泡沫の夢と、第二の勇者の影
翌朝、目を覚ました勇者は、準備もそこそこに前日いた場所から早々に移動し、その場にいた痕跡を消した。
「もう殺すのも殺されそうになるのもごめんだ…よっと。さてさて、昨日の女から距離を取らないとな。また会ったら面倒だしな。」
移動しながらポツリとこぼした。
「今度は…殺さないとな…。モノ…モノ…。」
言い聞かせるように、自分の中の何かを納得させるように、そう呟いた。
あの日の光景は目に焼き付いている。忘れたくても忘れられない。本当に全てを失った日。
もし時を戻せたならば、どうにかしてみせた。そんなことは叶わないと分かっても、つい縋ってしまう。
眠る前に必ず見る夢がある。燃え盛る火の中で、あっという間に命が消えていく様。文字通り、水泡のように呆気なく消える泡沫の夢。しかし割れた泡から漏れ出たその色は血の色だ。燃えるような血の色、時間が経つにつれて、どす黒く変色していく。
そんな夢を毎晩見る。
ひび割れた心はやがて、壊れていくのだろう。だが、今は休みたい。
奪われた物は戻らない。失った物は蘇らない。ならば…。
「俺は、創る。自分の居場所を、今度は奪われないように。」
小さな決意を胸に、進み続ける。
進み続ける。
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一方、一撃で意識を刈り取られた女は、翌日目が覚めたが、脳震盪の影響でしばらく移動が困難になっており、とても移動した勇者を追うことなどできなかった。
「何故私はまだ生きてるんだ…?ぐ、ぐぅ…っ!は…早く追わないと…アイツを…!」
そう考えたが体が上手く動かず、追うことなど到底叶わなかった。
追いついたとて、返り討ちにされるのが見えている。あれは規格外だ。十分なトレーニングをした自負のある自分だが、とてもアレには追いつける気がしない。
となれば、別の方法しかない。
「どんな方法を使ってでも…!殺してやる…。クソ…クソォ……!」
決意と憎悪を込めた声はテント内に虚しく消えていった。
「…!」
テントの外から物音が聞こえる。しかし体は全く動かない。
「もしもぉ〜しぃ?だぁーれか居ますかぁ??」
軽薄そうな男声がテントの外から聞こえる。
「誰だっ…?!名前を名乗れ…っ!」
警戒の為に、下着に隠した武器を取る。小型のナイフのそれは、武器と呼ぶにはあまりに貧弱であった。
男はテント内から放たれる強烈な殺気を軽くあしらいながら答える。
「あーぁ、そんなに殺気出さないでよってばぁ。中に入ったりする気はないからぁ。僕の名前は、ラインさ。聞いた事ないかなぁ?第二の勇者って、そう呼ばれてんだけどぉ。」
「…勇者…っ!?貴様何のつもりでここに居る…!」
「前の戦いさぁ…。見てたんだよねぇ〜。あれが噂に名高ぁーい第1の勇者かぁ。随分聞いてた風貌とちがうなってさぁ〜。でもあれは規格外の動きしてたねぇ。君じゃあ到底及ばないんじゃぁない?無理って良くないよぉ。」
「うるさい…っ!何が言いたいんだ…。そんなことを言いにわざわざ来たのか?消えろ…っ!とっとと!」
「最後まで話聞いてよぉ〜。分かったよぉ、単刀直入に言おうか。彼、僕も殺したいんだよねぇ〜。すぐにでも、さ。」
辺りの温度が急激に下がる。そんな気がする程の冷たい殺気。思わず身が凍ってしまうような気さえする。
「勇者が…勇者を殺す…?馬鹿げてる。なにが目的なんだ!」
冷たい殺気が消え、やはり軽薄な口調を続けるライン。
「彼が居なくなるとね。僕の望みが一つ叶うのさ、まぁ一つだけでスタートラインに立つことができる程度なんだけど…。あっ!今のは僕の名前と別に掛けてないからねっ!……今から、1ヶ月間、よく考えてみて欲しいなぁ。また答えを聞きに来るよ。それまでに治してねぇ〜。」
ふっ、と気配が消えた。
「頭が追いつかない…。なんなんだ…ほんとに。」
極度の緊張した体とオーバーヒートしそうな脳、強烈な殺気を浴びた反動で、女の意識が闇に落ちるまで、あっという間だった。
第二の勇者がチラリと出ましたね。第二の勇者はライン君です。彼は名前がスっと出てきちゃうんだわぁ…。なんてったって軽薄な性格だから…。次もよろしくぅ!