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「ダーク・タワー3」 霧の山脈・上

 


 結局1度でこの山脈を踏破することはできなかった。


 ショーンは山を降りて麓まで行き、キリー・ジェロの勧めた通りの装備を買うことにした。


 山の反対の麓には冒険者御用達の宿や酒場があった。


 たまにちらほらと自分以外の冒険者を見かけるが、特にコミュニケーションはとらないでいた。


 *


 2度目の挑戦前だった。麓の酒場で精神を集中し、感覚を研ぎ澄ましている時だった。


 ーよぉ、パーティを組まないか?


 話しかけてきた奴がいた。


 断る理由もないので了承した。そいつは山を登る冒険者をまとめるている一人のようで名をミルクルと言った。先輩ヅラしている割には、大したことは教えてくれなかったが、どうでも良いことならば、いろいろ教えてくれた。大抵は信頼性の低いゴシップだった。


 誰がヤク中だとか。誰を信用するなだとか。あいつが気に食わないとか、あいつに物を盗まれたことがある、あいつとはもう話すことは無くなった。あいつに頼まれても絶対に助けるな! とか、なぜあいつだけいつも得するのか! とか、そんなものだけ。


 しばらくするとショーンは登山にも慣れることとなった。キャリアとしては新人の域を超え中堅となって、それなりの人数の冒険者を追い越し、少しの冒険者に追い越され、それでも登り続けるが、いまだ山を越える事は叶わない。そもそも頂上へのルートは常に変化し、必ず猛吹雪がやってくるのだ。この山のどこに次の階層へ続く道があるのか、何もわからず、ただ登っては最後にはそろそろ降りようという決断を繰り返すのみだった。


 数年もするとショーンの認識にも様々な変化があった。


 例えば、この霧の山脈は霧よりもはるかに雪の方が降っていること。霧などは週に一度ほどしか漂っていない。雪は上へ行けば必ず降っている。もはや雪の山脈に改名するべきだった。


 例えば、幽霊の様に透けている妖精のようなものが山の麓、特に酒場には多い。山自体は途中の雪が地面にちらほらと混じるあたりの標高まではいるのだが、それ以上になるといなくなる。


 最初につるんだミルクルの印象も随分変わった。


 新人をまとめるリーダーなのだと思っていたが違った。


 こいつはなかなかに惨めで嫉妬深い男だった。


 孤独を何よりも恐れる男で、断言して知ったか振りをしていれば、新人は素直にいうことを聞く場合が多いことをしっているやつだった。そして勘の良いものからこいつの元を離れていく。それの繰り返しだった。


 そしてミルクルは次に、優秀な者を嫌悪するのであった。


 こいつは人の活躍を知ると分かりやすいほどに不機嫌になり、必要があるときは余裕ぶって陽気に接するが、その実、いつでも怒鳴り出してやりたいというほどに、嫉妬しているようだった。人の足を引っ張るようなことは表立ってはやらないが、バレなそうならば、いくらでもやる男だった。


 ショーンはこの男にうんざりし、すぐに離れたが、ショーンに対してもあらぬ噂を立てていたり、他の者たちからチームを組まないか、という話を勝手に断っていたことなどがどんどん発覚した。ついにはミルクルをシメてやろうかと話あっているグループからお誘いがくるほどには評判が悪くなった。その頃には最初会った時よりもミルクルと行動をともにする人間は随分と少なくなっていた。


 その他の変化は、ショーンの相棒のイエティのジェロが当初よりも明るくなっていったことくらいだった。




 @@@



 霧の山脈はまさしく過酷だった。


 頂上に近づけば、一切前が見えないことも多い。そんな時は洞窟に入ってキリー・ジェロとよく話したりした。


 今日もいつも通りキリー・ジェロと洞窟を進んでいた。


「ついてくるなよ。ジェロ」


 尿意を催したショーンが用を足しにいこうと歩き出すと景色が変わった。


 ショーンは自分は違う場所に来てしまったのだとすぐに気がついた。微妙に違う景色、道、気温。クラゲのような幽霊が宙を舞うように泳いでいた。雪山の洞窟の中には観葉植物がところどころ置かれている。


 洞窟からでようとするも、入り口がなくなっていて壁になっている、そこに代わりのように扉があった。


 開けて中を覗いてみると——


 ——家の中だった。


 ボサボサの髪の女がお茶の用意をしていた。

 そこは彼女の家のダイニングだった。


「あ、あのー」


 ショーンは何と言えばいいかわからずに、しどろもどろになった。


「——ああ、どうぞ。お座りください」


「——あ、すいません」



 主婦のようで慣れた手つきで紅茶を出してくれる。


「トイレにいってもいいですか?」


「いいですよ。そこです、あともうすぐ夕飯もできますから食べていきますか?」


「本当に? もしご迷惑でなければ助かります!」


 すごくほっとする家だった。ずいぶん寂れていて灰色を基調としたようなダイニングなのに、だ。窓から入る光から日中なのがわかる、電気は付いていなくて、部屋の中は少し暗くモノトーンみたいだった。


