第12話
「うっ…ようやく…出口…?しんど…」
「……」
第一階層は迷路なんて生易しいものではなかった。
まず、抜け道が多い。
普通の曲がり道ではなく、小さい穴が壁や天井にあって、そこを通らないといずれ行き止まりになって進めなくなる。
それに加えて、壁も天井も床も方眼用紙の模様をしていて抜け道のサイズはしっかり方眼に合わせられているためそもそも抜け道が視認しづらい。
挙句の果てにはそもそも抜け道が暖簾やドアのようなもので隠されていたり、抜け道に連なる道を長い間探索しても、全部行き止まりだったり、進んでいるように見えて同じ道を繰り返しているだけだったりした。
「抜け道の先で3個抜け道見つけてその先が全部行き止まりとかふざけやがって…絶対に性格悪いだろここ造った奴…」
警備ロボットも定期的に邪魔をしにくるので、悠馬だけだったら絶対に迷っていた。
「マッピングに50時間かかるって本当にどうなってるんですかね…私のマッピングが下手だから?所詮半端者ですか私は…」
食事は取っているが、迷路と睡眠不足のせいで悠馬も〔コル〕も精神的に参っている。
〔ホープ〕たちは無線が使えないので2人に対しての助言どころか、2人の状況を知ることすら叶わないだろう。
「ここ…本当に第二階層か?」
明らかに景色が変わった。
ボロボロのビル群に、機能していない信号機、標識にガードレール。
全体的に退廃的な雰囲気を醸し出している街。
ビル群に囲まれている時点で見晴らしが良いとは言えないが、第一階層が閉鎖的過ぎたせいで相対的に開放的に思える。
「ここはダミーで、実際は別の第二階層があって、進んでも行き止まりじゃ…」
広さからしてそんなことはあり得ないが、今の悠馬にそこまで頭が回るわけがない。
「…私のマッピングが間違ってるかもしれな…」
〔コル〕が言いかけたときだった。
ビルの隙間からゾロゾロと警備ロボットが溢れ出す。
「…っ!?」
悠馬たちのことなど気にも留めず、一方向に直進している。
「おかしい…絶対こっちに気づかないわけが…」
その疑問はすぐに消え去った。
「えー、では、これより実験を執り行いマス。実験の準備が完了しまシタ。首を斬り落としてくだサイ。」
ロボットたちが見つめているのはビルの一つ。
その2階に、手足を縛られ、口にガムテープを貼られている少年が居た。
壁が壊れていたので悠馬たちの所からもよく見えた。
両サイドにロボットが2機。
ロボットに付随している剣がギラリと光る。
「きみたちが帰るなら実験は取りやめるヨ。どう…」
処刑用ロボットが2機とも壁に叩きつけられる。
「実験が、なんだって?」
人の命を交渉材料にされて大人しく待っていられる悠馬ではない。
子供が目に映った時点で既に動き出していた。
「はア…」
無線から聞こえる音は最後にそう言って黙った。
「…んむっ!むっ!」
「あ…だ、大丈夫!?」
頭から抜けていたが、少年の拘束を解かないといけない。
まず手の方の拘束を解く。
次に足。
最後に口に付いているガムテープを剥がそうとしたときだった。
「…痛っ!」
頭に何かが当たった。
ビルの外から何かが飛来して頭で弾けたのだ。
それで終わりではなかった。
(…なんだこれ。煙幕…?)
丁度飛来してきた何かが弾けた位置から煙が吹き出した。
周りの様子が全く把握できない。
(クソっ、子供も守らないといけないのに…!)
そう考えた直後だった。
「がはっ…」
背中に衝撃を感じると共に向かいのビルの1階までぶっ飛ぶ。
ゴロゴロと地面を転がり、壁に激突する。
「ごほっ…今…殴ってきたのは…」
突然のことに理解が追いつかない。
だが、一瞬見えたものが間違いでないなら。
「…っ!?」
何かが外から飛んでくる。
悠馬が咄嗟に避けると、それはそのまま壁に激突した。
「…っ!〔コル〕さん!」
壁に打ち付けられた〔コル〕がぐったりと倒れ込む。
敵は間髪入れずに悠馬に向かってぶっ飛んでくる。
「ぐっ…」
咄嗟に腹を硬化して防ぐ。
衝撃を逃し切れず、壁を突き破って別室まで飛ばされる。
(…っ、間違いない。あの子供だ!)
信じがたいが、今現在、先ほど悠馬が助けた子供が悠馬を吹き飛ばしていた。
(元々あっちサイドだったってことか?じゃあさっきの脅しも罠…)
少年は改めて見ると長身だ。
悠馬より身長が高いかもしれない。
特に脚が長い。
引き締まった体つきをしていて、黒髪の一部をリングのように束ねて頭に乗せている。
手には先ほどまで着けていなかったグローブ。
「…っ、確定か。」
悠馬は咄嗟に地面に手を突き、バック転しながら前方を蹴り上げる。
少年が踏み留まる。
(チャンス…!)
