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あれ気付いちゃいましたか?勇者パーティを解雇された白魔道士は気付いてる。

作者: 水瀬 潮

約半年ぶりに投稿します。よろしくお願いします。

(ハッピーエンドやざまぁ系が好きな方は、ご期待に添えない場合がありますのであしからず)




【過去最強の勇者パーティ】

 

 勇者イデオが率いる冒険者パーティは、そう称されていた。


 回復士の最高峰、聖女のビアンカ

 盾の名手、グレゴール

 大魔道士、ジュピター

 そして、勇者のイデオ。


 小さな村で育った幼馴染5()()で組んだ冒険者パーティは、才能に恵まれたのか、破竹の勢いでダンジョンを攻略し、パーティ結成5年目にして、上級上位ダンジョンボス討伐を達成。トップパーティに躍り出た。


 同時に、大勢の人が彼らのことを勇者パーティと認めるようになった。


 そんな折、彼らはさらなる名誉を求め、最上級ダンジョンの攻略を宣言する。


 勇者パーティの最上級ダンジョン攻略。そのビッグニュースに世間が色めき立ち、そして彼ら自身もその準備に追われる中、勇者イデオはある決断を下した。


 

「アデル。お前はクビだ」



◆◇◆◇◆




「アデルを解雇しようと思う」


 遡ること1 週間、最上級ダンジョン攻略に向けた重要な会議と説明を受け、緊急招集されたアデル以外のパーティメンバーは、勇者イデオの突然の言葉に驚いた。


 アデル。彼女は、この勇者パーティのサポーターを務める女性だ。


 サポーターというのは、本来荷運びやアイテムの管理、寝床や食事の準備を専門とする役職のことを指す。


 ただし、彼女の場合は、()()()()()()()()というマジックバッグのお陰で、荷運び等をしながらでも身軽に動くことができ、また自身も白魔道士というサポートに優れたジョブに就いていたことから、メンバーにバフをかける形で戦闘にも参加していた。


 しかし、優秀な白魔道士であれば、サポーターを兼任する必要はなく、故にアデルの白魔道士としての実力は世間からは評価されておらず、あくまでただのサポーターと認識されていた。


 それは、アデルのことをよく知らない世間の人々に限らず、勇者パーティ内でもそうだった。


 ただ、白魔道士としてのアデルの実力はさておき、今更自分で荷運びなどしたくないイデオ以外のメンバーは、アデルの解雇に困惑の色を浮かべた。

 


「で、でも。アデルのマジックバッグはとても貴重よ」


 特に、アデルのマジックバッグの恩恵を最も受けている聖女ビアンカは焦っていた。聖女として注目の的である彼女は、冒険者業の間も常に見た目に気にする必要があった。そのことで人知れず悩んでいたビアンカに、たった1人気づいたのが他ならぬアデル。そんな彼女の好意で、普通の冒険者なら常備しない様々な美容グッズさえも、持ち運んで貰っていたビアンカだった。


「あぁ。だからこうするんだ。アデルからマジックバッグを買い取ろう。アデルもこのパーティをクビになれば、稼ぎが無くなるんだ。そこに大金をチラつかせれば、奴だってマジックバッグを手放すだろうよ」


「なるほどね〜。いいんじゃない?私賛成〜」

 大魔道士ジュピターは、いつでも適当だ。

 

「それに、これはアデルの為でもあるんだ。今までは俺達のカバーもあって何とかやってこれたが、最上級ダンジョンは未知だ。俺達だっていつでもアデルを守ってやれるとは限らない」


「確かに、攻撃が出来ない白魔道士を最上級ダンジョンに連れていくのは酷だろう。アデルがバリアの魔法を使うところは見たことがないし、使えないのであれば、いざという時も大怪我では済まないかもしれない」


