魔法少女があらわれた
前回
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——前略。
「ねえ、そこの君。この近くに怪人とかいなかった?」
魔法少女に、ステッキを突きつけられた。
フリフリの衣装を身にまとった、赤髪ツインテールの美少女。
「いないけど。……というか」
……うん。これはどう見ても——。
俺は彼女のステッキを指先でつまんで、言った。
「お前、どう見ても——クラスメイトの串間だろ」
「へ……?」
彼女は目を丸くした。
*
いちおう、ここまで至る経緯を見せておこう。
時間は少し巻き戻って、ガヤガヤした教室。昼休み。ランチタイム。
「よっ、延岡!」
「……えっと、お前誰だっけ」
「小林だよ! 名前覚えてないのか?」
男子にしては小柄で——とはいってもだいたい一六〇センチ近くはあるであろうが——童顔な青髪のイケメンが、俺を睨む。
「ごめん。影薄くて覚えてなかった」
謝ると、彼はため息を吐いた。
「けっ。彼女持ちは違うねぇ」
「彼女などいないが?」
「都城さんのことだよ。二人いるけど、どっちとも付き合ってんだろ?」
「どっちとも付き合ってないけど」
「嘘だろ」
嘘ではない。
なんならいま話している小林も、友達とは思っていない。ただのクラスメイトだ。
しかし彼はニヤニヤしながら二人を指さした。
「でもさ、あの二人かわいいじゃん」
「あー、まあ」
……姉も妹もほとんど同じ容姿だ。無論、両方ともすごい美少女であることは間違いない。
整ったあどけない顔立ちに、肩くらいに整った美しい白髪。華奢な体型。綺麗、と言うか可愛い寄りの美少女。
制服のブレザーを腰に巻いてピンクのヘアピンをつけているみやと、このクソ暑い中しっかりブレザーを着て髪を淡いブルーのリボンでハーフアップにしているまいで、しっかり個性が出ている。
まじまじと彼女を見ていると、二人ともこっちに気がついたようで。
「延岡くーん、こっち来るー!?」
友達の間から笑顔で大きく手を振るみや。
「……一緒に食べましょう? 延岡くん」
ひとりでぽつんと微笑んで、控えめに手を振るまい。
「彼女たちが呼んでるぞ?」
小林のニヤニヤした視線に、俺はため息を吐いた。
「行かないからな」
「お前マジかよ」
……ドン引きする小林を見なかったことにして、俺はコンビニのビニール袋を開ける。
「あの中に入れば女の子見放題だぜ……? おっぱいのバーゲンセールなんだぜ…………?」
信じられない小林のセクハラ発言もスルーだ。あと都城姉妹は両方とも貧乳である。
ちなみに、みやはまいを誘って一緒に弁当を食べていた。姉妹愛。
その中で、突然ガラッと教室のドアが開いた。
「こ、この中にっ、宇宙人はいませんか!」
赤髪ツインテールの少女。都城姉妹よりさらに小さい、マジで小学生にしか見えない子。——たしか、クラスメイトの。
「串間さんだ」
「お前、女の名前だけは覚えてるんだな」
小林にツッコミを入れられた。……奴は勝手に俺に席をくっつけて、向かい合って弁当を食っていた。
「お前もだろ」
「僕は全員覚えたし。男含めて」
普通にすごいなそれは。
閑話休題。
「で、串間ちゃん、どうしたんだろうな」
小林の問いかけに、俺は「さあな」と首を横に振った。
「何らかの罰ゲームじゃないか?」
「だよなー。宇宙人なんているわけないんだし」
笑う小林。ため息を吐く俺の怪訝な目は、白い髪の少女に向いていた。
……いるんだよなぁ、宇宙人。
「いない、です、かっ……?」
串間さんのものすごい緊張した声。……どこかから「カヒュッ」と軽く過呼吸になる声が聞こえた。
「そういえば、串間さんっていつも何処でメシ食ってんだろ」
話を変えようとした俺の他愛ない疑問に、小林はしれっと答えた。
「便所らしい」
「まじかよ」
便所はクーラーも効かないしさっさと食わないと普通に使う人の邪魔になりそうで落ち着けないしで結構面倒なんだよなぁ。膝の上の弁当って安定しないし。
俺は彼女に哀れみの視線を向けて、小さく告げた。
「……ドンマイ」
「うわぁぁぁぁぁぁおぼえてろぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
何故か逃げた串間。便所飯の同志相手にさん付けする理由はないので、敬称は略させてもらう。
よかったな、とまいのほうに目線を向けると、ほっと胸をなで下ろしていた。
