第8話状況を打破せよ!!
らせんにとって現況は極めて不味いものだった。
まず女子生徒――未だに名前は分からない――は多数の砂の騎士で攻撃できる。
加えてらせんの野球ボールによる攻撃は無効化される。
このまま戦えばいずれ倒されてしまうだろう。
「どうしましたか? もう諦めるのですか?」
砂の騎士を操りながら挑発してくる女子生徒に「諦める? 地球が逆に回るくらいありえねえっつーの」とらせんは軽口を叩いた。
「てめえが何者か知らねえけど――俺は諦めの悪い男だ。よく知っておけ」
「イエス。覚えておきます。しかしながら――あなたはもう将棋やチェスでいうところの詰みです」
女子生徒は冷静に自身の優位性を語り出した。
「あなたの回転の異能はこの状況において無力です。野球ボールによる遠距離攻撃は確かに脅威ですが――私の異能の前では意味を持ちません」
「けっ。好き放題言いやがるぜ――おっと!」
砂の騎士の不意討ちを躱すらせん。
会話しながらも攻撃の手を止めないのは彼女の冷徹さを表しているようだった。
「せんちゃんならこの状況を打破できるだろうな……くそ、弱音吐いちまった」
そうは言いながらもらせんは口角が上がるのを止められなかった。
こういうピンチのときこそ、俺は燃えるんだ――引かれ者の小唄のようだけれど、心のうちから燃え上がるような勇気が出てきた。
砂の騎士の猛攻を紙一重で避けつつ、らせんは再び野球ボールを取り出した。
三個あるうちの二個目だ。
らせんは既に投げた野球ボールの跡を見る。女子生徒の異能のせいかクレーターができるほどめり込んでいる。
「行くぜ――二球目!」
大きく振りかぶって投げたボールは凄まじい回転がかかっていた。
しかし砂の騎士の攻撃で邪魔されたせいか、球速は先ほどよりも遅い。
「オウルグラビティ――全ては重力に従います」
ずどん! という音とともに野球ボールは床に落下した。
しかも前のボールと全く同じ位置だ。
「無駄なことをしますね。私の異能はあなたの攻撃を無力化すると言ったはずです」
「良いことを教えてやろうか。世の中には無駄なことなんてないんだぜ」
しかし、ついに砂の騎士の腕がらせんを捕らえる。
他の騎士もらせんを攻撃せんと近づいてくる。
「ノー、その言葉自体、無駄ですよ。戯言はやめてください」
「どうしてそんなことが言い切れるんだ?」
「デザートイーグルナイツに捕らえられているのですよ? それに先ほどの投球は無様でした。球速が明らかに遅かった――」
そこで女子生徒は床を見た。
クルクルとボールが回転し続けている――
「ああ。かなり遅かったと思うぜ。何故なら、回転数をめちゃくちゃ増やしたからな」
ボールが摩擦熱を発している。そのぐらい回転をしているのだ。
徐々に床全体に亀裂が走っている――
「ま、まさか!?」
「戦っている場所くらい把握しておけよ。ここは渡り廊下なんだぜ――」
亀裂が大きくなり、グラグラと地震が起きていると思うぐらいの振動がして。
女子生徒の足元が一気に崩れた。
悲鳴を上げることなく、そのまま落下していく――
「ふう。ゲームセット、だな」
女子生徒が落ちてから数秒して砂の騎士の形が崩れ去っていく。
そして後には砂だけが残された。
「人払いしたとはいえ、これだけ大ごとになったんだ。さっさとずらかるか」
下手したら俺のせいになるからなと、校舎側に走っていく。
実際にはらせんが渡り廊下を破壊したのだが。
「ま、二階分だから怪我はしているけど、死にはしねえだろ」
勝利の余韻などなく、そのまま生徒会室に向かおうと廊下を右に曲がったらせん。
そのすぐそばで女子生徒が教室側の壁に寄りかかっていた。
「なにぃ!? いつの間に!?」
「……忘れたんですか? あなたを渡り廊下に移動したのは私の異能だということを」
女子生徒の制服は汚れてはいるものの、身体には目立った傷はないようだ。
戦いは終わったと思っていたらせんは呆然としている。
「さあ。続けましょうか……」
「おいおい、待ってくれよ。もういいじゃねえか」
「ノー。私はまだ生きていますし、あなたも生きています」
「えーっと。それって、どっちかが死なないと駄目じゃね?」