 アデルの為。そう言われると、アデルをダンジョンに連れていかない方が、かえって彼女にはいいかもしれない、と考え直したのはグレゴールだ。


「だろ。だから、アデルの代わりに戦えるメンバーをパーティに迎えようと思う」

「賛成〜!」

「分かった」

 


 ただ1人、ビアンカだけはイデオの提案に不安を感じていた。これから悪いことが起きる。そんな不吉な予感が頭を占めて、思わず身震いした。



◆◇◆◇◆





 イデオに、面と向かって『お前はクビだ』と言い放たれたアデル。

 あろうことか、冒険者がよく集まる食堂で行われた、配慮のない解雇通達。たまたま居合わせた利用客達はこの先の展開に興味を持ちつつも、面倒事は御免だと背景と化すべく息を殺した。

 

 ビアンカとグレゴールは、即座にその空気を感じ取り、せめて場所を変えて話し合おうと声をかける。しかし、当人達は周りが見えていないのか、それとも敢えての行動なのか、そのまま微動だにしない。

 焦る2人をよそに、アデルがゆっくりと口を開いた。


「······そう。それがあなた達の総意なのですね?」

「あぁ、そうだ。アデル、お前をこのパーティから解雇する」


「······分かりました。私はあなた方の決定に従います」


 例えサポーターだとしても、勇者パーティに属することは大変な名誉だ。だから、イデオは、いくら感情の起伏が少ないアデルでも、今回ばかりは、パーティからの解雇を泣いて拒否するだろうと思っていた。


 だが、アデルはいたって冷静だった。


 そのことに拍子抜けしたイデオだったが、それならそれでと、自身の言い分を全て伝え、ついでにアデルのマジックバックも格安で手にしたのだった。




 

 意気揚々と食堂を後にしたイデオ。彼が足取り軽く向かった先は冒険者ギルド。


 その目的は、新しいメンバーの補充。アデルのようなサポーターではなく、最上級ダンジョンに付いてこられる戦闘に特化したメンバーを求めた。


 勇者イデオとの最上級ダンジョン攻略。その名誉に携われるとあって、新メンバー募集には多くの血気盛んな冒険者が名乗り出た。

 

 イデオ達は、そこから凄腕と有名の2人の冒険者を採用することになる。短剣使いの男性イブと弓使いの女性ユミルだ。


 勇者パーティは、これで最上級ダンジョン攻略間違いなし、と大いに喜んだ。中でもイデオは、まるで自分がこの世界の天下を取ったかのような、そんな高揚感を覚えた。 

 

「今まではアデルが居たが、これでもうパーティに足を引っ張る奴はいない。·······ハッハッハ。実に気分がいい。俺が、俺こそが、最上級ダンジョンの最初の踏破者になってやる!」







 ___しかし、そんな日々は、長くは続かなかった。


 アデルの解雇と新メンバーの募集、それからアイテムの補充で何かと慌ただしい毎日を過ごしていた結果、既に大々的に宣伝してしまった最上級ダンジョン攻略の日まで、あと1週間を切っていた。


 だというのに、イデオ達は新メンバーとの連携の練習どころか、実力の確認すら出来ていない状況である。


「そろそろ、新メンバーとの連携を確認すべきだろう」

「そうね。急だけど、明日みんなでダンジョンに潜りましょう。金色の石窟ダンジョンでいいかしら」


 それに気づいたグレゴールとビアンカは、急いで新メンバーとのダンジョンダイブを決めた。これにより、せっかく集めたアイテムをいくつか消費してしまうが、致し方ない。連携がなっていない状態での最上級ダンジョン攻略だなんて、自殺行為そのものだ。



「今思うと、アデルは俺たちの知らないところで、色々と気を回してくれていたんだな」


 今までは、アイテムの補充も、ダンジョンダイブの計画も全てアデルがやっていた。そのサポートのお陰で、自分達はダンジョン攻略に集中出来ていたことに気づいたグレゴール。その声には、後悔の色が混じっていた。