ちなみに串間は、その日早退したらしい。
*
で、部活でだらだらしてから一人で帰り道を歩いていたら。
「な、ななななんで」
魔法少女、もといコスプレした串間に出くわしたというわけだ。
「串間こそ、なんでこんな公共の場でコスプレしてんだ?」
動じない俺。ともすれば下着が見えそうなくらいの短いフリフリミニスカートを翻し、装飾過多でちょっと似合っていない魔法少女姿で顔を髪色と同じ真っ赤に染める串間。
「こ、コスプレじゃないわよっ」
「じゃあなんだ?」
「魔法少女っ!」
「ごっこ遊びならママのいるところでやりな?」
「洋画みたいな言い回しでバカにするのやめて!」
とはいっても、いまのところ彼女はただコスプレしているようにしか見えない。
ため息を吐いた俺に、串間は「なんでこいつには認識阻害が効かないの……?」と戸惑う。そこに。
「そんなことはいま関係ないクマ! 怪人が逃げていくクマよ〜!」
彼女の腰にぶら下がったクマっぽいチャームが声を発した。
……よく見ると口の部分が実写の人間っぽくなってる。キモっ。
いや、目の部分が実写じゃないだけマシか。うん。うざいオレンジみたいなのよりはマシ——。
「おいなに見てるクマ、このガキ。見せもんじゃねぇクマよ」
「うわああああ目も実写になった!」
「なに言ってるの……」
まるで夢のようだ。だって、ぬいぐるみのクマさんの目と口だけが実写なのだもの。しかもすっげぇ口が悪い。夢は夢でも悪夢の方だ。
「……まずいクマ。こいつ認識阻害があんまり効かねぇ。接続した部分の本体が見えちまってるっぽいクマ」
「本体!? 大熊さんって本体とかあるの!?」
「うかつに他人の名前を口にすんなクマ。……ちっ、怪人には逃げられたか」
いよいよ本性を隠す気がなくなったらしい小さなクマのバケモノ。たぶん怪人よりも怪人のような彼に目を奪われる俺。
串間は何が何だかわからず、戸惑っているようだった。
……なんかかわいいな。小動物みたいで。
*
「らっしゃーせー……あ、延岡じゃん」
やたらと可愛い青髪メイドがいる喫茶店。最近のお気に入りだ。
……前にここのマスターに「ここはメイド喫茶ですか?」と聞いたところ、「いいえ。ここの制服はエプロンだけです」と返された。教科書みたいなやりとりだ。
そのときのマスターは店内に誰もいないのを良いことに全裸エプロンで黒光りする筋肉を見せびらかしていたが、今日は大人しく服を着ているらしい。よかった。
「今日は女も連れてるのかー。そうか、つまり君はそういう奴なんだな?」
「どういう奴だよ」
件の顔なじみのメイドは今日も俺をからかいつつ、閑散とした喫茶店のテーブル席へと俺を誘う。
「ご注文はいつもの?」
「おう。アイスコーヒー。……串間は?」
目の前の少女——いつの間にか着替えて制服姿になった赤髪ツインテぼっち少女、串間は顔を赤くして「おおおおお同じのでっ」と答えた。
「……アイスコーヒーね?」
メイドの言葉に、彼女はこくこくと大きく首を縦に振った。
「……串間ってコスプレすると人格変わるタイプなのか」
「だだだから、コスプレじゃない、です」
「じゃあなんなんだ」
そう聞くと、彼女は黙りこくって。
「代わりに説明するクマ!」
「うわぁキモいクマだ」
クマのぬいぐるみが机の上に現れた。口と目が実写のまま。
「まままっ、まずいですよ大熊さん! 立って喋ってるところ人に見られたら!」
「大丈夫クマ。常人には姿も見えなければ声も聞こえないモードにしてるクマから。……そこのガキ以外にはな」
そう言って、大熊とやらはこちらを睨む。俺は悟った。彼を怒らせたら厄介だ。
「まあまあ、まずは自己紹介しましょ」
なだめる俺に、彼は息を吐いて煙草を取り出し、火をつけた。
「ハァー……。俺ァ大熊や……クマ。そこの魔法少女のプロデューサーをやっとる。よろしゅうな……クマ」
仕草の全てが柄の悪いおっさんのそれだ。カタギのそれにはまるで見えない。というかキャラ付けもぶれてきてる。ヤバい。怖い。
言い終えてから、奴は俺を睨んだ。
「あー……っと、俺は延岡っす。ただの学生。よろしくお願いします」
「嘘こけ。何処が普通の学生や」
大熊のドスのきいた声に、俺は少しビビって。
「……た、ただの高校生っすよ? ……ただ……ちょっと現実改変が効かないだけの……」
「ケッ」
いま思いっきり唾吐かれなかったか?