悠馬は少年に急接近して、拳をぶつけようとする。
拳が空を切り、少年は悠馬の横で構えている。
「ごほっ…」
悠馬は顔を思い切り殴られてビルの壁を突き破る。
(予測の精度で負けてる…!)
こちらの攻撃や回避行動を読まれている。
それでも、ただで殴られる悠馬ではなかった。
「ぐっ…!」
少年が膝を着く。
先ほどからあの少年は全く硬化を使っていなかった。
つまり、悠馬の触手が脚をすり抜けたとしても防ぐ術がないということだ。
(相手の身体の内側から硬化…なるべく控えめにやったけど、結構エグいな…)
ボマーに内側から爆破されたことを思い出して咄嗟に取った行動だ。
位置によっては死ぬこともあるだろう。
「脚は潰した。連行されてもらうぞ。」
この少年からここについて色々と聞けるかもしれない。
そう思って一歩足を前に出す。
“パキン”
「痛っ…」
悠馬の頭に何かが当たって弾ける。
中から赤い粉末が広がった。
「痛っ…っ!痛っ!」
眼に信じられない程沁みて、涙が大量に出る。
唐辛子の匂いが香ることから、今の悠馬は眼にタバスコをかけられたような状態だということらしい。
悶え苦しむ悠馬に少年が迫る。
「ぐほえっ…」
腹に思い切り回し蹴りを入れられ、悠馬は吹き飛ぶ。
硬化が間に合わなかったので、内臓まで衝撃が響いた。
悠馬はガードレールとビルの壁を突き破り、そのまま室内まで転がった。
(クッソ眼が痛い…!前が見えない…)
少年より先に狙撃手の方を狙うべきだった。
室内に篭れば狙撃手は恐るるに足らないが、少年の攻撃で外まで吹き飛ばされてしまう。
結果連携されて、少年との戦闘の難易度が上がる。
(とりあえず隙を…ん?)
「おわっ…ととっ!」
外からメキメキと音がしたと思った刹那の後、高速回転して何かが飛んで来た。
咄嗟に横に避けて、飛んできたものに目を向けた。
(…ガードレール?)
悠馬は判断を誤った。
飛んできた物の確認なんて悠長なことをするべきではなかった。
「がはっ…」
腹を何か硬い物でぶっ叩かれる。
遠心力が乗っており、悠馬はさながら野球ボールのように吹っ飛んだ。
先ほどまで居たビルの壁という壁を貫通しながら、向かいのビル3階に勢いよく叩きつけられ、そのまま室内へ転がり込む。
「げほっ…ぁっ…」
一息吐く間もなく、追撃が来る。
床を突き破って5メートルはあるであろう棒のような物体が横回転で迫ってきた。
(いや…これっ…!?)
信号機を投げつけてきた。
先程のことがフラッシュバックする。
よく見えなかったが、少年が悠馬をぶっ飛ばす際にも信号機を使っていたような気がしてきた。
(おかしいだろっ!?)
腹部の硬化が間に合ったものの、信号機の回転に巻き込まれて壁に激突した。
「…ぇっ、はっ…」
床に手を着いて立ちあがろうとする。
その間に少年が下の階から跳んで来た。
「……っ…つ…」
どうやら少年の方も疲労してはいるらしい。
息を整えながら悠馬の方を凝視している。
(もう…さっきみたいにやるしか…)
体勢的にここから少年の攻撃を避けることはできないだろう。
悠馬に残された選択肢は硬化による内部破壊を狙うのみだった。
少年が床を思い切り踏み締め、こちらに飛びかかる。
その直前だった。
「…は?」
全てが浮かび上がった。
そう思った束の間、今度は下に落ちる。
凄まじい振動が、ビルを上下に震わせた。
(…っ!今しかない!)
少年は突然の振動で動きが狂ったのか、中途半端なスピードで、こちらに向かって跳んでいる。
先程潰したのは右脚。
悠馬は左脚に触手をすり抜けさせ、硬化で内側から引き裂く。
「がっ…」
避けることはできなかった。
両脚を潰した。
「…次は」
狙撃手の方だ。
少年が動き始める前に済ませるべきだろう。
悠馬は少年から目を外して、ビルの屋上まで宙を蹴って泳ぐ。
「…どこだったっけ」
方角は大体分かっているが、どこから撃たれたかまでは分からない。
周りを見回していると弾丸が飛んで来た。
「ふん!」
見えていれば対応できない程ではない。
硬化した腕で弾丸を割った。
弾丸から煙幕が噴き出す。
(…っ!動かなきゃ的になる!)