「······そうね。でも、もうアデルは居ないわ。私達でアデルの抜けた穴を埋める必要があるわね」

「だな」


 そしてそれは、ビアンカも同じだった。





 翌日。新勇者パーティの面々は、金色の石窟ダンジョンに集まっていた。

 

 上級ダンジョンは、その攻略難易度により、上位、中位、下位に分けられる。この金色の石窟ダンジョンは、その中で最も難易度の低い下位ダンジョンに当たる。


 とは言っても、上級ダンジョンであることには変わりなく、世間一般的に見れば、非常に難易度の高いダンジョンだ。そのため、このダンジョンで採集出来る鉱石は買い手も多く、勇者パーティからすると、難易度の割に稼げるダンジョンで、何度も訪れた場所だった。


 そんな背景もあり、新体制でのダンジョンダイブも、まず馴染みのあるこの場所から始めることにしたのだった。


 

「チッ。また行き止まりか」



 が、新生勇者パーティの攻略は、早々に行き詰まることになる。


 今までは、探知魔法を使えるアデルが、地図と照らし合わせながら、進行ルートを決めていた。

 故に、いくら馴染みのあるダンジョンと言っても、これまでアデルの指示に従ってただ歩いていたイデオ達には、どの道が最良なのか、判断がつく訳もなく。


「仕方ない。さっきの別れ道まで戻ろう」

「そうね。さっきは左に曲がったから、次は右に曲がりましょう」


 アデルに代わり、進行ルートを判断することになったイデオが指し示す道は行き止まりばかりで、下層に下る階段はなかなか見つからない。


 

「あ〜も〜イライラするぜ!また行き止まりなんて、こんなのクソ真面目にやってられるかよ。なぁ、この壁をぶち壊して、先に進むってのはどうだ?」

「いいね〜、私賛成!」

「こらジュピター。イデオも落ち着いて。まだ時間はたっぷりあるわ」

「そうだ、まだ焦る時じゃないだろ」


 そうして、何度目かの行き止まりにぶち当たり、イデオの苛立ちも最高潮となったその時。


 

 ドスン!ドスン!!

 背後から大きな地響きが鳴り響いた。振り向くと、巨体のゴーレムが2体、ゆっくりと迫ってきている。


「え!?シルバーゴーレムが2体?ゴーレムって単体でしか出ないんじゃないの!?」


 取り乱すジュピター。

 それもそのはず。今まで何度も潜ったこのダンジョン。だが、強敵であるシルバーゴーレムと、同時に複数体遭遇したのはこれが初めてだった。


「チッ。知らねぇよ。だが丁度いい。おいイブ、お前は右のゴーレムだ。攻撃は出来なくてもいい。俺達が合流するまで、適当に相手をしといてくれ」

「承知した」 

「イブ以外は左だ。最速で左のゴーレムを叩いて、イブと合流だ」 

「「「了解!」」」


 だが、イデオはこれはいい機会だと考えた。そもそもこのダンジョンダイブの目的は、新メンバーの実力の確認。中ボスクラスのシルバーゴーレムは、その相手にうってつけだった。

 


「イブ、ユミル、お前たちの実力を見せてもらおうか。___さぁ攻撃が来るぞ!グレゴール!抑えろ!」


 対ゴーレム戦。グレゴールが攻撃を抑え、その間にイデオとジュピターがダメージを与えるというのが、勇者パーティのいつものやり方だ。


「任せとけっ!ぐっ」

「グレゴール!?」


「は?」

 