「まあええ。……コホン。——ナギちゃんも自己紹介するクマー!」
一オクターブくらい上がった声で灰皿にタバコを押しつけながら告げる大熊。串間はドン引きしつつ、立ち上がった。
「あっ! あなたの正義にぃ! ずっきゅん、きゅんっ! マジカルハートっプリンセスぅっ、ブライトっ、レッドぉっ!」
なんかぎこちないポーズとともに名乗り口上を上げはじめる串間。
「ワルい子は、赤い炎で……燃やしちゃうぞっ……!?」
俺は口を半開きにしてパチパチと拍手をして。
「で、本名は?」
「串間 凪でしゅ……」
ぷしゅう、と頭から煙を吐きながら、彼女はぺたんと椅子に座り直した。
「おお、いまのすっごいかわいい……」
後ろから見ていたメイドさんも、小さく拍手してた。よかったな、串間。
「はい、アイスコーヒー二つ。伝票はここ置いとくね」
青髪のメイドさんの言葉通り、机にはアイスコーヒーが二つ。ストローと、ガムシロップやミルクも置いてある。
「ごゆっくりー」
彼女はそう言って店の奥に引っ込んでいった。
「い、いただきます」
串間は礼儀正しくそう言ってから、コーヒーのグラスにストローを入れ、吸う。すごく申し訳なさそうな顔をしながら。
しかし、その顔はすぐに一変した。
「……苦くない。おいしい!」
びっくりしたような顔をした彼女に、俺は少し笑って、自分のグラスを手に取った。
「ここ、店員の癖は強いけど、コーヒーはやたら美味いんだよ。あのマスターの腕がよくてね」
そう言うとマスターは黒光りするムキムキマッチョの腕をムキッと見せびらかしてドヤ顔。
「う、腕……良いん、ですね」
寡黙でコーヒーを淹れる腕も良いのだが、なんというか、こう、癖が強いのが玉に瑕だ。
困惑する串間に、マスターはニッと笑った。串間はビビってた。
「で、何の話だっけ」
そう尋ねると、クマのぬいぐるみがまたしゃべり出す。
「せやクマ。ここで話そ思ってたんは——」
そのときだった。
カランコロンと店の入り口のベルが鳴った。
「らっしゃー……せー……」
そこにいたのは、怪人だった。
「ぜぇ、ぜぇ……ここまで来れば魔法少女も追っては来られまい!」
肩で息をする怪人を、メイドは指さして。
「うわあああ超でかいゴキブリ!」
「ゴキブリとは失礼な。我は虫怪人クロビカリぞ」
「黒光りしてんのなんかキモい! あとちょっとくさい!」
「失礼だな! とりあえず生一つ!」
「居酒屋じゃないからありません!」
漫才をひとしきり繰り広げた後、そのどう見てもでかくて直立二足歩行するゴキブリにしか見えない怪人クロビカリは、舌打ちして。
「仕方ねえ。狂わすか」
そう言って彼は、全身を黒く発光させる。
その姿を見たメイドは空中をぼうっと見始めて——エプロンに手をかけた。
「おい待てメイドさん! なに脱ぎ始めて——」
「無駄だぜ? ——俺の光を見れば、民衆は俺の言いなりだ」
下卑た笑みを浮かべる怪人。
「……ちょっと待て、お前なんで俺の光を見ても狂わないんだ?」
「え、俺に言ってるんです?」
「話聞けよ」
何か言われて聞き返そうとする俺。
その背後で。
「……ナギちゃん」
大熊の声に、串間は「うんっ」と頷いた。
「チェンジ! ルビー・プリズムっ!」
「もういい、やっちまえ! ムキムキのオッサン!」
怪人が告げると、ムキムキのオッサンことマスターは目の色を変え、カウンターを飛び越えて、俺にムッキムキの腕を振りかぶった。
……避けられるか?
