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※汚グロな描写あります。ご注意ください。
※専門的な知識に基づくものではありません。架空の話です。
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「いやや常ちゃん、何その顔?」
ナミが大げさに身をのけぞらせる。
「虫刺されや思うんやけど」
ナミに作ってもらった薄い水割りを常夫は目を伏せたまま一口飲んだ。視線を向けなくてもナミが汚らしいものを見る眼つきでカウンターにいるケイコママと目配せしているのがわかる。きょうの客は常夫と常連の竹田のじじい以外おらず、ママはそっちを相手していた。
「あせもが悪化したんかもしれんね。今年異常に暑かったさかい」
肩が触れないよう微妙な距離を保つナミは太腿が丸見えの生足も同様に距離を取っていた。
常夫はそれに気づかないふりをしながら黙ってグラスを傾ける。
「きょう病院へ行こう思たんやけどな、結局行けんかったで――病院て一人で行くん、なんか怖ないか?
そや、ナミちゃん、明日ついて来てくれん?」
「ええ? あたし? お母さんについて行ってもろたらええやん」
「この歳でおかんとてちょっとキツイやろ。な、たのむわ。付き添い代、たんまり払うし、好きなもんなんでも買うちゃるよって」
「ん~、それがな常ちゃん、あたし結婚決まったんよ。婚約者以外の男と店の外で一緒におるとこ見られたらあかんやん?」
「……結婚なんかせえへん言うてたのに」
常夫は飲み干したグラスをどんっとテーブルに置いた。まだ一杯目で酔ってもいないのに目が座っているのが自分でもわかる。いつもは何をどうからかわれても、ナミに腹立たしさなど抱いたことはなかったが、マツの時と同じく、心の底に溜まった沈殿物が噴き上がってくる。
「し、心境の変化よ――甲斐性のある人見つけたゆうか――」
「俺は甲斐性なしやしな。ふんっ、ちょっと便所いくわ。退いて」
ナミのかわいい顔にグラスを投げつけたい衝動を抑え、常夫は立ち上がる。不潔なものを避けるように身をのけ反らせるナミの前を横切って店の奥にある便所に向かった。
中に入ったものの、本当に尿意を催したわけではなかった。洗面台の前に立ち鏡を覗き込む。額の膿疱が潰れて粘質な膿が垂れかけている。
よかった。見られんで。
常夫は年季の入ったジャケットのポケットからハンカチを取り出し、膿を拭った。
トイレから出ると、竹田のじじいが帰ったのか、ママとナミがカウンター越しに会話していた。
「ナミちゃんおめでとう。全然知らんかったわ。いい人おったんやね」
「やだママ、聞いてた? あれうそうそ」
それを聞いて慌ててパーテーションの影に身を引く。
「うそ?」
「しっ、ママ声大きい。あんな言わな、あのおっさんあきらめんやん。見た? あの顔――気持ち悪い。あれ絶対悪い病気やで」
「そやけど、結婚する言うたらもう店来んで。あんた目当てで来てたんやし」
「うん、そや思て、あたしも今まで辛抱してたんやけど……」
ナミはくすくす笑ってから、「不細男のくせに厚かましでな。病院について行ってやて、ええ気になんな思うたわ。あんなと付き合うてる思われたら、それこそ嫁に行かれんなるわ。そやけ、もうええよ、店来てくれんでも」
「そやな、たいして金落としてくれるわけやなし、ま、えっか」
声を上げ笑う二人の前に音も立てず戻ると、ぎょっとした顔を見合わせた。
「明日病院行くよってもう帰るわ。勘定して」
常夫が言うと、ママがあからさまに安心した様子でいそいそレジに向かう。
「ほな常ちゃん気ぃつけて。また来てなぁ」
「おう」
一応返事をしたものの、会計を済ませた常夫はナミを振り返ることもなく、カウベルの鳴るドアを開け、静かな夜気の漂う外へと出た。
怒りが頂点に達し、額にあるいくつかの膿疱が潰れて膿が噴き出しているのを感じながら、常夫は笑った。
覚えとけよ、ナミ。いつか仕返ししちゃるからな。