10話 秋の三災祭り
当然ながら行動予測は相手の動きを何回も見た方が初見より容易になる。
相手の癖や戦闘スタイルも込みで予測できるからだ。
悠馬はソラの動きを見て、ソラ相手の予測の的中率を段々と上げていた。
最初の不意打ちで仕留められなかった時点で勝敗は決していたと言っていいだろう。
_「〔ウォーク〕さん。大丈夫ですか?」
よく知った声が聞こえる。
「〔スズメ〕さん。はい。終わりましたよ。」
この子供に悠馬が勝てたのは〔スズメ〕の影響が大きいと言っても過言ではない。
行動予測と硬化が扱えない5ヶ月前の悠馬では勝てなかっただろう。
「クソ…僕の邪魔…するな…」
少年が力なく言う。
眼は憎悪に満ちて涙を溜めている。
その眼で悠馬の方を睨み、歯を食いしばっている。
「邪魔するな?」
悠馬には子供が何を言っているのか全く理解できなかった。
(さっきも言ってたな…こいつ。「邪魔するな」って。なんだ?俺たちが何を邪魔してるんだ?)
悠馬は少年を改めて見る。
涙を湛えて、悠馬の方を睨む目を、真っ直ぐに見据える。
それでも理解できない。
「…お前がこんなことをしなければ俺たちはここに来なかった。」
悠馬たちが何を邪魔しているのかは分からないが悪いのはこの少年だ。
「それだと、お金…貰えない…!」
「…は?」
お金。
その言葉が耳を通り、頭の中で引っかかり、のたうち回る。
胸の奥でなにかが、張り裂けそうなほど暴れている。
(つまり、こいつは…)
あり得ない。
そんなことが許されていいはずがない。
ただ、発言からしてそうとしか考えられない。
「お前は…お金を貰うためだけに、ここの人たちを殺したっていうのか…?」
「そうだよ!邪魔するなよ!お前たちのせいでお金がもらえ…」
轟音がして床が割れる。
悠馬の拳が少年の腹に突き刺さっていた。
「げほっ…!おえっ…」
「ここの人たちには、なんの罪もなかった。ただ普通に暮らしてた。」
友達と昼食を取ったり、宿題を急いで終わらせたり、行事を全力で頑張ったり、そんな平穏がここにもあった。
その全てが失われた。
たかが、金稼ぎの為に。
「その人たちの日常を…命を、お前が金のためだけに奪って良いわけがない!」
そんなこと起こってはいけなかった。
こいつは存在してはいけなかったのだ。
「う…るさい…お前は!スラムに…住んだことがないからっ…そんなことが言えるだけだろ!生活が苦しくて…皆で協力して生きてきたけど…病気で死ぬ人も…たくさんいる…」
「どれだけ生活が苦しくても!それが罪のない人の命を奪って良い理由にはならない!」
例え理由があろうが、こいつは罪のない人の命を大量に奪った犯罪者であることに変わりない。
「う…がああっ!」
力を振り絞り、脚を無理矢理動かして、子供は悠馬に飛び掛かる。
「がはっ…」
当然、悠馬に一矢報いることすら叶わず殴り飛ばされた。
悠馬はぶっ飛ばした子供に向かって駆け出し、そのまま馬乗りになって子供の顔を殴り続ける。
「がっ…!ごはっ…!げほっ…」
力を込めた拳を一回一回噛み締めるように振り下ろす。
殴れ。
こいつの心が折れて、自らの過ちを悔い改めるまで。
クズは、こうでもしないと治らないから。
「〔ウォーク〕さん!やり過ぎです!やめてください!」
悠馬には〔スズメ〕の声が届いていない。
殴る鈍い音と、子供に対する怒りは悠馬の意識を周囲から隔絶させるのに十分だった。
「ごほっ…げほっ…」
最早少年は意識をまともに保てていない。
顔がボコボコに腫れ上がり、頭蓋骨か何かがへし折れていてもおかしくはない。
「〔ウォーク〕さん!」
〔スズメ〕がいくら叫んでも〔ウォーク〕の意識が〔スズメ〕に向くことはなかった。
このままだと確実に少年は死んでしまう。
(だめだ…そんなこと!)