 イデオは思わず目を疑った。

 上級上位ダンジョンのボスの攻撃でさえ、難なく受け止めていたグレゴールが、難敵とはいえ下位ダンジョンの通常モンスターの一撃で、壁まで飛っとんだのだ。


「チッ。グレゴールのやつ、ゴーレム相手に何やってんだ。ビアンカ!急いでグレゴールの治療だ。ジュピターとユミルは俺の援護だ!」


「了解!行くわよ!大魔法、業火の雨!」


 ジュピターが唱えたのは、彼女の必殺技、火魔法による範囲攻撃だ。瞬間、大粒の火の玉が、ゴーレムに降り注ぐ。しかし、


「え?」


 呆気に取られるジュピター。何故なら彼女が放った沢山の火の玉が、ただの1つもゴーレムに当たらなかったのだ。

 ただでさえ図体のデカいゴーレム相手に、過剰な程の火の玉を放ったにも関わらず、だ。


「チッ。ノーコンめ。だが問題ない。接近出来ればこっちのもんだ」


 当たりはしなかったが、ゴーレムがジュピターの攻撃に気を取られている間に、その背後を取ったイデオ。グレゴールとジュピターの失敗に、苛立ちが隠せない彼は、力任せにゴーレムの背面を叩いた。


 誰もが勇者パーティの勝利を確信した、その時。


 カキンッ


「は?嘘だろ······。俺の剣が、通らない、だと?」


 カキンという音とともに、イデオの大剣がゴーレムの硬い身体に跳ね返されてしまった。


 

「イデオ!危ない」


 グォォォォォ!


 跳ね返された衝撃で、尻もちをついてしまったイデオに、ゴーレムが右手が降りかかる。


「た、助けてくれぇ!」


 グォォォォォ!!

 





◇◆◇◆◇





「『東の国で、マジックバックの製造に成功。カギは白魔法か。』ね〜」


 あれから冒険者を引退し、治癒院で週2日雇って貰えることになったアデル。仕事がある日は忙しいが、それ以外の日は、割とのんびり過ごしていた。

 

 朝に家事をあらかた済ませたら、午後はお買い物をしたり、凝った料理を作ったり、最近見つけた落ち着いた喫茶店で、お茶を飲みながら読書をしたりと、悠々自適な毎日だ。

 


 アデルにとって、今日の新聞の記事は興味深いものだった。

 今まで、ダンジョンドロップでしか調達出来ないとされていたマジックバック。しかも、そのドロップ率は最低レベル。それを人工的に製造できるというのだから、東の国はこれから忙しくなるだろう。

 

 

 そんな事を考えていたら、珍しく家の呼び鈴が鳴った。


「はい。ってあなた達でしたか」


「アデル。話があるの」


 ドアを開けると、ビアンカとグレゴールが立っていた。彼女達と最後に会ったのは、ほんの1ヶ月前のことだが、なんだか既に懐かしい。


 

「立ち話も何ですから、中へどうぞ」



 アデルがドアを開けて中に促すと、グレゴールが申し訳無さそうに、鍛えられたシュッとした身体を、小さくさせた。


「急に押しかけてすまない」


「大丈夫ですよ。それに、分かっていましたから」


 アデルは、ビアンカ達を先程まで新聞を読んでいた丸テーブルまで案内すると、バックからあらかじめ収納していた丸椅子を1つ取り出した。


 その様子にビアンカ達は目を見開く。そう、アデルは、2つ目のマジックバッグを持っていたのだ。



「驚いた。マジックバック、もう1個持っていたんだな」


 素直に驚きを口にしたグレゴールに、アデルは軽く微笑んだ。


「それで、今日はどうされたんですか?」


「うん、あのね。実はこの前、新メンバーと一緒に、金色の石窟ダンジョンに潜ったの。彼らの実力を確かめるつもりで···」


「そうですか」 


「だが、結果は散々だった。新メンバーじゃなく、俺達が、な」

「グレゴールは、ゴーレムの攻撃に耐えられず吹っ飛んだし、私もそれを完全に治療出来なかったわ」 

「俺達だけじゃない。ジュピターの魔法は一撃も当たらなかったし、イデオだって······」 

「······それで、私達ハッとしたの。アデルはいつも、私達にバフをかけてくれていたでしょう?私達は小さい頃から、アデルのバフがあるのが当たり前の状況だったから、考えもしなかったけど······。もしかしてアデルは、私達の想像以上に強力なバフを私達にかけてくれていたんじゃないかって。······もしかして、勇者パーティの戦果は、イデオじゃなくて、······アデルの力によるものだったんじゃないかって」





