16話 それぞれに人生がある
「それで、交通事故の後、僕は中途覚醒と同時に…まあ、よくある話ですが、所謂記憶喪失になりまして…」
(…え?よくある話なのそれ?)
悠馬は物心ついたときには既に魂が見えていたので、後天的に中途覚醒した者が、普通どんな風に中途覚醒するものなのかよく分からない。
「これを思い出したのは、高校二年生の夏です。最初は…信じられなかったんです。自分の記憶だって。けど…思い出した瞬間、居ても立っても居られなくなりました。結局、それまで、僕にはやりたいこととか、自分の意志とかそこまでなくて…欠けたものが戻ってきたわけですから、まあ当然なのかもしれませんけど」
流石に悠馬といえども、この話に救いがないことは既に分かっていた。
「結局…ユキはもういくら探しても見つからなかった。僕は…唯一残ったものすら、守ることができませんでした。だから、あの少年に、少し同情したのかもしれません。僕は親をヤクザに殺された影響で反社会勢力が嫌いだったんですが…そうでもなければ利用されることはザラにあったので。それで…勝手に気まずくなっただけです。だから、あなたには何一つとして非はないんです。」
気分が重い。
兄妹を失う。
その辛さは想像に難くない。
悠馬の周りの大切な人まで、奴等は巻き込んだ。
ただ、悠馬の身体が他と比べて異常だっただけ。
それだけで、寄ってたかって排斥しようとする。
それは絶対的な悪だった。
今まで、それしか目に入っていなかった。
勝手に、他もそうだと決めつけていた。
知ろうとしなかった。
そんな悠馬に非がないわけがないのだ。
「すいませんでした…俺、本当に無神経なこと、言ってました…」
「いいんですよ。結局、僕は…何一つとして成し遂げられない、弱者です。それを受け入れられずに、周りに迷惑を振り撒くことになった。結局、自分が不幸だから、それに胡座をかいて良いと思いたかったんですよ。今までやってきたことを、否定されるのが嫌だっただけです。自分のことしか考えてない屑ですよ…僕は」
〔スズメ〕は最初に会ったときのような眼をしている。
死んだ魚のような眼。
今ならなぜ、そんな眼になっていたのか分かる。
何も、希望なんてなかったから。
守るべきものを、全部取りこぼして、忘れて、何も出来ないで。
生きる意味も、そもそも生きている実感でさえも、何もない。
自分は何かを為してきた。
悠馬にはある、その感覚は〔スズメ〕にはないものなのだろう。
「違います。」
否定したかった。
何も為していないわけがない。
〔スズメ〕がいなければ、今の悠馬はないのだから。
「〔ウォーク〕さん…違いませんよ。僕はきっと、あなたと違って何かを為すことはない。何も変えられない。」
違う。
「俺を変えました。」
「…変えていません。硬化や行動予測をあなたが習得できたのは、あなた自身の力です。」
震えた声で〔スズメ〕が言う。
「そんなわけない!俺が1人でできることなんて、たかが知れてる!〔スズメ〕さんのおかげなんです!だから…もうそれ以上自分で自分を悪く言わないでください!〔スズメ〕さんは…俺の恩人です!」
「っ僕が!本当にそんな人間なら!」
堰を切ったように、溢れ出す声。
「なんで…なんでユキは死んだんですか!」
無力感と、絶望の核心。
それが全てに見えるのは、理解できる。
だが、違う。
「それが全てじゃない!〔スズメ〕さんは、その後も生きて、俺を変えてくれました!そのことは、〔スズメ〕さんに過去何があろうが揺らがないことです!」
「…!っ、あなたが勝手に変わっただけだ!僕には…何も関係ない!」
(…!?)