幸いなことに先程の銃撃で場所は分かった。
悠馬は屋上の床を蹴り、硬化した脚で宙を掻いて速度を維持しながら狙撃手の下へぶっ飛んだ。
「…やば」
狙撃手は悠馬が向かってくるのを捉えた瞬間、屋上のドアに駆け込んだ。
「逃すか…!」
悠馬は屋上に着地するなり、飛び込んでドアを蹴破る。
狙撃手は目の前にはいない。
「…え?」
左。
首筋に違和感を覚えた。
だから振り向いた。
そうするまで、いやそうしてからも気づけなかった。
銃口から赤い粉末が噴き出すまで。
「痛っ…あっ!がっ…!」
至近距離だったのに、撃たれるまで気づかなかった。
狙撃手が手摺りから落ちて階下へ向かう。
「…ふぬっ……逃すか…この野郎…!」
目を開くのも辛い。
とりあえず階段をぶち抜いてしまおう。
地面を思い切り殴る。
悠馬の拳によって階段が割れ、一階下の踊り場へ落ちて行く。
(目を開け…!あいつはどこに…)
右肩に何かが突き刺さる感覚。
狙撃手が悠馬の胸板に突っ込んで来ていた。
(痛っ…けど…)
「そっちから…来るなら、好都合だ!」
悠馬は即座に狙撃手を硬化した触手で自分の身体に巻き付け、頭突きを決める。
「がっ…」
狙撃手が蹌踉めく。
「おらっ!」
着地前にもう一度頭突きして、触手から解放する。
それと同時に狙撃手の腹に体重の乗った左拳をぶち込んだ。
「ごほっ…」
狙撃手は階段の壁を破壊してビルの室内まで飛んで行った。
「はぁ…はっ…」
悠馬は息を整えながら狙撃手に向かって一歩ずつ歩を進める。
狙撃手を縛り上げた上で、再び少年の相手をする。
そういう予定だった。
「君…気づいて…ないの…?」
狙撃手が口を開く。
「何にだよ?」
気づいてないことなんていくらでもあるだろう。
探るために此処に来たのだから。
「此処を…調査したところで…何の、意味もない…」
「お前らが調査されたくないだけだろ。」
「此処…亜人対策委員会と、何の関係もないことは…流石に分かってると思う…んだけど」
確かに、亜人対策委員会と関係があるなら狙撃手の行動は不自然と言って良い。
リボルバーもボマーも、悠馬のことを殺す気で攻撃して来たのに対し、この狙撃手が使っていた銃弾は殺傷力がほぼない。
「なのに…なんで監視基地は襲撃、されたん…だろうね。リボルバー、に…」
「知るわけないだろ。お前が教えろよ」
「教えて…あげるよ…?予想の範疇は…出ないけど…ね」
「は?」
予想外だった。
そんなに快く教えてくれるものなのだろうか。
嘘を警戒しておいた方が良いかもしれない。
「僕らに…罪を着せて…君を、此処に…来させる…為だよ…」
「…は?」
確かに状況に合致している。
悠馬は実際此処に来ることになった。
(…いや待て!これ、信じていいのか?)
「リボルバーが絡んでるとしても…いきなり俺が此処に来ない可能性もあっただろ!」
「そう…だよ…?確実にする為には…上の方に、裏切り者でも、仕組むべきだ」
「裏切り…」
そういえば、紫龍も同じようなことを言っていたような気がする。
居るのか。
委員会の中に。
裏切り者が。
(いや…結局こいつは信用できない)
今までの話を本気で語っていたとしても、結局は予想の範疇を出ない話だ。
結論づける段階ではないだろう。
「詳しい話は…帰ってから、聞かせて、もらう。同行…し、て、も…」
何やら違和感がある。
呂律が回らない上に、凄まじい眠気が襲ってきた。
まるで、麻酔でも打たれたかのように。
(あ…ダメだこれ…)
全身の力が抜ける。
(ここで…俺が、倒れたら…)
絶対にそれだけはならないと、理解している。
それでも、意思とは反対に視界がぼやけ、膝から崩れ落ちる。
(誰が…あいつ、に……)
あの少年に勝てる者は此処にいない。
悠馬以外にはできないことなのに。
(…………)
悠馬の意識が真っ暗な闇の中へ沈んだ。
それが、調査の終わりだった。
1章は終わりましたが、0章1章には手直ししたい部分が結構あるので一度全体的に改稿すると思います。
2章までは一年程空くと思うので、ここまで読んでくださった皆様には申し訳ありませんが、頭の片隅にでも置いておいて、「そういえばこんなのあったな」という感じで戻ってきてもらえれば幸いです。




