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「ダーク・タワー2」

 



 ひたすらに砂漠に挟まれたアスファルトの道を歩いた。


 あの塔にさえつけば、救われるのだと何故か思い込んで歩き続けた。


 日差しが強いな、とハットを深く被りなおす。この帽子がこの暑さや日差しから守ってくれる、快適にはならないが、防具とはそんなものであるとこの作家はよく理解していた。


 何時間歩き続けただろうか。


 そのうち日が陰ってきた、黒雲が空を支配し、熱風は途端に冷たくなり始めていた。


 一度、空の様子が変わると、それからの変化は早かった。


 手の甲に水滴が当たった。


「雨か? 雨だ……」


 ゴロゴロと雷雲がなって、ポツポツと、よりハッキリと雨が降り始めた。


 5分もせずに、雨は土砂降りになった。


 革の帽子の鍔から、水滴が小さな滝のように落ち続ける。


 何度か、帽子を取って水を一気に落とすように振り払っていると、ようやく塔の麓まで着いた。


「ようやく着いた……、めんどくさかった! 俺は今、この世界に最高にうんざりしているっ!」



 閉ざされた塔の門は巨大で、錆びた青銅のような青緑色だった。


「へんな模様がいろいろ掘られているな……、しかし……」


 ガチっ!


 門の模様をなぞるように触って行くうちに、妙な音がして、門は呆気なく開いた。


「開いたぞ、財宝が眠る塔の門が……」


 中は暗い。


 壁も床も、壁際のベンチも奥の方に見える螺旋階段も全てが石作りだった。


 下を見ると石畳の隙間にはやはり砂が多かった。


 入り口横のベンチに服とハット。

 入り口脇の壁には拳銃とライフルがかけられていた。短めの棍棒もある。


「これで塔の最上階まで行け、ということか? それとこれは?」


 ベンチに置かれていた古びた本は日記のようだった。



 >>7月1日、雨後々砂。晴れのち時森。四季折々。


 >>鬼が狭ってくる。迫って狂う。


 >>木陰に舞う。トカゲに会う。



「なんだ、これは。狂人の言葉遊びか……」


 この日記の持ち主がこのふざけた文を記しながら、イーヒッヒと笑っている様を想像した。


「はぁ……」


 ため息をつきながら、装備を身につけて階段へ向かった。


 螺旋階段の前にはいつの間にかウェイトレスがいた。疲れているような、憔悴しきっている瞳。目の下には隈があった。髪はスリックバックのポニーテールにしていて色白。そばかすが鼻を中心に多くあった。