〔スズメ〕は〔ウォーク〕に向かって駆け出す。
「このっ…落ち着けえっ!」
〔スズメ〕の拳が〔ウォーク〕の頬に沈む。
「ぐはっ…」
〔ウォーク〕は助走の乗った〔スズメ〕のパンチを喰らってぶっ飛ばされる。
「なっ…え…?なんで?俺を…」
〔ウォーク〕はなぜ自分が殴られたのか理解できていない。
「当たり前です!このままやればあの子は死んでましたよ!こんな子供を殺すなんて許されるわけがないでしょ!」
流石に犯罪者といえど、子供を殴って殺すのは大問題だろう。
(スラム育ちならお金のために罪を犯すこともなくはない…)
スラムで生きるためには程度は違えど違法建築や窃盗を犯すことも珍しくない。
(この子だって…好きでこんなことやったんじゃない…)
「でも…それでも!」
「……」
「そいつは…自分勝手な理由で!なんの罪もない人の命を奪った!」
「……!」
〔スズメ〕は何も言えなかった。
「子供とか関係ないんです!許されない…!そいつはここで殺します!殺さなきゃいけない!」
「なっ…」
〔ウォーク〕は明らかに冷静ではない。
恐らく犯罪の理由によっぽど憤りを覚えたのだろう。
「…それを判断するのは裁判所の仕事です!現場の我々が判断することじゃない!」
喉から滑るように出た言葉。
(…!でも、それは…)
喉から出たその言葉が、自らの耳に返ってきた。
〔スズメ〕の脳裏に浮かぶ。
6ヶ月ほど前の景色。
〔リンゴ〕を殺そうとしたときのことが。
(あのときの僕は…〔リンゴ〕の拘束を諦めて殺そうとしたのに…)
勝手に現場の判断で殺そうとした。
罰を与えるのは裁判所の仕事ではなかったのだろうか。
ただ、今回の〔ウォーク〕と違って〔スズメ〕は合理的に判断していたはずだ。
(本当に?)
あの時の僕は冷静だったのか?
あの時の僕の目に、人の命はどう映っていた?
今は?
分からない。
自分のことなんて何も分からない。
なんで今日まで生きていられたのかも、なんで最近は周りの景色が輝きを帯びたように見えるのかも、何も。
分からないから証明もできないし、誓うこともできない。
結局は自分の裁量で人を殺そうとした。
その事実は変わらない。
「…すみません。僕が偉そうに言えたことじゃありませんでした。」
(そもそも…今回子供を庇おうとしたのも、〔ウォーク〕さんの問題行動を咎めようとしていたのか?僕は)
ただ私情に突き動かされていただけではないのか。
(実際、僕も…)
そう考えたときだった。
(…っ!)
「危ない!」
〔スズメ〕は背中を硬化させ、〔ウォーク〕と子供の前に出る。
「え…?」
悠馬の思考が止まる。
連続した銃撃音の後〔スズメ〕は倒れる。
硬化させた背中がひび割れ、出血している。
「ちっ…防がれたか…」
コツコツという靴の音が近づいてくる。
(〔スズメ〕さんが…俺を庇ったせいで…)
悠馬は出血しそうなほど強く歯を食いしばる。
「おい」
「あ?」
クズが蛆のように湧いてくる。
1人クズを潰しても、また次のクズが湧いてくるこの世界。
(先が全く見えないな…、)
それでも構わない。
目の前に立ち塞がるクズは全員駆除するだけだ。
「お前…生きて帰れると思うなよ」
私と悠馬さんは知らなかったんですが、硬化で作る鉱石ってクラゲ刃鉱っていう名前らしいですね。〔スズメ〕さん教えてくれてありがとうございます。




