憎悪とヒビ割れた心
「…居たぞ、アイツだ…っ!」
迷い森の木に登り、森に入った標的を睨み付け、ギリギリと歯を噛み締める少女がいた。
食事を終え、ノソノソとテントに入った標的を確認した後、標的を殺すため木から降り、腰のククリナイフに手を伸ばす。
「殺す殺す殺す殺す…っ!アイツだけは…っ!!必ず!!!」
溢れ出る怒気に身を任せ、テントに突っ込む。一瞬だけでいい、隙があれば殺せる。
一分一秒、アイツが生きていることが許せない。
「待ってて、みんな…!アイツだけは絶対に地獄に叩き落としてやる!!」
ククリナイフを両手に、標的に向かう。その動きは流麗で洗練されており、駆ける足音は僅かな音も出ていなかった。
木々が切り倒されたその中央にそのテントはあり、テントごと薙ぎ払うため斬撃を繰り出そうとした刹那。
「あーぁ…また…来たよ。」
後ろから、低く掠れた声が耳に届いた。既に斬撃を繰り出そうと身を捻った少女はその勢いのまま回転し、その男へ斬撃を叩きつけようとするが、男は涼しい顔で後ろに下がり、難なく斬撃を回避する。
「なぜ…?テントからいつ出た!!」
ククリナイフを握り直し、手に力を込める。
「ん?お前と同じだよ。こっちはこっちで、見やすいところにテントおっ立ててんの。俺を狙ってることなんかすぐ分かったよ。だから、お前の視界が外れた一瞬で、テントから離れたんだよ。」
男はそう言いながら、腰に下がっていた短剣を既に抜いており、逆手に持っていた。
「このまま帰るなら、何もしない…だが俺に攻撃する意思があるってなら…。しょうがないな。手加減してやれてぇよ。」
男の途轍もない殺気に、辺りがざわつく。女はそれに負けじと、マグマのように溢れる激情を胸に、ククリナイフを男に突きつける。
「アナタを殺すわ。第一の勇者。アナタが殺してきた魔物たち、中には私の家族同然の人もいた…。なぜ…、何故そんなに簡単に命が奪えるの!?」
勇者は呆気に取られた表情になった。そして緩やかに口を開く。
「あれは、モノだ。不要なモノ、人間社会において、害をなすモノ。だから俺が、俺たちが処分しなきゃならない。それが例え、人の形を成していたとしても、中身は全く違うのさ。」
カケラも表情を変えずに、淡々と吐き捨てる。
「もう話すことはないわ。さっさと死になさいっ!!!」
瞬きの間に勇者との距離を詰め、ククリナイフを首に叩きつけようとする。が…
「そう簡単にやられるわけにはいかねぇんだよな。あと、修練不足だよ…っと!!!!」
女の眼前から突如勇者が消え、女の顎に途轍もない衝撃。
「がっあぁ……」
顎に強烈に叩きつけられた蹴りで、少女の意識は一瞬で刈り取られた。
「全く…何で俺はこう、上手くできねぇかな…。でもこのままこの子を放置したら…死ぬか。もう面倒事はごめんなんだよ…。」
言いながら少女を担ぎ上げ、少女がやってきた方向に向かう。
「コイツの荷物を探せばテントくらいあるだろ、適当に遠くに立てて寝かしてやるか、もう会いたくねぇけど。」
勇者は少女の荷物からテントを探し、立てて少女を寝かせる。
そうして、名も知らぬ少女との初邂逅は終わる。禍根は残ったまま、おそらくまた襲い来るであろうこの少女を遠くに置き去りにして。
テントに戻り、今度は本当に眠りにつく。
自身のヒビ割れた心を、そのままにしたまま。
2話目ですね。名前何で出てこないの?って言われるかもしれませんが、いろいろ理由があります。この後出てくるので、ゆっくりお待ちください。