3話 リカバリー
「〔ツツジ〕!安定が〔ウォーク〕のソウルを蹴る刹那!紅き命が器の土台、右肩部分より、逃れようとしている!流転せし刻が蝕む!」
〔セトラ〕は〔ウォーク〕が撃たれる直前に気付き、飛び出した。
結果、〔ウォーク〕の体に〔セトラ〕がぶつかったことで狙いは外れ、頭に着弾するはずだった弾は首と右肩の間の辺りに着弾することとなった。
死は免れたが出血のせいで意識がない。
だが、〔ウォーク〕の相手をしていた2人は既に気絶させた。
〔セトラ〕と〔スズメ〕で〔ツツジ〕や〔ウォーク〕と闘っていなかった1人も倒したので人数不利にはなっていない。
「前線は我らとなる!〔ウォーク〕の器を修繕せよ!」
〔セトラ〕が叫ぶと、今まで黙っていた〔スズメ〕が口を開いた。
「…いや、あなたは狙撃手を抑えてください」
「…!」
今まで死んだ魚の眼をしながら戦っていた〔スズメ〕が口を開いたというのは〔セトラ〕を驚かせるのに十分だった。
「貴様…泡沫の光だぞ?」
〔セトラ〕の問いに対し、理解できているのかは怪しいが〔スズメ〕が答える。
「援軍は既に出ている筈。僕が担当するのは時間稼ぎだけで済みます。」
話していると〔ツツジ〕が横を通る。
「後は頼みます。」
「はい」
〔スズメ〕は無機質に答えると、〔ツツジ〕を追ってきた2人に攻撃を加える。
「行ってください。〔セトラ〕さん。」
「御意!」
〔セトラ〕は先程弾が撃たれたであろう場所へと走り始める。
先程も見たが、〔スズメ〕は避けるのがかなり上手いらしい。
スピードはそこまで速くないが、問題なく2人の攻撃を避けている。
あれなら問題なく時間を稼げるだろう。
(脚光は奴を嫌うか…)
今のところ〔ウォーク〕が撃たれてからのウラヌス11の動きとして考え得る最高の動きができている。
走っていると狙撃手が近くの寮のベランダに見えた。
狙撃手は〔セトラ〕に気付き、ベランダから飛び降りて逃げ出す。
しかし、〔セトラ〕の移動速度は〔ウォーク〕並だ。
距離は縮まる一方だった。
しかし…
(む…工場?)
狙撃手は工場に逃げ込んだ。
(深淵へ失せたか…)
見失ってしまったが、工場の中にはいるはずだ。
というより、最悪を想定して動くなら工場の中にいると思った方がいいだろう。
(さて…ならば紡ぐは…)
「おい、警察だ。」
「え?」
〔セトラ〕は従業員を見つけて話しかける。
「この場に従業員を全員集めろ。」
_〔セトラ〕は従業員を全員工場の加熱処理用機械の近くに集め、1人ずつ名乗らせた。
(名乗りの感触…深淵の波動は享受されずか…)
元々そこまで期待してはいなかったので問題はないが。
次の策に移ることにする。
「突然で悪いが、この工場に犯罪者が潜伏している可能性が存する。お前らにはその捜索の助けを果たしてもらう。」
〔セトラ〕は同僚の前では割と素で話していたが、あの話し方は普通理解しにくいものであるらしいことは重々承知している。
だから少し簡単な言葉遣いで説明をする。
従業員たちの間にどよめきが広がる。
当然だ。
自分の職場に犯罪者が来ているかもしれない、ましてやそいつを捜すのを手伝えと言われて動揺しない者は一般人にはいないだろう。
「平生と同様にしてくれ。自らの生業…仕事場で違和感を探すだけでいい。見つけたら叫んで教えろ。私は入り口近くに目を置く。」
従業員たちは暫くひそひそと話していたが、腹が決まったのか工場長が代表して答えた。
「了解しました。協力させていただきます。」
_なんとかなった。
いや、暗殺自体は失敗したが、確認は済んだので、最低限目的は果たせただろう。
まあ、できれば今からでも標的の首を取りたいところではあるのだが。
(あいつの周りの職員についても情報取っとくべきだったか…失敗したな…)
こういうところで油断する。
若いときは毎回一生懸命仕事に取り組んでいたが、この年になってしまうともうだるい。
ただ、情報が正しければ成功して当然みたいな雰囲気ではあったので怒られるかもしれない。
(命令も「〔ウォーク〕を殺せ」というものだったわけだしなあ…まあいっか)
捕まるのが1番良くない。
(あの子に追われたときはヒヤッとしたけど、もうバレずに逃げ切れ…)
“ゴオンッ”
「げほっ…」
後ろから背中を蹴られた。
反射で避けなかったのは幸いだろう。
避けたら確実にバレていたわけだから。
(いやっ…でもこれ…同じかあ…)
なんでバレたのかは分からないが、確信がなければ従業員を蹴ったりしない。
無駄だとは思うが精一杯しらばっくれてみるとしよう。
「なん、で…」
「我が眼に深淵に沈みし自由の元たる貴様の面が入ったのでな」
(バレてそうだなあ…)
変装するときに倉庫にぶち込んでおいた変装対象が見つかったといったところか。
厨二病の言葉にそこまで理解があるわけではないので真偽は分からないが。
(変装は頭から抜けてると思ったんだけどなあ…)
バレてしまったなら逃げるに限る。
(とにかく…殺すか。この子)
どうせ追ってくるだろう相手は先に殺しておく方がいい。
そう思って少女の頭に思い切り手を伸ばす。
「ん?」
手は少女の頭に入る前に止まり、打ちつけたこちら側の手が痛む。
硬化で防がれてしまった。
(しっかり反応された…!?)
