第8話 忘恩負義
「う…ん…」
目を覚ますと見える知らない天井。
「あれ…死んでない…?」
記憶がはっきりしている。
いや、はっきりしているのだろうか。
自分の名前も分かる。
意識を失う直前のことも覚えている。
何か欠落している部分が他にないのか。
「生まれてから…今までどう過ごしてきたのか…」
何の問題もなく思い出せる。
流石に赤ん坊のときのことは忘れているが、小学生あたりからの印象に残った出来事は思い出せる。
「死んでない…のか」
どうやって助かったのか微塵も分からない。
そもそも今いるここはどこなのか。
「自分のコードネーム、分かりますか?」
近くにいた白衣の男に声をかけられる。
「え…?〔雷神〕です…」
「記憶には問題がないようで何よりです。あなたの治療について、担当の者が説明するので、少しお待ちください。」
男はそういうと、部屋の外に出て行った。
(不実委員の病院…?)
外の景色を見れないので確認のしようがないが、状況からしてそんなところだろう。
「負けた…のか。俺…」
〔リンゴ〕の撃った弾は、確実に藤原琴音と白銀玉の頭を貫いた。
あそこから助かるのは、恐らく無理だった。
「人殺しの…隙を…」
悠馬たちが招いた混乱に乗じて、〔リンゴ〕はあの2人を殺した。
止めることも、捕まえることも、できなかった。
「…っ」
やるせない気持ちが、胸の奥でつっかえる。
「失礼します」
目に涙を湛えていると、先程とは別の男が入ってきた。
「私は、【特異な体質に悩む人々を守る会】医療班の早乙女厳己と申します。あなたの治療について説明させていただきます。」
「え?特異な…え?」
耳を疑う。
「ここって…ひょっとして不実委員じゃ…」
「はい。ここは不実体対策委員会の建物です。ただ、あなたの治療は急を要したので、現場の我々が治療をした後、ここに運び込まれたことであなたは一命を取り留めた。その影響で、我々が治療を引き続き担当させて頂いているだけですよ。」
「…やっぱり、死にかけてましたか…俺は…ありがとうございます」
悠馬視点、グレーな組織とはいえ、厄介ごとを呼び寄せた挙句、助けられたのだから感謝はするべきだろう。
「お気になさらず。治療の説明を手短にさせていただきます。」
早乙女は、あくまで事務的な口調で対応する。
感情の起伏があまり見えないタイプらしい。
「まず、あなたに施した治療についてです。人工臓器、人工骨の移植、肋骨などの接骨、両脚の再接着、その他の再生医療。一通り上手くいったと言って良いでしょう。経過につきましては、こちらの資料に詳細をまとめましたので、主にこれからの治療についての説明をしたいと思います。」
人工臓器や人工骨という言葉が耳に入る。
(俺…やっぱり身体弾け飛んでたのか…)
「今のあなたの身体は下腹部から骨盤、大腿部の半分ほどまで貴方が本来持っていた身体ではありません。当然、拒絶反応があるので、これからこの薬を服用してもらうことになります。」
そう言って早乙女は悠馬に袋を見せる。
「所謂、免疫抑制剤です。1日に2回。12時間空けての服用となります。こちらの医師の方々にも引継ぎをお願いしたので、薬が切れた場合、そちらから処方してもらってください。」
(…なんか…聞いたことない響きだな…)
免疫抑制というのは、身体に悪そうな響きだが。
こちらの医師に引き継ぐということは、不実委員にも伝わっているということだろうし、怪しい薬を処方されているということではないはずだ。
そもそも、悠馬に薬の良し悪しなんて分かるわけがない。
「動けるようになるまで、5ヶ月程度のリハビリが必要だと考えられます。私含む、あなたの治療の関係者が経過を見て退院しても問題がないか判断させていただきます。それでは、明日からまたよろしくお願いします。」
そう言って、早乙女が立つと、ドアの前まで歩いて、立ち止まる。
「…耳が速いですね。彼は問題なく意識を回復されました。少し会話するくらいであれば、問題はないと思います。」
「御意」
「ありがとう。早乙女さん」
「あ…ありがとうございます。」
そう言って、竹田努と、翻訳の青年が病室に入ってくる。
青年の後ろには藤原美夏がくっついている。
「まあ、とりあえず元気そうだね。良かった。はい。これ、僕らからお見舞い」
青年から袋を手渡される。
中にはゼリー飲料などが入っていた。
「あ…ありがとう…ございます?」
「別に敬語じゃなくていいよ。」
青年は微笑みながら言う。
(…本人がそう言うなら敬語じゃなくて良いか…)
悠馬視点、この青年はそこまで警戒していない。
グレーな組織ではあっても、青年は何も知らされていないのではないかと感じている。
あくまで悠馬の勘ではあるのだが。
「いやあ…努ねえ、君のこと結構心配してたんだよ?ここに来たいって美夏ちゃんが言ったとき、努は真っ先に反応してたし…」