 オレンジ色のウェイトレスの制服はデザインが可愛らしい。


 何も載せていないステンレスのトレーを片手の手のひらに載せてこちらを見ていた。



「何か用かな?」


「別に? こっちのセリフじゃない?」


 ショーンが問うとウェイトレスがそう返した。


「……」


「ほら、ウェイトレスが言う方が多いんじゃない? 注文でも、それ以外でも、目が合ったならさ。何かお困りですか? っみたいに」


「確かに、そうかも。ここで君は何してる?」


「別に、退屈凌ぎにバイトしてるだけ」


「退屈なの?」


「それ以外何があるの?」


「お金を貯めたいとか、稼ぎたいとか」


「あなたはね、きっとお金の為に仕事をしてるんでしょうね」


「君は違うの?」


「私はもと売春婦だからね、金のためにこんなことしないわね」


「ああ、あっちの方が稼げるからか」


「ええ、それに奨学金もかえしたし、元彼の借金はかえしてないけど……、私のじゃないんだから別にいいけどね」


「そりゃごもっとも」


「それで? あなたは何してるの?」


 逆にウェイトレスが聞いてきた。


 正直に言うか、迷うな。財宝を探しにきた。

 あとは……おれは何しにここにきたんだ? 金のため? いや、小説のネタの為? それとも世界を嗜む為。


「……まぁ、ちょっとね」


「言いたくないならいいよ、みんな言いたくないことはあるでしょ。そのくらい知ってるもん」


「まぁ、いいたくないわけじゃないけど。ありがとう」


「どういたしまして……」


「……バイトって雇い主は誰なの? この塔の所有者?」


「さぁ、どうかしらね。会ったこともないし、メールでしかやり取りもしたことないから」


「へぇ、ウェイトレスって言ってもコーヒーや、食べ物なんて塔にあるの?」


「さぁ、知らない」


「知らないってことは見たことないってこと?」


「いいえ? 違うけど?」


「じゃあ、なんで知らないの?」


「さぁ、なんでだっけ。なんでだったっけなぁ……、思い出せないわね」


「そう」


「うん、早く上に行きなよ。チャーリーが怒り出さないうちにね」


「チャーリー?」


「私の友達よ。今大変なんだ、それに私を避けてる」


 意味がよくわからなかったが、それは異界では常であった。気になるが、気にしていても仕方ない。


「じゃあ、そろそろ」


「ええ。あ、それとさ」


「なに?」


「塔の最上階にいったら願いが叶うんだって」


「そうなの?」


「うん、聞いた話。たぶん、あんま覚えてないけど。もし最上階までいけたら、元彼の借金とかなくしといてくんない?」


「いやぁ、嫌だけどな。本当に願いが叶うなら、それに使いたいとは思えない」


「あ、そっか。そうだよね。じゃあ願いが一つだけじゃなくとも叶うなら考えといて、別にあんたにもあたしにも関係ないし、どうでもいいけどさ」


 そっぽをむきながら彼女がいった。


「ああ、名前は?」


「ん、あたしはシャーリー。あ、元彼? えーと、なんだっけなぁ。ジョッシュだったかもなぁ」


 階段を上に上がって行くと、光が見えて、思わず、手を顔の前に出して目を瞑った。


 ーお客様、3名入りまーす! 


 最初に喧騒と、次にそんな声が聞こえた。


 *



 塔の中にいた。


 これから塔を登るところだった。


 塔の2階は雲を貫くように聳え立つ山脈だった。


 山の途中からは雪山であり、雪崩、薄い酸素、まるで安全なルートなど開拓されていない登山をしながら、魔物にも警戒しなければならない。


 塔を探索するものたちからは、霧の山脈と呼ばれていた。


 登山用の冒険者の装備を着込み、ありったけの食料を詰め込んでショーンは出発した。最初、数時間に一人くらいは他の冒険者も見かけたが、皆諦めて降りてくるところだった。一緒にこの山の頂を目指して歩むものは一度も遭遇していない。


 誰一人として目指さない、諦めて踵を返してくる方向に向かって歩んでいると、言いようのない不安に襲われた。不可能なことに挑戦しているのでは。自分も数日後には引き返しているんじゃないか。ならばもう今引き返した方がいいんじゃないか。などひっきりなしにそんな考えが浮かんできた。


 それも地面が雪で白くなってきた頃には、もう無心でただひたすらに歩いているだけになった。足は土踏まずから、足の指先の骨まで凍るような寒さだった。


 途中で、ユキヒョウのようなものを見たが、確認する気にもなれなかった。


 それよりも洞窟を見つけて、そこに向かっていった。もう少しだけあったかいかもしれない。そう思うと、さっさと入りたかった。


 自然の形成したシェルターに入ると、そこは以前として低温だったが、少なくとも雪風だけは防いでくれるようなものだった。もう少し奥まで進むと、壁に水がチロチロと流れていて、それを飲み水にした。


 仮眠をとって、また歩き出す前に奥を見てみようとすると、どこまで洞窟は続いていて、ショーンは歩き続けてしまった。足が勝手に動き、迷いなく奥へ奥へと進んでいってしまう。


