「ダーク・タワー4」 霧の山脈・下
暖炉のあるリビングにて。
マクネルがホット・トディを作ってくれた。
沸いた湯をウィスキーと共に耐熱グラスにいれて角砂糖を一つ入れて溶かした。レモンスライスにクローブを刺したものをグラスに入れてホット・トディを作ってくれた。ヤーノ夫人と自分の分も作ってくれて、レモンジュースは入れないのだと教えてくれた。それが彼流らしい。
いままでで一番おいしいホット・トディだった。ほっとするような香り、味、飲み心地に暖炉の中で揺らめく炎が心身を修復し、癒してくれるようだった。
「──なぜイエティが依頼を届けたと?」
「──あれしか、ここには来れない。気に入られたんだろうな」
「ジェロがあなたを?」
「ちがう。君を、だ。だから君に危害を加えようとした奴の殺しの依頼をとどけたんだろう」
「ミルクルが俺に危害を……」
「別にイエティの早合点かもしれん、間違っている可能性もある。ただそいつはやりすぎたんだ。君が思っている位以上に」
どうでも良さそうにマクネルは言う。
「それでも薄寒いものを感じるかい?」
「キリー・ジェロからですか?」
「まぁ、窓の外から見てたってのはゾッとしましたが」
「今の話も聞いているかもよ」
「──! う、筋肉が攣りそうでしたよ、うっ、となって」
「まぁ、盗聴しなくとも一緒さ。心が読めるなら、なんら変わらない。それに寒いところでしか生きれない生き物だからね」
「──確かに。でもなぜジェロは俺に同行した? ただ寂しくて?」
「そうかもね。その上少し情まで移ったのかもしれないが、なんにせよ。注意しなさい」
「なんで?」
「君はあれの心は読めないんだよ。常にアレだけが一方的に君を見ている関係にしかなれないんだ。それを覚えておきなさい」
またもやゾッとしかけた。しかし、仕方ない。ジェロには申し訳ないが、確かに居心地は良くない。それに本格的に元の世界に戻らねば。
そう考え始めると意識は、この奇妙な夫婦に向き始めた。
「なぜ奥さんだけボロをきるんですか」
「私が、病的な人間で彼女にそうさせているように思ったかい? 優越感を得るために、とか」
「その可能性も浮かびましたが。違う気がした。だからこそ謎でした」
「それが彼女の美徳だからだよ。彼女は高級な服などに興味がないんだ、そしてこういう格好のほうが自分をよく表していると感じるらしい」
「はい、私はこれでいいんです……」
ヤーノ婦人を見ると、恥ずかしそうに俯きながらも、うなづいてそう言った。
「私はそれなりに良いものが好きだから、妻に付き合わずにこうしている。妻も気にしないで居てくれている」
柔和な笑みの中に、いたずらっ子のような瞳をもってマクネルが言った。
「へぇ、良い服を着ている奥さんが見たくなったりしないんですか?」
「ププっ、ハハハ。ご明察、実はたまにプレゼントして着てもらっているよ。お客さんが来た時や週の半分以上はボロだがね」
「そりゃ盲点だったな。いつもじゃなかったのか」
そういうと皆が笑った。
その後ゲストルームで寝かせてもらうことになり、ベッドの上でショーンは考えた。
あれは歪なカップルかと思いきや、優しくて、意外と似たもの同士なのかもしれない。服装は違えど、共通点は二人とも控えめで、優しく、やる時はやる人たちだということ。ひっそりと人のいない場所で隠居する二人はショーンにはひどくお似合いのように思われた。
コンコン、コンコン。
眠りについていたショーンが目を覚ますと、窓がノックされる音が聞こえた。
直感的にジェロだと思った。
窓の外は漆黒で何一つ見えない。
「……ジェロか?」
「ウン、シクシク。悲しい、君が僕を気味悪がっているのが悲しい。……ひどく悲しいよ」
ジェロは嗚咽を漏らして泣いているようだった。
「すまん、でもめっちゃ気持ち悪いぞ。いや、かなり」
「この! あけすけに言えば少しはマシだと思って! 僕がメンヘラ殺人イエティに豹変しないか心配してるな!?」
「勝手に心を見て責めるなって。それに、はぐれた後に窓の外から見てたってのは怖すぎだぞ!」
「それはわかる、僕でもそんなやつ近づきたくないもん。だから見つかったらさらにゾッとされちゃうと思ってさっと隠れたんだ」
「自分でもわかってたんじゃないか」
「まぁ、わかるよ。君は特別だったんだ、心が読めるやつと一緒にいたいやつはいないからさ」
「一緒にいたいっておもったかな?」
「思ってたよ、少しね。少なくとも他のどんな連中よりも!」
「そっか」
「なかなかないんだよ。貴重な機会だったんだ、僕は神に誓って良いやつだからさ。しかも仲間や人に囲まれていたいんだ」