「······あれ気づいちゃいましたか?」


「アデル······」


「私はあなた方に、何重ものバフをかけていましたよ。だってそうでしょう?あなた方には、足りないものが沢山あるのですから」

 

 まぁ、それは私も同じですけど。と小さくつぶやいたアデルは、カップのお茶を飲み干し後、覚悟したようにビアンカと視線を合わせた。


「まずビアンカ。あなたには人並外れた魔力量があります。ですがその一方で、繊細な魔力操作は不得意のようです。ですからあなたには、魔力操作上昇のバフをかけていました。それから、細部の治療は私が。幸い白魔道士もヒールが使えますから」


 ビアンカは、顔が真っ赤になった。確かにビアンカには、自身の魔力操作が不十分だという自覚があった。ただ、誰からも褒められる治癒魔法。そして、どこからどう見ても全快の患者。

 だから、もしかして自分の勘違いかもしれないと思い、魔力操作の鍛錬を怠っていたのだ。

 しかし、実際には、アデルのバフのおかげでなんとか治療できているだけだった。いいや、違う。細部の治療まで、アデルがやっていたのだ。



「それからグレゴール。あなたの盾使いとしての技術は本物です。ですが、筋肉が少なく、身体が技術に追いついていません。だからあなたには、身体強化と、筋力上昇のバフをかけていました」


 筋肉が少ない。

 それすなわち、鍛錬が足りないと指摘されたも同然だと、グレゴールは自分を恥じた。

 だが正直、腑に落ちる部分もあった。グレゴールは、何故他の盾使いと比べ身体が細い自分が、他の屈強な盾使いと同様に、いやそれ以上の力を発揮出来るのかずっと不思議だったのだ。

 ただ、考えても理由が分からなかったので、最終的に自分には特別な才があるのだと結論付けた。でも違った。全てアデルの力だったのだ。


「ジュピターは、いくつもの魔法が使えますが、その威力と命中率の低さが欠点です。ですから、魔力量上昇と命中率上昇のバフをかけていました。あぁあと、使用する魔法の指示も毎回出していましたよ。ジュピターは強力な魔法が使えますが、その分無駄打ちが多いです。例えば単体の敵に、全体魔法を使ってみたり。それなのに命中率が低く、一撃も当たらないこともありますから、目も当てられません」


 2人は、揃って先日のダンジョンダイブを思い出していた。巨大なシルバーゴーレム相手に範囲攻撃を放ったあげく、一撃も当たらなかったジュピターの魔法。


「最後にイデオですが、彼に至っては論外です。説明に値しません」

 

 イデオが論外?まさか、パーティの中心の?あの勇者イデオが?

 2つのバフを盛られ、その上使用する魔法の助言まで受けていたジュピター以上の支援を、まさかイデオが受けていたということなのか?

 

 その事実に打ちのめされるも、アデルの話が嘘だとはとても思えないグレゴールは、恥をしのんで頭を下げた。

 

「戻ってきて欲しいんだ。アデルも知っての通り、来週最上級ダンジョンの攻略に挑む。今のままでは、僕たちパーティの攻略は失敗するだろう」


 グレゴールに合わせて、目に涙をいっぱい溜めたビアンカも頭を下げた。


「······勿論、お断りします。あなた方はともかく、イデオはあれだけの大立ち回りをしたのです。彼に命を預けるなど、私には出来ませんよ」

 

