2話 悠馬、死す
「あ、うちの監獄から脱獄囚が6人出たので援軍頼みますね。」
「え、いや、ちょっ…」
“ブツッ”
〔ツツジ〕が電話を切る。
悠馬は脱獄囚の方を見た。
魂単体の脱獄囚はいない。
全て肉体を持つ脱獄囚だ。
「奇怪が好むか…」
〔セトラ〕はなにか引っかかっているようだが、そんなことを気にする余裕は悠馬にはない。
こちらは4人であちらは6人。
人数では不利だ。
「おらあっ!」
先に仕掛けたのは脱獄囚の方だった。
〔ツツジ〕に向かって体に刺青の入ったモヒカン男が体重を乗せたパンチを放つ。
〔ツツジ〕は身体を沈めて避け、モヒカン男の足を払う。
男が体勢を崩す。
〔ツツジ〕はそのまま腹に向かってパンチを決めた。
”ゴリッ”
石と石がぶつかったような鈍い音がする。
腹を硬化されて防がれたらしい。
硬化はほとんどの魂が扱える、黒い鉱石を生成する力だ。
生成した鉱石はこういった具合で、鎧のような使い方をするのが普通。
〔ツツジ〕のように、傷口の縫合をできるというのはだいぶ熟練した者だろう。
「ひゃっはあっ!」
男はそのまま両手を合わせて握り、〔ツツジ〕に振り下ろそうとする。
「させるか…!」
悠馬は地面を蹴り、ほぼ真横に跳躍した。
そのまま男の喉元あたりに両足の裏をぶちあてる。
ボキッと何かが砕ける音がして吹っ飛んだ男は地面に追突。
そのまま卒倒した。
「硬化をゴリ押しでぶち抜きましたか。すごいことですけど、次からは相手もそんな大人しく蹴られてこないんで初見殺しが決まったものと思ってください。」
見ると残りの5人は固まってひそひそと話している。
両足の跳び蹴りなんて、ただでさえ隙が大きい。
警戒されて先程よりは決まりづらいだろう。
(下手な作戦を立てられる前に潰す…!)
〔ツツジ〕と悠馬が駆け出し、5人に近づく。
「作戦通りやるぞ!」
「「「「ああ(はい)!」」」」
短くまとまった黒髪の男が号令をかけて、5人が動き出す。
号令をかけた黒髪男が悠馬に向かって硬化させた拳で殴りかかってくる。
だが普通の人間より反応速度が速い悠馬には当たらない。
右ストレートを見切り、そのまま反撃で腹に向かって左パンチを打ち込もうとする。
しかし…
「うおっ…」
悠馬は殴れなかった。
後ろから髪のない女に攻撃されたからだ。
幸い避けることはできた。
しかし、黒髪の男には攻撃を避けられ、体勢を整えられてしまった。
そのまま黒髪の男と髪のない女に交互に攻撃され、防戦一方になってしまう。
「くっ…」
(このままだとやばいか…?)
5人中2人が悠馬に攻撃し続けているということは残りは3人、対してこちらも悠馬を除けば3人だ。
人数は同条件だが、味方は悠馬含めて新人が3人。
残る敵の実力も未知数な中、確実に勝てるとは言えない。
(なら…俺も頑張らないと…!)
悠馬は周りを見る。
〔ツツジ〕も同じように、前髪の長い男と顔が痣や傷だらけの男に、代わる代わる攻撃されている。
流石に全て躱し切るのは難しいらしく、何回か攻撃を喰らっているが、そこまで効いていなさそうだ。
恐らく硬化で防いでいるのだろう。
だが、後手に回っている。
このままいけば恐らく〔ツツジ〕は負けるだろう。
なら、悠馬はさっさと目の前の2人を倒して加勢しなければいけない。
(でも…攻撃の隙がない…!)
避けに徹していないと2人の攻撃を喰らってしまう。
(こうなったら…多少、強引にでも…!)
悠馬は髪のない女のパンチを避ける。
そのときにはもうすでに男が攻撃体勢に入っていた。
男は悠馬の顔面に体重の乗った右ストレートを叩き込む。
「いっ…」
悠馬はそれを避けずに受けた。
ただ受けただけじゃない。
悠馬が受けたのとほぼ同じタイミングで悠馬のパンチも男の腹に突き刺さる。
ボクシングのクロスカウンターのような状態になり、2人とも相手のパンチの勢いでぶっ飛ぶ。
(頭痛え…歯とか欠けてるだろこれ…あの反社クズ野郎絶対許さん…)
悠馬は硬化をたまに失敗してしまうので、下手に実戦で使えない。
だから、拳を硬化させて打つパンチを喰らったときにダメージを抑える術がない。
ただ、純粋なパンチ力は悠馬の方が上であったらしい。
吹っ飛んだ距離は男に比べて少なく、すぐに体勢を整えることができた。
髪のない女が追撃してきたが、1人ずつであれば余裕を持って避けられる。
悠馬は女の攻撃を軽くいなして、男に追撃を加えるべく迫った。
男は地面に仰向けで転がっている。
なんとか立ち上がろうと顔を上げかけたが、悠馬がそれを待つわけがない。
そのまま男の腹に変異でパンパンに膨れ上がった右腕を落として、地面に沈める。
「かはっ…!」
地面に亀裂が走り、男は苦しそうに息を吐く。
だが…
(痛ったあ…対応してくるか、この野郎…)
硬化で守られたせいで悠馬の拳も痛い。
蹴りと違ってパンチは靴より格段に薄い手袋による保護しかないから硬いものを殴れば当然痛い。
ただ、もう男は虫の息だ。
あと一発でもパンチを打ち込めば死までは追い込めなくとも戦闘不能だろう。
悠馬は右拳を振りかぶる。
そのときだった。
右肩に何かがぶつかった。
次の瞬間、首元から電撃のような感覚が走る。
(……は?)
痛い。
全身から汗が噴き出す。
世界が回る。
(これ…は…)
熱い。
首元の血管が張り裂けそうなほど痛い。
自分の吐く息が全身を変にゆっくり震わせる。
その上、息を吐くたびに首に何か突き刺さるようにズキズキと痛む。
熱が首元で激しくのたうち回って皮膚を突き破る。
今の自分の体勢が分からない。
起き上がらなければならないが、上がどこなのか分からない。
どこに手をつけば自分の体を支えられるのか皆目見当がつかない。
視界がぼやける。
(なんだ…これ…)
薄れゆく意識の中、現在の状況をなんとか掴もうとする。
遅くなった世界の中で、飛び散る赤い飛沫が視界に入った。
(ひょっとして…この血は、俺の…)
今まで鮮血を浴びた鉛玉なんて見たことがあっただろうか。
確実にないはずだ。
なのにさっきまで見ていたかのように鮮明に記憶に焼き付いている。
いや、実際に先ほど一瞬見ていたのかもしれない。
視界の下の方にある、飛び去っていく銃弾を。