「仲間はいないのか?」
「うん、お母さん以外見たことない。お母さんが死んでからもね。この山には人しかいない」
「そっか、そりゃきついな」
「うん、グスっ。なんでこんな良いやつなのに、人助けばっかして、グスッ、悪いことなんてしたことなくても誰もが離れていくの? 原因はわかってるけどさ」
「……そうだな」
「安心してよ、別にここに残ってとかいわないからさ。同情してもらおうと全て話せば、より気味悪がられるだけなんだ。どうせ君に解決できないのもわかってる」
「────」
何も言えなかった。全てが図星で、今も自分に悪い思いをさせないように、先回りするように話してくれるジェロに感謝もし、同時に同情もした。ほとんどこのイエティの人生は詰んでいるように思われたからだった。ショーンも少しはその気持ちはわかる、だれにも言えない呪いの体質が、ひとりぼっちの、この異形の人生に共感させるのだ。
「朝まで話すか? 俺と」
「……う、うう。わかんないよ。どうせ同情だし……、それにもう疲れているだろ、わかってるんだ。そっちもへとへとで寝たいのも知ってる」
「まぁ、そりゃそうなんだけど。うぅん、この家には入ってきちゃいけないのか?」
「わかんない、あいつら夫婦は心を読めなくする術みたいのをつかえるんだ」
「そうなの?」
「うん、あいつらの心はあまり読めない、殺し屋たちだから、ちょっと怖いし」
「ちょっと待っててくれ、一応聞いてみても良いか? もし殺されそうになったら逃げろよ?」
「いきなりあいつらを疑って! 失礼だと思われちゃうぞ」
ジェロの言葉を尻目に、2階の夫婦の寝室前にいって声をかけた。廊下には犬がいて、ショーンを見ていた。あまりにもじっと見つめてくるので心配になった。
その後、そう言えば殺し屋の犬だ、と思い直し、いろいろ仕込まれているかもしれないと警戒した。
流石に噛み殺されたりはしないだろうが、犬側も不審なサインを確認次第噛みついたり、吠えたりするように躾けられているかもしれないと思ったからだ。
もしかしたら、こいつゲストじゃないの? って不安なのは犬の方かもしれなかったが。
犬を可能な限り自然に無視して、寝室のドアをノックする。
「すいません! すいません」
ー客人か?
ドアの向こう側からマクネルが言った。
「はい、少し尋ねたいことが──」
そう言ったところで扉が開いた。中は真っ暗でショーンが目をぱちくりさせると——
「武器はもっていないようだな……」
「——な!?」
背後から気配と共に声がした。
驚愕しながら振り向くとマクネルだった。どんな一流の殺し屋だったらこんな芸当ができるのだろうか、とショーンは思った。
「——びっくりしたか?」
マクネルが鼻を掻きながら言った。
「——しましたよ。まったく殺し屋家業ではかなり活躍してたんじゃないですか?」
「ああ、世界一だったんじゃないか。有名じゃなかったがね。それで用事は?」
実際にショーンはそう聞いても驚かなかったし、反応もしなかった。この男はあまりにも気負いなく当然の事実だというようにそれを言ったからだ。
「ジェロが窓の外にいるんです。そしてこの家に入れてやれるかを聞きたくて……」
言うとマクネルは少し苦い顔に変わった。
「ヘイ、ハニー。イエティを家にあげるのに賛成かい?」
「え、イエティ!? 本当に!? うん、大賛成!」
天を仰ぐようにしてマクネルが寝室の闇に向かっていうと、闇の中から元気良い声が返ってきた。着替えようとしているのか、ドタバタしているようだった。
「はぁ、面倒ごとはごめんだが。まぁいいってさ、昔これで揉めたからな、もうぶり返したくない」
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ゲストルームに戻り、窓からジェロに伝えるとジェロも緊張したようだった。
改めて、マクネル夫妻は暖炉に火をつけて玄関からジェロを迎え入れた。
ジェロはおっかなびっくりしながら、はいってきた。両手で己の体を抱きしめながら心細そうだった。
「——ジェロ、こちらがマクネルさんだ。彼女が奥さんのヤーノさん」
「うん、……ジェロです」
そう言うとジェロは、目線を床に落とし、右と左に行ったり来たりさせながら、自己紹介をした。
そこから、ジェロの不安や心細さや、悩みの話になると、ヤーノさんが「家の子になればいいんじゃないですか?」と身を乗り出して言った。
ジェロはびっくりして、助けを求めるようにショーンをみて、ショーンはそれは悪いことじゃないように思えた。
