飲み込めないらしい。
空いた口が塞がらなくなっている。
「〔セトラ〕さん。おぶりますよ。」
「我がソウルの真奥より…永遠なる謝辞を業とし刻み、そして発す…」
〔セトラ〕をおんぶした状態で〔スズメ〕は院内を静かに駆ける。
受付が見えてきた。
『すみません…この人、毒を打ち込まれたみたいなんですけどお願いできますか』
『えっ…は、はい!分かりました。』
受付の魂はそう答えると電話で確認を取る。
(刹那を遡る…〔スズメ〕への言の葉は響かぬか…)
「〔スズメ〕」
「はい。なんでしょうか。」
もう少し分かりやすく言うことにしよう。
そうでなければ伝わらないかもしれない。
「助かった。感謝を述べる。」
「…まだ助かってませんよ。」
話していると裏から大量の魂が慌ただしく出てきた。
『引き取らせていただきます。』
『よろしくお願いします。』
〔セトラ〕は大量の魂たちに運ばれながら考える。
(〔ツツジ〕の能は…〔リンゴ〕と相対して尚、業を果たすに至るのか…?)
〔ツツジ〕と〔リンゴ〕には明確に実力差がある。
〔ツツジ〕が無事で済む可能性はあるのだろうか。
_思っていたよりは善戦した方だ。
元々勝てるとは思っていなかった。
ただ、それにしてもだ。
「げほっ…」
もう少し、時間を稼ぎたかった。
(人間相手だと思って戦うべきじゃなかったな…)
〔リンゴ〕の身体は流動的に動く。
わざわざ普通の人間と同じ戦闘スタイルにとらわれる必要はなかった。
(刺された箇所の血管は塞いだけど…無駄かな…)
せめて千切れた左足を回収した方が良い。
硬化で埋めたとしても、片足では機動力を著しく損なう。
人としての形を保っていない〔リンゴ〕が空中を流れている。
そこからナイフを縛る紐のようなものが伸びる。
「…っ」
迫るナイフを〔ツツジ〕は硬化した腕で受け、首に迫る紐を屈んで避ける。
次の瞬間だった。
〔リンゴ〕は〔ツツジ〕の背後に迫っていた。
人の形に戻った〔リンゴ〕はナイフを握っている。
ナイフが〔ツツジ〕に向けて振り下ろされようとする。
グサッという音とともに〔ツツジ〕の頭にナイフが刺さり、〔リンゴ〕はそれを引き抜く。
そのはずだった。
「がっ…」
〔リンゴ〕の側頭部に鋭い蹴りが刺さり、そのままぶっ飛んで地面を転がった。
「班長。無事ですか?」
「〔スズメ〕さん…お陰で助かりました。」
あのままいけば〔ツツジ〕は確実に殺されていた。
その読みに間違いはないだろう。
問題はこれからだ。
〔リンゴ〕の眼が一瞬周りを見回してこちらに向かう。
この後〔リンゴ〕の全身は僅かに沈むだろう。
(させるか…!)
〔スズメ〕は〔リンゴ〕に向かって走り、間合いを詰める。
「ちっ…」
〔リンゴ〕が一瞬思案する。
おそらく腹を硬化させる気だろう。
〔スズメ〕はアッパーを打つ直前に急ブレーキをかけて走るのを辞めた。
「なっ…」
想定外の動きをされて〔リンゴ〕に焦りが見え始める。
そのまま〔スズメ〕は〔リンゴ〕の顎を殴る。
「がっ…」
〔リンゴ〕は硬化箇所を誤り、もろに〔スズメ〕の拳を受けることになった。
「〔スズメ〕さん…これは…」
〔ツツジ〕が驚きを露わにする。
「班長。ここからは」
〔ツツジ〕は強敵相手を引き受けて、見事に時間を稼いだ。
〔セトラ〕もこの事態を予測し、対策を立ててくれた。
ならばここからは〔スズメ〕がやるべきだ。
やらなければならない。
「僕に任せてください。」
そう言って〔スズメ〕は〔リンゴ〕に対峙した。
悠馬さんについては、しばらく殺す気はないので安心して読んで欲しいです。