 窓の外をよく見ると、緑。まるでスイスの田舎の景色みたいだった。緑と山だけの丘陵地帯には他の家はまるで見えなかった。


 トイレに行く。


 用を足しながら服が軽装に変わっていることに気がついた。ここで、山脈自体が異界なことに初めて気が付く。


「おいおい、ちょっとまて。この霧の山脈でどれだけすごしたんだ?」


 恐怖したがショーンには、もはや何一つできることなどなかった。


 ダイニングに戻ると、ちょうど玄関の扉が開いて男が入ってくるところだった。外は吹雪いていて、開いた扉の隙間から雪が舞って顔にかかった。冷たくて心地よいと、ショーンは思った。


「お帰りなさい、あなた。あ、お客さん、彼が私の亭主です」


「ああ、どうも」


 男はこちらを一瞥し、軽く会釈をし、「やぁ……」とだけ言った。


 いつのまにか玄関前には犬も現れて主人の帰還を喜ぶように尻尾をふり、頭を撫でられていた。


 男が上着を脱いで、こちらを再度一瞥して楽な格好になるとテーブルへと座った。奥方に促されるまま自分も席についた。


 50過ぎくらいの寡黙な男だった。服装は嫁に比べてずいぶん良いものを着ている。水がはいったグラスも、その横のマグカップも品がよく、それなりのもので。逆に奥方のほうは着ているものから、グラス、靴に至るまでボロだった。頭に巻いているほっかむりでさえもが薄汚れていた。


 これはわざとやっているのか。夫婦でなにか格差のようなものがあるのか、この男は病的なところがあるのだろうか。自分だけ良いものを着て嫁には許さないというような。夫人の方は年齢は男よりも10個以上下だろう、40以下でもおかしくない、下手したら30半ば。歳の差と格の差があるのか。これらの事はショーンの想像を膨らませた。


 夕食が用意されて、犬もテーブルの横についた。


 ショーンがテーブルに視点を戻すと、奥方が人間の生首を開いた席の皿の上に置いているところだった。


 飯としてだしているのではなく、この生首を席につかせたような感じだった。


 それは、ミルクルの首で、ショーンの目を見開かせた。


 誰一人として生首について触れることなく、食事を始めた。


 料理はラグーのパスタだった。肉はよく煮込まれてほどけるように柔らかい。一瞬だけこのミルクルの肉じゃないだろうな……、とショーンは不気味な想像をしたが、あまりにも優しく、安心するような味わいに、なんの根拠もなく、そうではないだろうと決めつけた。


 カツカツ


 ナイフやフォークが皿に当たる音だけが部屋に響いていた。


 どうしていいものか。


 ラグーは美味いが、視界に入ってくる斜め前の生首に困ってショーンが目を泳がせていると、亭主の方と目が合ってしまった。ショーンが会釈すると男も返してきた。その瞬間、ショーンはこの男に心を開いた。悪いものではないと思ったのだ。


 旦那のほうは少し思案したような顔をして、とつぜん姿勢を変えた。ややふんぞりかえるように椅子に座り直し、腕の位置ももっと偉そうに、気を抜いているような感じに。女房の方は、俯きながら旦那にビールを持ってきては、自分にもどうですか? と聞いてくる。


 断ろうとすると「——大丈夫だ、この男のように殺したりはしないよ」寡黙な旦那が初めて口を開いた。なんだかむず痒いようなくすぐったい感覚になる。なぜかショーンは嬉しく思った。


 身を縮こまらせて「そうですか、それはよかった」とだけ言った。


「──お知り合いですか?」


 夫人がミルクルを指して言った。


「まぁ、ほとんどよく知りませんが。少し」


「そうですか。もう引退してたのに、いっぱい話がきていたから……」


 話を聞けば、彼らは引退した殺し屋の夫婦らしかった。旦那さんの方がマクネルといい、奥さんがヤーノという名らしい。人里離れた彼らの住処にまでミルクルを殺してくれ、という依頼が来ていたのだとショーンに言った。


「ふつうはここまで、届けられないからね」


 マクネルの方が言う。


「ということは、誰がどうやったんですか?」


「イエティだろう、あれが届けたんじゃないか」


 聞くとマクネルがそう答えた。


「ちょっとまってください。イエティだって?」


「君に付き纏っていただろう」


「──はい、ですが、なぜそれを?」


「——今も、窓の外から君を見てたよ」


 一瞬で鳥肌がたち、バッと背後を振り返ると、真っ白な雪山しか見えなかった。


「吹雪が強まっているな、今日は泊まっていきなさい。雪が霧に変わるまで山越えはできまい」


「雪の時は越えられない?」


「そうだ。霧の時にしかチャンスはない」


「霧の日は少なかったな。あのイエティはなぜ俺をつけまわしたんです?」


「——この男と一緒さ」


 Mr.マクネルが皿を手元に引き寄せて、ミルクルの頭をノックするように小突いた。


「人と一緒にいたいんだよ」


 ショーンはゾッともした。同時に、悲しさや、寂しさも湧き起こった気がした。


 マクネルは話しやすく、それからショーンも打ち解けてリビングの暖炉前に犬も含めて皆で移動した。




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