竹田努が無駄のない動きで、青年の口に掌を押し当てる。
「むぐ…!む…!」
「…空事なり。我、己が如き狼藉者を案ずることぞなき。」
竹田努が悠馬を睨みながら言う。
「…そういえばクソ侍。リボルバーどうなった?」
竹田努であれば、リボルバーに勝つくらいは造作もないことだろうが、今どうなっているのか。
「…討ち損じき。」
「討つな。犯罪になるから」
青年が掌を退けて横から口出しする。
「…面目なし」
竹田努は青年を無視してそのまま続けた。
「…逃したのか?」
竹田努がリボルバーに遅れを取るというのは予想外だ。
「…まあ、僕が役に立たなかったから、実質2対1みたいなもんだしね。なんなら足引っ張ってたし」
「…そういえば、リボルバー以外にも居たのか…」
竹田努が逃したとなると、〔リンゴ〕だろうか。
確かに、〔リンゴ〕とリボルバー相手に1人で勝つというのは厳しいかもしれない。
「…じゃあ、誰も捕まってないのか…」
結局、不実体対策委員会は、いや、悠馬は面倒事の種になっただけだ。
その結果、2人の死亡者が出た。
グレーな組織の一員でも、人生はあった。
その先、誰かを救うかもしれなかった。
その可能性が、未来が全て潰えた。
悠馬のせいで。
「いやボ…」
「ごめん。俺たちのせいで…藤原琴音と医療班の人が死んで…」
「いやいや!?結果見ればまあ君たちのせいだけど!君は悪くないでしょ!?決定権が君にあったわけでもないし!」
青年が慌てて否定するが、あまり納得はできない。
仮に〔セトラ〕であれば。
〔リンゴ〕が潜んでいることに気づいて、暗殺も防げたのかもしれない。
結局、あの班に居るとき支えられたから、悠馬は今生きていられる。
自分は助けられたのに、それを繋げなかった。
ただ、青年たちはそんな悠馬の無力感なんて知る由もない。
「それに…僕らの為に戦って、6ヶ月寝たきりになった君を責めるやついないよ?」
「…え?」
6ヶ月。
「…はあああ!?」
6ヶ月というのはつまりあの時からもう6ヶ月経っているということなのか。
「いみじくぞ騒がしき…」
「うん。確実にうるさい。」
「あ…ごめんなさい」
そこまで長期間寝ていたとは予想していなかったので、少し取り乱してしまった。
別の病室からの視線を想像して、少し肝が冷える。
「…まあ、とりあえず君も大変だったんだから、君がそんな責任感じる必要ないよ。僕らは君個人には寧ろ感謝してるし」
「…感謝されるようなことしてない気がするけど…」
結局、混乱の元になっておいて、ボマーにも勝てなかったのだから。
「そんなことないよ。君がいなかったら、琴音さんの遺体や魂も奪われてたかもしれないし」
「…」
弔うことすらできない最悪の状況は防いだ。
それを喜んで良いのだろうか。
藤原琴音と青年たちは、お互いのことを大事に思っていたはずだ。
藤原琴音の死に、心を痛めていないわけがない。
そんな状況でも、悠馬のことを責めないというのは、青年たちの強さ故なのか。
「…そうだ。美夏ちゃん。君もこの人に何か言いたいことあったんだよね?」
「…え。あ…はい」
藤原美夏が前に出てきて、悠馬をしっかりと見据える。
「お姉ちゃんの…魂を守ってくれて、ありがとうございました」
(強いな…やっぱり)
敵になる可能性も高いとはいえ、尊敬するべきだ。
やはり、分かり合えない相手ではない。
「お姉ちゃんの魂…最近、動き出したんです。」
「…!?」
予想だにしていなかったことを言われる。
「魂が…動き出した…?」
悠馬も魂単体の者には会ったことがある。
ただ、生前の記憶がはっきりしている者は居なかった。
今回もそうなのだとしたら。
姉に、自分の存在を忘れられていたとしたら。
「それを…」
喜べるだろうか。
むしろ、悲しいことではないのか。
それとも、記憶がなくとも、大好きな姉が意識を回復するというのは、やはり嬉しいことなのだろうか。
「…意識は、はっきりしてないんです。ずっと…声にならない音を出してて、みんなのことも見えてないみたいで…」
「……」
知らなかった。
死んだ魂がしっかりした意識を持って、動けることが幸運なことなんて。
「そんなの…」
ただ、死んでいるのと、同じだ。
「でも…気のせいかもしれないけど…お姉ちゃんが…私を励ましてくれてる気がしたんです…」
「……」
悠馬は、実際に見ていないから否定も肯定もできない。
ただ、あり得ないとは思わなかった。
「だって、その…顔もはっきり形があるわけじゃないけど…お姉ちゃん、優しそうに笑ってるんです…だから」
本当に、仲のいい姉妹だったんだろう。
死んだ後も、姉は妹のことを思って、声をかけている。
「お姉ちゃんの声を…繋いでくれて、ありがとうございます…!」
「…こちらこそ、ありがとう」
声を繋げたなら。
悠馬も、人の為になれたなら。
(この仕事…やってて良かったな)
「失礼します。」
病室に、誰かが入ってくる。
(…誰?)
