第7話突然の襲撃者!!
「……理由を教えてくれるか?」
「嵐山くんの異能は凄いと思う。回転の異能を鍛えればいいところまで行きそうだよ。でもね、今年の異能試験だけは諦めたほうがいい」
らせんの疑問に対して、日暮は真摯な態度で説明した。
熱くなりそうだったらせんの気持ちがすっと冷静になる。どうも何か裏があるなと日暮の言い方で分かったのだ。
「今年、ということは強力な異能を持つ人がいるんですね――三年生に」
答えに辿り着いたのは旋律だった。
今年の異能試験と限定したのはそういうことだったのかと、らせんも遅れて気づく。
「そう。この私が苦戦した……あのひなくんに確実に勝てる実力者がいるんだよ」
「副会長にですか? 想像もつきません」
「だろうね。私が今世紀最強の生徒会長と言われる由来となったのは、その人に勝ったから。勝ったと言っても勝ちを譲ってもらったようなものだけど」
日暮の実力はらせんたちには未知数だが、武蔵会学園最強と呼び声高い彼女にそこまで評価されるというのは、相当な異能の持ち主なのだろう。
だがそうだとしても、らせんに諦める道理はなかった。
「その三年生がすげえ強いってのは分かる。だけどよ、異能試験で一位になって全国大会に出なけりゃならねえんだ。それも俺が一年生のうちにだ」
「それなら生徒会に入って代表になればいいよ」
「駄目だ。生徒会の代表はあんたじゃねえと。異能試験に参加できねえ代わりに代表権を持っているんだろ?」
「そうだけど……なんで私を代表にしたいの?」
「決まってんだろ。全国大会で優勝するためだ」
日暮は眉をひそめて「優勝ねえ……」とらせんを怪しげに見る。
何の魂胆があるんだろうと疑っているようだ。
その疑惑を晴らすようにらせんは自身の目的を言う。
「全国大会で優勝したらなんでも願いが叶うんだろ。それが狙いなんだ」
「嵐山くんが叶えたい願いってなに?」
「それは言えねえ……悪りぃな」
日暮が追及する前に「決して、人を傷つける願いではないです」と旋律が助け舟を出した。
「むしろ人を助ける――」
「せんちゃん。黙っててくれ」
「ごめん。だけどさ、きちんと説明したほうがいいよ」
「それは分かっている。でも俺は口に出したくねえんだ」
そのときのらせんの表情はとても悲しげで、日暮でさえ同情してしまいそうだった。
しかし心を鬼にして「言えないのなら協力はできないよ」と断った。
「付け焼刃であの人に勝てるのは不可能なの。それに私の見立てだと、学校のカリキュラムを真面目に受ければ三年生で代表になれるよ」
「……それじゃ駄目なんだ。俺はあいつを待たせ過ぎている」
「さっき、歌川くんが言っていた約束のことかな?」
「まあな……」
生徒会室に嫌な空気が漂う――旋律が「こういうのはどうでしょうか?」と提案する。
「副会長に勝った褒美として、らせんくんを生徒会預かりにしてください。とりあえず、委員会連合の襲撃から身を守らないといけませんから」
「生徒会預かり? せんちゃん、どういう意味だ?」
らせんの問いに「生徒会会則にある条目のことだよ」と旋律は内ポケットから生徒手帳を取り出した。
「生徒会は問題行為を繰り返す生徒を指導できるんだ。更生するまでね」
「それは生徒会に所属していることにならないのか?」
「役員じゃないからね。もしらせんくんに危害を加えたら生徒会との全面戦争になる……そう解釈してもよろしいですか?」
「はあ。しょうがないなあ……」
日暮はため息をつく。
昨日、校則を持ち出したときに旋律が読み込んでいると分かったが、まさか生徒会会則まで押さえているとは思わなかった。
いや、気づくべきだったと日暮は反省する。らせんはともかく、旋律はかなりのクレーバーな性格をしている。あらゆることを想定してこの場に臨んでいるのだろう。
「嵐山くんを生徒会預かりにする。その代わり、歌川くんは会計に就任して」
「会計、ですか? 庶務ではなく?」
「君みたいな優秀な人材を遊ばせておくほど生徒会には余裕はないんだよ」
らせんは「よく分からねえが」と拳を手のひらにぶつけた。
「日暮生徒会長の指導を受けられるんだな」
「業腹だけどね。せめてあの人の異能に耐えられるようにする。私、厳しくいくから」
脅しのつもりで日暮は言ったが、らせんは逆に燃える気持ちになった。
それどころか、期待してしまった。
「ああ。厳しく頼むぜ。それこそ気が回るほどにな」
◆◇◆◇