 そう断言したアデルの目は、悲しそうなグレゴールと、下を向いたまま鼻をすするビアンカの姿をとらえていた。



「······はは。そうか、そうだよな。変な事を言ってすまなかったな、アデル」

「グレゴール······」

「行こうビアンカ。アデルも元気で」


 アデルに迷惑をかけないためか、サッと切り替えて足早にアデルの家を出たグレゴール。一方ビアンカは、グレゴールを走って追いかけつつも、何度も後ろを振り返ってアデルに目で縋っていた。



 その姿が見えなくなるまで見送ったアデルは、眉を下げながら独り言ちた。


「ごめんなさい、ビアンカ、グレゴール。でも私が戻ったとしても······」


 



◇◆◇◆◇





 数日後、世間はある話題で持ちきりになった。それは、勇者パーティが最上級ダンジョン攻略に失敗し、逃げ帰ってきたという話だ。


 さらには、勇者イデオとその仲間1人が、未だダンジョンから戻ってきていないのだという。

 

 街中、何処にいってもその話題ばかり耳に入る中、中心街から少し離れた落ち着いた喫茶店に、ある女性が1人で訪れた。フードを目深にかぶった、スラリとした女性だ。


「いらっしゃい」

「珈琲をお願い」

「珈琲ですね、少しお待ち下さい」

 

 注文を受けた店主は考えた。 

 彼女が頼んだ珈琲は、最近外国から輸入され始めた代物だ。が、あまりに苦く、初めて飲む者はその渋みに顔を歪ませる。

 この女性客は、最近この店に訪れるようになった人で、確か、珈琲を頼んだのは今日が初めてだったはず。念の為、ミルクをつけようか?


 そう頭の中で考えつつも、表情には微塵も出さずに、テキパキと珈琲を淹れ始めた。



 

 店内の隅の1人席に座ったアデルは、家から持ってきた本を取り出した。

 アデルは小さい頃から本の虫で、嫌な出来事があると、大抵読書に走る。本を読むと、自分の頭を占めていた嫌な出来事が、本の世界に上書きされるのが好きなのだ。

 しかし、今日ばかりは、なかなか読書に集中出来ない。いつもは静かなこの店も、今日はあの話題のせいで騒々しく、嫌でも話し声が耳に入ってくる。


「聞いたか。勇者パーティが、最上級ダンジョンの攻略失敗したって」

「ああ、驚いたぜ。しかも、大怪我したのはボス部屋じゃなくて4階層だったらしいな」

「まじか。じゃあ勇者が通常モンスターにやられたってことか。最上級ダンジョン怖ぇ」

「いやそれが違うかもしれねぇんだ。最近、実は勇者は弱かったって噂があるの、知ってるか?」

「いやそれは無いだろ。俺、勇者が戦っている所見たことあるけど、化け物級に強かったぞ」

「まぁそうなんだよなぁ。だけど、その噂を流してるのが、あのイブとユミルらしいんだよな。何でも、勇者パーティとダンジョンダイブしたけど、勇者達があまりに弱くて、シルバーゴーレムも倒せない程だったから、さっさとパーティから抜けたんだと」

「バカ言え。じゃあ勇者パーティは、シルバーゴーレムも倒せないのに上級ダンジョンをクリアして、最上級ダンジョンに挑んだっていうのか?」



 そんな雑音を、芳しい香りが遮った。



「お待たせしました。珈琲です」

「ありがとう」


 アデルは、湯気が香る珈琲に顔を寄せ、スンスンと香りを楽しんだ。

 店主が遠くから見守る中、心遣いのミルクには手を触れず、コクリと静かに珈琲を啜った。

 思わず渋い顔をした店主とは逆に、彼女は顔を歪ませるどころか、全くの無表情で、その顔からは、いかなる感情も読み取れなかった。


 まるで、それすらも予め気付いていたかのように。


最後までご覧いただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
何故幼馴染達の鍛錬が足りないのだと指摘してあげなかったんだ? 強化魔法で一時的に強くしてあげていても将来的には困るのだから、常時強化をするなんて『優しい虐待』だよね? 強化しない状態での戦闘を経験した…
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