 途中で出口があった。


 また吹雪の中外を歩かねばならないのか、そう思うと、向こう側にまた洞窟の入り口がみえた。ずっと向こうだが、またあそこで休んでもいい。いってみようと思った。


 一歩ずつ進んでいくと、途中で毛むくじゃらの生き物を見た。二足歩行の子供くらいの大きさの化け物で、真っ白な毛皮に大きな醜い顔、類人猿のような特徴をもっていた。イエティという言葉が浮かんだ、骨太だが背は小さい。


 それはこの過酷な環境で、頬杖をついて岩の脇に腰を下ろして、ふぅん、という感じで此方を見ていた。


 何をみている、と心の中でおもったが、会話が始まるのも億劫だったので、無視して通り過ぎようとした。


 ーふぅん、無視するんだ?


 足を止めて、イエティをみた。


 バリ島で売っている面のような顔、大きなまんまるの瞳と目が合った。


 その言葉にどう反応すべきか、それとも引き続き無視すべきか迷っていると、イエティが少し思案するように頭を傾げて「——言った方がいいよ、なにかしらね」


 と言った。


「どういう意味だ」


「別に、引き出しの中にあるものは使ったらいいよ、ということさ」


「何を言っている、それにお前俺の心を読んでいるのか?」


「そうかもしれないし、ソーセージかもしれない」


「こんな寒い場所で意味のない会話をしていたくないんだ」


「心の中で、文にしなくとも。思いついたことをパッといえば心を読まれないと思って、すぐに返すようにしたんだね。頭は悪くなさそうだけど、心を読まれるのを予防して何になるの?」


「生意気な奴め、そして薄気味悪いことを言う、撃ち殺すか迷う程度には」


「怖い怖い、それも浮かんできた本音だね。でもまだだよ」


 厄介な相手だ、ショーンは苦々しく思った。


「なにがだ」


「だって、本当の敵は心を読む奴じゃないんだよ、寒さだよ、そしてその反動だよ」


「寒さが敵なのは同感だが、その反動っていうのは」


「ここが寒くなるとね」


 心臓を指さしながらイエティが言う。


「自己投影しだすの、己の中のいろんなものを人にみるのさ。そして独善的で自己を修正できないやつは底なし沼さ」


「氷の底なし沼か?」


「全然違うけど、そうだね。今日は寒いからそんな例えもいいかもね」


「もう俺は行く」


「食べ物を頂戴、お腹すいちゃった」


「ふざけやがって、俺だって空いてるよ」


「でも、お願い。変だけどいい思い出でしょ?」


「お前は金を貸してもらう時にもそういうのか?」


「そりゃそうだよ、記憶に残るほどいい思い出だから」


「缶詰をやる、2こだけな」


「一個じゃないのがやさしいね。苦労したでしょ?」


「黙れ」


「コンビーフじゃん、大英帝国のホコリのさ。ルーベンでも作ってほしいなぁ」


「殺すぞ、いいから消えろ。いや消えなくていい、じゃあな」


「僕にも負担をかけていいよ、君に練習の機会をあげる」


 突然妙なことを言うイエティに、ショーンの足が止まった。


「——練習だと?」


「そう、いいんだよ。別に迷惑かけても、負担をかけても、それでこそ人間だからね」


「むずがゆいな。じゃあ、金貸してくれ」


「もってないよ、それに必要ないでしょ?」


「確かに、じゃあ俺は次の階層に行きたいんだ。この塔の頂上まで、おぶってくれないか?」


「めっちゃ冒険者失格じゃん。いいけどね、でも僕は体小さいからむずかしいなぁ。力はあるけど、無理やりひきずっていくことになるよ、ほらゴリラが枝とか片手で引きずってあるくみたいに」


「それは嫌だな」


「じゃあ、ついていってルートでも教えてあげるよ」


「本当か?」


 当たり前のようにイエティはうなづいて、同行者となった。それがキリー・ジェロとの出会いだった。





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