「あ、理事長。そういえば理事長も会いたいって言ってましたね」
青年たちは全員道を開け、理事長と呼ばれた男を悠馬の前に通す。
「初めまして。私は【特異な体質に悩む人々を守る会】理事長の伊万里匯斗と申します。」
伊万里匯斗と名乗った男は2メートルは裕に超えているであろう長身の上、身体付きもがっしりしている。
ただ、髪はしっかりと纏められており、スーツも着こなしている。
戦闘要員にも、重役にも見える、威圧感を纏った男だ。
「あなたの御助力に、感謝の言葉を申し上げたいと思い、参りました。会員の魂を守っていただいたそうですね。ありがとうございます。」
「…いや…別に…」
魂を守れたのは、確かにまだ良かった。
先程の、藤原美夏の言葉でそう感じた。
ただ、暗殺を防げた訳ではないし、そもそも結果的にマッチポンプのようなものなので、歯切れが悪くならざるを得ない。
「そんな…大したことやってないですよ?結局、時間稼ぎは誰でもできたと思いますし…」
悠馬以外にも、できる者がいない訳ではなかったはずだ。
ボマーは結局、スピードがあるなら自爆に追い込めただろう。
悠馬は達成できなかったことだが。
「そもそも…こちらこそ、助けてくれてありがとうございます」
悠馬は、現場である程度治療を施されなければ、今頃生きていなかったのではないか。
そうなれば、記憶を失うか、藤原琴音のように声にならない音を出し続けるか、最悪の場合、機能停止したままそこらに転がることになりそうだ。
「いえ、我々の活動を全うしたのみですよ。それでは、これからもよろしくお願いします。」
そう言って、伊万里匯斗は去って行った。
「じゃあ、また!今度は一緒に食事でもしよう」
「…」
「…さ、さようなら!」
他3人もそれに続いて去って行く。
「…さようなら…?」
悠馬は少し体を起こそうとして断念し、とりあえず手だけでも振っておいた。
_「ふう…」
リハビリを終えて寮の自室に戻ってきた。
悠馬の回復は予想外に早かったらしく、予定より大幅に短い1ヶ月で退院できた。
結局、藤原美夏は、あの組織は襲撃に関係があったのだろうか。
竹田努以外は、大勢の人を殺すような者には思えなかった。
現状一番襲撃が可能だった組織というだけだ。
「何か…情報が不足してるんじゃ…」
真相を知るためにも、情報が必要だ。
襲撃に関する情報が。
“ピンポーン”
「…はーい」
インターホンが鳴る。
(誰だろう…部長とかかな…)
玄関まで歩いて、ドアを開ける。
「え?」
眼前に知らない人が立っている。
いや、人と言っていいのだろうか。
巨大な卵から人間の上半身が出ている。
生前、人間だった魂だ。
「う…んんっ…!」
魂と会話するときは肉体から音を出しても、相手に聞こえないことが多い。
相手が耳に触手を入れて硬化させたりしていれば別だが、基本的にはこちらも魂で言葉を発するのが良い。
『あの…どなたですか?』
卵から複数の球体が数珠のように連なり、後光のような物を形作っている。
魂の中でも、形が特殊なのでおそらく変異種だ。
『…私は紫龍。お前は〔雷神〕で合ってるか?』
『紫龍…!?』
リハビリ中に青年たちから聞いた話だが、ボマーは悠馬との戦いの後、力尽きて倒れたらしい。
その身柄と、怪我をした悠馬を運んだ人物の名前こそが、紫龍だった。
そして、紫龍について、何より着目すべきことは…
『優先度5の震災型災害級…』
〔セトラ〕さんが画面外に出て即、竹田さんを出したの後先考えてないアホでした。
何ならグーグル先生とかGPT君とか古文辞典が必要になるせいで〔セトラ〕さんより面倒でした。
あの厨二2人組はなるべく出ないで欲しい。




