父が死んだ日 僕が生まれた日
「出来損ないが
この
出来損ないが」
父は僕を何度も何度も殴った。
力の限りを込めて殴った。
「学校さえいけないなんて 情けない」
「出来損ないが
この出来損ないが」
父は僕を殴り続けた。
父の中には理想の男というものが存在していて
それは
いつも僕とは真逆の存在だった。
男なら泣くな。
僕はそう父に言われ育った。
歯を食いしばって生きることが男だと父は言っていた。
だけど
僕は泣く男だった。
涙をいくつでも零す男だった。
歯を食いしばっても
上手く生きられない。
僕は父の中に存在する理想の男が消えるといいな
そう思っていた。
煙の様に消えるといい
無いようにして在る
そんな存在に
僕が叶うはずもない
幻想よりも
僕が
父の前に存在できればいいな
思った。
血の味が口の中から喉をすり抜けていく。
父の中では
この存在が一番大切で
今目の前に居る 僕 は 次に居る形を持った奴 でしかなかったんだ。
僕は何も言わなかった。
僕は動かなかった。
静止画のように
ただそこに居た。
抵抗が意味成すことは無い
それは
幼い頃から
分かっていたことだった。
父は息を切らしながら僕を見つめた。
殴り続けた拳が痛んだのか
父は僕を殴るのを止めた。
それから間もなくして
父は死んだ。
突然のことだった。
白い布をかけられた彼の身体は
僕に殴りかかってきた彼であるとは思えなかった。
静かだった。
とても
静かだった。
微動だせず横たわる父は
僕にとって
初めて近い存在に思えた。
物言わない肉体
動かない肉体
静止画のような肉体
父は死んで初めて僕を知ることになったのかもしれない。
硬直した足の裏を見て僕は血の繋がりを感じた気がした。
そして
いつか
喉を通り抜けた血の味を思い出した。
置き去りの肉体を前に
母は傍らで肩を揺らし静かに泣いていた。
僕は
この時は泣かない男になっていた。
涙一つ落とさない男になっていた。
父の理想の男になれたのは
父が死んだ時だった。