なぜ、そこまでして自分を認めないのだろうか。
ただ、もう一押しだという確信はあった。
「〔スズメ〕さんが俺を導いてくれたから!俺は今、こうやって生きてる!全部〔スズメ〕さんのおかげです!」
「…!」
〔スズメ〕は下を向いたまま口を閉じる。
そのまま、しばらく沈黙が続いた。
「ああ…そうか、僕は…」
〔スズメ〕が呟く。
唇の隙間から、息を吸って、吐き出す。
その音が、何度か響く。
「なんでなんですか…なんで…そんな風に言うんですか?僕が導いてたんじゃない。ただ、あなたの、前進を、自分の前進だと勘違いしていただけだ。」
落ち着いてこそいるが、結局、吐く言葉は先程までとさほど変わらない。
「…なんで、認めてくれないんですか…?〔スズメ〕さんは、凄い人なのに」
〔スズメ〕はしばらく迷った後、言葉を零す。
「仮に、あなたの言う通りだとして…僕が何かを為せていたとして…それであなたが変わったとしたら…僕には、もうそれしかないんです。あなたに、教えることが、僕の生きる全てになってしまった。」
「…!」
生きる全て。
妹が死んでから、その記憶を取り戻してから、何もかも、無意味に思えた。
そのまま、ずっと変わらない。
形も持たない自分が、適当に世界の意思に生かされ、殺される。
そう思っていた。
この人に出会うまで。
自分の道を歩くために、奔走している。
そんな人の道を案内できる。
自分が輪郭を帯びたような気がした。
無力感は消え失せて、道が見えたような気がしていた。
誰かと共に生きるなんて、もう考えてもいなかったのに。
後ろに居る者を見失って、味わった喪失。
〔スズメ〕は、悠馬に教えることでしか、人生に意味を見出せない。
「きっと、あなたがずっと僕の近くで、僕と似たような景色を見据えているのだと、勘違いしていました…あなたは、どんどん遠くまで行ってしまう…!」
再び声が震え始める。
「ずっと…あなたの側で…あなたと同じ方向を向いて…!生きていたかったんです!この前…あなたの怒りが僕にはなくて!受け止めることができなくて…!無理なんですよどうせ!僕とあなたの見てきた景色は違うから!!」
ずっと、近くで、同じ道を。
少し前をリードして行けると思い込んでいた。
けれど、それが叶うことはきっとない。
違う道に行って、どんどん1人で走って行く。
きっともう、〔スズメ〕を頼らずに。
「…っ、だから…僕は、元々、あなたの成長には関係ない…あなたが、勝手に変わったんです。今まで、一度たりとも、僕があなたを導いたことなんてない…」
こんな、醜くて、独りよがりで、叶うはずもない希望なんて、元々無かったものだ。
否定した方が、まだ楽でいられる。
〔スズメ〕は何一つとして、失っていないから。
「…つまり、〔スズメ〕さんは…俺に教えるのを、楽しんでくれてたってことですか?」
「…!」
違う。
そんな純粋なものじゃない。
自分の都合で他者に役を求める、最悪の独りよがりだ。
「…〔ウォーク〕さん。僕は…」
最初から、こう言うべきだった。
「あなたに依存してるんですよ」
綺麗に取り繕うのは辞めるべきだった。
「…冗談ですよね…?」
「…はは、そりゃ、そうなりますよね…」
悠馬の予想外といった表情で、少し力が入らなくなる。
どうやら、もう手遅れらしい。
喪失が、痛くてたまらない。
「あなたに…僕に導かれる、そういう役割を勝手に当てはめて、それを生きる理由にしていました。でも、こんなのおかしいですよ…〔ウォーク〕さんにとっても、いい迷惑でしょう…?だから、あなたの口から、言ってください。もう、諦めたいんですよ…」
包み隠すことなく、吐き出された本音。
悠馬の理解が及べば、そこで終わっていたのかもしれない。
「…別に迷惑だと思ったことないですよ?」
悠馬は微塵も〔スズメ〕の真意を理解できなかった。
「…っ、なんで…!なんであなたは突き放してくれないんですか!?あなたに共感してあげられないだけで辛くなる!その度に、きっと僕は自分がどうして良いか分からなくなる!あなたは毒です!僕の幻想が消えない限り、有害なんですよ!」
悠馬は言葉に詰まる。
どういう状況なのか、まるで分からない。
「……えっと…つまり、〔スズメ〕さんが俺に教えることに依存してて…それを辞めたいってことですか?」
「……そういう、ことです…」
悠馬はどうするべきなのか。