そのまま少女はこちらの腹を蹴ろうとする。
それが読めたからといってこの至近距離だ。
普通は避けられるわけがない。
(チッ…しょうがない…使うか…)
なるべくなら隠したかったのだが。
(流動)
腹が裂ける。
腹から皮と筋肉と血管と骨が、最低限生命を維持できる程度の繋がりを持ったまま分かれる。
ガーランドのように血管や皮から内臓や骨が垂れ下がっている。
「っ…!?やはりか…」
そのままの状態で泳ぎ、工場の加熱処理用機械の近くにある排気口に突っ込む。
身体を元の状態に戻した上で天井をすり抜け、そのまま地上へと向かう。
(多分僕がこの件に絡んだの…バレるなこれ)
なるべくならバレない方が組織にとっては良かったのだが仕方ない。
(まあ…失態はその分成功で取り返すとするか…)
_「地上へ逃れたか…」
だが、誰が脱獄騒動と〔ウォーク〕の暗殺未遂事件を起こしたのかは分かった。
(最善を辿るなら彼奴の自由の起とされた者の場も確定させるのだが…)
鎌かけにかかったということはおそらく高確率で工場内、少なくともこの町内には居るということだろう。
(この件は収束へと転じた…戻るか)
監獄だけでなく工場も人手を割いて調べるべきだ。
被害者の捜索を早めに済ませたい。
〔セトラ〕はそう思って脱獄騒動が起こった場所へと戻った。
_「〔セトラ〕さーん。よくご無事でしたねー。物陰からコソコソやる卑怯なクソ狙撃手、どうなりましたー?」
〔ツツジ〕は戦闘のときとは打って変わって気の抜けた声に戻っている。
だが、〔ウォーク〕が目を覚まさないせいか、不機嫌さが隠しきれていない。
「地上へと逃れた。彼奴は〔リンゴ〕だろうな」
「…よくそんな名前知ってますねー。僕みたいなおっさんでも直接会ったことはないですよー。そのクソ爺」
「論を俟たないな。」
〔リンゴ〕は暗殺専門の霊体関係犯罪者だ。
直接姿を見せず標的を殺すことがほとんどなので、会うことは難しいだろう。
「でも、どうしてそんなこと分かるんですー?勿論君も、直接会ったのは初めてですよねー?」
「然らば問うことにするが」
〔ツツジ〕の意見も聞くに越したことはない。
〔セトラ〕が考えた結論が常に正しいわけではないのだ。
「先の暗殺技術に加え、化身による流動を現として顕す者が彼奴以外にあると存ずるか?」
「すいませーん。化身ってのは硬化のことですかねー?」
〔ツツジ〕が尋ねる。
職場であることを差し引いても素で喋りすぎるのは良くないかもしれない。
学生時代は通じていたのだが。
「…ああ」
「でしたら、確かにそうですかねー。流動なんて技術を持ってたのは国内だと〔土神〕と〔リンゴ〕だけですからー」
「だが、一時の間、胸の底に沈めろ。この話は」
〔ツツジ〕には聞きたいことがある。
〔セトラ〕は〔ツツジ〕に向かって言葉を口にした。
「脱獄の手法、現在の捜査状況について述べよ」
_記録内容:
水戸冥土監獄脱獄事件についての捜査報告
記録日:2162年 1月2日
記録者:〔セイル〕
確認者:
記録:[進捗]鎮圧完了・追加調査中
[詳細]2162年1月2日午後12時34分オリエンテーション中だったウラヌス11から前橋冥土市役所刑事部本部へ事件に関する通達があった。
通達を受け前橋冥土市役所は援軍として私立川園文開大学から〔グレイズ〕、〔ナム〕、〔メンド〕を、鎮圧後に鑑識としてシリウス16を派遣した。
死亡者は出勤していた監獄職員30名全員*(情報を別項[死傷者]に記載)に加え、懲役の刑期中であった囚人一名*も死亡が確認された。
負傷者については脱獄犯の内一名*とウラヌス11の班員一名*が確認された。
また、この事件には〔リンゴ〕の関与が疑われている。(根拠は後述する。)