「ショーンめ、心を読まれるのは嫌だと人が離れるなら、この心が読まれない夫婦と共にいるのは良いことかもしれない、僕にとってラッキーかも、っておもってるな!」
ジェロが拗ねたように言って、それを可愛く思うと、今度はジェロは顔を赤くして、そっぽを向いた。ジェロは突然訪れた幸運と救いの兆しに、涙が溢れないようにしているようだった。そしてあまり期待しないようにしているようにも見えた。このような幸運は今後もう起こるかわからないようなことだろう。その気持ちにショーンも共感できた。
マクネルは最初苦い顔をしていたが、ジェロ自体のことは嫌ではないと言う。では何かと聞くと——
「まぁ、あまりにも寂しい場所に二人だけで寿命まで暮らすつもりだった。一人子供が増えてもいいだろうが……、その前に言わなきゃならんことがある」
「そ、それはなに?」
ジェロが恐る恐る聞く。
「——お前の母を殺したのは俺」
「——言わないでっ!」
ジェロが耳をふさぎながら叫んだ。
全員が沈黙するよりなかった。
ショーンはマクネルの態度のや表情にようやく合点がいった。そういう事情があったのなら躊躇するのも無理はなかった。
「どう言う流れだったのですか」
「依頼だ、それだけ。霧の山脈に住む化け物を退治してほしい、理由はおそらく登山の邪魔だから」
「ママは邪魔なんてしない! だれの邪魔もしてない!」
「ああ、俺もそんなところは見ていない。ただ依頼者がいて、俺が請け負ったんだ」
「——言わないでったら!!」
「——すまん……」
「私は贖罪がしたい!」
マクネルとジェロの会話の中に、ヤーノが割って入るようにしてそう声をあげた。
「贖罪……、そのことについて?」
ジェロが言うと——
「それもそうだし、それ以外のことも。私たちは過去に囚われて、それを忘れようとしたり、正当化して寿命までの時間をつかいたくない! あなたはどうですか!?」
乗り出すようにしてヤーノがジェロに問うた。
「僕は、……僕はあなたたちと一緒にいたい! 人といたい! 一緒にいてくれる家族が欲しいっ! 愛されたい!」
「じゃあいいじゃないですか!」
みんなうなづいた。
それから、ジェロが大泣きを始めて、暖炉の前でヤーノに抱きしめられ、愛犬に顔を舐められながら眠った。それから彼らは家族になった。
ショーンも山に霧が出てくるまでの間、夫妻の家でお世話になった。数日間だけだったが、恐ろしく平穏で温かい家で、山脈の雪も全て溶かしてしまいそうだと思うほどだった。
マクネルは、釣りの仕方をジェロに教えたりしていた。ジェロは釣りと、ものづくりに興味を示しだして読み書きを覚えてマクネルの本を少し読み始めていた。
「ショーン、ありがとう。皆んなの願いが叶っちゃった。君は願いは何かないの?」
最後にジェロがそう言った。
「さぁ、なにかな。別に、みんなが幸せでよかったよ。金運に恵まれ続ければいいな、あと健康とか。つまんないねがいだけど」
「へぇ、それ以外はないの?」
「うーん、なんか元彼の借金を心配しているウェイトレスに良いことが起きればいいね。元彼の借金がなくなる以外にも彼女にあれば何かあればいいな」
「彼女が好きなわけじゃないんでしょ。人のために願うものがもう少し幸せに、報われますように?」
「——そうだね、ジェロ。そういうことかもしれないな」
それがジェロとの最後の会話だった。
霧が出て、夫妻の家から山へと出る。
道中で一番霧の濃い場所を突っ切ると、緩やかな傾斜の長い一本道が現れた。
ひたすらにその道をいくと、太陽が空の頂点に達した。見上げると燦々と輝く太陽が眩しくて視界が白でいっぱいになった。
気がつくとショーンは、広いがオンボロのアパートの寝室のベッドで寝転がっていた。
喉に違和感を感じて、起きて水を飲みに行く。窓の隙間から冷たい風が入ってきていた。念の為に月日を確認すると、半日ほど記憶がないだけだった。ショーンは、ほっとして胸を撫で下ろした。
「ようやく帰ってこれた。あ、そういえば俺も彼女でも願えば良かった。ま、いいか」
ホット・トディ:温かいアルコール飲料
ウィスキーにお湯、砂糖や蜂蜜、レモン汁にスパイス類などで作ることが多い。
スパイスはナツメグやクローブ、シナモンスティック、ジンジャーなどが大体。
マクネルはスパイスはクローブのみを使用。レモン汁の酸味を排除するために入れずに、レモンスライスにクローブだけを刺していれることで、さっぱりさせつつウィスキーとレモン、クローブの香りをより彼好みのバランスにして飲んでいる。