依存するほど楽しかったことを、そんなにバッサリと終わりにしていいのだろうか。
そもそも、悠馬もまだ、〔スズメ〕に教わりたい。
そこまで考えて、ようやく気づく。
選択の余地はないことに。
悠馬はもう、ここに居ることは出来ないのだ。
二度とここに来れないというわけではないにせよ、今までのように、軽い気持ちで〔スズメ〕に会うことは叶わない。
つまり、これは別れ方の問題なのだ。
悠馬がこの関係を維持したいと思っても、〔スズメ〕に今までのように教わることは出来ない。
〔スズメ〕も、失うものに依存したままでは辛いだけだ。
きっと、悠馬と〔スズメ〕が出会っていなければ、ここまで辛い思いをさせずに済んだ。
だから、こんな関係断ち切るべきなのかもしれない。
「嫌です。」
無理だ。
〔スズメ〕が悠馬に与えたものは大きすぎる。
力も、心構えも、この人には見習うべきところが多すぎる。
「…なんで」
「依存するのは確かに良くないと思います。だから、それを辞めるべきだというのは、そうだと思います。」
「…なら!僕とあなたはもう…!」
「けど、あなたは尊敬すべき人だし、数えきれないほど恩がある。このまま突き放して終わりっていうのは嫌です。」
まだ、何も返せていないのだから。
「どうして…」
「〔スズメ〕さん。別に俺なんか大したやつじゃないですよ。だから、正直なんで〔スズメ〕さんが俺のことを大切にしてくれてるのかは、分からないです。」
「……」
「〔スズメ〕さん。さっき共感できないのは辛いって言ってましたけど、別に、俺に共感する必要なんてないんですよ。むしろ、あのとき、止めてくれて良かったと思ってます。無神経なこと言って、自分の怒りのために暴力を振るって…だから〔スズメ〕さんには、無理に共感してもらわなくて良いんです。」
〔スズメ〕は、恐らく自分が嫌いでしょうがないのだろう。
自分が悠馬にとって、有害になるから、断ち切ろうと考えている。
「…違います…そうじゃないんです…!あなたが良くても…僕が…!」
「俺は」
どうしても、伝えなくてはいけない。
まだまだ、これからなのだということを。
「もっと、〔スズメ〕さんのことを知りたいんです。」
「…え?」
「気づいたんです。〔スズメ〕さんのこと、俺は何も知らなかった。だから、〔スズメ〕さんに昔、何があったのか教えてもらえて…良かったです。」
「…〔ウォーク〕さん」
「〔スズメ〕さんも、完璧じゃなくて、色々苦しんで、ここまで来たんだってこと、知れて本当に良かった。間違えない人間なんて…いないですよ。そんな人。だから…自分を、責めないでください。あなたは…俺の間違いを正してくれました。だから俺も、〔スズメ〕さんが間違えたら、遠慮せずに止めます。」
教わってばかりでは、駄目なのだ。
悠馬も、成長して〔スズメ〕に教える。
「だから…離れていても、次に会うときには、俺は…もっと成長して、〔スズメ〕さんに見せても恥ずかしくない俺になってみせます!約束です!それまでに、沢山間違えたとしても!」
悠馬が拳を〔スズメ〕に突き出す。
〔スズメ〕は下を向いて、そのまま目を見開いている。
視界がぼやけたと思えば、机に落ちる雫にピントが合う。
「…っ、ん……!」
背中が震える。
そのまま、抑えきれなくなったものが溢れてしまう。
胸の奥がじんわり温かくて、世界は狭くても、意味を帯びて、自分と世界の繋がりが、はっきりとしてくるような、そんな感覚。
喉の奥から、湿った空気を思い切り吐き出す。
そうやって、どのくらいの間、震えていたのだろうか。
そのまま、感覚は馴染んで、〔スズメ〕の一部になった。
「…はい!」
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、悠馬に笑いかけた〔スズメ〕が拳を合わせる。
2人で向き合う。
次に会うときは、もっと怒って、もっと落ち込んで、もっと泣いて、もっと笑って、その後の顔で。
「今まで、ありがとうございました!」
0章終わりです。
基本的に自分の表現に自分で納得できることは少ないと思いますが、0章は後から見て、もっと読みやすくできたなって部分が多いので、1章が終わり次第調整すると思います。
あくまで表現の調整で、ストーリーは変えるつもりはありません。
次回の更新は再来週とさせていただきます。