脱獄後の牢に損傷は見られず、扉が開け放たれていたので、なんらかの方法で電子錠を解除したものと思われる。
_「電話、ですかー」
〔ツツジ〕は端末の液晶を気だるげに覗く。
「ん、〔セトラ〕さん…でしたかー」
少し迷った後に〔ツツジ〕は電話に出ることにした。
「はーい。〔ツツジ〕でーす。用件言ってくださーい」
「面を見せよ。安定を生者の器、及びソウルへ結ぶ場だ。」
「ん…?カメラをオンにしろってことですかー?」
「…会合がしたい。」
「ああ、今ちょっと今回の件の報告書確認してるところなんですよー。忙しい…」
「火急だ。天災の気まぐれを防ぐ。」
「……」
(天災…災害級のことか)
その所在に関わるというのは確かに火急の用件だろう。
なぜそんなことを知っているのかはこの際置いておこう。
直接会って話したいと言っているのだからそこで聞けばいい。
何より〔セトラ〕はかなり情報収集に力を入れている。
〔リンゴ〕の存在を知っている者はかなり少ない。
頑張って調べれば分かることではあるが、そもそも普通は調べようとする機会がないだろう。
そんな〔セトラ〕からの呼び出しだ。
十分時間を割く価値があるだろう。
「分かりました。すぐ行きます。どこですか?」
「…病院」
「了解でーす」
そう言って電話を切り、モニターの画面から目を外す。
「すいませーん。急の用件ができたので報告書の確認は後でにしますね」
「えっ…いやちょっと困りますよそれは」
「どうせこれから書くこと増えるんですからいいじゃないですかー。僕は君が僕に迷惑かけても怒らないので、迷惑かけさせてくださいよー」
「いや、了承しませんよ。そんなこと」
「じゃあ今キレますよ。僕は」
「え、それってどういうこと…」
「さようならー」
「ああっ!」
〔セイル〕は扱いやすい。
適当に噛み合ってないことを言えば思考が止まる。
事務局の人間がそれで大丈夫なのかとも思うが。
〔セトラ〕の方が会話しにくいことを除けば、事務局に向いているだろう。
〔ウォーク〕も〔セトラ〕とは別の方面…戦闘において類稀な才能の持ち主と言える。
〔スズメ〕も見ている感じ有望と言っていい。
(今年の新人は粒揃いですね…)
「待ってくださーい…!」
〔セイル〕は怪我で既に現役を退いている。
〔ツツジ〕を追っても追いつけるわけがない。
〔ツツジ〕は〔セイル〕をしっかり撒いた上で病院に向かった。
_病院の中を1人の看護師が歩いている。
歩いた先、一つの部屋の前で立ち止まった。
その部屋の患者は今日起きた事件で怪我を負った、将来有望なウラヌス11の班員だ。
扉を開けて彼が寝ているベッドに一歩ずつ看護師は近づいた。
そのまま看護師は彼に向かって手を伸ばす。
「貴様、今日の務めは永遠に満ちたはずだ。なぜここに在る?」
声が聞こえた。
(ああ…またか)
看護師にとっては今日の昼にも聞いた声だ。
見ると扉の前に少女が立っている。
「…この部屋に、忘れ物をしてしまいまして」
念のため言い訳をしてみる。
「そうか。それでその忘れ物とはなんだ?」
何を忘れたと言おうか考える。
「加えて言う…貴様と同じ面の者を既に…保護させた。同じ綻び方をせぬよう、少しは学んだらどうだ?」
最悪だ。
どうやらこの少女は追撃を想定して少なくとも1人以上の同僚を動かしたらしい。
そうなってしまうと流石にもう言い逃れはできない。
彼女のスピードであれば恐らく比較的隙が少ない内部破壊を使ったとしても妨害される。
(やっぱ面倒だな…〔ウォーク〕なんかよりずっと…)
この少女は勘が冴えて厄介だ。
生きて〔ウォーク〕の側にいる限りは〔リンゴ〕の妨害をし続けるだろう。
(仕方がないな…〔ウォーク〕より先に…)
この少女を殺す。
〔セトラ〕さんの視点は悠馬さんより書くのが面倒なので活躍しないでください。




