第10話 その身、深海へ還る
「うおおっ…!揺れ…やば…!」
悠馬は今潜水艦の中にいる。
潜水艦の中は広いがとにかく人が多く、その上忙しく動いている。
揺れる潜水艦を安定させようとしているらしい。
(到着前に死なないよな!?これ!)
話に聞いていた海流がここまでおかしいというのは予想外だ。
こんな所に悠馬が来ていたのには理由があった。
_「次の任務は腫れ物海域の構造物、避難文明の調査です。」
「…なんですかそれ?」
腫れ物海域、避難文明とは何なのだろうか。
「…腫れ物海域は、太平洋の日本遠洋。常に気候が激しい雷雨、さらに出鱈目な海流でこれ以上ないほど荒れている海域のことです。こちらであれば、聞いたことくらいはあるのでは?」
「あー…」
確かに、日本の領海に常に荒れている海があることは知っている。
だが、避難文明とは何なのか。
言葉からは想像もつかない。
「それで、避難文明の方はですね…海底にある巨大な四面体の構造物です。腫れ物海域が荒れている原因の大部分を担う、謎の構造物。」
「…え?構造物のせいで荒れてるんですか?」
天気を変えるなんて大規模なことが、たった一つの構造物に可能なのだろうか。
「大量の水蒸気を出しているんです。そのせいで、温まった海水が対流を起こして海流が狂ったり、海中で凝結しなかった水蒸気が雲を形成したりでとにかく大部分がその構造物のせいです。」
「…水蒸気の排気口を塞げば…」
「見張りのロボットに取り除かれて終わりです。」
「ロボット!?」
見張りのロボットが居るというのは予想外だった。
どのくらい居るのだろうか。
構造の規模感からして嫌な予感しかしない。
「ざっと10000体くらい居るので全部を相手にするなんて考えないでくださいね。そもそも生身で海中に出ることは視野に入れないでください。」
(…いやあ、生身で海中に出るのは流石に俺も…)
冷静じゃなかったら普通にやるかもしれない。
何があっても絶対に冷静でいよう。
「それで…ロボットはお察しの通り、攻撃してきます。というより、捕縛の方が近いですか。近づくものを見つけると、寄り集まって固定。そのまま構造物の中に入れます。検証の結果、ダイナマイトでも使わないと逃れられないような拘束になることが分かっているので、本当に最悪の場合、そうなる前に構造物に単騎突撃してください。その後、入り口で1日待機してくだされば、絶対に援軍を合流させます。」
(…今までより道中で死ぬ確率、上がりそうだなあ…)
道中の危険性は十分理解できた。
ただ、悠馬は道中で役に立たないので、なぜ悠馬が行くのかは理解できない。
「…なんで俺が派遣されるんですか?役に立てる要素が今のところなさそうですけど…」
「…言い忘れてましたね。構造物を遠方から観測している拠点があったのですが、昨日破壊され、職員も全員殺害されました。」
「…っ!そんな…こと、一体誰が…」
「職員の遺体から、硬化で作られた弾丸が発見されました。リボルバーの関与を疑っていいと考えています。」
「リボルバー…」
やはり、人の命を奪うということの重みを理解できていないのだろうか。
なら絶対に止めなければならない。
「ですから、震災型災害級、リボルバーが出てくることも考えて、あなたが派遣されるということです。」
「分かりました。」
これ以上奴らの好きにさせてはいけない。
「絶対、止めてきます。」
「…調査、ですからね?」
_そして現在。
潜水艦は下向きの海流に乗って下降を終え、
避難文明へと流れる海流に乗り換えてから間もなかった。
まだまだ文明からは距離がある。
であれば、警備のロボットに見つからないのが道理。
誰もがそう思っていた。
「ちょっ…なんで揺れてんだこれ!?」
「報告!現在、本艦は密閉空間に閉じ込められているものと思われます!」
「はあ!?」
想定外だった。
いきなり揺れたかと思えば一瞬で密閉空間。
(聞いてた話と違う…何が起こってるんだ!?)
