12話 絆
足場を失った悠馬は硬化した脚で宙を蹴る。
水泳のドルフィンキックのような形で。
この星は実体を持つ普通の物質と干渉せず、魂にのみ干渉する液体で満たされている。
液体は比重が魂と大体同じであるため、魂たちは上に昇るのも下に降りるのも自由に泳ぐことができる。
硬化で出した鉱石は実体を帯びていながらも魂の一部だ。
つまり今の悠馬のように硬化した脚で宙を蹴ってぶっ飛ぶことだってできる。
悠馬の右腕がリボルバーの腹に突き刺さった。
「ふんっ…!」
悠馬は更に腕を振り下ろして2階まで叩き落とした。
倒れたリボルバーの体に瓦礫が落ちて積み重なる。
「はあっ……はあっ」
悠馬の左肩から赤い液体が垂れる。
(銃弾…一発貰ったか…)
まだマシな受け方だ。
もう少し首に近かったら失神まで持っていかれるのは暗殺されかけたおかげで分かっている。
(左腕…動かすのはもう厳しいか…)
悠馬は左肩を硬化させて固定する。
「…ス、ア………ケ…、…ねがいしま…」
瓦礫の中から小さく声が聞こえてくる。
(生きてる!?)
あれでまだ失神すらしていないらしい。
(…なら次は殺す)
悠馬は腕に纏った硬化の装甲を瓦礫に向かって打ち付けようと、腕を振りかぶった。
「…っ!?」
瓦礫から大量の銃弾が飛び出す。
悠馬は咄嗟に全身を硬化させて、身を守ろうとする。
(…それだと間に合わない!)
そう思った悠馬は、右腕を体の前に突き立てる。
ガリガリと右腕の装甲が削られる音がする。
貫通はしていない。
(さっきとは厚みが違う!これなら…)
リボルバーの弾丸が止んだ。
すかさず悠馬は地面を踏み締めて走り出す。
腕の装甲は削られたことで質量は減ったが、より鋭利になっている。
悠馬の全体重を乗せて右腕のハサミを前に突き出す。
瓦礫から出てきたリボルバーに向けて。
刃先がリボルバーの腹に当たり、そのまま突き抜ける。
そう思っていた。
“ガチッ”
鈍い音がしてリボルバーが吹き飛ぶ。
(刺さってない!?)
虚をつくには十分なスピード。
それでも硬化で守られ、距離を取られた。
リボルバーの三つのユニットを構成する触手が回り、捻られ始める。
恐らくあれがリロードのときの動きだ。
捻られた紐が解けて元に戻り始める。
あの回転を銃撃に活かしているということらしい。
(…ヤバい!)
銃弾が大量に飛んでくる。
三つのユニットから一斉射撃じゃないので交代で撃つということだろう。
つまりここで避けに徹してしまえば後は防戦一方なのだ。
(なら…このまま突っ切る!)
悠馬は薄くなった右腕の装甲を盾代わりにリボルバーに急接近する。
「なっ…!?」
装甲がバキバキに破損して右腕が銃弾によって蜂の巣になる。
左腕は肩がやられて動かせない。
そんな状況での悠馬の武器。
悠馬が右脚を振り上げる。
それがリボルバーの見立てだった。
「…!?」
悠馬の右足が硬化で床に固定される。
右脚を振り上げるはずだった悠馬は上半身を後ろに倒し、リボルバーの顎を左脚で蹴り上げる。
「がはっ…」
タイミングをずらされた。
ガスマスクが外れる。
予想外の攻撃にガードが間に合わなかった。
とはいえ、リボルバーはこの程度で倒れる男ではなかった。
(クソ猿が…ナメるなっ…!)
宙に舞い上げられたリボルバーは隠していた一つのユニットも加えて、三つのリロード済みユニットから銃弾を撃とうとした。
そのときにはもう遅かった。
(…!?)
リボルバーの体の上下に鉱石が顎のように並んでいた。
顎がリボルバーの体を噛み砕こうとする。
「ぐああっ…!」
硬化で守ろうにも全てのユニットを銃撃に回している。
リボルバーの腰や首にヒビが入り、皮がぐちゃぐちゃになる。
真っ二つに裂けて死ななかったのは一重にリボルバーの体が丈夫であったところが大きいだろう。
「お前も行動予測を扱えるんだな。まあ俺にもできたことだから当然か」
悠馬が言う。
スピードでは悠馬の方が明らかに上。
それでも成功した硬化での防御は明らかに予測に基づいたものだった。
だから読まれないように硬化で攻撃にキャンセルをかけて本命をぶち込んだ。
「お前の言う猿にも見抜けるレベルの動きするなんてな…本当、愉快な頭だな」
悠馬は悔しさで歪ませることすらできない脱力したリボルバーの顔を見て冷笑する。
「じゃあな…お前が今まで理不尽に命を奪ってきた人たちに、謝りながら逝け」
悠馬は硬化で作った巨大な顎のようなものを使って更に強く噛み砕こうとした。
しかし。
「がはっ…」
腹部に強烈な痛みが走る。
口から何かが出て眼にかかった。
紅色が視界の4分の1程を埋める。
(腹を撃たれた…止血…)
痛みを感じる部分の表皮を塞いで出血を止める。
それが成功したのかどうかすら悠馬には分からず意識を手放した。