らせんは必死になって考えを巡らす。
野球ボールは残り一球。相手はピンピンしている。
一本取ったとはいえ、相手を本気にさせてしまったのは否めない。
むしろ油断してくれなくなった――
「――そこまでだよ。これ以上の校舎の破壊は許さない」
何の前触れもなく、日暮生徒会長が現れた。
それもらせんと女子生徒の間にだ。
両者に対して手のひらを向けていた。
「生徒会長! 助かったぜ!」
「助かってないよ。この場が収まるまでね」
らせんが安心して喜ぶのを横目で見つつ、日暮は女子生徒に「もういいでしょう」と言う。
「あなたの目的は分かっているから。さっさと下校して」
「イエス。日暮生徒会長を相手取るには異能が足りません。退かせてもらいます」
その言葉通り、女子生徒はくるりと後ろを向いて去っていく。
その背中に「よう、あんた」とらせんが言葉を投げかけた。
「名前ぐらい教えてくれよ」
「……七川インコです」
女子生徒――インコは短く名乗って、近くの階段を下りて行った。
らせんはその場に座り込む。かなり疲れたようだ。
「ふへー。あいつ何者なんだ?」
「七川インコでしょ。それ以外に情報はないよ」
「日暮生徒会長なら知っているんじゃないっすか?」
日暮はインコが消えた方向をずっと見つめている。
そこから少しの沈黙の後「知っているけど言えない」と答えた。
「委員会連合のメンバーだから?」
「違うよ。あの子は一般生徒。今のところはどの委員会にも所属していない」
「じゃあなんで俺を狙ったんだ?」
「推測だけど、嵐山くんの異能を欲しがったのかもね」
異能を欲しがる。
まるで異能を自分のものにできるような言い方だった。
らせんはその言葉ではっと気がつく。
「あいつの異能は、他人の異能を取るのか!?」
「取る、じゃないね。惜しいけど」
「じゃあどんな異能なんだ?」
日暮はらせんの問いを無視して「今日のところは帰りなさい」と言う。
「私、壊れた校舎の処理しなくちゃいけないから」
「……了解」
「それと反省文も書いてね。原稿用紙五枚分」
「えっ!? 俺が書くのか!?」
驚くらせんに「当然でしょ」と冷たい目で日暮は見る。
「自分の身を守るためとはいえ、渡り廊下壊したの嵐山くんじゃない」
「まあそうだけど……ていうか、何で知っているんだ?」
「…………」
「まさか、ずっと見ていたのか!? だったら助けてくれてもいいじゃねえか!」
らせんの抗議に「それじゃ、私職員室に行くから」と音もなく日暮は姿を消した。
黙殺である。
「ちくしょう……まあいい、反省文は後回しだ」
らせんは一先ず下校することにした。
大きな被害の割にらせん自身怪我をしなかったことは凄いことだが、素直に喜べなかった。
武蔵会学園にはとんでもない異能を持つ生徒がいる。
はたして自分の回転の異能は通用するのだろうか――
不安だけがらせんの心に残った。
◆◇◆◇
「インコちゃん。どうだった? 噂のスーパールーキーは」
「イエス。凄まじい使い手でした。二つの異能をものともしないとは」
「だろうなあ。あの日暮ちゃんが認めた生徒だもんなあ」
らせんが下校して一時間後。
インコはとある男と話していた。
場所は書道部の部室だ。
しかし部員はいない。二人が追い出したからだ。
「そもそもインコちゃんはどうして回転の異能を欲しがったんだ?」
「あの回転の異能は使いようによっては異能試験で一位になれます」
「ほう。気づいていたか」
「しかし当人は気づいていないようですね」
「ま、そこは日暮ちゃんが鍛えるだろうよ」
男は笑っている。
インコはにこりともせずに「今度の異能試験は七月です」と言う。
「それまでに異能を集めておきます」
「そうしろ。でもさ、委員会連合に所属して代表になればいいと俺なんかは思うわけよ」
「ノー。それでは意味はありませんから」
インコは続けて「戦いを通して私も強くならねばいけません」と言う。
「ですので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします――前生徒会長」
「おう。もちろんだ。教えられることは教えてやるよ」