「密閉空間だと!?ここは深海だぞ!間違いはないのか!?」
「…間違いありません。パルスの反射が全方位から感知できます!」
乗組員同士での会話が無線越しに飛び交う。
「魚雷を使ってはどうです?この密閉空間が文明側の作為によるものであれば、文明の入り口を破壊する威力で壊せるのでは?」
「ダメです!壁面も天井も近すぎて、本艦も巻き込まれます!」
「そもそも、入り口を破る為の魚雷は温存しておきたい。そこまで多く持ってきていない上、あちらが入り口を強化していたらこれでも足りるか分からない。」
「何か、射程はなくてもいいので本艦を巻き込まない、別の攻撃手段があれば…」
どうやら状況は深刻なものであるようだ。
(俺も何かできればやりたいけど…深海のこの状況じゃあ…)
「それなら〔雷神〕の硬化で壁面を破壊すれば良いのでは?彼は触手の射程が10メートル以上ありますし。」
「え?」
一斉に悠馬に視線が集まる。
「…確かに、現状思いつく限り一番マシな手段ですね。」
「失敗してもそこまでリスクがない。やらない理由がほぼないな」
「じゃあ、〔雷神〕さん。こっちに来い。進行方向はこっちだ。」
(あ…そんなんでいいのか)
悠馬は案内された方へ向かい、そのまま潜水艦の壁にほぼ密着した。
「前に向かって触手伸ばしてくれ。」
「念の為壁入ってから1メートルくらいは離れた節から合成してください。壁との距離は9か10メートルといったところです。」
結構離れているが触手を最大まで伸ばせば、余裕を持って届く距離。
おそらく壁面は霊体である触手でも通らないように加工されているはずだが、何度も鉱石をぶつけて削れば…
「…ん?」
「どうしました?」
「いや、あの…最大まで触手伸ばしても、なんか、止められる感覚がないというか…」
「え。」
ひょっとして、伝えられた距離に思ったより誤差が出ているのかもしれない。
「いや…そんなこと…距離は間違ってないはず…」
「一応本艦を少しだけ全身させましょうか。」
潜水艦が5メートルほど前進する。
「…いや、引っかからないですね。」
「ひょっとして…そもそも霊体を帯びていない壁なのでは」
「…そんなことあるか?」
「この距離でも引っかからない時点でその可能性が高いのではないですか?」
「…内部から破壊してくれって言ってるようなものだろそれ」
「まあとりあえず硬化してもらっていいんじゃないですかね」
「…だな」
話がまとまったらしい。
触手が普通に通り抜けられるのは加工が甘いとしか言いようがないが、そんなことするだろうか。
「〔雷神〕。やってくれ。」
「…了解です。」
触手に力を入れる。
黒色の鉱石を合成すると、今まで感じなかった圧迫感を感じた。
「ふんっ…らあっ!」
圧迫感が消える。
おそらく穴が空いたのだろう。
そのまま鉱石を振り回して、悠馬も激しく上下左右に飛び回りながら穴を広げる。
「…もう通れますね。」
「何だったんだ本当に…突然のことに驚かされたが、意外にも杜撰だったし…」
乗組員が拍子抜けといった様子で言葉を交わす。
本当に、何だったのだろう。
ただ、本当に欠陥を見逃されたトラップというだけだったのだろうか。
_「友紀!じゃーん!ヒラメボックスβ版の設計図!」
銀髪を後ろで束ねた中性的な若者が、友紀と呼ばれた男に声をかける。
「…α版を置いたんだっけ」
「うん!でさ、β版は変形の起点を増やしてさ、範囲の大幅拡大ができる!効率化が進んだ!」
「…まだ他との併用で実践的になるレベルか」
α版だと量産は現実的ではなかった。
β版の効率化による恩恵は大きいだろう。
ただ、単体で脅威になり得るかは別だ。
「…まあそうかもね。コストかかるし、移動できないからルート絞れないと役に立たないし。」
とはいえ、コンセプトとしてはまあまあなものだ。
ソナーにも探知できない設置型兵器。
α版でも、既にその点はクリアされている。
(コストを渋ったせいで、強度はゴミだが…)
特に、対硬化については内部破壊が簡単に通るレベルだ。
ただ、本当に仕方ない。
潜水艦に対して有効なサイズを作るのに、素材を奮発していると、それだけで普通に生活するための資源すら無くなりかねない。
「まあ、あんなんじゃ、止まらないんだろうけど…」
諦め、高揚、そして若干の恐怖。
複数の感情が入り混じった声音と表情。
奪われたものは完全には戻ってこない。
「ここで、俺たちが止めれば良い」
ここが、取り戻せる唯一の場所だから。
一度壊れたはずの日々を。