嵐山らせんが生徒会預かりとなり、歌川旋律が生徒会会計に就任したという噂は瞬く間に学園中に広まった。これで二人に手を出す者はいない。戦おうにもバックに今世紀最強の生徒会長がついている。その事実はとてつもなく大きい影響力がある――はずだった。
「……なんで俺はこんなところにいるんだ?」
まるで記憶喪失してしまったような台詞――らせんがそう言ってしまったのは仕方のないことだ。放課後、日暮の師事を受けに生徒会室のある五階まで階段を昇っていたのに、気づいたら別の場所にいたのだ。
おそらく校舎内だろうというのはらせんにも分かる。何故なら見覚えのある廊下、つまりは武蔵会学園高等部の廊下だったからだ。しかも一年生が主に用いる教科棟への渡り廊下で、確実に三階と四階の間の階段を昇っていたらせんは面食らってしまった。
「こりゃ誰かの異能か? 放課後だけど生徒は残っているはずだ……なのに人っ子一人いねえ……」
静寂が広まる校舎ほど不気味なものはない。
まるで肝試しに来たみたいだとらせんは身構えた――
「人払いしました。もうあなたと私以外、誰もいませんし来ませんよ」
「なっ――」
真正面から堂々と、その女子生徒は現れた。
制服を着崩さずに、校則通りに来ている。髪が耳にかかる程度の短さで、染めてもいない。
特筆すべきはその瞳だろう。猛禽類のように鋭く、らせんを捕食するが如く睨みつけている。
脂肪や筋肉がついているのか疑問に思うほど病的に痩せている。というより具合が悪そうに見えた。
二人の距離は五メートルほどで、近くもなければ遠くもない。
「……誰だ? てか俺を移動させたのはお前か? 何が目的だ?」
「質問が多いですね。私はそれほど賢くはないので一つずつお願いします」
丁寧な口調だが殺意を節々から感じられる。
らせんは「じゃあ一つだけ聞くか」と赤く染めた頭を掻く。
「俺と勝負するつもりか?」
「イエス。私はあなたと戦います」
らせんは戦闘態勢になる。
女子生徒は構えない。
しかし発せられる殺意がますます強くなる。
「はん。悪いが女相手でも俺は容赦しねえ――」
「――デザートイーグルナイツ」
らせんの台詞を被せるように、女子生徒は異能を発動した。
サラサラと砂が空気を舞い――らせんと女子生徒の間に西洋の騎士の形になっていく。
「なに? 砂使い、だと……?」
らせんが驚愕の表情となったのは、騎士が一体ではなく――十体、いやニ十体を超える数になったからだ。
一般的に人型を操る異能が扱えるのは精々五体ぐらいのはずだ。それ以上は操作する人間の脳の処理が追い付かない。
「――行きなさい」
「――っ! くそ!」
女子生徒の言葉にらせんは素早く反応した。
くるりと背を向けて逃走したのだ。
いくらなんでも異能が埒外すぎる――
「ノー、逃さないですよ」
騎士たちが一斉にらせんを追ってくる。
砂でできた身体だからか、滑るように走る速度はらせんの背を捕らえようとしていた。
「ならこいつはどうだ!」
野球ボールを取り出したらせんは、騎士たちに向けて投げつける。
以前、風紀委員会の副委員長の小森しばりに用いた時と違って、手加減なしの投球だった。
そのスピードは三百キロを超える。
砂の騎士たちは腹を撃ち抜かれて倒れてしまう。
しかしボールの勢いは止まらずに女子生徒まで迫る――
「オウルグラビティ」
女子生徒が呟くとボールが一気に落下した。
無理矢理コースを変えられた――らせんにはそう見えた――ボールは廊下の床にめり込んでしまう。
「こ、この野郎……異能を複数持っているだと!? そんなのありえねえ!」
近年、人間が飛躍的に進化したとはいえ、異能は一人一つが原則である。
二つ以上の異能は脳のキャパシティーを超えてしまうのだ。
だから日本だけではなく、世界でも例が見られていない。
「砂を操る能力とボールを落下させた能力……二つが成り立つ能力は考えられねえ……いや、俺が移動させられたことも考えても――」
考える間も与えないのか、復活した砂の騎士がらせんに襲い掛かる。
砂の剣を突いてくる――らせんは思いっきり飛びのいた。砂ゆえに剣が間合い以上に伸びていく。
らせんは顔を背けた。剣は頬を切ってしまう。
びしゅっと血が噴き出るがらせんはまだ戦える。
「だけどよ、この状況不味くねえか……?」
奇しくも女子生徒との距離が空いたので、遠距離攻撃の得意ならせんの有利となったが、相手の異能が分からない以上、うかつに攻撃できない。さらに言えばボールをいくら投げても落下されてしまうのなら意味がない。
「参ったな……目が回るほど厳しい状況だ……」