思考し、行動する。その刹那。
その腕を片手で受け止める、少女がいた。
「——良い腕だね、おじさん」
言いつつ、赤いツインテールの彼女は空中に短いステッキを出し、くるくると回してから——マスターに突きつけ。
カッと光った。ステッキの先の、宝石のような部分から。
「はっ、私はいま何を!」
マスターは正気を取り戻した。メイドさんもはっとして、そそくさとバックヤードに引き返していく。
「君も逃げなよ。延岡くん」
彼女の言葉に、俺は「ありがと、串間」と返し——唇に、人差し指が当てられる。
「いまの私は、串間 凪じゃないよ。——自己紹介、しようか」
そう言って、彼女はステッキをくるくるとバトンのように回し。
「貴方の正義にズッキュンキュン!」
フリルのミニスカートを翻しながらステッキを投げ。
「マジカルハートプリンセス・ブレイズレッド!」
ステッキをパシッと手に取り——その先の部分でハートを描くように、回し。
「ワルい子は、紅い炎で——燃やしちゃうゾっ」
ウインクした。
「どこから現れた魔法少女!」
ずっとここにいたのだが、どうやら認識改変が起きているらしい。——串間と魔法少女は別人として認識されるようだ。本来は。
「まあそれはどうでもいい。ひとまずお前を殺す。邪魔者がいなくなったら、俺の国を作る。俺はこの洗脳能力で神になるッ! ハハハハハッ! 完璧な筋書きだァ!」
哄笑する怪人に、彼女は——魔法少女は、ステッキを突きつけて告げる。
「何処が完璧なのかな? ——君は、今すぐここで消えるというのに」
「ハァ?」
「捉えた」
「何を言って——」
「邪悪なるもの、紅蓮の炎に誘われ——墜ちよ」
魔法少女の持つステッキの先が煌々と光り出す。きぃい、とまるで甲高い悲鳴のような高周波音が一瞬響き——。
「ブレイズ・レイ!」
閃光が、怪人を焼き尽くした。
*
魔法少女とは、まあこんな風に怪人を退治する仕事人みたいな感じだと、大熊は言っていた。俺たちの分のコーヒー代を払いながら。ごちそうさまです。
というわけで後日談、というか今回のオチ……と、なんとなく化物語みたいに言ってみる。が、実情はそんなにたいしたことはない。
俺にはあれからそうたいしたことがあるわけでもなく、つつがなくいつも通りの日常を送っている。
ただ一つ変わったことがあるとすれば——。
「おっ、おはおはっ、おはようございまぁっ」
文芸部に串間が入り浸るようになったことくらいか。
「……ここ一週間くらい毎日来てるよね、この子」
「本も持ち込んでますし……」
二人の都城は本で顔の下を隠した彼女に、少し怪訝な目線を向けて。
「まあいいじゃないか。部室が賑やかになることは大歓迎さ」
久しぶりに文芸部に顔を出した部長は、ポメラを超高速でタイピングしながら笑った。
副部長の海老野先輩は、いつも通りパソコンの表計算ソフトで何かを計算していた。
その日も夕方まで本を読んで、それから部室を後にした。
いつも通り、一人の帰り道。
「お兄さん、近くに怪人がいませんでした……か……」
魔法少女にステッキを突きつけられた。
青髪で、フリフリミニスカートの衣装を着た、ショートボブの美少女。しかし、俺は直感した。してしまった。
「小林、なにやってんだ……?」
この魔法少女も、ついでにあの喫茶店の美少女メイドまでもが、彼——クラスメイトの『男子』である小林であったということは、後に知る話である。
Fin.
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